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March 27, 2005

どのように通り抜けたのだろう

3月26日『眠られぬ夜のために』

「私の生涯において、まるで夢遊病者と同じ様子であったことが数限りなくあった。危険に対して眼が開かれていたら、決して歩こうとしないような危険きわまる小道を、あたかも見えざる手に導かれたように、知らぬ間に通り抜けたのである。」(岩波文庫:草間・大和訳)

私の好きなゴスペルの一節に似たような歌詞がある。
「How got I over? Trouble is over.I just wonder how got I over」
(どのようにして乗り越えたのだろう。トラブルは過ぎ去った。ただ、私はどのようにして乗り越えたのか不思議だ)

今の部署に異動した当初、実は何度かパニックに陥った。
私の手元に回ってきたゲラ(印刷物)は、いったいいかなる経緯を経たものなのか、
あと何回赤字を入れていいものなのか、
そもそも、一体全体、何者がこの原稿を書いているのだ!?(おいおい・・・)

人手不足のなか、急遽補充された人事異動だったので、丁寧に手順を踏んでいる余裕がなかったのだろう。
前任者からの仕事はすべて途中から。
経験の浅い私には何がなにやらさっぱりわからなかったのである。

パニックになるたび、非常階段の踊り場で祈った。
--あたらしい職場を与えてくださったこと、感謝します。だけど、神様、私はいったいどうしたらいいのでしょうか。
ご覧のとおり、私はこんなにも不器用です・・・。

そんなあるとき、ふいに、背後から声をかけられた。
「大丈夫!? 寒くない?」
振り返ると、同じ部署の先輩が泣き笑いの表情でわたしを見ていた。
仕事のつらさに、新人が泣いているとでも思ったのだろうか。
つい照れ笑いでごまかし、先輩がそのまま階段を駆け下りてゆくのを待って
ふたたび祈った。
--だれもが忙しくて、大変なときだけど、それでも、わたしはずいぶん気遣われています。
神様、感謝します、どうぞこの編集部ひとりひとりの体調をお守りください。

別に、こうしてさぼっていたわけじゃありません。
やがて頭がさえてくると、ふたたび机に戻って、仕事に取りかかることができた。
本当です。

今ふりかえると、何とも未熟な技術で、よくもまあ乗り切ったものだ、と思う。
主と語り合う非常階段が、もうろうとした頭を冷やす最適の場所だった。
そして、「大丈夫!?」と聞いた先輩の表情は、今でも妙に鮮明に覚えている。

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