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March 15, 2005

意思を自由にして

3月14日

「ダンテ『神曲』煉獄篇弟二二歌五八-六九行」

ヒルティ、今日はいきなり、そうひとこと。
そこで、『神曲』ひらいてみました。

ヴィルジリオという登場人物が、スタツィオという詩人に
「君はどういう過程で、信仰の道を進むことになったのかい?」というようなことをたずねます。
それに対する答えは、なるほど、眠れぬ夜の課題にふさわしい。
「あなたが私を信仰の道に導いたのだよ。
そのやりかたとは、
夜道を歩く人が、
自分の後ろにあかりをかざして、
自分は不便なのにもかかわらず、
後ろから来る人には明るくなるようにしているみたいだったんだよ。」と。

そして、ヒルティは続けます。
「善の道をすすもうとするときは、まず、あなたの意思を自由にしなさい。」と。

難しいなあ、とためいき。
神様が「これは善の道」だ、と示されるのなら、やり方とか周囲とかにとらわれないで進みなさい、ということなんだろうけど。

これを読んでふと、思い出したのは、シュバイツアーの話。
彼はすでにオルガニストとして大成していたのに、医者となってアフリカへ向かおうとした。
そこで友人が、オルガンの先生に、シュバイツアーを思いとどまらせるよう、頼んだそうです。
ところが先生はこう言ったそうです。
「止められないよ、神様が呼んでいるんだから」
(NIKKOUが通う教会で聞いた話です。
森有正『いかに生きるか』にあるエピソード。今、本がすぐ見つからないので、うろ覚えです。ごめんなさい。)

無謀に見えても、オルガニストとしての将来がもったいなくっても、
シュバイツアーの心は、そんなことからは「自由」だったんだろうな、と思う。

私には、この道こそ「善だ」と確信して、突き進んだことが、いまだかつてあっただろうか。
これから、そういう選択を迫られることがあるんだろうか。
そうしたとき、なにものからも「自由」になれるだろうか。
うーん、厳しいなあ、ヒルティ。

もちろん、今から不安に思っていても仕方がないけれど、
今夜はただひとつ、
かつて、そういう選択をした人たちがいた、ということを心にとどめて眠ろう。

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Comments

すごいー。とっても素敵なブログだね。NIKKOUぽっいっちゃぽいかなぁ(笑)
だからやっぱり、とても励まされてます(^^)ありがとう!
「善の道をすすもうとするときは、まず、あなたの意思を自由にしなさい。」かぁ。。。
昨夜ね、信仰の告白をためらって1年になる友人に、何にぶつかって告白に至らないの?って話をしたの。話すのに「私の思いや願いが大きくならないように」って祈りながら。
近くにいる私を通して見た神様がもし歪んでいたらフィルターのせいだからさ…。
ちょっと本気の2時間半だったの。
そっかぁ、こんなときこそ互いの心の解放をしっかり祈るべきだったなぁ。

彼女の進む道が「善」であるよう「意志が自由になるように」お祈りください。
このブログが多いに祝福されますように祈ってます!

Posted by: sweet mustard | March 15, 2005 at 09:21 AM

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