August 03, 2012

神様は、ヨブに「知ってるよ」と言った

『眠られぬ夜のために』第一部 8月1日 神はみずからのためになにごとも求めず、すべてをわれわれのために欲したまう。 (岩波文庫:草間・大和訳)

2年ほど前、母校の国語の先生たちと飲んだ。
研究授業で再会したのを機に、
「nikkou、もうお酒飲めますよ~」ということで、
集まって、飲み会をしたのでした。

我々が高校生のころ、
先生たちは、大学院出たてのホヤホヤの、25歳とか26歳とかだった、と聞かされて、
ぶったまげる。
今のnikkouよりずっと若かったわけだ。
そんな初々しい先生たちは、
徹夜で教材研究をし、思いがけない生徒からの質問におろおろし、
毎日必死だったという。

そんな話を聞きながらnikkou自身も高校時代の楽しかったことから始まった思い出話が
だんだん、辛かったことのルサンチマンを縷々述べる段に至った。
いやあ、nikkouはくらーいくらーい高校生活だったんですよ。
月曜日になれば、はやく金曜日にならないかなぁ、と思い、
朝になれば、早く夕方にならないかなぁと思い、
一年生の真ん中あたりで、はやく卒業したいなぁ、と思っていました。
なにせ、勉強はわからない、人格が未熟で友達はできない、先生は私達に無関心。
学校なんか焼けてしまえ、そう思ってました。

「わたし、そんなにたいへんな高校生活を必死にサバイブしてたのに、
先生、知らなかったでしょ」そう言うと、
先生たちに笑って言った。
――知ってたよ。

「でも、
問題が生じたときも、僕らがむやみに介入するよりも、
君らがちゃんと自分のこととして引き受けて、
内面化して、内省して、
人間的に大きく成長していくでしょう。
nikkou、お前たちのほうが、人格的に器が大きかったんだよ。
僕らはそれを目を見張って見ているしかなかった。」

「……そんな褒め殺し、ずるいよねー。教員の責務を放擲してるよー。」と思わずnikkou、ぼやいて、
ぼやきながら涙が出たりして、
先生から
「そうだよな、泣けてくるよなあ、ほんとに悪かったよねー。
君らにしわ寄せがいってたんだよねー。僕らはその上にあぐらをかいてたよ」と言われて、
おもわず噴き出し、
噴き出しながら、
「ああ、先生たちもいっぱいいっぱいだったんだなあ、
そうだ、自分だって社会人になりたてのときはいっぱいいっぱいだった」と
つくづく、そのころの先生たちが愛おしく思い、
そして、ルサンチマンは、さっくり解消されて
幸せでいっぱいになる。

在校中は聞けなかった先生たちの色んな本音を聞かされ、
それが、とっても愛情に満ちていて、
鈍色の高校時代は、美しいセピア色に変わったのでした。

さて、
現在、旧約聖書の通読を試みているのですが、
ひと月ほど前に、ヨブ記を読み終わりました。
ヨブ記については、以前書いたことがあるのだけれど、(ヨブの子供たち
その結末については、長年不満だった。
神の答えが、全然答えになっていない、
そう思っていたのだ。

でも、今回、改めて読み直して、あ! と思った。
ちゃんと、答えになっているじゃん。
ひとことでいうと、神様がヨブに伝えたのは、
――知ってるよ。
ということだ。

ヨブが、とてもつらかったことも、
いや、ヨブだけじゃなくって、
家族も、友達も、
みんな、それなりに苦しんだことも、
みんな、知ってるよ。

だって、こうある。

「お前は雌獅子のために獲物を備え、その子の食欲を満たしてやることが出来るか。
(中略)お前は岩場の山羊が子を産む時を知っているか。
雌鹿の産みの苦しみを見守ることが出来るか。」(ヨブ記38章39節〜39章1節)

肉食獣のお母さんの悲しみも、草食獣のお母さんの苦しみも、ぜんぶ知ってる。ぜんぶ見てる。神はそう言っているのだ。

nikkouは、母校の先生たちに、
「知ってたよ」と言われた時、おもわず、ほっとした。
神様は、nikkouの母校の先生たちみたいに、「目を見張って見ているしかなかった」わけじゃない。
最後はちゃんと、介入してきた。
でも、以前書いた通り、神様がヨブの何に対してどれだけの数で報いてくれたみたいな「数字」は、
結局、神様にとっても、ヨブにとっても、あまり重要ではない。
重要なのは、
「知ってる」と神様に言われて、ヨブがほっとした、という
そこのところ、だけだと思う。

――知ってるよ。


余計な慰めの言葉を何百何千と重ねるより、こう言うことが、はるかに深い愛を表すこともあるように思う。

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July 28, 2012

もう裁きになっている

『眠られぬ夜のために第一部』7月26日神から遠ざかることは、われわれが出会う唯一の大きな不幸である。しかし、これはわれわれの意志なしには決して起こりえない。(岩波文庫:草間・大和訳)

2012年7月26日朝日新聞朝刊に、森達也氏のたいへん興味深い意見記事が載っていた。
ノルウェーの銃乱射事件の犯人アンネシュ・ブレイビクの公判が結審したとある。77人を殺害しても最高刑で禁錮21年。最も重い刑が死刑でなく、禁錮21年である。
しかも、遺族からはひとりとして死刑を望む声は聞かれなかったとのこと。
殺戮から逃れたひとりの10代の少女からのこんなコメントも紹介されている。「一人の男がこれほどの憎しみを見せたのなら、私たちはどれほどに人を愛せるかを示しましょう。」
ノルウェーには死刑がない。その理由として、ノルウェーの法務官僚はこう説明したという。
「ほとんどの犯罪には、三つの要因があります。幼年期の愛情不足、成長時の教育の不足、そして現在の貧困。ならば犯罪者に対して社会が行うべきは苦しみを与えることではなく、その不足を補うことなのです。これまで彼らは十分に苦しんできたのですから。」
すごい。それって、つまり、人は愛と教育と生活費があれば、罪を犯さない、と信じているってことだ。人に対するすごい信頼感。
もちろん、被害者や遺族への救済は国家レベルでなされる。そして、満期出所者には帰る家と仕事を国家が斡旋する。この政策への反対者も多数いたそうだが、「寛容化政策の推進と並行して、犯罪数が減少し始めた」という。

nikkouは、死刑については、どちらかというと廃止論寄りの保留、と考えている。
死刑が残酷だから、という廃止論にはくみしない。だから、「より残酷ではない」終身刑を代替策とするという発想にも賛成しない。
死刑は、犯人を反省させるためには有効じゃない、と思っている。死んでおしまいなんて、軽すぎる。
犯罪に至った経緯を徹底的に検証すること、加害者にはその後、原因が徹底的に排除された世界で生きなおしてもらって、犯した罪に心底むきあわせること。それができれば、ある意味、死刑より痛烈な重荷をもって生きることになるんじゃないか。

でも、そんなことできるかなぁ、と思ってた。
制度的に実行性が薄いだろうな、だから死刑廃止は保留かな、と思っていた。
だから、びっくりした。できる、と思って実行している国があったんだ。

今後、ブレイビクは、徹底的に愛され、赦されたなかで、罪とむきあわなければならない。
すごいことだ。
そりゃもう、「愛」だの「赦し」だのという、日本語のもっているスイートなニュアンスをずっと超越した、お互い心から血を流すような格闘のような気がする。

ノルウェーの法務官僚のことばは、ヨハネ福音書で、例のニコデモさんにイエスが言った言葉を思い出させる。
「光が世に来たのに、人びとはその行いが悪いので、光よりも闇のほうを好んだ。それが、もう裁きになっている。」(ヨハネ福音書3章19節)
罪に応じた罰、なんてものがあるんじゃない、罪自体が、もう裁きなんだよ、
だって、罪を犯すっていうのは、それはそれは苦しくつらいこと、暗い闇の中にいるようなものなんだから、光とともに歩むほうが、はるかに気持ちよくて素敵なことなのに、と。

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July 25, 2012

風がどこから吹くのかだれもしらない(下)

『眠られぬ夜のために』第二部いましばらくの間、祈りと心の目ざめをもって、耐え忍ぶがよい。あなたの家族や親しい人びとのためにも。そうすれば、きっとあなたの最良の時が来る。「主よ、わたしはあなたの救いを待ち望む」(創世記49章18節)岩波文庫:草間・大和訳

さて、ニコデモとイエスの対話。ヨハネ福音書に出てくるお話である。

ニコデモは、2000年前のイスラエルで大きな勢力を誇ったユダヤ教の一派、ファリサイ派の老教師であった。
ファリサイ派とは、宗教的戒律から、さまざまな「差別」を、おそらく悪意なく、作りだした宗派である。
ある晩、イエスのもとに、ニコデモがそっと訪れる。
なぜニコデモがイエスのもとにやってきたのか、聖書は常に簡潔なので、情報がすくなくて、よくわからない。
イエスの教えに感銘をうけたから、というのが多くの解釈だ。
まあ、ほんとうのところはよく分からないなあ、とnikkouは思っている。
長くファリサイ派を率いてきた老教師の一人として、新進気鋭のリーダー、イエスに会ってみたかっただけかもしれない。
たぶん、ヨハネ福音書に収められているのは対話の一部で、もっと多くのことをふたりで丁々発止論じ合ったのではないかと思う。

イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年を取った者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」(ヨハネ福音書3章3〜4節」

ニコデモは、イエスに対して「あなたのお考えは、どうも無理があるように思えるんですがね」という感じ。
これに対して、今回、イエスは、あまり煙にまくようなことを言わない。
どちらかというと、熱心に、理解を求めようとしているように思える。

「『あなたがたは新たに生まれなければならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたがその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

無理なんかないですよ、とイエスは言う。「生まれる」っていうのは、あなたの身体はそのままに、たましいが、まったく別のものになってしまう、っていうことなんですよ、と。
たましいって何か、って。
身体のように目に見えるものではないですが、ちゃんとあります。
まるで風のように。

近代以降の人間にとって、「新たに生まれ変わったように」という表現は、わりに月並みに感じる。
でも、ひょっとしてこの時代、個人の人格や内面と、身体とを分けて考えるというのはとても奇妙で、斬新な発想だったのかもしれないなあ、とnikkouは思う。
そういうと、まるでイエスがデカルトを先取りしていたみたいな言い方になるけれど、それほど抽象的ななものじゃなくて、社会的な役割に、個人が強く強くしばられていた時代、個人の内面が変わったところでどうなるものでもないし、それでも突き進んでしまったら、社会はえらい混乱に陥るではないか、という考えかたが常識だったんじゃないかなという意味。
「生まれ変わるってあんた、もうどうにもならんがな、この内面や人格は、この社会的役割(身体)によって与えられたんだし、そうやって作られた内面や人格でもって、ここまでの社会的役割を築いてきたんだから。
やり直すんなら、もう一度赤んぼうにもどって、あんたのいうような新しい考え方が実現できるような社会的役割(身体)が与えられないと、やれんがな」
というのがニコデモの主張ではなかろうか。そう考えると、ニコデモの主張もそう頓珍漢なものではないように感じる。

でも、変えられてしまうんですよ、社会的役割(身体)なんて、どうせほろびるものですから、捨てちゃってかまわない。人間の内面(霊)は、風みたいに自由で、そんなもの超越しちゃってるんだから、とイエスはいう。常識的なニコデモ先生には、たいへん過激で不穏な主張に映らなかっただろうか。

そして、そんな主張を聞いて、ニコデモに意識の変化はあっただろうか。変わったのだったらいいな、と思うけれど、この後はもう、ニコデモは登場しない。

そんな聖書箇所を読みながら、はた、と思った。
今回の事件について、イエスはどう思うだろう。
もちろん、被害にあった子を、彼は全力で守ろうとするだろう。
当時、被害にあっていた人たち(皮膚病のひとたち、売春婦のひとたち、放牧に従事していたひとたち)に、彼はよりそっていた。

でも、加害者の子たちも、彼は、一生懸命救おうとするのではないか、
そう思った。
もし、彼らが今のようにバッシングの嵐にあったら、
「ざまあみろ、自業自得だ」とは言わないだろう。

ニコデモを「加害者」と呼ぶのはちょっと酷だけど、でも、「加害」のシステムの側にいたことは間違いない。でも、ニコデモのように、年老いて、長らく自分の信じた道を歩き続けた人にさえ、イエスは、新しい道へ生まれ変わろう、と促す。
であれば、これから長い道のりを歩もうとする若者にも、きっと、勧めるだろう、

君のたましいは、今、どこにあるのか。
これまでの歩みは間違っていた、と気づいたか。
新しい道はみつけたか。
まだか。
では、さがそう。変わろう。
そして、もう一度、あるきだそう。

本当なら、あの子が自殺などする前に、
それはちがう、新しい道をあるこう、
と、強く叱ってでも、勧めなければならなかったのに。

でも、今、イエスにならうなら、
加害者の彼らの行き先をふさいで罵倒することではなく、
新しい道はみつけたか、さがそう、と呼びかけることではないか。

そんなことを書いている途中に、ニュースで、加害者へのバッシングがとうとう本当に「リンチ」を呈してきたと報じている。

ニコデモに、イエスは続けてこう言う。

神が御子(イエス)を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によってこの世が救われるためである。

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July 23, 2012

風がどこから吹くのかだれもしらない(上)

『眠られぬ夜のために』第二部 あなたが、しばらくの間、真にたのしい気分になれないことがあっても、なおその時、神とわれらの主に対して、完全に愛と信頼の正しい間柄にあるのだったら、不安になったり、悲しんだりしないがよろしい。それは精神的進歩の新しい良い段階への、生みの苦しみなのだから。(岩波文庫:草間・大和訳)

滋賀県大津市のいじめについて、報道で聴く限りでは、もう本当に陰惨としか言いようのないものに思える。
かわいそうに。命を絶つ前になんとかならなかったのか。

ただ、今回の事件が、これまでのいじめ事件と大きく違うのは、最初の報道があってしばらくしてから、加害者の情報がわーっとネットで拡散したことじゃないかと思う。
nikkouもちょっと検索しちゃったよ。
これがまたすごくて、個人名、顔写真、部活、住所、家族の職業、表札の写真まで、どんどん出てくる。さらに、加害者とされる彼らに対して、すさまじいまでの罵倒の嵐。
これが冤罪だったら、えらいことだ。
でも、冤罪でなかったら?
……正直にいうと、すこし、「ざまあみろ」という気持ちがないわけではない。「自業自得」だ。

でも、「自業自得」という言葉を自分で発して、ちょっとひっかかる。この言葉、クリスチャンは使ってはいけないのである。
イエスは、古代イスラエルにもあった「自業自得」とか「因果応報」とかいう概念を否定したから、と教わってきた。
でも、この場合も?
この事件の場合は、どう考えたらいいんだろう。
やはり、自業自得なのではないのか? 自分で播いた種は、自分で刈り取るべきではないのか?

加害者に対するバッシングについて、だれか、何か言っていないか、調べてみた。

唯一あったのは、「法治国家として、あるまじきことである」という意見。
一般の人が、犯罪者を罰して良い、ということになったら、法は意味をなさなくなる、リンチし放題となってしまう、という。

ふむ、なるほど。
……でも、なんだかしっくりこないんだよな。
だってそれってひっくり返せば、法が定めた罰ならOK、ということになっちゃう。
なにもかも法に支配される国家が、最善だとは思わない。

もっと、根本的に、この加害者へのバッシングをどう考えるべきか、ヒントはないのかなあ、と
ここ数日、考えていた。

そんななか、礼拝で、「ニコデモ」という老教師の話を聞いた。このストーリーに耳を傾けながらふと、ここにヒントがあるんじゃないかなあ、と感じた。
ちょっと長くなるので、ニ回に分けることにします。

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July 22, 2012

捨てるにも、時がある

『眠られぬ夜のために』第二部 7月20日 あなたが一旦神と親しくなり、また神とのあいだに目標が完全に一致するような間柄になるならば、とりわけ、正しい適度な仕事や適当な読み物を探し求める必要はもはやなくなる。実際、そういうものを求めていると、人間は得てして過度におちいったり、時宜を誤ったりしがちである。神と親しく交われば、仕事と読み物の両方とも、いつも不思議に適当な時に授けられるであろう。 一体に、計画を建てるということは、何の役にも立たないことが多いものだ。待つこと、そして神のさずけたまう機会に注意を怠らず、与えられたらその機会をすばやく、すすんで、十分の心構えをもってつかむこと、これが成功をおさめる道である。(岩波文庫 草間・大和訳)

われわれの住むマンションは、3LDK、夫婦二人には十分すぎる広さである。
その一室を、書籍置き場にしていたら、だんだん、季節物の家電だの、家電の段ボールだの、備蓄用の水だのが積もり積もって、「納戸」状態になってしまった。
この部屋を自分の書斎やギターの練習室にしたら、どんなに生活が充実するだろう、と思い立ち、
ゴールデンウィークから、先日の連休にかけて、およそ2ヶ月間、「納戸をnikkouの書斎に改造」計画を実施いたしました。

で、こんな感じに。
(Before)

Before1

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(After)

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本は半分近く減らし、
むき出しにしていたキーボードは、ちゃんとしたキーボードケースに収納、
カーテンも明るく、防音性のあるものに替え、
デスクは、相方が使っていたものをこちらに移しました。

一番おおごとだったのが、やはり、本を減らすこと。
とりあえず、本棚からすべての本を引き出して、床に並べてみました。
3列に並べていたものだから、一番奥の本なんて、それはそれはかわいそうなことになっていて、
天には虫の糞、湿気で波打ったり、ページが折れていたりと、まさに文字どおり「死蔵」。
やはり、減らして全体に眼が届く分量にしなければなあ、ということで、
選別することにした。

これが案外、たいへんな作業でありました。
流行の小説や、あまり実用的でなかった実用書なんかは、古書店行きの箱に。
いつでも手に入るうえに、傷んでしまった文庫本や新書は、古紙回収に。
困ったのは、
「きっと今後読みかえす機会は少ないけれど、思い出深い本」の存在でありました。
これが、ものすごくたくさんある。
一番悩んだのは、かつて一生懸命コレクションした岩城宏之氏のエッセイ集。
岩城さんは、nikkouが編集者をめざした一番のきっかけになった人、
人生を変えた人、といっていい。
学生時代にアルバイトをした出版社で、岩城さんのエッセイ集を編集する手伝い(といっても、コピーをとったり、おつかいをしたり、という程度)をしたのがきっかけで、
世の中には「編集者」という職業があって、こういうことをするのだ、と強い感銘を受けたのでした。
そこで、岩城さんが書いたありとあらゆる本(対談集も、ブックレットも)を集め、いつか岩城さんの担当編集者になることを目標とした。
しかし、もはや岩城さんは、この世にいない。
わたしはとうとう担当編集者になれなかった。
そして、わたしの仕事へのモチベーションも、もはや別のところに移ってしまっている。
ならば、もう、岩城さんを卒業するべきではないのか。
それとも、初心を忘れぬために、残しておくべきか。
数日もんもんとして、やがて、1冊だけ、例のアルバイトでお手伝いした本だけを残し、あとはすべて、古書店行きの箱に詰めたのでした。

ほかにも、悩んだ本はいくつかあったけれど、
片付いたあと、思い出して胸が痛むのは、岩城さんの本のみ。
一冊一冊が惜しいのではなく、
「岩城さんの本コレクション」というかたまりを手放してしまったことが、
ただただ、さびしいのであります。

でも、たぶん、今でなければ、手放せなかったと思う。
就職から定年まで35年として、キャリアの約3分の1まで来た、という今の時期に、
どの方向に進むか、そのためにどのような知識や技術が必要なのか、整理すべき時たっだのかもしれない。

そう言い聞かせながら、デスクの前に座ってこじんまりした書棚を眺める今日この頃。
一冊だけ残した岩城さんの本は、一番目につくところに置いている。

「伝道の書(コヘレトのことば)」のこんな節が思い起こされる。


何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められたときがある。
生まれる時、死ぬ
植える時
植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、躍る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
(3章1〜8節)

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July 18, 2012

『歌集 ちいさな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵』(渡部良三)について

『眠られぬ夜のために』第一部「7月15日 信仰とは、神へ向かってひたすら努力することではなく、神に己れをゆだねることである。つまり、われわれが神の門をたたくのではなく、むしろ神がわれわれの門をたたかれるので、われわれは神にそれを開かねばならないのである。」(岩波文庫:草間平作・大和邦太郎訳)

ずいぶん間が空いてしまいました。
ようやく仕事も一段落。また秋から忙しくなるので、
今のうちに、やりたいことをいろいろやっておこうと思う。
それでもって、このブログに書こう書こうと思っていたことのひとつ、『歌集 ちいさな抵抗』(渡部良三)について、シェアしたい。

無教会の集会に出ると、ときどき話題に上る歌集である。
長い間、私家本しかなかったのだけれど、最近、岩波現代文庫に収録された。

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アマゾンの内容紹介にはこうある。
「日中戦争アジア太平洋戦争末期、中国戦線で中国人捕虜虐殺の軍命を拒否した陸軍二等兵の著者は、戦場の日常と軍隊の実像を約七百首の歌に詠んだ。そしてその歌は復員時に秘かに持ち帰られた。学徒出陣以前の歌、敗戦と帰国後の歌も含めて計九二四首の歌は、戦争とその時代を描く現代史の証言として出色である。戦場においても、人を殺してはならないという信条を曲げなかったキリスト者の稀有な抗いの記録である。」

よく紹介されるのは、次のような歌。

祈れども踏むべき道は唯ひとつ殺さぬことと心決めたり
鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ「虐殺こばめ生命を賭(かけ)よ」

かっこいいです。
でも、実際に読んでみると、びっくりします。いや、びっくりなんてもんじゃない。
おぞましい。
吐き気がする。
怖い夢を見そう。

あえていくつか引用してみますが、気持ち悪いものを見たくない人は、読まない方がいいです。

纏足(てんそく)の女(おみな)は捕虜のいのち乞えり母ごなるらし地にひれふして
屠場(とば)の臓物(もつ)放るがほども無造作に助教等捕虜の屍(し)を穴に捨つ
双乳房(もろちち)を焼かるるとうにひた黙(もだ)す祖国を守る誇りなるかも
(註:拷問に乳房を焼くのは主に、女性に対する方法で、ろうそくまたは菜種油の灯で乳首から焼いてゆく)
隠れ居し老か火達磨に叫びつつまろびいでしを兵は撃ちたり

女性への拷問や強姦、慰安婦などについて詠まれた歌については、
もう、おぞましさに鳥肌が立つ。
だれだ、こんなことしたやつは、あぶり出せ、と言いたいところだけれど、
じつは、実名が出てくるのだ。

「俺が殺(や)ってやるこっちへ来い!」鋭(と)き叫びわが分隊長鷲津軍曹
殺人演習に新兵(へい)のさき手を担いたる「今野」は戦死第一号となりぬ

自業自得、という言葉が脳裏をよぎるすぐそばに、こんな歌がある。

さ穏しき死顔もてり捕虜虐殺を拒みし吾を諾(うべな)いし戦友(とも)

もう、自業自得も因果応報もへったくれもない。
良いも悪いもいっしょくたで、作者も感覚が麻痺していく、とある。

「死」に怯え思想も信仰(しん)もあとかたなしひと日のいのち延びし安らぎ
人倫(みち)ふまぬ戦野ゆきつつ追い追いに神おそるるを忘れはてしむ

アマゾンの書評に、

「著者が刺突訓練を拒否したのは希有なことである。戦地での抗命として死をも含む処罰を覚悟しなければならない行為であった。事実その後制裁がくりかえされる。著者はその動機を「殺すな」という神からの声であると説明する。キリスト教徒ではない私にはそのあたりの機微はわかりにくい。「平和」な世に生きることを許された我々にとって刺突訓練は想像するだにおぞましい出来事であるが、そのようなモラルや生理的な抵抗を打ち砕くために実施される訓練なのだ。考えたくないことだが、かくなる状況に至ったとき果たして私が拒否できるか、そのことを思うと戦慄する。」(空満)
とある。
nikkouはクリスチャンですが、nikkouにも、「そのあたりの機微」はわからないですよ。
そういう状況で「声」が聞こえる、ということはおろか、そういう状況に置かれることすら、想像の外にある。


だから、かえって、恐ろしいと思うのだ。

前々回のブログで「戦争を語り継ぐ」という言いまわしに、無力感を感じる、と書いた。
それは、つまり、「語り継ぐ」内容に、現実味がなさすぎる、ということだ。

では、現実とは何か。

リアルな想定としては、たとえば、隣の半島で、大戦争が勃発する。
「うまくすれば」餓死者を出すような独裁国家が消滅するかもしれず、もっと「うまくすれば」日本人がぞろぞろ解放されるかもしれない。
もし、そういうふうに世論が動いたら(あるいは操作されたら)、
「殺すな」という「神の声」に従って反論する、ということができるだろうか。

あるいは、福井県にある原発銀座に隣からびゅんびゅんミサイルが打たれて、それが命中してしまって、とんでもないことになったりする。
これをそのままにしておいていいのか、これは自衛戦だ、って世論になって、
グッドタイミングとばかりに、世界のあの国この国が支援を申し出て、
さて、日本開戦、となったときに、
「殺すな」という「神の声」に従って、反対できるのかどうか。

子供のころ、「はだしのゲン」や「蛍の墓」のアニメやら、
「ヒロシマナガサキ」だの「ひめゆりの塔」だのの証言を
ずいぶん見せられ、聞かされ、
感想として「戦争は怖いと思いました。二度と戦争をしてはいけないと思います」と書けばニ重丸、という「儀式」的な行為に、すごく、違和感を感じてきた。
ちょうど中学生の折、湾岸戦争がおこり、
自衛隊を派遣すべきか否か、ということで大人も子供も(つまり、学校の中も外も)おおいにもりあがった。
そこで、あれ? と思った。
「湾岸『戦争』」の「戦争」と「ひめゆりの塔」の「戦争」は、同じではないのか?
今、「戦争はいけないとおもいます」と言っても、だれも、問答無用でニ重丸をくれないのか?

第二次世界大戦を経験した人たち(山本れい子さんや、藤尾正人さんのような人たち)が存命中であれば、
かれらは、世論を形成するひとりひとりとして、
実感をもって、戦争を拒否するだろう。
しかし、彼らを失ったあとの「語り継ぎ」に世論を構成する力があるだろうか。
つまりなにが言いたいかというと、
「語り継ぐ」ということはもちろん大事だけれど、
そこに寄りかかりすぎてはならない、
というか、それが戦争の抑止力になると過信してはならない、
もっと主体的に、じゃあ、どうしたら起こりうる悲劇を阻止できるのか、
現実的に考えなければならない、と思うのだ。

そう考えた時、
渡部氏の歌の、もっと根本的な意味に思い至るのである。

戦争は怖い。もちろんそうだ。
人間は愚かだ。それは、今後も、思い知らされるかもしれない。
日本が巻き込まれる戦争がおこったとき、どう考えたらいいのか、その時々に、立ち止まって考えなければならないだろう。

そしてそのとき、世論と異なる道を進む、ということが、ありうる。

そう、ありうる、それだけは、覚えておくべきだと思う。
そのとき有効でなくとも、
たとえ無力感におちいっても。

最後に、もうひとつ。
渡部氏は「自分はしなかったけど、こういうひどいことをした人たちがいた」と「語り伝える」側だった。
でも、「そういうひどいことをした」人たちは、戦後どう生きたのだろう。
まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)なんて言葉などなかった時代、
そんな現場にいたら、精神を病まずにはいられまい。
罪悪感にさいなまれることはなかったのか。
あまり聞かないけれど(たぶん、聞けない)
日本中に、そんなお年寄りたちがいたんじゃなかろうか。

彼らの苦しみに、救いがあるよう、祈りたい。

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April 11, 2012

奇跡も語る者がいなければ

『眠られぬ夜のために』第一部 「栄誉の辞退が世間に知れわたることを熱心に期待しながら、それをするような人は、すこしも謙遜とはいえない。しかも、たいてい、そんな底意を世間では気づくまいという甘い考えをいだいているのだ。」 (岩波文庫 草間平作・大和邦太郎訳)

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ごぶさたです。
もう、本当に忙しくて忙しくて、自分のブログさえ開く暇もありませんでした。
このごろ、ようやく一段落。
ブログもぼちぼち再開していきたいと思います。

さて、
3月には昇天者記念礼拝(教会につながる人で、すでに召された人たちを記念する礼拝)、
そして、4月8日はイースター礼拝でありました。
面白いことにどちらでも、60年前の戦争の話を聞くことができました。
貴重な証言だと思いますので、ここに書き留めて、みなさんにシェアしたいと思います。

まずは、昇天者記念礼拝でのお話。
礼拝に、山本れい子さん(山本七平夫人)と、妹さん3名の4姉妹が礼拝に参加、
ことばづかいや身のこなしに、昭和の令嬢たちの雰囲気が漂っていて、とても興味深く感じました。
ただ、一番面白かったのは、
長女れい子さんが、食事のあとに、つと立ち上がってなさった
姉妹のご両親、宝田一蔵・あいご夫妻の思い出話でありました。

宝田一蔵氏は、無教会クリスチャンだったそうで、
新潟から上京直後はお金がなかったために、無教会の伝道所の「今井館」に寝泊まりしたそうで、このブログの読者の方には、直接ご存じのかたもおられるかもしれません。
戦争では、海軍として徴兵され、魚雷を積んだ戦艦に乗ったそうですが、
サメのうようよいる南方の海で、
アメリカ軍の放った砲弾を浴びる事態に遭遇したそうです。
戦艦内は大パニック、砲弾にあたって死ぬか、放り出されてサメの餌食になるか、もはやこれまで、と上へ下への大さわぎのさなか、
ある若い兵士が、ふと、宝田氏の様子に目を留めたそうであります。
宝田氏、戦艦内のパニックをよそに、ベットに腰かけ、この状況下まさかの「聖書」を膝に、じーっと祈っていた。
その若い兵士は、「宝田さんは、クリスチャンであったか、クリスチャンってのは、すごいものだ、肝の据わり方がちがう。」と、強い衝撃を受けた。
砲弾は幸い船にあたらず、そのまま敗戦を迎えて、無事帰国。
この兵士は、復員後、すぐにクリスチャンとなり、家族全員にも、クリスチャンとなるように勧め、
さらに、宝田氏の伝道旅行にもつき従ったとのこと。
れい子さん、いわく、
「わたしたちは、言葉でなんとかしよう、なんとか福音をつたえよう、としなくても、
行動で、自然に、神様のすばらしさがにじみでるようになることで
一人の人を、福音に導くことができる。
そういうことを、父から学びました。
彼ひとり、福音に導くことが出来ただけで、
父は、生きた甲斐があったと思います。」

さらに、母あいさんの話。
戦後、夫に従って子供たちをつれ新潟にもどり、
慣れない畑仕事を始めた。
苦しい毎日のなか、鍬を担いでの帰り道、ふと、微笑みが漏れた、といいます。
「あら、わたしなんで微笑んだのかしら」とあぜ道で立ち止まった。
「ああ、そうか、イエス様のことを考えていたからだ。」
そこであいさん、帰るなり、紙に墨書きで「宝田あい 聖書集会」と書き、
その場にいたれい子さんと妹さんのお一人に
「これを、町の電信柱に貼ってきなさい」と命じたそうであります。
「今みたいに、接着剤なんてありませんから、米粒で貼るんですの。それはもう、恥ずかしくて恥ずかしくて。」とれい子さん。
あとで、あいさんも「あのとき、本当ははずかしくて、あなたたちに貼りに行ってもらったの。ごめんなさいね」とおっしゃったそうです。それでも、聖書集会をしようとおもったのは、

「戦地から引き揚げて来て、わたしより辛い思いをしてい人たちは、いまたくさんいる。
そういう人たちを、励ましたかったの。
だから、聖書集会をすることにしたの。」
聖書集会がきっと人を励ます、とまっすぐ信じた、
なかなか、現代には聴くことのない、まるでおとぎ話のようにまっすぐな信仰の証言でありました。

イースター礼拝では、
藤尾正人さんのお話を聞きました。
これはまたあらためて。

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January 14, 2012

他人に迷惑をかけない生活なんて、無理じゃない?

1月7日「眠られぬ夜のために」第1部 かれらをそのただしき裁判官にゆだね、 ためらうことなく おまえの道を歩み続けるがよい。 神は、ありきたりな考えをいただいた 時事詩人とはわけがちがうのだ。 (前田敬作訳)

2年ほど前から、
寝る前に1章、聖書を読むことにしている。
今、「ヨブ記」まで来た。
あと2年くらいで読み終わるかな。

今あらためて
「ヨブ記」を読んでみると、
つくづく、「相手の身になって考える」ってのは難しいなあと感じる。
昨年の大震災を経験したあとだと、なおさら身につまされる。
どんなに、被災地のことを想ってみても、
実際に津波に命をさらされたわけではない人間には
その辛さや複雑な思いは理解できないような気がする。

じつは今朝、電車の中で、あるイベントのポスターを見た。
宣伝文句として、
「人に迷惑をかけない、
人が不快に感じることをしない、
大切なことを、
こどもに教えていますか」
だったか、そういう趣旨のことを書いてある。

なんか時代錯誤だなあ、と思った。

nikkouは、子供時代、わりと「優等生タイプ」だったので
「人に迷惑をかけない、人が不快に感じることをしない」を
わりと実践するように努力してきたし、人にも強要する「正義漢」でありました。
ところが大人になるにつれ、
「そりゃ無理だ」ということが
ひしひしと感じられるようになったのであります。

日常的にはまあ、まず、
大人になって、キリスト教という、日本人の大多数とは異質の価値観を持つようになったこと、
ネットと、発達した交通網のおかげで、仕事でもプライベートでも、「Always3丁目の夕日」時代であれば考えられないほど多種多様の「人様」と接触せざるを得なくなったこと、そして社会の変化による世代間ギャップなんかが大きい気がする。

たとえば
nikkouは元旦には神社に初もうでに行かず、教会の新年礼拝に出席するが、「それって日本人としてどうなの?」と、友人になじられたこともある。
逆にクリスマスに恋人がいないことを憂う日本の風潮は、nikkouには不快だ。
nikkouの母は、「子供はまだか」と、我々の性生活にまで口を出してくる。
子の幸せを願う親としては当然の愛情だと思っているのやもしれないが、nikkouにはただのセクハラである。
宮城県出身のnikkouの夫は、「日本史」が関西と関東中心で、東北など無きがごとき、出てきても「道の奥」あるいは「蝦夷」と蔑視の対象にあっていることに不快(というか怒り)を表明するが、
それは東京育ちのnikkouには想像もできなかった視点である。
韓国では、友人が席をはずしている間に友人の携帯電話がなった場合、かわりに出てあげるのが友情で、
ほっとく日本人については、「友人の携帯が鳴っているのに無視をするなんて、冷たい人。」と感じるそうだ。
あげればきりがないけど、
ことほどさように「人」の「迷惑・不快」のバリエーションは豊かだ。
いちいち「人」の快・不快を気にしていたら、もう、社会生活を放棄して、ひきこもりになるしかない。

それじゃぁどうすればいいのか、ということだけど、
いまのところ、nikkouが思いつくのは、
「人」じゃなく、「自分」が「不快・迷惑」に思うことは、出来る限り、「人」にもしないこと、
もし、相手に不快な思いをさせられても、悪意がなければ気にしないようにすること、
謝ったり、説明したり、というコミュニケーションをいとわないこと
くらいでしょうか。

主イエスは、「自分がしてほしいことを人にしなさい」と言った。
それこそ、社会が狭かった時代の価値観だと思っていたのだけど、
映画「パッション」を見て、認識が変わった。
当時のイスラエルは、ローマに侵略されて、異なる言語が飛び交う国際社会だったらしいのだ。
さらには、今よりずっと身分制度が強固だったにもかかわらず、
イエスは、
上はヘロデ王やローマ総督、神官、
下は娼婦や羊飼い、
ローマの取税人や兵士のような微妙な立場にある人まで、
積極的に接触しているのである。
「こんな価値観の多様な社会で、相手が不快に思うことをしない、っていうんじゃあ、コミュニケーションは不可能だ」
と主イエスはどっかで気づいたのかもしれない。
だから、
むしろ、「してほしいことをする」と、積極的な接触を図り、
そこで起きた摩擦を糧に、相手を理解する、
という作戦に出たのかもしれない。

それはなかなかに、コミュニケーション能力を試される方法です。
そして、相手にかなり強い信頼感を抱けなければできない方法です。
でも、案外、主イエスの2000年前の価値観は、現代の多文化社会に適応したコミュニケーション方法かもしれないね。

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January 09, 2012

愛は老いることがない

1月9日 「……愛は、ほかのどんなものにもまして、ついにそれをわが物とした人間に力だけでなく、英知と忍耐心をあたえる。というのは、愛は、永遠の存在であり生命であるものの一部分であり、このものは、すべての地上の事物のように、老いるということがないからである。」 (『眠られぬ夜のために』第二部 前田敬作訳)

あけましておめでとうございます。
2011年はたいへんな一年でありましたが、
自分にとっては、様々なことを考えさせられた年でもありました。
一生の課題を与えられたといっても過言でないかもしれません。
今年も、それこそ「一生懸命」考え、学び、進みゆきたいと思います。

さて、
お正月は、夫の実家におりました。
夫の祖母宅で、おせちを御馳走になりつつ、
祖母より、自選歌集を頂戴しました。
これが、なかなか素晴らしい短歌で、
ああ、文芸の道には、こういう方法があったんだなあ、とつくづく感動いたしました。

…大きな声では言えませんが、
じつはnikkou、子供のころ、歌人になりたかった。
そこで、当時有名歌人が教授をしておりましたW大学に入り、
4年間、仲間たちとともにあれやこれやとミソ一文字をひねっておりましたが
結局、文芸なり芸術なりってのは才能なんだなあ、という、ごく当たり前のことに気づいて、断念。
ただ、「読む」能力のほうは、努力で磨ける気がする、と
文学研究者か、編集者か、国語教師になるか、の三叉路にしばし悩み、
やがて一番「面白そうだー」と感じた編集者の道を選んだのでした。

というわけで、
作歌からは遠ざかって十数年、
すでに、そんなことに手を染めたことさえ忘れかけていたのですが、
今回の祖母の歌集を読んで、
若いころには思いもよらなかった「歌の役割」に気づかされたのであります。

たとえば、亡くなった友人のこと、
たとえば、子供や孫の成長、
たとえば、老いのこと、
たとえば、感動した歌や詩の本歌どり、
たとえば、庭に咲いた花のこと……

nikkouは若いころ、このテの歌を、
正直、バカにしておりました。
なにせ、加藤次郎、水原紫苑、穂村弘、桝野浩一といった若い歌人がばんばん出ておりまして、

ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはドラえもんのはじまり(穂村弘)
洪水だあ、とはしゃいでいたのは私です むろんヨーグルトになっちまいましたが(加藤次郎)
真夜中の電話に出ると「もうぼくをさがさないで」とウオーリーの声(枡野浩一)

なんて歌をばんばん発表していたころであります。
私小説よりはファンタジー、あるいは純文学、あるいは大河ドラマ、
短歌1首で小説1冊分の、いや、映画1本分の創造性を、
直立せよ一行の詩(佐佐木幸綱)、
おまえはあかまんまの歌を歌うな(中野重治)
と、それはそれは力んでいたのであります。

祖母はアララギ派の先生に師事したとのことですが、
アララギ派というよりは、いくぶん「未来」とか「中部短歌」とか、そのあたりを思わせるような
若々しくユーモアのにじむ詠みぶりでありました。

しかしなによりnikkouが感動したのは、
本人を知っている人間だけが、共有できる感覚を、きちんと、いや見事に、言葉でもって、いまここへつなぎ留めているということでありました。
とくに、我が夫や、その弟を詠んだ歌、

七草の粥つくるとふ鳥取にひとり住まひの男の孫が
フロイトを熱く語れる孫のいて死ぬのはずっとあとからにしよう


などというものを目にすると、
おもわず、胸にぐっときてしまう。
お祖母ちゃんの愛がひしひしと、ひたひたと、あふれております。
ぶっちゃけ、こうしたものは、商業出版としては価値のない作品なのでありますが、
家族の関係の中では、Pricelessであります。
祖母と、ともに歩んだ家族との、
生活、いや、命が、
深く深く掘りこまれた詩であります。

商業出版にのらない、こうした美しい詩と、そこに刻まれた命は、
きっと、この日本中にあふれているんだろうな、
短歌って、それができるんだな、
それって、ありだな、
いや、それって、素晴らしいな、
大きく言うなら、一回性の命、地に足のついた生活、ヒルティの言葉を借りるなら、「老いることのない愛」
そんなことに、初めて気づいた新春でありました。

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November 30, 2011

民主主義ってなんだ?

『眠られぬ夜のために』第二部

「10月29日

悪は今のところ、たしかにこの世の巨大な力であり、ひろい範囲を領している。それはいぜんとしてこの世の王であるが、しかし『裁かれた』王であって、その支配権を『しだいに』放棄しなくてはならないだろう。
 それゆえ、この王はいつも恐れているのだ。(中略)

しかし、善のほうでもまた恐れるならば、それによって、善は、悪にたいするその優越性の主な根拠を、たちまちうしなってしまう。最もよい事柄でも、勇気がかけていると、それだけですでに、全く、あるいは半ば、くりかえしだめになってしまった。そこで、いくどもまた新しくやり直さねばならない。若い人たちに勇気を教え込むことが出来れば、それは現代のあらゆる教育のとりわけよい仕事となるであろう(以下略)。」
(岩波文庫:草間平作・大和邦太郎訳)

ハングル教室の李先生から、韓国の民主化のため、どれだけ多くの犠牲があったか、というお話を聞いて、ふと、思った。
民主主義ってなんだ?

生まれたときには、もう日本は「民主主義」だった。だから、あらためて考えると、それがどういうものか、よくわからない。命をかけて勝ち取るべきものなのかどうか。
李先生は、韓国の民主化運動の中心となったのがキリスト教教会だった、という。
教会でその話をすると、nikkouのゴスペル仲間で牧師である通称テイーチャーが、「民主主義の根幹はイエスの福音なんだよ」という。
えー、まじでー?
nikkou の乏しい知識では、民主主義のルーツはたしか、ギリシャのポリスだったはず。主イエスとは関係ないんじゃないの?
そうこうするうちに、大阪では橋本さんが当選。うーん、ほんとに民主主義と福音に、関係があるのかなあ。そういえば、以前、内村鑑三の読書会で、「キリスト教がある国は、民主主義国家でなければならない」というようなことを言うひとがいて、学生さんが、「でも、多数決とキリスト教の倫理は対立することがありますよね」と反論した。それがnikkouの心にずっとひっかかっていたのでした。

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ということで、あらためて勉強してみました、民主主義。
まずは『民主主義という不思議な仕組み』(佐々木毅)から。
それで、ようやく頭の整理がされた。
まず大事なポイントとして、「民主主義」と、「民主制」は別だってことだ。
民主主義」は、「人はすべて、生まれながらに自由で平等で、だから、政治に参加する権利がある」という考え方のこと。
民主制」は、「民主主義を反映させる政治システム」。ただ、鏡のように完璧に反映するシステムというのはなくって、大統領制にせよ、議院内閣制にせよ、一長一短なのだそうだ

この「民主主義」の「だれもが自由で平等という考え方」、大きな動きとなって実現したのはイギリスのピューリタン革命が最初だそうだけど、この本を読むと、なんだか唐突にでてきたような感じがする。それ以前の政治には、まず、「戦争にいくのだから政治に参加すべきだ」という成人男性が中心だったギリシャのポリス、
そして、「力のあるものが政治を行うべきだ」という王政
「貴族も大きなの力と経済力があるのだから、特権を認めろ」という貴族制などがあった。

しかし、「人はみな、自由で平等だから政治に参加すべきだ」という理屈は、よーく考えてみると、あまり説得力がない。「戦争に行くから」「お金があるから」「力があるから」という理由に比べて、「人はみな自由で平等」という理由には目に見える証拠がないのだ。
ああ、ここに、福音があるんだなあ、とぴん、ときた。この本には書いていないけれど、民主主義を唱えた人たちの脳裏には、主イエスの「神の前には、男女も社会的地位も、経済力も軍事力もなく、みな、等しい」という理念があったのだろう。

さて、そこで問題の多数決だけど、これは「民主主義」の問題ではなく、「民主制」のほうの問題なのだそうだ。
本書では、「一見多数の意見のようだけれど、じつは少数派による情報コントロールがあるのかもしれない(たとえばナチス・ドイツとか)」、「そもそも投票率が低いのかもしれない(日本の選挙なんかいつでもそうだ)」、という見方を紹介する。そして、なにより、衝撃的だったのは、「正理をもって身を棄つる」(福沢諭吉)という発想だ。
これは、政治よりも良心を上に置く、ということで、具体的には、19世紀アメリカにおいて、奴隷制に反対して納税を拒否したヘンリー・デイビット・ソローという人を紹介している。同じ発想の持ち主には、ガンジーやキング牧師がいる。日本では君が代日の丸問題などが関係してくるだろうか。

つまり、多数決で決まった法律であっても、倫理的じゃない、良心に反する、と考えたなら、反対していい。いやするべきだ。そして、情報コントロールされていないか、注意深く見守る。「良心には反しているけど、決まったんだから仕方ないんじゃない?」と考えている人たちを説得する。そして、ときには、その決定に従わない(←!)。

でも、これは、正直、難しい。民主主義国家の日本に生きる一市民としても、つくづく難しいと思う。法と対立する良心。福音や隣人愛に反する社会と闘う。まさに信仰レベルの話だ。

法律で決まっちゃったもんは仕方ないんじゃない? と考えて良心を殺してしまうことは、民主主義を殺すことにもなるのだろう。民主制の欠陥に、民主主義が負けちゃったらだめなのだ。結局、民主主義をつくるのは、制度ではなく、人間だということだ。

主イエスのことば「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」(マルコ福音書2章27節)にならっていえば、「民主主義は人のためにあるもので、人が民主主義のためにあるのではない」というところか。

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さて、日本で民主主義について深く考えた人、といえば、丸山真男という政治学者である。
ということで『丸山真男』(岩波新書 苅部直〉も読んでみた。
丸山は、揺れ動く「政治」に対抗するために、人は「人格的内面」を持たなきゃならない、ということを言っているのだけれど、
その「人格的内面」を徹底して守りうるのは宗教の立場、とりわけ「ラジカルなプロテスタント、例えば無教会主義者であろう。」と書いているそうだ。
丸山の師匠は、南原繁という学者で、無教会のクリスチャンだった。師匠の影響から出た言葉なんだろうけれど、丸山自身はクリスチャンではない。
丸山は、信仰と政治について、なにを思い、どう考えていたのだろう。もう少し、民主主義の勉強をするため、丸山真男の著作を読んでみようと思います。

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