April 13, 2012

イースター・コンサート2012

川崎リトルライトシンガーズ、コンサートをします!入場無料です。

どなたでもお気軽にお越しください。

Kawasaki Little Light singers Easter Concert

川崎リトルライトシンガーズ イースター・コンサート

日時:4月22日(日)午後2時~3時半

会場:日本キリスト会川崎教会

入場無料

曲目:Amen/Walking with Jesus/ Lord prepare me/Oh happy dayなど

こどもも大人も、
大好きなゴスペルにイースターの喜びをのせて歌います。
春のあかるい光のなか、
ちいさなコンサートにどうぞお越し下さい。

「easter_concert.pdf」をダウンロード

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April 12, 2012

「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」

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4月13日 「人間の生涯には、時として次のような瞬間がある。すなわち、霧のように限りなく幾重にも層をなして神をとり囲んでいるように見えるすべての覆いを透して、魂が神に近づく瞬間である。」 (岩波文庫版 草間・大和訳)

今年のイースター礼拝では、
夫とともに無教会の浦和聖書キリスト集会に出席いたしました。
メッセージはひさしぶりに、藤尾正人さんでありました。
nikkouとしては、5年ぶりくらいでしょうか。
(以前の藤尾さんのお話は「こちら」。藤尾さんのブログは「こちら」)

少しお年を召されたご様子ではありましたが、
それでもユーモアにあふれ、かわらず溌溂としておられました。

藤尾さん、ぐるっと会場をながめて、
「見渡したところ、戦争を知っている人も少なそうなので、
おおいばりで言いますが(←これは、ユーモアです。念のため)、
私は、兵隊に行きました。」

徴兵されたのは、
宝田氏と同じく、生きて帰っては来れぬだろう、と言われた海軍。
若いみそらで何も残さずに死んで行くのはいやだ、と思った藤尾さん、
イエスの「私を信じる者は、永遠の命を得るであろう」という言葉にひかれて、出兵直前に受洗した。
でも、「右のほほを打たれなば、左のほほを差し出せ」(ルカ福音書6章29節)とのみことばに、どうしてもひっかかってしまう。
そこで牧師に、「私は、右のほほを打たれても、左のほほを差し出せません。これができなければ、クリスチャンになれませんか。」と尋ねた。
すると牧師は、「人間みんな、そんなことが、すらーっとできたら、イエス様は十字架にかかっておりません。」と言ったという。
「それじゃあ、わたしでもクリスチャンになっていいんですか。」
「いいんです。イエス様の言うことが全部わかって、全部できてから、クリスチャンになるんじゃありません。」
それで、一安心。

“徴兵後、船の上で身上調査書を書かされた。
住所・氏名・年齢から始まり、家族構成・親の職業や収入などとあって、
最後に「尊敬する人」とある。
クリスチャンになった直後ですから、得意になって「イエス・キリスト」と書いた。
これがいけなかったらしいんですね、呼び出されました。
あとで聞いたら、みんな「西郷隆盛」とか「楠正成」とか、中には「お母さん」なんて書いたのもいたらしい。
ちなみに、呼び出されたのは、私のほかに3人いました。
一人は、わたしの隣にいた、イトウ君。
彼は「リンカーン」って書いちゃった。
敵国の大統領ですよ。相当絞られたんじゃないですかね。
もうひとりは、「キルケゴール」って書いたんだそうです。
彼は、呼び出されて、「キルケゴールって誰だ」と聞かれて、「デンマークの哲学者です」と答えたらそのままだったそうです。”

“わたしは、若い、学生上がりの上官に呼ばれましてね、
「貴様、キリスト教徒か。」と聞かれました。
「はい、そうであります!」
「では、貴様は『右のほほを打たれなば、左のほほを差し出せ』という言葉を知っているか。」
「はい、知っております!」
「貴様!」
と、こうきました。
「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」
そのころ、わたしは、そのころマタイ福音書の「引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる父の霊である。」(10章)なんてことばなんぞ知りませんでしたが、
聖書に書いてあることは本当ですよ、
そのとき、わたしの口から、さーっとことばが出て来ました。
「少将どの! それは、山上の垂訓と申しまして、聖書のなかで、最も貴い教えであります!」
まあ、まず、「山上の垂訓」なんていう難しいことばで、ひとつカマしてやったわけです。
そして、こう言いました。
「人間が、そのようなことを、すらーっとできるようでしたら、イエスは十字架にかからずにすんだのであります。」
十字架が出てきたので、相手はめんくらったわけです。
でも、こちらは、受洗のときに聞いた話をそのまま受け売りしただけ、テストの答えをあらかじめ教えてもらってたようなものですね。
まあ、こっちの言っていることがよく分からなかったのでしょう、相手は話を変えました。
「貴様、聖書を持っているか。」
「はい、もっております!」
「では、送り返せ。」
この時はこれで話は終わりまして、
わたしは、馬鹿正直に、聖書を送り返してしまいました。”

“それから、数日後、さらに上官が、号令のときにこういいました。
「ブッカンバ――物干し場のことです。軍隊ではこういうんですね――に、聖書が落ちておった! だれのものだ! 藤尾、お前か!」
わたしではありません、送り返しちゃったから。
でも、そのとき、はっと二つのことを思った。
ひとつは、「そうかー、送り返さないで、隠しときゃよかったー」ということ。
そして、もうひとつ。
「この隊に、もうひとり、クリスチャンがいるな」
と。
みなさん、いないようでいますよ、クリスチャンてのは。”

……お話は、もう一度、「人間がすらーっと、イエス様のいうことが出来ていれば、イエス様は十字架にかからなかった。」というところに戻って、
十字架から遡って、聖書を読む、という話になったのですが、
nikkouは、戦争の話ばかり、なんだか印象深く感じました。

そこで、ふと思ったのですが、
藤尾さんもいつのまにか、こんなにお年をめされて、
おそらく、あと10数年もすれば、
れい子さんや、藤尾さんのように、ことのついでに、戦争の話をする人はいなくなるにちがいない。
そして、さらに50年もしたら、
「「そんなことをしたら、戦争などできんではないか!」なんていう台詞に、おもわず笑ってしまう、というこの価値観のほうが、逆に人から笑われる日が来るのではないか。

歴史を振り返るたびに、そんな恐怖に震えるのであります。

そうならないようにするには、どうしたらいいのか。
戦争を知らない世代では2代目となるnikkouには
語りつぐ、なんていうことばが、妙にむなしいような、無力なような気がする今日この頃なのです。

というのも、先日、渡辺良三氏「小さな抵抗」という歌集を読んだからであります。この本については、また次回に。

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April 11, 2012

奇跡も語る者がいなければ

『眠られぬ夜のために』第一部 「栄誉の辞退が世間に知れわたることを熱心に期待しながら、それをするような人は、すこしも謙遜とはいえない。しかも、たいてい、そんな底意を世間では気づくまいという甘い考えをいだいているのだ。」 (岩波文庫 草間平作・大和邦太郎訳)

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ごぶさたです。
もう、本当に忙しくて忙しくて、自分のブログさえ開く暇もありませんでした。
このごろ、ようやく一段落。
ブログもぼちぼち再開していきたいと思います。

さて、
3月には昇天者記念礼拝(教会につながる人で、すでに召された人たちを記念する礼拝)、
そして、4月8日はイースター礼拝でありました。
面白いことにどちらでも、60年前の戦争の話を聞くことができました。
貴重な証言だと思いますので、ここに書き留めて、みなさんにシェアしたいと思います。

まずは、昇天者記念礼拝でのお話。
礼拝に、山本れい子さん(山本七平夫人)と、妹さん3名の4姉妹が礼拝に参加、
ことばづかいや身のこなしに、昭和の令嬢たちの雰囲気が漂っていて、とても興味深く感じました。
ただ、一番面白かったのは、
長女れい子さんが、食事のあとに、つと立ち上がってなさった
姉妹のご両親、宝田一蔵・あいご夫妻の思い出話でありました。

宝田一蔵氏は、無教会クリスチャンだったそうで、
新潟から上京直後はお金がなかったために、無教会の伝道所の「今井館」に寝泊まりしたそうで、このブログの読者の方には、直接ご存じのかたもおられるかもしれません。
戦争では、海軍として徴兵され、魚雷を積んだ戦艦に乗ったそうですが、
サメのうようよいる南方の海で、
アメリカ軍の放った砲弾を浴びる事態に遭遇したそうです。
戦艦内は大パニック、砲弾にあたって死ぬか、放り出されてサメの餌食になるか、もはやこれまで、と上へ下への大さわぎのさなか、
ある若い兵士が、ふと、宝田氏の様子に目を留めたそうであります。
宝田氏、戦艦内のパニックをよそに、ベットに腰かけ、この状況下まさかの「聖書」を膝に、じーっと祈っていた。
その若い兵士は、「宝田さんは、クリスチャンであったか、クリスチャンってのは、すごいものだ、肝の据わり方がちがう。」と、強い衝撃を受けた。
砲弾は幸い船にあたらず、そのまま敗戦を迎えて、無事帰国。
この兵士は、復員後、すぐにクリスチャンとなり、家族全員にも、クリスチャンとなるように勧め、
さらに、宝田氏の伝道旅行にもつき従ったとのこと。
れい子さん、いわく、
「わたしたちは、言葉でなんとかしよう、なんとか福音をつたえよう、としなくても、
行動で、自然に、神様のすばらしさがにじみでるようになることで
一人の人を、福音に導くことができる。
そういうことを、父から学びました。
彼ひとり、福音に導くことが出来ただけで、
父は、生きた甲斐があったと思います。」

さらに、母あいさんの話。
戦後、夫に従って子供たちをつれ新潟にもどり、
慣れない畑仕事を始めた。
苦しい毎日のなか、鍬を担いでの帰り道、ふと、微笑みが漏れた、といいます。
「あら、わたしなんで微笑んだのかしら」とあぜ道で立ち止まった。
「ああ、そうか、イエス様のことを考えていたからだ。」
そこであいさん、帰るなり、紙に墨書きで「宝田あい 聖書集会」と書き、
その場にいたれい子さんと妹さんのお一人に
「これを、町の電信柱に貼ってきなさい」と命じたそうであります。
「今みたいに、接着剤なんてありませんから、米粒で貼るんですの。それはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて。」とれい子さん。
あとで、あいさんも「あのとき、本当ははずかしくて、あなたたちに貼りに行ってもらったの。ごめんなさいね」とおっしゃったそうです。それでも、聖書集会をしようとおもったのは、

「戦地から引き揚げて来て、わたしより辛い思いをしてい人たちは、いまたくさんいる。
そういう人たちを、励ましたかったの。
だから、聖書集会をすることにしたの。」
聖書集会がきっと人を励ます、とまっすぐ信じた、
なかなか、現代には聴くことのない、まるでおとぎ話のようにまっすぐな信仰の証言でありました。

イースター礼拝では、
藤尾正人さんのお話を聞きました。
これはまたあらためて。

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January 14, 2012

他人に迷惑をかけない生活なんて、無理じゃない?

1月7日「眠られぬ夜のために」第1部 かれらをそのただしき裁判官にゆだね、 ためらうことなく おまえの道を歩み続けるがよい。 神は、ありきたりな考えをいただいた 時事詩人とはわけがちがうのだ。 (前田敬作訳)

2年ほど前から、
寝る前に1章、聖書を読むことにしている。
今、「ヨブ記」まで来た。
あと2年くらいで読み終わるかな。

今あらためて
「ヨブ記」を読んでみると、
つくづく、「相手の身になって考える」ってのは難しいなあと感じる。
昨年の大震災を経験したあとだと、なおさら身につまされる。
どんなに、被災地のことを想ってみても、
実際に津波に命をさらされたわけではない人間には
その辛さや複雑な思いは理解できないような気がする。

じつは今朝、電車の中で、あるイベントのポスターを見た。
宣伝文句として、
「人に迷惑をかけない、
人が不快に感じることをしない、
大切なことを、
こどもに教えていますか」
だったか、そういう趣旨のことを書いてある。

なんか時代錯誤だなあ、と思った。

nikkouは、子供時代、わりと「優等生タイプ」だったので
「人に迷惑をかけない、人が不快に感じることをしない」を
わりと実践するように努力してきたし、人にも強要する「正義漢」でありました。
ところが大人になるにつれ、
「そりゃ無理だ」ということが
ひしひしと感じられるようになったのであります。

日常的にはまあ、まず、
大人になって、キリスト教という、日本人の大多数とは異質の価値観を持つようになったこと、
ネットと、発達した交通網のおかげで、仕事でもプライベートでも、「Always3丁目の夕日」時代であれば考えられないほど多種多様の「人様」と接触せざるを得なくなったこと、そして社会の変化による世代間ギャップなんかが大きい気がする。

たとえば
nikkouは元旦には神社に初もうでに行かず、教会の新年礼拝に出席するが、「それって日本人としてどうなの?」と、友人になじられたこともある。
逆にクリスマスに恋人がいないことを憂う日本の風潮は、nikkouには不快だ。
nikkouの母は、「子供はまだか」と、我々の性生活にまで口を出してくる。
子の幸せを願う親としては当然の愛情だと思っているのやもしれないが、nikkouにはただのセクハラである。
宮城県出身のnikkouの夫は、「日本史」が関西と関東中心で、東北など無きがごとき、出てきても「道の奥」あるいは「蝦夷」と蔑視の対象にあっていることに不快(というか怒り)を表明するが、
それは東京育ちのnikkouには想像もできなかった視点である。
韓国では、友人が席をはずしている間に友人の携帯電話がなった場合、かわりに出てあげるのが友情で、
ほっとく日本人については、「友人の携帯が鳴っているのに無視をするなんて、冷たい人。」と感じるそうだ。
あげればきりがないけど、
ことほどさように「人」の「迷惑・不快」のバリエーションは豊かだ。
いちいち「人」の快・不快を気にしていたら、もう、社会生活を放棄して、ひきこもりになるしかない。

それじゃぁどうすればいいのか、ということだけど、
いまのところ、nikkouが思いつくのは、
「人」じゃなく、「自分」が「不快・迷惑」に思うことは、出来る限り、「人」にもしないこと、
もし、相手に不快な思いをさせられても、悪意がなければ気にしないようにすること、
謝ったり、説明したり、というコミュニケーションをいとわないこと
くらいでしょうか。

主イエスは、「自分がしてほしいことを人にしなさい」と言った。
それこそ、社会が狭かった時代の価値観だと思っていたのだけど、
映画「パッション」を見て、認識が変わった。
当時のイスラエルは、ローマに侵略されて、異なる言語が飛び交う国際社会だったらしいのだ。
さらには、今よりずっと身分制度が強固だったにもかかわらず、
イエスは、
上はヘロデ王やローマ総督、神官、
下は娼婦や羊飼い、
ローマの取税人や兵士のような微妙な立場にある人まで、
積極的に接触しているのである。
「こんな価値観の多様な社会で、相手が不快に思うことをしない、っていうんじゃあ、コミュニケーションは不可能だ」
と主イエスはどっかで気づいたのかもしれない。
だから、
むしろ、「してほしいことをする」と、積極的な接触を図り、
そこで起きた摩擦を糧に、相手を理解する、
という作戦に出たのかもしれない。

それはなかなかに、コミュニケーション能力を試される方法です。
そして、相手にかなり強い信頼感を抱けなければできない方法です。
でも、案外、主イエスの2000年前の価値観は、現代の多文化社会に適応したコミュニケーション方法かもしれないね。

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January 09, 2012

愛は老いることがない

1月9日 「……愛は、ほかのどんなものにもまして、ついにそれをわが物とした人間に力だけでなく、英知と忍耐心をあたえる。というのは、愛は、永遠の存在であり生命であるものの一部分であり、このものは、すべての地上の事物のように、老いるということがないからである。」 (『眠られぬ夜のために』第二部 前田敬作訳)

あけましておめでとうございます。
2011年はたいへんな一年でありましたが、
自分にとっては、様々なことを考えさせられた年でもありました。
一生の課題を与えられたといっても過言でないかもしれません。
今年も、それこそ「一生懸命」考え、学び、進みゆきたいと思います。

さて、
お正月は、夫の実家におりました。
夫の祖母宅で、おせちを御馳走になりつつ、
祖母より、自選歌集を頂戴しました。
これが、なかなか素晴らしい短歌で、
ああ、文芸の道には、こういう方法があったんだなあ、とつくづく感動いたしました。

…大きな声では言えませんが、
じつはnikkou、子供のころ、歌人になりたかった。
そこで、当時有名歌人が教授をしておりましたW大学に入り、
4年間、仲間たちとともにあれやこれやとミソ一文字をひねっておりましたが
結局、文芸なり芸術なりってのは才能なんだなあ、という、ごく当たり前のことに気づいて、断念。
ただ、「読む」能力のほうは、努力で磨ける気がする、と
文学研究者か、編集者か、国語教師になるか、の三叉路にしばし悩み、
やがて一番「面白そうだー」と感じた編集者の道を選んだのでした。

というわけで、
作歌からは遠ざかって十数年、
すでに、そんなことに手を染めたことさえ忘れかけていたのですが、
今回の祖母の歌集を読んで、
若いころには思いもよらなかった「歌の役割」に気づかされたのであります。

たとえば、亡くなった友人のこと、
たとえば、子供や孫の成長、
たとえば、老いのこと、
たとえば、感動した歌や詩の本歌どり、
たとえば、庭に咲いた花のこと……

nikkouは若いころ、このテの歌を、
正直、バカにしておりました。
なにせ、加藤次郎、水原紫苑、穂村弘、桝野浩一といった若い歌人がばんばん出ておりまして、

ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはドラえもんのはじまり(穂村弘)
洪水だあ、とはしゃいでいたのは私です むろんヨーグルトになっちまいましたが(加藤次郎)
真夜中の電話に出ると「もうぼくをさがさないで」とウオーリーの声(枡野浩一)

なんて歌をばんばん発表していたころであります。
私小説よりはファンタジー、あるいは純文学、あるいは大河ドラマ、
短歌1首で小説1冊分の、いや、映画1本分の創造性を、
直立せよ一行の詩(佐佐木幸綱)、
おまえはあかまんまの歌を歌うな(中野重治)
と、それはそれは力んでいたのであります。

祖母はアララギ派の先生に師事したとのことですが、
アララギ派というよりは、いくぶん「未来」とか「中部短歌」とか、そのあたりを思わせるような
若々しくユーモアのにじむ詠みぶりでありました。

しかしなによりnikkouが感動したのは、
本人を知っている人間だけが、共有できる感覚を、きちんと、いや見事に、言葉でもって、いまここへつなぎ留めているということでありました。
とくに、我が夫や、その弟を詠んだ歌、

七草の粥つくるとふ鳥取にひとり住まひの男の孫が
フロイトを熱く語れる孫のいて死ぬのはずっとあとからにしよう


などというものを目にすると、
おもわず、胸にぐっときてしまう。
お祖母ちゃんの愛がひしひしと、ひたひたと、あふれております。
ぶっちゃけ、こうしたものは、商業出版としては価値のない作品なのでありますが、
家族の関係の中では、Pricelessであります。
祖母と、ともに歩んだ家族との、
生活、いや、命が、
深く深く掘りこまれた詩であります。

商業出版にのらない、こうした美しい詩と、そこに刻まれた命は、
きっと、この日本中にあふれているんだろうな、
短歌って、それができるんだな、
それって、ありだな、
いや、それって、素晴らしいな、
大きく言うなら、一回性の命、地に足のついた生活、ヒルティの言葉を借りるなら、「老いることのない愛」
そんなことに、初めて気づいた新春でありました。

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December 24, 2011

手話讃美2011

ろう教会のクリスマス会用の動画です。
歌は、「パン・パカ・パン二色パン」の「クリスマスの話」

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December 22, 2011

クリスマス・ページェント

こないだの礼拝で、
「東方の三人の博士」の話が出た。
この博士たちが出てくるのは、マタイ福音書。
ほかの福音書には出てこない。
しかも、通常「三人の博士」と言いならわされているけれど、
「三人」とはどこにも書いていない。
マタイがこの話を書いた時、彼の脳裏にあったのは、
二人だったかもしれないし、十人だったかもしれない。
後世、三人と言いならわされるようになったのは、贈り物が3つだったから。
マタイ福音書には「黄金、没薬、乳香」と書いてある。

だから、ここで重要なのは、三人だったか否かではなくって、
イエスの誕生にビビットに反応したのが、外国人だったことと、
贈り物に「没薬」「乳香」という、死者のためのものが含まれているということだそうだ。
ここには、
福音がユダヤを超えて伝わることと、
イエスが誕生から遠からぬ将来、恐ろしい死を迎える、
というメッセージがこめられている。

…という話で、はたと思いだした。

nikkouの9歳年少の妹が、nikkouも通った幼稚園で、クリスマス・ページェントをしたときのこと。
配役の立候補を募った時、
この幼稚園史上初、
天使に男の子が立候補し、
博士に女の子が立候補したそうであります。
博士はともかく、男の子の天使役の衣装の準備に、先生たちはてんてこ舞いだったそうです。

でも、男の子の天使も、女の子の博士も、
主イエスはとても喜びそうだ。

…なんて話を、教会でしたら、
ティーチャーいわく、
「A(現在、小学2年生の息子さん)が幼稚園のときは、
マリアさんに男の子が立候補したよね。
ケンちゃんって子

おもしろいやつだったね。」

へー。それはさすがにびっくり。

でも、あとで考えてみたら、そんなケンちゃんの気持ちも、わからなくもない気がしてきた。
幼稚園でやるクリスマス・ページェントのマリアさんは、
ベィビー・ジーザス(役の人形)をだっこして、子守歌を歌う。
nikkouが子供のころはバブル全盛、猛烈社員と専業主婦まっさかりの時代で、
働いているお母さんのほうが少なく、
父親ってのは、あまり家にいない、
ましてや赤ん坊をあやすなんてことはほとんどなかった。
だから、マリアさんの役柄をみれば、それはイコール、お母さん=女、だった。

でも、今のパパたちは、
ふだんから赤ちゃんをあやしたり、お風呂に入ったり、ご飯を食べさせたりしているんだろうと思う。
お母さんが働いて、
お父さんが育児休暇を採ることも可能になった。

ケンちゃんのお父さんは、一生懸命子育てしているんだろうね。
マリアさんが、赤ちゃんを抱っこして歌を歌う役なら、
僕がやってもいいだろう、
だって、うちのパパだってやってるよ、というのが、
ケンちゃんの主張だったのかもしらん。

ケンちゃんみたいな男の子が増えたら、
出生率もあがるかもしれない、って
既婚・子なしのnikkouがいうと、説得力あるかも?

さて、幼稚園で博士をやった女の子と天使をやった男の子も、いまや26歳。東方の博士のように、飽くなき探求心と勇気をもった女性と、天使のように美しい心と喜びを告げ知らせる明るさをもった男性に成長しているといいなあ、と思います。

みなさま、どうぞよいクリスマスを。

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December 15, 2011

クリスマスイブのつどい

恒例、クリスマスイブのつどいです。川崎リトルライトシンガーズも歌います。どなたもお気軽にどうぞ。

リトルライトにご興味があって、でも、なかなかきっかけがつかめなくって……と思っていらっしゃる方(ときどき、そんな方のお問い合わせのご連絡をいただきます)、これを機に、遊びにいらしてください。一緒に歌いたくなったらぜひご遠慮なく。

2011

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December 13, 2011

教会に凶悪犯が立てこもったら

先週のハングル教室で、
韓国社会における教会の立場という話を聞いた。

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光州事件で教会が民主主義運動の拠点になった理由のひとつに、
韓国では、教会はけっして国家権力と関わらない、という意識が高い、ということがあげられる、と李先生はいう。
だから、今でも、教会に殺人犯が逃げ込んでも、
教会はけっして、警察を教会に入れないんだそうだ。
それは、どんな保守的な人や、政府関係者であっても、犯さないルールなんだそうだ。

「え、そいじゃあ、犯人は、どうするんですか!?」
と生徒たち、唖然として聞く。

李先生
「牧師かだれかが、説得して、自首させる。
自首しないとしても、
一生教会のなかに閉じこもるなんて、無理でしょう?
だから、いつかは、教会の外に出る。
そしたら、教会の外で逮捕すればいい。
ただ、教会の中に警察が踏み込んで、犯人を逮捕することは、
韓国の教会は、ゆるさない。」

生徒
「それは、犯人をかくまう、ということになるんじゃないですか?」

李先生
「まさか、ならないですよ。
かくまってはいないですもの。
ただ、警察が入ってはいけない聖域だ、というだけ。」

はー、と生徒たち、絶句する。

まつも、ちょっと混乱する。
教会と警察って、そこまで鋭く対立すべき存在なのか?

日本で、犯人が教会にたてこもったとしたら、
まず、警察を呼んで、
きっと、警察は教会に踏み込んで逮捕するだろうし、
それをしなかったら、逆に、教会も警察も批判されるだろう。
もし、立てこもっている教会に人がいて、
殺されたりしたら、どうするんだ。
教会の責任問題にならないのか?

李先生は
日本の教会が警察に無警戒なことのほうが、
逆に驚きなんだそうだ。
韓国の人が、警察に警戒が強すぎるのか、
日本の人が、無警戒なのか。

韓国にかぎらず、アメリカやヨーロッパはどうなのか。
日本では、警察が踏み込めない領域っていうのはあるのかどうか。
(生徒のおばちゃんの一人が、
「日本だと、皇居がそうかしら?」と言っていたけど、
皇居に犯人が立てこもったら、
宮内庁警察が入るだろう。)

これも、映画やドラマでは分からない韓国の一面。
そして、考えたこともない価値観でした。
ちなみに、昨晩のハングル教室では、韓国で人気のあるチョン・ジヨンという詩人の「郷愁」という詩を聴いた。
ハングル教室に通い始めて、つくづく感じるのが、nikkouはこれまで、韓国を日本との関係でしかとらえてこなかった、ということだ。日本が植民地支配をし、そのせいで南北分断し、いまなお、経済問題や竹島・教科書などで、日本とホットな関わりが続いている彼ら、という認識ですね。
でも、李先生と話していると、もちろん、隣国として無視はしていないけれど、日本とは無関係に、文化や歴史や政治を築いてきている独立した国なのだ、というごくごく当たり前の見方ができなくなっていたことに気づいてはっとさせられる。日本との関わりも大事だけれど、それはそれとして、ひとつの独立した文化と歴史をもつ国として、尊重し、理解する、ということも大事なんだろうなあ、とここのところ、本当に強く感じる。

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December 05, 2011

がむしゃら君の生き方

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先週の金曜日、夫と三谷幸喜監督「素敵な金縛り」というコメディ映画を観に行く。
深津絵里が演じる失敗続きの弁護士が、
転んでも、つまづいても、まけるもんか、と、がむしゃらに立ち向かっていく様子に
なんだか親近感。
夫からも「nikkouさんとキャラがかぶるんじゃない?」と言われた。
私も、職場の同僚たちにはあんなふうに見えているんだろうか。
でも、不器用な人間が人並みの結果を出すには、
がむしゃらにがんばるしかないんだよな。

先々週の水曜日には、兵庫の宝塚で、宝塚歌劇を観てきた。
宝塚を見ると、ラストの大階段で必ず泣く、というのは聞いていたけれど
予定調和のこの話の、どこで泣くんだ、と
半ばバカにして、思いっきり油断しておりました。
ええ、油断しておりましたよ。
だから、ラストで、―― あれ、なんの涙だ、これ? ――と思いました。
なにに泣かされたのか、っていうと、
それはもう、ひとえに、トップ女優さんの役者魂に尽きる。
トップ女優さんは、その他大勢とまったく違う扱いで、ずっーとスポットライトがあたっていて、
ひとり出ずっぱりの、歌いっぱなし躍りっぱなし。
彼女が、台詞ひとつ噛んだり、ダンスを一歩踏み外したりすれば、
すべての舞台がおじゃんになるだろう、とはらはらするほど、彼女に劇場中の視線が集まり続けての、
ラストの大階段なわけでした。

トップ女優さんは、深津絵里演じる弁護士と真逆、
ひとつの失敗も許されない。
でも、その緊張感を微塵も感じさせないほどスマートで華麗で、
自分とは遥かに遠い存在であることよのー、と思ったものです。

さて、昨日の礼拝で、
川崎教会の牧師、通称ティーチャーが、
「自分と同じ者として、隣人を愛せよ」という主のことばについて、
「どういうことなのか、ずーっと考えてきたんだけど」
と言った。
「ずーっと考えてきたんだけど、
最近、こういうことかな、って考えているんです。

世の中には、たしかに、やなやつがいて、
そういうやつとは、付き合わないっていう処世術もある。
でも、自分だけは、どんなに嫌いでも、別れたり、距離を置いたりできない。

もし、『やなやつ』が、主が出会わせてくれた隣人であるなら、
好むと好まざるとかかわらず、勝手に切り捨てたり、見限ったりできないんじゃないか、
『自分と同じ者として』っていうのは、
そういうことなんじゃないか、
って思うんですよね。」

それで、はたと、
仕事の取引関係のある若い男性のことを思い出した。

昨年からよく売り込みに来るようになった写真のエージェントの営業マンなのだけど、
不器用なnikkouから見ても不器用な人で、
忙しい時間や季節にアポなしでやってくるわ、
こちらの仕事の中身を理解していないわ、
売りこんでくる商品は的外れだわで、
あー、この人、この仕事向いていないんじゃないかなあ、と
ちょっと気の毒だった。
ただ、とにかく「がむしゃら」で、
しょっちゅう売り込みに来る。
nikkouより10歳は若いかなあという感じだったので、
10年「がむしゃら」やってれば、すこし、人並みになるかもよー、と
無責任に眺めていた。

ところがそのうち、ぱたりとこなくなり、
そして、先日、
別の、もっと遣り手な感じの営業マンが挨拶に来た。
なんでも、その不器用な彼は、病気になり、会社に来なくなり、
そのまま引き継ぎもせず、やめることになった、という。

がむしゃら君、折れちゃったのかなあ。

宝塚トップ女優と程遠い、がむしゃらタイプnikkouとしては、
がむしゃら君の、会社に行きたくなくなって、やがて本当にやめちゃう気持ち、
それほど想像に難くはない。
がむしゃらタイプにとって、
仕事で一番しんどいのは、じつは、人間関係だ。
仕事そのものは、まあ、最終的に帳尻があえばいいと思っている。
ただ、スマートタイプと同じ結果だとしても、
がむしゃらタイプは
その過程で、人間関係の摩擦でもって、叱責やら罵倒やら、女子の場合はセクハラやら蔑視やら、
まあ、それはそれは、たくさんの試練にあうわけで、
なんで、わたしばっかり、こんな嫌な思いをするんだろう、と思うことは少なくない。

ただ相手に嫌な思いをさせられるだけじゃなく、
相手に嫌な思いをさせたかも! それで怒らせたかも!なんて、考えていると、
すくんじゃって、仕事に出ていけなくなっちゃうよね。
nikkouだって、怒らせちゃった結果、会ってもらえなくなった相手が何人も(!)いる。
よく、それで仕事を続けているもんだと思う。

それでもnikkouが、なんとか折れずに進んでいけているのは、
ティーチャーの言葉を借りれば、
「主が出会わせてくれた隣人」という考え方のおかげだ。
これは断言してもいい。
何度も、その考え方で切り抜けてきたから。

世界観が、「いやなヤツと二人だけ」になってしまうと、
社会を突き進む気力は萎えてしまう。
ここに「主」という第三者が入ってくると、
しんどいのはそのままだけど、
案外、突き進む勇気が、相手と関わる力が、折れずにすむんだよね。
主よ、ご覧じあれ、ガンダム―じゃなかった、nikkou行きます! ってノリです。
突き進む先に、ちゃんと通り道が用意されていることを信じているしね。

がむしゃら君とは営業されるだけの関係だったので、
もう会うことはないかもしれないけれど、
そのままひきこもってしまうことのないよう、祈ってる。
今はすこし休んでいても、
また、がむしゃら君なりの活躍の場が与えられますように。
そして、願わくは、その傍らに、主の支えがありますように。

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