October 16, 2009

無教会全国集会2009(2)

「無教会全国集会2009」つづきです。

いざ、ゴスペルの分科会が始まってみると、
「讃美、大好きなんです!」
「ゴスペル、聴きに行ったことはあります。」
「一度、ゴスペルを歌ってみたいと思っていたんです。」
という方たちが、10人あまり。
nikkouのおぼつかないリードでも、一生懸命受け入れてくださって、
すごい早さで吸収されました。

そして歌い始めれば、なんといってもそこは、クリスチャンであります。
nikkouよりもずっと長い道のりを、主イエスとともに歩んできて、
歌詞の意味、その想いを、だれよりも深いところで、スッと受け入れる土壌はすっかり耕されていらっしゃるわけで、
逆にnikkouのほうが教わる思いにさせられました。

さらに、黒人教会の様子を映像で見たい、という小舘兄のリクエストに答えて、「Say Amen Somebody」という、トーマス・A・ドーシーの晩年を追ったドキュメンタリー映画を観てもらいました。
映画では黒人教会での讃美集会の様子が映っているのですが、
「Im His Child(私は神の子)」の熱唱を聴きながら、おおきなおじさんが、ぽろぽろっと涙を流したり、
「No way tired(わたしは疲れたりしない)」を聴きながら、歌詞の「神様が私をこんな遠いところまで連れてきて、ほったらかすわけがないわ」という歌詞に合わせて
「そうよ、ほったらかすわけがない!」と、大きな声で応じるおばさんの映像を御見せして、
「びっくりしましたか?」とみなさんにお聞きすると、うなづかれた方、何人か。
ええ、びっくりされると思います。
小舘兄の言葉を借りると、
「感情も、知性も、意志も、体も、全身全霊で神様を感じている」様子。

(実際に見ていただいた映像の一つ。歌っているのはゼラ・ジャクソン・プリンスで、「Im His Child」)

でも、向いている方向は、私たちと同じ一つの神様。

nikkouは、べつに黒人さんの真似をするのが正解とは、まったく思っていないけれど、
同じ熱い魂をもって、主を讃美し、祈りと希望をもって、平和と愛の神の国が来ることを待ち望む人が、
海を超えたところにいるんだ、ということを知るのは、
とても勇気づけられる気がいたします。

短い時間で、少々詰め込みすぎて(これは、nikkouの深い反省点なのですが)
お疲れになった方もいたかもしれませんが、
コンサートも、熱のこもった素晴らしいものになりました。
「Amen」という歌では、イエスの生涯を語るのですが、
「主イエスは復活された! アーメン!
 ハレルヤ! 私たちのために死に、そして永遠に生き続ける! アーメン!」という9番は、
いままで歌ったことのあるどのシンガーズよりも高らかだったかもしれない。
そして、圧巻だったのが「Steal away」(MP3で、このブログに掲載予定。もう少々お待ちを)。
あとで「涙が出た」とおっしゃってくださった方が2人もいらっしゃいました。
激しい暴力と抑圧の中で、イエス様のもとにしか逃げ場がない、という黒人さんたちの切実な想いは、
この日本でも、一日一日主とともに歩んできたみなさんの想いとぴったり一致して、熱い祈りとなって流れているように思いました。

相方には、「nikkouさんのMC(歌詞の説明をするスピーチ)が、早口で聞き取りにくかったよ。ゴスペルは歌詞が命なんだから、ちゃんと説明しないとだめ」と
鋭い駄目出し。
うーむ、まだまだ研鑽が必要です。
この人がいてこその、ステップアップであります。

至らぬ点、反省点も多々あって、申し訳なくもありますが、
次の機会は(あるのか!?)もっともっと良い讃美をささげられるようにしたいと思います。

また新しいステップをお与えくださった主に感謝です。

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October 15, 2009

無教会全国集会2009報告(1)

2009 去る10月10日、11日、青山学院大学講堂にて、「無教会全国集会2009」が開催されました。
nikkouは、10日、所用につき参加できず、11日のみの参加でしたので、
残念ながら、初日の「証し」(主イエスとどのように出会い、主イエスと共にどのように生きて来たかという個々人の経験を語るスピーチ)を聞くことができませんでしたが、
二日目の分科会にて、ゴスペルのリードを担当させていただきまして、
とても充実したひとときを過ごすことができました。

全国集会事務局の小舘兄から「全国集会でもゴスペルをみんなに教えてほしい」とメールをいただいたのは、
5月、「キリスト教無教会全国青年大会」の直後でした。
すごーく正直に打ち明けると、
ひるみました。

なんせ、全国集会であります。
長い長いクリスチャンライフを大切に歩まれてきた人たちが大半。
きっとゴスペルを歌ったことも、聴いたこともない方たちがほとんどでしょう。
そこでいきなりゴスペルを歌いましょう、と言っても、
びっくりを通り越して、
御叱りを受けるのではないだろうか。
そんなわけで、正直に、その旨返信いたしました。

すると、「それでは希望者だけで分科会にしましょう」との返信。
「希望者だけならばできるかな」とお引き受けしたところ、
今度は、「閉会のときに、分科会の人たちでコンサートをしてほしい」とのこと。
小舘兄、容赦ありません。

そこでnikkou、讃美歌との距離があまり遠くない「アメージンググレイス」や「一羽の雀(His eye is on the sparrow)」「慕いまつる主なるイエスよ(Precious Lord)」といったゴスペルを選んでみました。
相方に見せると、「こんなの、全然だめ!」と即答。
「なんでー!? すごくいい歌ばかりじゃないの!」と思わずこちらもカッとなりましたが、相方曰く、
「『アメージンググレイス』や、『一羽の雀』くらい、無教会の人でも知っている!
知っている歌じゃ、わざわざ分科会をやる意味がない!」
……なるほど。

そんなわけで、以下の4曲を選んでみたのでした。

Amen(アーメン)
Kum ba ya(主よ、ここにきてください)
Steal away(主イエスのもとに、のがれて行こう)
This little light of mine(わたしのこの小さな光を)

さて、この結果は……またのちほど。

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August 30, 2009

無教会全国集会プログラム

プログラム

主題「神の義のよろこび」  

ローマの信徒への手紙 3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、 3:24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

第1日(10月11日日曜日)            奏楽:島創平

13:30~14:00 受付 青山学院講堂 入口

14:00~15:30 開会                 司会:市東禮次郎

讃美歌:267「神はわがやぐら」   

聖書朗読:ローマの信徒への手紙 3:23~24                             司会者

祈祷                    〃

開会挨拶 (15分)                 坂内宗男

讃美歌:271B「いさおなき我を」

聖書朗読:ローマの信徒への手紙 3:21~26 司会者

主題講演「功(いさお)なくして」(50分)      田村光三

主題講演(問題提起)要旨

私たち無教会信徒は、今先達の遺産の上にあぐらをかいて、高ぶってはいないか。私たちは今どこに立っているのか、そしてどこへ向かっているのか。今こそ真剣に考え、語り、祈り合うことが必要ではないか。無教会よ、信仰の原点に立ち返り、そこから新しく出発しようではないか。原点とは言うまでもなくキリストの十字架であり、そこにおいて我らは「功(いさお)なくして」ただ神の恵みにより「義」とされたのである。(ロマ3:24) それゆえ、私たちは「主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。」(ガラテヤ6:14) 「大切なのは、新しく創造されることです。」(ガラテヤ6:15)                               田村光三

祈祷                             

15:30~15:40 休憩

15:40~17:20 発題 (各20分)    司会:大西宏  

① 環境「近代農業(人の義)の挫折と農(神の義)への転換」大崎桂介

② 平和「美しい楕円」             水戸潔

③ 教育「水の上にパンを投げよ」       那須佳子

④ 福祉「5時ころに農園に行った人々」   大川記代子

祈祷                       司会者

讃美歌:260B「ちとせのいわよ」

17:20~17:40 移動

17:40~18:35 夕食交流会 (地下食堂)

18:35~18:55 移動

19:00~20:30 音楽の集い   司会:阿部光成

「北田康広氏による讃美と証し―心の目、見えていますか―」 北田康広

20:30    解散

第2日(10月12日月曜日・祝休日)        奏楽:西原偕子

8:30~9:00 受付 青山学院講堂     

9:00~10:10 礼拝    司会:鷲見誠一   

讃美歌:294「みめぐみゆたけき」

聖書朗読:コリントの信徒への手紙一13:1~13  司会者

祈祷                             〃

聖書講義「愛するということ―パウロの福音と律法の理解をめぐって」 西村敏樹       祈祷                      〃

讃美歌:262「十字架のもとぞいとやすけき」

10:10~10;20休憩

10:20~11:20 発題(各25分)             司会:八尾徹

①神の義のよろこび―ルターによる発見    阿部光成

②神の義のよろこび―内村の場合       日永康

讃美歌:531「こころの緒琴に」

11:20~11:50 休憩と移動

11:50~14:50 昼食・分科会・グループ別撮影(総研ビル会議室)

                   助言者 

1.主題講演           田村光三

2.聖書講義          西村敏樹

3.環境            大崎桂介

4.平和            水戸潔

5.教育            那須佳子

6.福祉            大川記代子

7.ルター           阿部光成

8.内村            日永康

9.ワーシップソングを歌おう

        松永晃子(この分科会のみ会場は青山学院講堂)

14:50~15:20 移動

15:20~17:00 閉会  司会:中濱信生

讃美歌:Ⅱ157「この世のなみかぜさわぎ」

祈祷         司会者

「キリスト教・無教会青年全国集会」報告(15分)  荒井克浩

ワーシップソング小コンサート(20分)   第9分科会のメンバー

参加者感想3名

次回開催地(京阪神地区)からの挨拶

閉会の挨拶        小舘美彦

祈祷              〃

讃美歌:405「神ともにいまして」

17:00 散会

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無教会全国集会2009 申込書

「無教会全国集会2009」 申込書

フリガナ

氏名            

集会(教会)名                     

住所 〒        

                       

                  

E-mail                

1~4について該当事項に○をつけてください。

1.参加費 

a 11日・12日とも  6000円(学生2000円)

b 11日または12日のみ 3000円(学生1000円)

. 11日の夕食  必要  不要   1500

  12日の昼食  必要  不要   1000

.分科会

第1希望 1 2 3 4 5 6 7 8 9

2希望 1 2 3 4 5 6 7 8 9

.託児室 利用日 11  12

    利用者氏名         (  才)

*1参加費、2食事代の合計金額をご記入になり、同封の振り替え用紙でお振込みください。

 計      円

*参加者名簿には電話番号・Eメールアドレスが記載されます。記載を望まない方は□に×印をお付けください。

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August 29, 2009

「無教会全国集会2009」開催要項

開催要領

1.日時   2009年10月11日(日曜日)~12日(月曜日・祝休日)
       11日 受付開始13:30 開会14:00 閉会20:30
       12日 受付開始 8:30 開会 9:00 閉会17:00

2.会場   青山学院講堂(ガウチャーメモリアルホールではありません)
       (地下鉄表参道駅より徒歩3分)
       〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25 

3.主題   「神の義のよろこび」

4.内容   別紙プログラムをご覧ください。

5.申し込み

申し込みはがきに必要事項を記入のうえ、50円切手を貼ってお送りください。(本ブログでは、「申し込み」の項目をプリントアウトして、12番の「お問い合わせ先」にお送りください)。一人一葉でお願いいたします。参加費、食事代は添付の用紙を利用して、郵便局にお振込みください。

払込先:郵貯銀行

口座記号番号 00140-8-366729 無教会全国集会事務局


申し込み期限:9月15日火曜日(以降も可、ただし以降の申し込みの場合食事は用意できません。)

6.参加費  全日(11日~12日):6000円(学生2000円)
       11日のみか12日のみのいずれか:3000円(学生1000円)

7.食事代  参加費には食事代は含まれません。

食事は自分でお弁当をご用意なさるのでない限り、必ずお申し込みください。食事代は、11日の夕食は1500円、12日の昼食は1000円です。申し込みはがきの食事欄の必要なところに○をつけ、参加費に食事代を添えてお申し込みください。
※11日の夕食は夕食交流会で、12日の昼食は各分科会でともにおとりいただくことになります。夕食交流会は特にプログラムを設けない自由な懇親会です。

8.分科会  12日には発題に従ってそれぞれ分科会がもたれます。「プログラム」をご覧になって希望の分科会を選び、申し込みはがきにご記入ください。極力第1希望を尊重いたしますが、念のため第2希望もご記入ください。

9.託児室  両日にわたって託児室を開設いたします。利用を希望する場合には、申し込みはがきにご記入ください。費用はかかりません。

10.救護室  救護係を置き、救護室を開設いたします。

11.払い戻し 参加費・食事代の払い戻しはいたしかねますのでお含みおきください。

12.問合せ先 
小舘美彦
       〒214-0032  神奈川県川崎市多摩区枡形6-6-1登戸学寮
       ℡・Fax 044-922-7072
       E-mail:
kodate(アットマーク)c-line.ne.jp

13.宿泊   宿泊については次の「周辺宿泊施設一覧」をごらんの上各自においてご手配ください。早めに申し込まれるのがよいと思います。詳しくは直接各施設へ電話にてお確かめください。

「周辺宿泊施設一覧」(以下はすべて1室の料金です。)
      ・「しまねイン青山」
(会場より徒歩8分、地図参照、Tel 03-3797-3399)
             シングル:9900円 ツイン:16000円 ダブル:16000円
      ・「こどもの城ホテル」
(会場より徒歩2分、地図参照、Tel 03-3797-5677)
                  Aシングル:7455円 Bシングル:8610円
Aツイン:16170円 Bツイン:17850円
      ・「渋谷東急イン」
(会場より徒歩8分、地図参照、Tel 03-3498-0109)
         シングル:15700円 ツイン:24700円
      ・「ホテルサーブ」
         (東急田園都市線「池尻大橋」駅より徒歩2分、℡03-5433-8711)
                  シングル:10900円 ツイン:18000円
     ・「ルーテル市谷センター」
(中央線「市ヶ谷」駅より徒歩7分、Tel 03-3260-8621)
         シングル:4725円、ツイン:7560円
     ・「YMCAアジア青少年センター」
(中央線「水道橋」駅より徒歩5分、Tel 03-3233-0611)
シングル:6300円、ツイン:11550円

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「無教会全国集会2009」御挨拶

今年も「無教会全国集会2009」が開催されます。ご案内を掲載いたしますので、参加ご希望の方は、お申込みください。

「無教会全国集会2009」御挨拶

皆さんこんにちは。今年の無教会全国集会は、10月11日(日)午後2時から12日(月・祝休日)午後5時まで青山学院大学(渋谷)を会場に開催されます。皆様の御参加を心よりお待ちいたしております。

この全国集会は、1987年に発足したのでありますから、今年は23回目ということになります。が、勿論今迄継続してきたことに意味を見出すことではありませんで、時代を反映した紆余曲折の中にあっても、唯主の御栄光のために今日までひた走ることが出来た幸いを感謝したいと思います。

 昨年の5月には、徳島にて「神の愛とその導き」の主題で、従来のパターンとは異質の新風吹く讃美の集いに満たされましたことは、耳新しいことであります。

 さて、今年は、昨年の主題そして一昨年の主題「真実の所在―今、良心に生きるとはー」を踏まえ、主題を「神の義のよろこび」(ロマ書3章23~24節)とさせていただきました。義=ただしさが弊履のごとく疎んじられる世相にあって、まことの神の愛に生きるとはどういうことかをあらためて神の義に立ち返りともに祈り求めていけたらと考えております。

 内容は、主題講演(田村光三氏)聖書講義(西村敏樹氏)、キリスト者として社会の中で生きた証しをしていただくことを旨とする四つの発題(環境、平和、教育、福祉)主題を更に掘り下げる二つの発題(ルター、内村)、そしてそれぞれの分科会から構成されています。今回はより深く交流がなされるように分科会の時間をゆったりと取りました。また特別にワーシップソングやゴスペルをともに歌い、音楽について語り合う分科会も企画いたしました。さらには5月に行われました「キリスト教・無教会青年全国集会」の報告もしていただくことになっております。

 恒例の音楽の集いは、北田康広氏による讃美と証しでありますからご期待ください。氏は、5歳にて失明、家庭破壊やいじめの中で、高1年の時にクリスチャンの先生(吉村孝雄氏)に導かれ、多くの苦難を乗り越え、東京で音楽の道に進まれた方です。北田氏の歌を通じて皆様に、心のいやしが与えられれば幸いです。

 どうぞふるってご参加ください。お待ちいたしております。

無教会全国集会準備委員会

 

坂内宗男(議長)  阿部光成  飯田順朗  大西宏  柿沼蓉子  小舘美彦

籠屋公夫  市東禮次郎  鷲見誠一  中尾猛  中濱信生  八尾徹 

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August 04, 2009

聖書は歯磨き

更新がとだえておりました。
元気にしております。
nikkouは波があって、雨季乾季ならぬ、「インプット」期と「アウトプット」期があるんであります。「インプット」期になると、本の量が増え、映画やDVDを見たり、イベントや展覧会に行ったりとめっぽう忙しく動きまわる。「アウトプット」期になると、「眠られぬ夜のために」じゃおっつかなくって、mixiに書くわ、上司に大型企画を申請するわで、また大騒ぎであります。というわけで、それなりに元気にちょこまかしている今日この頃です。
さて、あんまりブログを枯らしておくのもなんなので、近況報告もかねて。
仏教書は積読しておきながら、聖書は毎日読んでおります。一応、クリスチャン生活、つづいているわけであります。

5月の「無教会キリスト教全国青年大会」で、徳島の伝道者の吉村さんが、聖書講義のときに「20年間、毎日かかさず聖書を読んでいて、一日も欠かしたことがない」と言っておられました。
そういうことをお話される伝道者さんや牧師先生は少なくなく(というか、みなさんおっしゃる)、nikkou、ふーんという程度で聞き流していたのですが、相方はそこんとこに、「がぶっ」と喰らいついておりました。
なんでも、そのあと吉村さんに「聖書を毎日読みたいのはヤマヤマだが、仕事で読まなければならない本がてんこ盛りにあり、のみならずへとへとにくたびれていて、聖書を読む気になれない。どうしたらいいのか」と相談したのだそうだ。
吉村さんは「習慣にすればいいんですよ」と答えてくださったそうです。
この「習慣」というのに、相方、深く深く感じ入っておりました。
というのは、相方の去年受け持った患者さんに、「歯磨きの習慣がない」という方がいたんだそうです。40代で、歯はぼろぼろ。
相方いわく、「俺らは、歯磨きってのをメシ喰うのと同じくらい当たり前のことだと思っているじゃない?でも、そうじゃないんだよ。歯を磨かないと気持ち悪い、ってのは、子どもの頃からずーっと習慣づけられているから感じることで、習慣づけられなかったら、なんとも思わないんだよね。ということは、聖書も歯磨きにしちゃえばいいんじゃないか、と思った」

というわけで、我が家では、聖書歯磨き運動が、5月からスタートしております。3カ月めにはいりました。いまのところ、順調に続いている様子。
nikkouも相方も、それぞれ1回ずつ聖書通読をしておりますが、その時は「通読」に主眼を置いた読み方だったため、時間があるときにまとめ読みをしておりました。
ところが、今回は「通読」ではなく、「習慣」が目的。
これが、案外精神的負担の少ないことに気づきました。「通読」を目的にすると、あの分厚い本を前に「まだ、こんなにある~」とめげるんだよね。

nikkouは一日1章ずつのペースで、今は「申命記」。信じられないほど女の人の扱いが非道で、頭に来るので、毎日「聖書を読んで、頭にきたこと」をノートを取っている(相変わらず、読み方がへそ曲がり)。
一日に少ししか読まないので、読み飛ばしていたときにに気づかなかったことにはっとしたりもする。
(たとえば、モーセが「約束の地」に入れなかった理由も、ちまちま読み進めているうちに、なんか、分かった気がした)。
そういうのも、一応、ノートにとっておく。

ちなみに、nikkouの聖書の読み方は、昨年末亡くなった、川崎教会の老牧師、おじいちゃん先生に大きく影響されているなあ、ということにも気付いた。
おじいちゃん先生は常々、「人の言うことをうのみにするな」と言っていた。
それが自分の通う教会の牧師であっても、有名な聖書学者の本であっても。
なぜなら、聖書のみことばは、ひとりひとりの人生すべてを通じて獲得していくものだから。
たとえば、「“貧しいものは幸いなり”という言葉は、“神様のほかに頼るものがない、ということは幸いだ”という意味です」みたいな解説を聞いて、一問一答式におぼえて、ああそうですか、で終わりにしない。
「神様、私は貧しいですけど、幸いじゃないです、どうしてですか!?」と、激しくしつこく門を叩いて尋ねるべきだ、そうしたら、きっと、主は、あなただけの答えを、答えてくださる。―と、おじいちゃん先生は言った。礼拝の折々に言った。

というわけで、
「聖書を読んで、頭にきたこと」ノートは、nikkouの、歯磨きついでの交換日記でもあるわけです。

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May 25, 2009

仏教について学ぼうと思う

先日、相方とふたりで柴又帝釈天に散歩に行って来た。
寅さんの実家のモデルとなったお団子屋でお団子を買って食べ、お土産屋をのぞき、帝釈天の大門をくぐり、そして、本堂に入ると、お坊さんが勤行している。
本堂の畳の上に座って、お線香の香りをかぎながら、お坊さんの勤行の声にしばらく耳を傾けた。
相方も後から入ってきて、一緒に座って眺めていたのだけれど、ふと、「撮影禁止」の看板の隣に、「参詣の方は、帽子をぬいで、座ってください」という看板を見つけあわてだした。
相方に促されて本堂を出、しばらく口論になる。

「ここに帽子をぬいで、座っていることは、異教の神の参詣をしていることになる」と相方。
「そんな大げさな。見学をしているだけではないか。では、帽子をかぶって立って眺めていれば、参詣にならないのか」とnikkouもちょっとムキになって反論。
「それは相手に失礼だから、本堂には入らないで、外から見学すればいい」と相方。
「それでは、見学したことにならない。そんな『見学』なんか、全然納得がいかない。
だいたい、私の実家では、毎日仏壇に線香が焚かれていた。
そういう環境で育った私にとって、線香の香を嗅いでリラックスするのは、文化であって宗教ではない。」
「文化というのが曲者だ、文化だから宗教ではないという論法で、戦時中の日本基督教団は宮城礼拝をしたのではないか」
「宮城礼拝と文化の問題は異なる。わたしは、宮城礼拝の強制には断固闘う。
それでは、あなたは、京都や奈良の神社仏閣を、ブルトーザーでぶちこわしても構わないというのか」
「それはまた極論だ」
平行線であります。

まあ、この日はなんとなく、育ちの違いからくる主観的な問題ではないか、というあたりに収まったのでありますが、
そんな喧嘩をしている最中に、相方が「nikkouさんは、ゴスペルシンガーズのリーダーなのだから、言動に責任を持たなければならない」という趣旨のことを言いました。
nikkou、まあ、多少ムキになってはいますが、それじゃあ仏教について勉強してみようじゃないの、
本堂で帽子を脱いで座ることは、はたして参詣になるのか見学の範疇なのか、
仏教の教義の上から検証してみようじゃないの、と思い始めました。

ちなみに、相方が言った「福音派の人たちは、神社の鳥居をくぐることも、仏閣の大門に入ることもしない」という台詞にはうなづきかねます。
nikkouは、自分で調べ、自分の頭で検証する。
もちろん、人の意見を参考にはするけれども、どんなエライ先生の言動であっても、どんなにプロテスタント最大教派の共通認識であっても、それに無条件に従うことはしない。
nikkouは、たとえば仏式のお葬式でクリスチャンはどうふるまうか、ということを、牧師に言われたとおりにしたり、「クリスチャン大百科」を読んでそのとおりにしたりということが大嫌いである。
もちろん、参考にはするけれど、ひとつではなく複数の考えに当たるべきだと思うし、なによりも自分で聖書を読み、祈って考えるべきだし、
そもそも最終的に判断するのは、それらを自分の頭で検討を重ねて、納得したうえでのことだと思う。
牧師の考えと違ったとしても、よーく考えた結果であれば、何の臆することもなかろう、と思う。
私には、考える脳味噌を、神様から与えられているのだから。

神道に関しては、一応国文科出身なので、大まかな知識はある。
有名な神社に関して言えば、それがどのような意図で建立され、どういう行動が宗教行為になるのか、ということも、ある程度の知識は持っているつもり。
たとえば伊勢神宮と出雲大社については、古事記・日本書紀・出雲風土記を概要ではありますが知っていますし
参考書としては西郷信綱「古事記の世界」(岩波新書)が一番理解の助けになったように思います。
「日光東照宮」は、そこの宮司さんやお坊さんの話を聞いて「江戸時代は完璧に政治施設であり、現在は完璧に観光施設である。」と理解しました。
地元の「お稲荷さん」には、「江戸名所図会」や「日本の米」などを読んで当時の農民の切実な信仰が込められていると感じました。
したがって、伊勢神宮、出雲大社、日光東照宮は、歴史的建造物として見学し、興味関心を寄せていますが、手水を使ったり二礼二拍手一礼はしません。
お稲荷さんは、参詣の対象として尊重し、共感を寄せ、敬意を払いますが、やはり手水を使ったり二礼二拍手一礼はしません。
いずれにしても、鳥居をくぐらない、という形で回避することはしません。

ただ、仏教については、教養過程で「仏教概論」くらいしか学ばなかった。
その知識も、いまや曖昧であります。
なので、さっそく書店に行って、仏教書や新書・文庫・選書等の棚を眺めてきました。
いくつかの本の目次や前書きを眺めて、まず見当がついたのは、
「仏教」とは
インドで「ゴーダマ・シッタルーダ」が提唱した思想と、
中国・朝鮮を経由して日本に入ってきた際に、時の国家権力と結びついたり反抗したりするなかで、別の思想体系へと変化していった「日本仏教」というものとがある、ということ。
このふたつは分けて考えたほうがいいのかもしれない。

というわけで、「ゴーダマ・シッタルーダ」の最古の言行録である「スッタニパータ」(岩波文庫「ブッタの言葉」)を買ってくる。
まずここから読破して、その後、日本仏教の概論を読み、その中で、一番日本の仏教に影響を与えている宗派の経典を読んでみよう、と思います。
その際、キリスト教との比較で批判的に読むのではなく、まず全面的に肯定する姿勢で読もうと思う。

今回は、まあ、多少夫婦喧嘩の延長のところもあるけれど、良い機会だとも思う。
検討の結果、クリスチャンをやめて仏教徒になっちゃうこともあるかもね。
まあ、時間はかかるかと思いますが、ここは自分にとって避けては通れないところだ、とも思います。

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May 22, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(4)―ゴスペルのひととき(後編)

(前編より続く)この祈祷会で、集まった30人ほどのディレクターたちのお祈りの課題……いや、自分がどういう状況にいて、神様からどのような恵みを与えられたか、という「証(あか)し」を聞くにつれて、
nikkou、自然に、心が変化していくのを感じました。
まず、胸にじわじわと広がってきたのは、
「なぜ、私はゴスペル讃美をするのか」
という根本的な問いかけ。
そして、
「なぜ、無教会の仲間たちと一緒にゴスペル讃美をするのか」という、
本当は一番最初に考えなければならなかったこと。

それは、…ああ、楽しいからだ。
ゴスペルを通じて、自分の力いっぱいの讃美を神様に捧げるのが、楽しいからだ。
どうして、それを忘れていたんだろう。

自分がお祈り課題をいう番になり、
「80人の、ゴスペル初心者を、アカペラで、ディレクションするという状況に置かれています」というと、
なぜか、どーっと大笑いされる。
大笑いされて、にわかに、肩の荷が下りるのを感じた。
「あ、笑いごとなんですねー、これ。超悲惨な状況かと思っていた」というと、またもや、どっかんどっかんウケる。
「今までとはまた違う、新しいステップに挑戦してみろ、という神様からのメッセージなのかな」というと、
「そうだよ!」という声があがり、
うんうん、うなづいてくれる仲間がいる。

ひとりでオロオロしていた自分が馬鹿に見えてきた。
神様は、きちんと、助けを与えてくれていた。
もっと早く、神様に相談すればよかった。

その週の川崎LittleLIghtのリハーサルでは、LittleLightのメンバーである高橋誠牧師に相談。初めてゴスペルを歌う人へのシェアの仕方を教えてもらい、「伴奏のカラオケ、作ってあげようか」とまで言ってもらう。

また、ふと思いついて今回の全国集会に参加するTさんに
「伴奏をお願いできる人、いませんか」とメールすると、即座に「私でよろしかったら、ピアノを弾きます」という返信が!
と同時に、一人で背負い込んでおろおろするな、という教訓を生かして、小舘兄にメール、
「ゴスペルのリハーサルを、小舘さんにもイメージしていただきたいので、
クワイアーのリハーサルを、見学にいきませんか?」というと、これまた、すぐに了解の返信!
直近のリハーサルが行われている小岩のクワイアーに行くことになりました。
小岩のクワイアーのリーダーである小澤寛子さんからも、「待ってます!」の返信。
ああ、助けられています。

小岩のクワイアーでは、
「こころを尽くして」というピアノ・コージさんのゴスペルと、
「Total Prase」を讃美、
nikkou自身、初対面の人たちとも、神様の前では気兼ねなく讃美する、という快感を思い出し、
小舘兄は「あまりの素晴らしさに、カルチャーショックを受けた。」と熱い感動を語ってくださったのでした。

全国集会の直前には、登戸学寮という無教会の学生寮で、学生さんたちとリハーサルをさせていただきました。
登戸学寮の学生さんたちがまた、歌がうまくて。
あっというまに曲を理解してしまうことに、舌をまきました。
私自身、すこし感覚がつかめ、Tさんの伴奏に対する信頼感も与えられました。
さらに、リハーサルに来てくれたAさんがギター伴奏で参加してくれる、とも!
さらにさらに、参加者も80人ではなく20人程度、という小舘兄の報告にほっとしながら、当日に臨んだのでした。

さて、当日。
自己紹介で、どきっとする声がありました。
「私は仏教徒で、あまり考えずに、この集会に参加してしまったのですが、ゴスペルを歌える、ということで、楽しみにしています。」
…そ、そうですか。
nikkou、緊張いたします。
と、同時に、
この彼女に楽しんでもらわなければ、
この彼女に、ああ、ゴスペルっていいなあ、と思ってもらわなければ、
と責任を感じました。

さまざまなプログラムは順調にすすみ、
とうとう、ゴスペルの時間。
nikkou、直前にトイレに駆け込んで、ひとり、祈りました。
神様、あなただけを見上げ、あなただけを心から喜んで讃美できるようにしてください。

26名の参加者の前に立ち、祈り、そして、
「This little light」(この小さな光を)、
Lyreの「もちいてください」、
「Amazing Grace(おどろくばかりの)」を讃美。
無我夢中ではありましたが、ふと気付くと、
全身をそらすようにして大きな声で讃美している兄貴、
軽快なステップを踏んでいる姉貴、
自己紹介の彼女も笑顔で大きな口をあけ、
輝くばかりの顔、顔、顔、そして、思いがけないほど大きな声に包まれていました。
(あとで、夫のところに来たある参加された方のメールには、
ゴスペルの時間について、
「歌は苦手なのですが、気がついたら、大きな声で歌っていました」という一文がありました。)

これはもう、nikkouの力ではありませんね。
やはり、神様の国からの風、「聖霊」が吹きわたっていたに違いない。
本当に、すばらしい讃美のひとときでした。

あとで夫から
「nikkouさん、ディレクションがうまくなっていて、びっくりした。まりりんさんみたいだった」と言われました。
「まりりんさん」とは、nikkouが長いことメンバーだったシャローム・ゴスペル・クワイアーのディレクター。
知らず知らず、多くの影響を受けていたのでしょう。

小舘夫妻、登戸学寮の学生さんたち、高橋誠先生、
讃美の相談を受けてくださったNさん、
ピアノを弾いてくださったTさん、
ギターを弾いてくださったAさん、

小岩のクワイアーの小澤寛子さん、
久遠Nu Praiseの坂上悦子さん、
祈祷会のリーダーの粟野めぐみさん、
ディレクターの仲間たち、
シャロームの「まりりん」さん、
わが夫、
青年全国集会で一緒に讃美してくれたおひとりおひとりに、
こころから、感謝。

そして、なによりも、
すべて、きちんと道筋をつけて導いてくださった、わが主に、感謝。
この道筋の、ひとつでも、順番が狂ったり、一人でも欠けたりすれば、このひとときは、与えられなかったのではないかと思う。

頑固なnikkouのエゴも、砕かれ、溶かされたのでした

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May 19, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(3)―ゴスペルのひととき(前編)

小舘兄から青年全国集会の企画を知らされた数日後、さらに一通のメールが、nikkouに送られてまいりました。

「プログラム案を書いた後で思いついてしまったのですが、
ぜひともどこかにみんなでゴスペルをうたうようなコーナーをもうけ、
nikkouさんにご指導していただきたいのです。
ご協力をお願いできませんでしょうか。」

じつは小舘兄、わたしたちの結婚式にも出席してくださって、入退場の際、友人たちが讃美してくれたゴスペルにとても感心していらしたのでした。
いつか無教会でもゴスペルを歌おう、とお考えだったのかもしれません。
正直にいいますと、nikkou、この時点で、「全国集会ったって、どうせ、10人前後の参加だろうな」とタカをくくっておりました。
10人くらいなら、川崎Little Lightだって、それくらいの規模になったことがありますし、久遠Nu Praiseでときどきディレクションを振られるときも10人前後です。
そのくらいの人数ならアカペラで小曲ならなんとかできるだろう、と、
あまり考えずに
「やりましょう!」と承諾してしまったのでした。

ついでに、全国集会のプログラム中の讃美も、
日本キリスト教団の「讃美歌」からのみで、ちょっと固いのではないか。どうせなら、新しい讃美もたくさん入れたほうがいいのではないか、
と小舘さんに進言。
「ヒムプレイヤーにそれしか入っていないのだけれど、ほかに伴奏があればいいのでは」という返信に力をえて、
(今思えば)nikkou、
…暴走いたしました。

徳島聖書キリスト集会の勝浦さんがカラオケをつくっていらしたはず!と徳島のNさんに電話、
思いつくかぎりのワーシップソングを挙げ、
プログラムの改変を提案したのでした。
当惑していらしたのはNさん。
「ワーシップソングでは、歌ったことがない人もいるんじゃないかと思うんです。変更するなら『讃美歌』を『讃美歌21』にするとか、『聖歌』を『新聖歌』にするとかくらいのほうがいいのではないでしょうか。」

…思い返すに、賢明なアドバイスだったと思います。

ただ、nikkou、すっかり舞い上がっておりましたから、「固いなー」と憮然としました。
夫にも「こうなったら、すんごいすばらしいゴスペルを紹介して、度肝をぬいてやるわ!」と息まいたりしておりました。
そんなわけで、少し気持ちが沈んでいるところに、
さらに、小舘兄から
「参加者は80人くらいになりそう(!)」という情報が入ります。
nikkou、にわかに不安に襲われました。

「ゴスペルが好きではない人がいる(と、nikkouが勝手に解釈した)80人もの、ゴスペル初体験の人を、アカペラでリードするなんて、ハードル高すぎ!」

さてこうなったら、選曲からまずとりかからねばならないとエゴむき出しでがつがつしているところへ、
ふと、久遠NU Praiseの坂上悦子さんから、メールが舞い込んできました。
「今週末、ゴスペルのディレクションをしている人限定で祈祷会があるんだけれど、来る?」
おお。天の助け。先輩ディレクターたちにアドバイスを求めにいこう!
とnikkou、「喜んで、行きます!」と返信いたしました。

ところがその祈祷会で、リーダーの粟野めぐみさんは、最初にこう言うのです。
「祈祷会のルールとして、次のことを守ってください。

1)ここで話されたことは、絶対に秘密にすること。
2)お祈りしてほしい課題をいうこと。愚痴をいわないこと。
3)アドバイスを求めないこと。

えー。アドバイスを求めちゃいけないのー、とがっかりいたしました。
ところが、nikkou、この祈祷会で、ほろりん、と頑固なエゴが溶かされたのです。
(後編に続きます)

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