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March 24, 2005

アメリカのクリスチャンに聞けばよかった

イラク戦争以降、日本人クリスチャンはいろんなところで、多かれ少なかれいや~な目にあってきたんじゃないかと思う。

「一神教徒は狭量だ」「クリスチャンは傲慢だ」
「キリスト教徒は、自分の信じる宗教と異なる宗教を信じるものは人間とも思っていないので、殺してもかまわないと思っている。」
そして、「多神教の文化をもつ日本は包容力があってすばらしい。」うんぬん。

その手の意見は、全国紙の新聞でも、全国ネットのテレビでも、ベストセラーになった新書のなかでも吹聴されたし、
私自身、職場でもゴスペルを歌うスタジオにおいてでさえも、
そっと、そうささやかれるのを耳にした。

イラクでボランティアが拘束されたとき、世界中で一番「包容力」のない反応をしたのは、
その多神教徒・日本人だったのにね。

いや、しかし、そういわせるものが、たしかに「キリスト教徒」たちを政治基盤とするというブッシュ大統領の行動にはあった、ということなのだ。

私はいちクリスチャンとして、「神の名のもとの戦争」というのはありえないだろう、と思っている。
クリスチャンの主、イエス・キリストは、自ら命をかけて、無抵抗・非暴力の戦いを示したのだから。

イラク戦争の背景には、金と権力の複雑な絡み合いがあって、
それを支持するアメリカの教会員のひとりひとりは、軍隊にいくしか生活の途がない低所得者だから、
彼らに反戦を訴えるのはむずかしい、
本当に非難されるべきは、戦争を金儲けの具にしている一部の人たちなのだ…などといった表向きの解説はもういい。
実際のところはどうなのだろう。

先日書いた、ウイメンズカンファレンスの講師たちは、アメリカからの来客だった。
今にして思えば、一言聞いてみればよかった。
教会の見解や、アメリカ国民としての義務はひとまずおいといて、
いま、あなた個人は、イラク戦争について、どう思いますか、と。

意地悪で聞くんじゃない。
ごく素朴、かつ率直に聞きたい。
たとえそのとき、彼女達が、
戦争を肯定しても、否定しても、いや、もし沈黙してしまったとしても、
学ぶことはあるだろう。
生身の人間の声から、わたしはものを考えてゆきたい、と思うのだ。

今回は「女性の生き方」を学ぶセミナーだったから、そぐわない質問として、退けられただろうか。
カンファレンス・スタッフの姉妹たち、もし今度機会が与えられたら、
NIKKOUはそう、たずねてみたいのですが……。

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