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March 16, 2005

憂いをゆだねる

新入社員のころ、机の前にカードを貼って仕事をしていた。
カードには、
「神のなさることはすべて時にかなって美しい (伝道の書 3章11節)」と書いてあった。
高校生のころ、社会科見学で行ったイグナチオ教会の売店で買ったものだったと思う。
そのころ、私はまだクリスチャンではなかったけれど、何にもまして、勇気付けられる言葉だった。

私はおおらかな両親に大事に育てられた甘えんぼさんだったので、最初の会社員生活はとてもつらかった。
新入社員とはいえ、社会人としての規律が求められることに疲れ、
小さいけれども、責任が生じる仕事におびえていた。
せっかく入った会社だけれど、なかなかやりたい仕事ができる職場ではないことにも、だんだん気づいてきたし、
将来が不安で不安で仕方が無かった。

でも、いつの日か、「ああ、そんな日があったなあ」と振り返ることがあるかもしれない、
「あの苦しみは『時にかなっていた』なあ」と思えるかもしれない、と思うことは、
息苦しい日々を、すこしだけ解放してくれる見方だった。

今日、ヒルティは言う。
「あなたはいたずらに心配をしたり、いろいろ将来の計画を立てたりして、
そのために、最もよい仕事の時間を多くつぶすことは、全くいらない
神を信じて、神の道を誠実に進もうと努めるならば、
万事はひとりでに、しかもあなたが予期するよりも、はるかにうまく運ぶのである。」
(岩波文庫:草間平作・大和邦太郎訳)

イエスキリストも、
「空の鳥のように、野の花のように、明日のことを心配しないで、今日を十分生きて。
明日は、神様がきっと必要をみたしてくれるよ」
と教えてくれた。

いまや社会人生活にもすっかり慣れた。
転職をして、自分のやりたい仕事にも、すこし近づいた。
あのとき「えーい!」って投げ出しちゃうこともできたけれど、
「この苦労は時にかなっているんだ」と言い聞かせることが、今日の日まで導かれる道のりだった気がする。
今日は、仕事のあと、ゴスペル仲間の大切な女友達4人と、ケーキをひとり二個も食べながら、何時間もおしゃべり。
今、おなかいっぱいでちょっと苦しい。
女友達のうち、2人は看護師さん、2人はゴスペルを歌ったり教えたりすることを生活の中心にしている。
自分の仕事が慣れたら、まったく別の仕事をしている人の話が楽しくなった。
自分の仕事の話をして、「へえ~」とものめずらしそうにされるのも、ちょっと楽しい。
そんな自分を想像もしていなかったころを思うと、
これからの自分も、予想もつかないところにいるんだろうな、と思う。

「主は心配をきらうが、あなたがささげる
天に向かっての祈りはよろこんで聞き給う。
あなたがやっとひとつの策を立てる間に
主は千もの策を持っていられる。」
(岩波文庫:草間平作・大和邦太郎訳)

明日について、神様が持っている「千もの策」に期待して。
おやすみなさい。

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