May 25, 2009

仏教について学ぼうと思う

先日、相方とふたりで柴又帝釈天に散歩に行って来た。
寅さんの実家のモデルとなったお団子屋でお団子を買って食べ、お土産屋をのぞき、帝釈天の大門をくぐり、そして、本堂に入ると、お坊さんが勤行している。
本堂の畳の上に座って、お線香の香りをかぎながら、お坊さんの勤行の声にしばらく耳を傾けた。
相方も後から入ってきて、一緒に座って眺めていたのだけれど、ふと、「撮影禁止」の看板の隣に、「参詣の方は、帽子をぬいで、座ってください」という看板を見つけあわてだした。
相方に促されて本堂を出、しばらく口論になる。

「ここに帽子をぬいで、座っていることは、異教の神の参詣をしていることになる」と相方。
「そんな大げさな。見学をしているだけではないか。では、帽子をかぶって立って眺めていれば、参詣にならないのか」とnikkouもちょっとムキになって反論。
「それは相手に失礼だから、本堂には入らないで、外から見学すればいい」と相方。
「それでは、見学したことにならない。そんな『見学』なんか、全然納得がいかない。
だいたい、私の実家では、毎日仏壇に線香が焚かれていた。
そういう環境で育った私にとって、線香の香を嗅いでリラックスするのは、文化であって宗教ではない。」
「文化というのが曲者だ、文化だから宗教ではないという論法で、戦時中の日本基督教団は宮城礼拝をしたのではないか」
「宮城礼拝と文化の問題は異なる。わたしは、宮城礼拝の強制には断固闘う。
それでは、あなたは、京都や奈良の神社仏閣を、ブルトーザーでぶちこわしても構わないというのか」
「それはまた極論だ」
平行線であります。

まあ、この日はなんとなく、育ちの違いからくる主観的な問題ではないか、というあたりに収まったのでありますが、
そんな喧嘩をしている最中に、相方が「nikkouさんは、ゴスペルシンガーズのリーダーなのだから、言動に責任を持たなければならない」という趣旨のことを言いました。
nikkou、まあ、多少ムキになってはいますが、それじゃあ仏教について勉強してみようじゃないの、
本堂で帽子を脱いで座ることは、はたして参詣になるのか見学の範疇なのか、
仏教の教義の上から検証してみようじゃないの、と思い始めました。

ちなみに、相方が言った「福音派の人たちは、神社の鳥居をくぐることも、仏閣の大門に入ることもしない」という台詞にはうなづきかねます。
nikkouは、自分で調べ、自分の頭で検証する。
もちろん、人の意見を参考にはするけれども、どんなエライ先生の言動であっても、どんなにプロテスタント最大教派の共通認識であっても、それに無条件に従うことはしない。
nikkouは、たとえば仏式のお葬式でクリスチャンはどうふるまうか、ということを、牧師に言われたとおりにしたり、「クリスチャン大百科」を読んでそのとおりにしたりということが大嫌いである。
もちろん、参考にはするけれど、ひとつではなく複数の考えに当たるべきだと思うし、なによりも自分で聖書を読み、祈って考えるべきだし、
そもそも最終的に判断するのは、それらを自分の頭で検討を重ねて、納得したうえでのことだと思う。
牧師の考えと違ったとしても、よーく考えた結果であれば、何の臆することもなかろう、と思う。
私には、考える脳味噌を、神様から与えられているのだから。

神道に関しては、一応国文科出身なので、大まかな知識はある。
有名な神社に関して言えば、それがどのような意図で建立され、どういう行動が宗教行為になるのか、ということも、ある程度の知識は持っているつもり。
たとえば伊勢神宮と出雲大社については、古事記・日本書紀・出雲風土記を概要ではありますが知っていますし
参考書としては西郷信綱「古事記の世界」(岩波新書)が一番理解の助けになったように思います。
「日光東照宮」は、そこの宮司さんやお坊さんの話を聞いて「江戸時代は完璧に政治施設であり、現在は完璧に観光施設である。」と理解しました。
地元の「お稲荷さん」には、「江戸名所図会」や「日本の米」などを読んで当時の農民の切実な信仰が込められていると感じました。
したがって、伊勢神宮、出雲大社、日光東照宮は、歴史的建造物として見学し、興味関心を寄せていますが、手水を使ったり二礼二拍手一礼はしません。
お稲荷さんは、参詣の対象として尊重し、共感を寄せ、敬意を払いますが、やはり手水を使ったり二礼二拍手一礼はしません。
いずれにしても、鳥居をくぐらない、という形で回避することはしません。

ただ、仏教については、教養過程で「仏教概論」くらいしか学ばなかった。
その知識も、いまや曖昧であります。
なので、さっそく書店に行って、仏教書や新書・文庫・選書等の棚を眺めてきました。
いくつかの本の目次や前書きを眺めて、まず見当がついたのは、
「仏教」とは
インドで「ゴーダマ・シッタルーダ」が提唱した思想と、
中国・朝鮮を経由して日本に入ってきた際に、時の国家権力と結びついたり反抗したりするなかで、別の思想体系へと変化していった「日本仏教」というものとがある、ということ。
このふたつは分けて考えたほうがいいのかもしれない。

というわけで、「ゴーダマ・シッタルーダ」の最古の言行録である「スッタニパータ」(岩波文庫「ブッタの言葉」)を買ってくる。
まずここから読破して、その後、日本仏教の概論を読み、その中で、一番日本の仏教に影響を与えている宗派の経典を読んでみよう、と思います。
その際、キリスト教との比較で批判的に読むのではなく、まず全面的に肯定する姿勢で読もうと思う。

今回は、まあ、多少夫婦喧嘩の延長のところもあるけれど、良い機会だとも思う。
検討の結果、クリスチャンをやめて仏教徒になっちゃうこともあるかもね。
まあ、時間はかかるかと思いますが、ここは自分にとって避けては通れないところだ、とも思います。

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May 22, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(4)―ゴスペルのひととき(後編)

(前編より続く)この祈祷会で、集まった30人ほどのディレクターたちのお祈りの課題……いや、自分がどういう状況にいて、神様からどのような恵みを与えられたか、という「証(あか)し」を聞くにつれて、
nikkou、自然に、心が変化していくのを感じました。
まず、胸にじわじわと広がってきたのは、
「なぜ、私はゴスペル讃美をするのか」
という根本的な問いかけ。
そして、
「なぜ、無教会の仲間たちと一緒にゴスペル讃美をするのか」という、
本当は一番最初に考えなければならなかったこと。

それは、…ああ、楽しいからだ。
ゴスペルを通じて、自分の力いっぱいの讃美を神様に捧げるのが、楽しいからだ。
どうして、それを忘れていたんだろう。

自分がお祈り課題をいう番になり、
「80人の、ゴスペル初心者を、アカペラで、ディレクションするという状況に置かれています」というと、
なぜか、どーっと大笑いされる。
大笑いされて、にわかに、肩の荷が下りるのを感じた。
「あ、笑いごとなんですねー、これ。超悲惨な状況かと思っていた」というと、またもや、どっかんどっかんウケる。
「今までとはまた違う、新しいステップに挑戦してみろ、という神様からのメッセージなのかな」というと、
「そうだよ!」という声があがり、
うんうん、うなづいてくれる仲間がいる。

ひとりでオロオロしていた自分が馬鹿に見えてきた。
神様は、きちんと、助けを与えてくれていた。
もっと早く、神様に相談すればよかった。

その週の川崎LittleLIghtのリハーサルでは、LittleLightのメンバーである高橋誠牧師に相談。初めてゴスペルを歌う人へのシェアの仕方を教えてもらい、「伴奏のカラオケ、作ってあげようか」とまで言ってもらう。

また、ふと思いついて今回の全国集会に参加するTさんに
「伴奏をお願いできる人、いませんか」とメールすると、即座に「私でよろしかったら、ピアノを弾きます」という返信が!
と同時に、一人で背負い込んでおろおろするな、という教訓を生かして、小舘兄にメール、
「ゴスペルのリハーサルを、小舘さんにもイメージしていただきたいので、
クワイアーのリハーサルを、見学にいきませんか?」というと、これまた、すぐに了解の返信!
直近のリハーサルが行われている小岩のクワイアーに行くことになりました。
小岩のクワイアーのリーダーである小澤寛子さんからも、「待ってます!」の返信。
ああ、助けられています。

小岩のクワイアーでは、
「こころを尽くして」というピアノ・コージさんのゴスペルと、
「Total Prase」を讃美、
nikkou自身、初対面の人たちとも、神様の前では気兼ねなく讃美する、という快感を思い出し、
小舘兄は「あまりの素晴らしさに、カルチャーショックを受けた。」と熱い感動を語ってくださったのでした。

全国集会の直前には、登戸学寮という無教会の学生寮で、学生さんたちとリハーサルをさせていただきました。
登戸学寮の学生さんたちがまた、歌がうまくて。
あっというまに曲を理解してしまうことに、舌をまきました。
私自身、すこし感覚がつかめ、Tさんの伴奏に対する信頼感も与えられました。
さらに、リハーサルに来てくれたAさんがギター伴奏で参加してくれる、とも!
さらにさらに、参加者も80人ではなく20人程度、という小舘兄の報告にほっとしながら、当日に臨んだのでした。

さて、当日。
自己紹介で、どきっとする声がありました。
「私は仏教徒で、あまり考えずに、この集会に参加してしまったのですが、ゴスペルを歌える、ということで、楽しみにしています。」
…そ、そうですか。
nikkou、緊張いたします。
と、同時に、
この彼女に楽しんでもらわなければ、
この彼女に、ああ、ゴスペルっていいなあ、と思ってもらわなければ、
と責任を感じました。

さまざまなプログラムは順調にすすみ、
とうとう、ゴスペルの時間。
nikkou、直前にトイレに駆け込んで、ひとり、祈りました。
神様、あなただけを見上げ、あなただけを心から喜んで讃美できるようにしてください。

26名の参加者の前に立ち、祈り、そして、
「This little light」(この小さな光を)、
Lyreの「もちいてください」、
「Amazing Grace(おどろくばかりの)」を讃美。
無我夢中ではありましたが、ふと気付くと、
全身をそらすようにして大きな声で讃美している兄貴、
軽快なステップを踏んでいる姉貴、
自己紹介の彼女も笑顔で大きな口をあけ、
輝くばかりの顔、顔、顔、そして、思いがけないほど大きな声に包まれていました。
(あとで、夫のところに来たある参加された方のメールには、
ゴスペルの時間について、
「歌は苦手なのですが、気がついたら、大きな声で歌っていました」という一文がありました。)

これはもう、nikkouの力ではありませんね。
やはり、神様の国からの風、「聖霊」が吹きわたっていたに違いない。
本当に、すばらしい讃美のひとときでした。

あとで夫から
「nikkouさん、ディレクションがうまくなっていて、びっくりした。まりりんさんみたいだった」と言われました。
「まりりんさん」とは、nikkouが長いことメンバーだったシャローム・ゴスペル・クワイアーのディレクター。
知らず知らず、多くの影響を受けていたのでしょう。

小舘夫妻、登戸学寮の学生さんたち、高橋誠先生、
讃美の相談を受けてくださったNさん、
ピアノを弾いてくださったTさん、
ギターを弾いてくださったAさん、

小岩のクワイアーの小澤寛子さん、
久遠Nu Praiseの坂上悦子さん、
祈祷会のリーダーの粟野めぐみさん、
ディレクターの仲間たち、
シャロームの「まりりん」さん、
わが夫、
青年全国集会で一緒に讃美してくれたおひとりおひとりに、
こころから、感謝。

そして、なによりも、
すべて、きちんと道筋をつけて導いてくださった、わが主に、感謝。
この道筋の、ひとつでも、順番が狂ったり、一人でも欠けたりすれば、このひとときは、与えられなかったのではないかと思う。

頑固なnikkouのエゴも、砕かれ、溶かされたのでした

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May 19, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(3)―ゴスペルのひととき(前編)

小舘兄から青年全国集会の企画を知らされた数日後、さらに一通のメールが、nikkouに送られてまいりました。

「プログラム案を書いた後で思いついてしまったのですが、
ぜひともどこかにみんなでゴスペルをうたうようなコーナーをもうけ、
nikkouさんにご指導していただきたいのです。
ご協力をお願いできませんでしょうか。」

じつは小舘兄、わたしたちの結婚式にも出席してくださって、入退場の際、友人たちが讃美してくれたゴスペルにとても感心していらしたのでした。
いつか無教会でもゴスペルを歌おう、とお考えだったのかもしれません。
正直にいいますと、nikkou、この時点で、「全国集会ったって、どうせ、10人前後の参加だろうな」とタカをくくっておりました。
10人くらいなら、川崎Little Lightだって、それくらいの規模になったことがありますし、久遠Nu Praiseでときどきディレクションを振られるときも10人前後です。
そのくらいの人数ならアカペラで小曲ならなんとかできるだろう、と、
あまり考えずに
「やりましょう!」と承諾してしまったのでした。

ついでに、全国集会のプログラム中の讃美も、
日本キリスト教団の「讃美歌」からのみで、ちょっと固いのではないか。どうせなら、新しい讃美もたくさん入れたほうがいいのではないか、
と小舘さんに進言。
「ヒムプレイヤーにそれしか入っていないのだけれど、ほかに伴奏があればいいのでは」という返信に力をえて、
(今思えば)nikkou、
…暴走いたしました。

徳島聖書キリスト集会の勝浦さんがカラオケをつくっていらしたはず!と徳島のNさんに電話、
思いつくかぎりのワーシップソングを挙げ、
プログラムの改変を提案したのでした。
当惑していらしたのはNさん。
「ワーシップソングでは、歌ったことがない人もいるんじゃないかと思うんです。変更するなら『讃美歌』を『讃美歌21』にするとか、『聖歌』を『新聖歌』にするとかくらいのほうがいいのではないでしょうか。」

…思い返すに、賢明なアドバイスだったと思います。

ただ、nikkou、すっかり舞い上がっておりましたから、「固いなー」と憮然としました。
夫にも「こうなったら、すんごいすばらしいゴスペルを紹介して、度肝をぬいてやるわ!」と息まいたりしておりました。
そんなわけで、少し気持ちが沈んでいるところに、
さらに、小舘兄から
「参加者は80人くらいになりそう(!)」という情報が入ります。
nikkou、にわかに不安に襲われました。

「ゴスペルが好きではない人がいる(と、nikkouが勝手に解釈した)80人もの、ゴスペル初体験の人を、アカペラでリードするなんて、ハードル高すぎ!」

さてこうなったら、選曲からまずとりかからねばならないとエゴむき出しでがつがつしているところへ、
ふと、久遠NU Praiseの坂上悦子さんから、メールが舞い込んできました。
「今週末、ゴスペルのディレクションをしている人限定で祈祷会があるんだけれど、来る?」
おお。天の助け。先輩ディレクターたちにアドバイスを求めにいこう!
とnikkou、「喜んで、行きます!」と返信いたしました。

ところがその祈祷会で、リーダーの粟野めぐみさんは、最初にこう言うのです。
「祈祷会のルールとして、次のことを守ってください。

1)ここで話されたことは、絶対に秘密にすること。
2)お祈りしてほしい課題をいうこと。愚痴をいわないこと。
3)アドバイスを求めないこと。

えー。アドバイスを求めちゃいけないのー、とがっかりいたしました。
ところが、nikkou、この祈祷会で、ほろりん、と頑固なエゴが溶かされたのです。
(後編に続きます)

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May 14, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(2)

Dscn0968 2日目は、小舘美彦さんのリードで、内村鑑三の信仰論について学ぶことからスタート。このあたりが「無教会」らしさであります。

nikkou的に、心にコツン、とぶつかってきたのは、
「信者の義はその(十字架の)中にあるのである。それが広義となりて社会に現れ、善行となりて世の称賛を招くに至るのを待つ必要はないのである。」(「信仰の強弱」より)
「多くの人は信仰に達っせんと欲するがゆえに達しえないのである。信仰に達する真の道は、達っせんと欲する努力をやめて、自己をそのまま彼の御手にゆだねまつるにある」(「信仰の道」より)、
「神を愛し、罪を恐れず、十字架上のキリストを仰ぎみておのれにかえりみて自ら神前に義たらんとつとめず、これ大胆者の信仰である」(「大胆なる信仰」より)

という文章。
小舘兄は、内村鑑三が、「私たちはことさら愛や善行を実践する必要がないこと。ただひたすらすでに十字架において救済が達成されていることを信じさえすればよいと述べる」。
つまり、「信仰よりも愛の行いや善行を優先してしまうことは間違っている」と主張したと解説。
ただ、「愛の行いや善行そのものを否定したわけではない。信仰の恵みとして愛の行いや善行が生まれることはもちろん良いことであるし、信仰を強めるために努力して愛の行いや善行を行うこともよいことなのである。」
そして、このような信仰観(信仰そのものが目的であり、愛や善行は恵みないし手段であるという信仰観)から、「多少の間違いを犯してもよいから、神の前に正しいと思ったならば、がんがんチャレンジして生きろと呼びかける」と解き明かしてくれた。

小舘兄、最後に「『いや、それは違うだろう』と思う人もいると思う。それは結構なんです。内村が100%正しいなんてことはないから。みなさんの経験と照らし合わせて、内村の言葉をよく考えてみてください」としめくくった。
ああ、こういう感覚が健全だよなあ、カルトじゃないまともな宗教って感じがするなあ、と思いつつ聞いておりました。

じつは参加者から挙げられた「信仰上の疑問点」に、「ほんとうにキリスト教とは、一番すぐれた信仰なのだろうか? 私の知っている仏教徒には、本当に尊敬すべき人格を持ち行動もされている人がいる。」「『キリスト教は、一番すぐれた信仰』という考えは高慢ではなかろうか」というのがあったのです。
もう、これはねー、日本でクリスチャンやっている限り、避けて通れない問題ですよねー。オール・クリスチャンの、アメリカ南部の黒人教会じゃあ、まずあり得ない疑問だろう。
それに対して、今日ひとつの答えが、内村鑑三から示されたな、と思ったわけです。
別に、人格者になるため、善行をするために、私たちはキリスト教信仰が与えられたわけじゃないでしょ、というのが内村鑑三の考えじゃないか、と思ったのです。なんせ、彼は儒教道徳をバックボーンにもったお侍さんだったわけで、儒教道徳をまじめに守ったほうが「人格者」になれたかもしれない。
でも、どの宗教が優れているかどうか、とか、どうしたら人格者になれるのか、なんていう問いかけなんかふっとぶような、(吉村孝雄さんの言葉でいえば)圧倒的な迫り方、(nikkouの実感からすると)すごい開放感でもって、信仰が与えられて、結果的に、人格者になる人もいるかもしれない(ならない人もいるかもしれない。あたしみたいに。)。
「キリスト教が一番すぐれた信仰」かどうかは、nikkouには、わかりません。nikkouも、すごくすばらしい仏教徒の人を知っています。古い神社仏閣を散策するのだって好きだ。
でも、人格者になれるかどうか、ということは、あまり比較基準にならないのかもしれない、と思った。nikkouの人生においては、主イエスが開放を与えてくれた。それだけは確実に言える。
ただ、こんなことを考えられるというだけでも、この日本に生れてよかったんじゃないかな、と思いました。

続いて、昨日同様、ディスカッションの時間がもたれました。
「信仰とはなにか」という今回のテーマについて、「逆に、信仰がない、とはどういうことか想像してみよう」
「神様は、信仰をわたしたちに与えることで、何を望んでおられるのだろう」というテーマが小舘兄から出される。
後者については、「そんなの、神様しかわからないんじゃないの」という声があがる中、わたしのいたグループからは「昨日のゴスペルでしょ。This little light of mine!(神様が私たちの内に与えてくれた小さな光を輝かせよう、という讃美)」「こうやって語り合う中で、エマオの旅人みたいに心が燃えてくること」という名言が飛び出しました。
アーメンでありました。

「青年会のブログ」にも、今回の報告が載っています。Lamb's Foldー青年会のブログー : 青年全国集会に参加してきました

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May 13, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(1)

Dscn0966_3  ゴールデンウィークの5月5日・6日に、夫婦で「キリスト教・無教会青年全国集会」に行ってまいりました。テーマは「信仰を持って生きるとは」。
とても楽しく、充実した一泊二日となりました。

名古屋の小さなホテルで、総勢26名、全国から集められた無教会にかかわる同世代が、ディスカッションをしたり、祈りあったり、そしてゴスペルを歌ったり(!)しました。

冒頭に、青年全国集会のリーダーで、無教会の若い伝道者でもある小舘美彦さんから、青年全国集会の三原則が掲げられました。

1)恐れずに、正直に心を開くこと。言いたいことは遠慮なく口にすること。
2)たがいに尊重しあうこと。他人をバカにしたり、傷つけないように配慮すること。
3)打たれ強くなること。傷ついても、神様がくださった試練だと思ってぐっとこらえること。

三原則が守られたのか、2日間、さまざまな機会でもたれた話し合いで、私自身は一回も嫌な思いをすることなく、楽しく語り合うことができました。(でも、私がだれかを傷つけたりいやな思いをさせたりはしたかも。この場を借りて、ごめんなさい。)

最初の聖書講義は、徳島聖書キリスト集会の吉村孝雄さん。唯物論者ばーっかりだった大学生時代、ある日一冊の本によって主イエスに出会い、まったく変えられてしまったこと。仏教も勉強したし、コーランも読んだけれど、そうしたほかの宗教と比較して、キリスト教がいい、と思ったのではなく、圧倒的な力で主イエスが迫ってきたこと。「信仰」とは、自分で選びとったり、研究の対象とするものではなく、一方的に与えられ、圧倒的に迫り、今生きて働いているものであること。そして、今日集った若者から、主に促された働き人が起こされることを願っていること。
・・・そんなことを話されました。

その後、小グループに分かれてのディスカッションがあり、参加者から出された信仰上の悩みが語り合われました。たとえば、
「クリスチャンとして生きてくためには、群れが必要なのでしょうか。同じクリスチャンの群れであるはずなのに、そこにいると苦しくなってしまうのはなぜでしょうか。」
「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい、というみことばが好きなのに、他人に対して怒りをコントロールできない。」…などなど。

なかなか率直な打ち明け話がされ、お互い一生懸命、考えたり、励ましたり。nikkouのグループでは、「でも、怒りのない人って、気持ち悪いですよー。なんか、仮面をつけているみたいで」という大学生がいたので、nikkou思わず、
「そうそう。いつも怒らないでにこにこしている敬虔そうなクリスチャン、ってムカつかない? いきなり水をかけるとか、そういう意地悪をして、どこまでやったら怒り出すか試したくない?」と言ってしまい、「いや、おれ、そこまでえげつなくないっすから」とドン引きされてしまう。
「あー、こういう話できるだけで、すごいうれしい。自分の通っている礼拝で、そういう話をすると、『信仰が足りない』って言われたり、たくさん本を渡されたりとか、するばっかりで、ただ、心のもやもやを打ち明けたかったんだよねー」という兄貴もいて、終始、のびのびした話し合いでありました。そう、「分かち合い」が必要だったんだよね。もちろん、指導や教示がありがたいときだってありますが、まずは「そうそう」と受け止めてくれる友が必要なときもあります。

その後のゴスペルの時間では、This little light of mineと、Lyreの「もちいてください」を讃美。nikkouがディレクションを担当させていただきました。
この讃美の準備を通しても、大きな成長を促されたように思いました。長くなるので、それはまた項を改めて書きたいと思います。

「無教会青年全国集会」2日目の話につづきます。

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April 18, 2009

引っ越しました

Dscn0956_3

3月初旬に、東京近郊に引っ越しました。物心ついて以来、東京23区外に出たことがなかったので、周囲がとても新鮮です。

家の前には農家があって、今は菜の花がとてもきれい。数日前の雨には「畑の水やりができてよかったねー」と思ったものです。通勤電車の最終車両は「行商専用車」で、おおきな荷物を背負ったおばさんたちだけしか、乗り込めません。私も、6月の営業シーズンには、教科書を背負って乗せてもらいたいけど、だめかね。バスは後乗り、後払い。数駅ごとにバス料金が値上がりするのにドキドキします。

そんなこんなで、ちょっとした田舎ライフを楽しんでいるところ。

ブログもずいぶん寝かせてしまいましたが、ぼちぼち再開いたします。

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February 09, 2009

「アガペー」はさびしい

41afz9wtvel__bo2204203200_pisitbsti 『サーバント・リーダーシップ』(ジェームス・ハンター著)を読む。

「神の愛=アガペー」とは、「敵をも愛する愛」である、
とは、礼拝やクワイアーで、さんざん聞かされる言葉ではある。

たいがいどこでも、そんな話のあとは、
「主よ、しかし、わたしは、敵を愛する心をもちえません。この罪深きわたしをお赦しください。」と祈って、おしまいになる。

だがしかし。
本書では、「敵を愛する」とは、けっして「敵に好意を持て」という意味ではない、という。

じつはこれも、礼拝やクワイアーで、さんざん聞かされる話である。たいがい、キング牧師の
「われわれは、別に『敵に好意を持て、仲間が殺されようが、石を投げられようが、敵に好意を持て』と神に命じられているのではない、『敵を愛せ』とは、どんなに好意が持てなくても、敵に、礼儀正しく、忍耐をもち、フェアな態度で接しなさい、という意味である。」
という意味の言葉を引用しつつ、
それが、主イエスの、生涯を通じて示した、愛の形である、と説かれる。

本書では、それをビジネスにおけるリーダーのふるまいに適用せよ、と勧める。
まあ、たしかに、いけすかないからといって部下や同僚を、いじめたり、窓際に追いやったりする上司は持ちたくない。

さらに、本書で、「アガペーは、やろうと努力すれば、できるはずだ」という。
これは、ちょっと、面白いと思った。
たしかに、「アガペーは、神しかできないので、私はしません、すみません」ですまないのが、人間社会のつらさであり、面白さでもある。

なるほど、神の愛とは、エロースや、フィレオーとは違う、公平な行為であるわけか、と
わが職場と、わが上司や同僚を思い浮かべつつ、理解した、と思ったところで、
一晩おいて、
今朝のことである。

「ああ、神様、今日も一日、わたしを愛してください」
といつものように、祈って、
はた、と思った。

神様は、わたしを、アガペーで愛しているんだなあ、と。

そして、
正直、思いました。

…さびしいなあ。

いや、頭ではよくわかるんです。
神は、悪人にも善人にも、公平である、と。
どんなに神の思いに反する者であろうと、神は、その人に、礼儀正しく、フェアで情け深く、忍耐深く、接するのだ、と。
だから、わたしがいかなる罪を犯そうが、神はわたしを見捨てない、と。

でもさ、
やはり、ひとは、誰かに可愛がられたい、といいますか、
誰かの秘蔵っ子、誰かのいい子、誰かのごひいきさんでいたいものではないか、と。
つまり、わたしは、神様に気に入られたい、と思っていたわけですよ。

でも、神様は、私に対して、そういう「愛」を持っているわけではないんですね。

これは、クリスチャン6年目にして、
はじめて抱いた思いであり、
はじめて気付いた悟りでありました。
わたしは、神の愛を、エロースとごっちゃにしていたんでしょう。

なんだか、「神はこの世をひとしく愛する」という意味が、
いままでとまったく違って感じられて、
朝の通勤風景が、厳粛に見えました。

そう、厳粛。
冬の空気に似て、とても透明で、締まっていて、
「神の愛」という言葉に、まったくの甘さがないまま、静かに心に満ちた。

今日も、世界は、神の愛に、満ちておりました。

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January 05, 2009

あけましておめでとうございます

久々の更新です。

26日に仕事納めをした翌日、相方が単身赴任をしている青森・六ヶ所村に飛び、そこでダウン、まる二日間寝込んで、ようやく回復したころ、相方の実家仙台に帰省し、そこでお嫁さんをやりながら年を越しました。

年明け、東京に戻ってようやく年賀状を出し、持ち帰った原稿を読み、本日、仕事始め。

毎年のことながら、nikkouは年末年始に忙しくなる季節労働者なのです。

まだしばらくは更新できなさそうなのですが、ご心配くださる友のメールや年賀状に申し訳なくもありがたく、こんな感じで元気に動き回っています、というご報告も兼ねて、本年もよろしくお願いいたします!

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October 30, 2008

山谷伝道所の礼拝で讃美

この間の日曜日(10月26日)、友人のLammyさんのお誘いで、川崎リトル・ライト・シンガーズ(通称リトライ)の仲間たちと、山谷伝道所の礼拝に参加してまいりました。
リトライは、特別讃美の場も与えていただいて、礼拝で1曲、給食タイムに6曲、全7曲、讃美することができました。

山谷については、山谷伝道所のブログ(
こちら)が分かりやすいので、引用させてもらいます。
伝道所のメンバー、マルコとルツというにゃんこが紹介しています。

山谷は、日雇い労働者の街だったらしいけど、今は、経済停滞期のため、路上で生活をする人、日雇いの人、生活保護を受けて簡易宿泊所(ドヤというんだよ。)で生活している人が
まぜこぜで住んでいる街なんだ。
いろんな経歴の人がいるんだけど、共通しているのは、
大きな悪さは出来なくて、とてつもなく不器用なことかな。
要領よく口八丁手八丁で世間を渡り歩くことが苦手みたい。だから凄く素朴な感じだよ。
山谷は質の悪い人が集まって怖いところだと思っているかもしれないけれども、
金儲けが巧で羽振りのいい人と山谷の人とでどちらが質が悪いかは、
皆さんちょっと考えると直ぐわかるよね。

山谷伝道所は山谷のど真ん中にあって、こういう山谷の人たちが、ホッと出来る場所なんだ。
山谷伝道所はホームレスとか路上生活者とかいって一緒くたんにするんではなく、
一人一人を個性ある人間として、対応する場所なんだよ。
特に、心に傷を負って荒んでいる人でも休める所なんだ。

その時は、僕らが接客係として優しく対応するよ。
どうしてそんなことをするんだって?
それは、山谷伝道所のご主人であるイェスという方の方針だからなんだ。
僕らだってそれで救われたんだからね。

日曜日には朝は10時半から礼拝というのがある。
讃美歌を歌ったり、なにか、よくわからないけど、たまには心に染みる話もしてくれるよ。
(ここだけの話だけど、瞑想するふりをして寝てしまうこともあるんだけど。)
同じく日曜の夜には路上で、伝道会と給食(炊出)をやるんだ。
250人くらいが出席するよ。雨でも決行!メニューはほとんど雑炊だね。
路上生活のオッチャン達と色々ふれあえる場面だよ。

お誘いいただいたのは4月でしたが、その後、スケジュールの調整などに手間取り、半年後の特別讃美実現となりました。
この半年間、リハーサルのたびに、山谷にむけて祈らされたことで、しだいに、メンバーの気持ちも山谷にむけて、まとまってきました。
メンバーのみならず、リトライが本拠地にしている川崎教会や、メンバーの家族の中でも話題に上り、
この半年間で、ひとりひとりの山谷への関心は、当初に比べてずいぶん高められてきたように思います。
お恥ずかしいことながら今までnikkouは、山谷という街、人々、そしてその歴史に対して関心も薄いままでした。
本当によい機会が与えられたと思います。
当初は、なかなかまとまらないスケジュール調整に、自分の管理能力を試されているのかしら、なんて思いましたが、そうじゃなくって、神様から準備に必要な時間を与えられていたんですね。

さて、当日ですが、じつはリトライ初の野外ライブ。
「野外」というか、たまに車も通る「路上ライブ」。
給食に並んだ「山(やま)の人」(「
の人」を、伝道所の方たちはそう呼ぶ)とリトライと、道路の上で互いに向かい合っての讃美でした。
讃美をしながらまず感じたのは「気持ちいいなぁ~!」ということ。
「路上」という、通常、歌うところでも礼拝するところでもない場所で、声を限りに歌うって、すっごい爽快。
給食の列が前に少しずつ進むにつれて、前に立つ人も入れ替わっていくのですが、
ちらちらと私たちを見やるおじさん、
私たちを見つめていて列が進むのに気付かず後ろの人に促されているおじさん、
おちゃわんをお箸で叩いて調子をとるおじさん、
nikkouと眼があうと、はずかしそうにうつむいて、
 うつむいたまま、そっと目をあげてリトライを見つめるおじさん…と
なんだか、前を通るひとりひとりと握手しながら歌っている感じで、
それがまた、すごく面白かった。

解散後、山谷伝道所の方、そして友人のLammyさんから、感謝のメールをいただきましたが、
こちらこそ、リトライこそ、感謝!
こんな楽しいライブをさせてもらえるなんて!
本当にありがとうございました。
また行きたいと思います。

しかし、イエス様って、どこにでも行くのね、ほんと。
ゴスペルを歌ってこの6年、「主イエスがいるところへ讃美をささげに行こう」とあちこち誘われるたびに思うよ。
「あらまあ、ここにもいらしたんですか、主よ~」ってね。

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October 07, 2008

神様は何語でおしゃべりするのか

はじめに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は初めに神と共にあった。(ヨハネによる福音書第一章第1節~2節)

Music & Arts Japan 2008のあとすぐ、久遠教会での韓国語讃美礼拝があったので、ここんところ、短期集中戦で英語とハングルの歌詞を覚えなければならなかった。

韓国語礼拝では、「Make us one」(わたしたちをひとつにしてください)という讃美を歌ったのだけれど、韓国語だけでなく、日本語でも歌い、さらにnikkouが手話をつけることになった。しかも原曲は英語である。ちなみにこの歌は、フィリピンのタガログ語とスペイン語で歌ったことがある。

さまざまな言葉で「Make us one」を歌うとき、nikkouは、すごく不思議な感じがする。
神は、地上にあるすべての言語を理解するんだ。
それは、単に、「神様は語学力がずばぬけている方だ」というにとどまらない。
この一年間、ハングルを学び、
この五年ばかり、ゴスペルを歌いながら、白人英語にはない黒人英語のニュアンスというものを学んできたのだけれど、
学ぶなかで、言語の背景には、その言葉を使っている人間が属しているグループの歴史や文化や価値観が厚く積もっている、
ということをいやがおうでも感じさせられてきた。
日本語に単純に翻訳できない言葉、というものが、どの言語にもある。
逆もまたしかり。
日本語の「おつかれさまでした~」と「それじゃ、よろしく」は英語にできない、なんてのは典型例だ。

『幸福な王子』『ドリアングレイの肖像』『サロメ』などの寓話を書いた19世紀末のイギリスの小説家、オスカー・ワイルドは語学力に長け、2年ごとに新しい言語を習得、
ヘブライ語をマスターしたとき、
「これで、天国に行ったとき、神様と、神様の言葉でおしゃべりができる」といったそうであります。

でも、nikkou、「Make us one」を歌うたびに、思うんだな。
神様とのおしゃべりは、ヘブライ語じゃないよ、きっと。
ヨハネ福音書冒頭の「言(ことば)」というのは、
ヘブライ語とか、ギリシャ語とか、日本語とか、英語とか、韓国語とか、手話とか、そういう、具体的な「言語」ではないんじゃないか。
もっと、根本的というか、根源的な「言(ことば)」、概念としての「言(ことば)」のことだと思うのね。

人間の「この人に、伝えたい」「この人と、つながりたい」という思い、「神様に、訴えたい、伝えたい」という思い、
いや、そもそも神様のほうから「この人に、伝えたい」という思いがあって、
音や、イメージや、(手話の場合、体の動きになって)、漏れ出た「その音」「そのイメージ」「その動き」そのもの。
それが、「はじめに」あった「言(ことば)」なんじゃないかと。

そう思うと、
ヨハネ福音書の第一章は、「言(ことば)」の持つ「人恋しさ」を伝えているようで、なんだかちょっと切なく、そして、とても美しく感じる。

「この言(ことば)に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった。」(ヨハネによる福音書第一章第四節~第五節)

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