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April 03, 2005

それを「おためごかし」という

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4月2日『眠られぬ夜のために』

「いつでもできるだけある種のうす暗がりに身をおき、美徳の仮面さえかぶろうとするのが、悪の政策である。」
(岩波文庫版:草間・大和訳)

わが蔵書は古本なのだけど、
前の持ち主も、この一文には共感したらしい。赤鉛筆で丸をつけている。
つまり、「悪の政策」は、
ヒルティの時代である19世紀末から「美徳の仮面をかぶろうとし」、
前の持ち主が読んだ70年代もそうで、そして、今もなのか。

じつは、NIKKOUここ10年ばかり、脳性まひの方の自立生活の介助をしている。
「施設ではなく、自分の家で」、「家族ではなく、自分の意思で」生活したいという障害者の人の生活の手伝いである。
月に一回だけの、有償ボランティアである。
大学一年生のときに始めて、ずるずると今に至ってしまった。
月に一回だけだけど、まあ、今の自分でできる範囲で、というのと、
今、ひとりでも抜けると、ほかの介助者の負担が増えたり、
だいたい、本人が介助なしの日を迎えてしまうかもしれないのは、非常に困る、というかなり切迫した理由で、
なんだかんだいって、続いてしまって、
今は、まあ、いないよりはまし、ぐらいの存在にはなっているかもしれない。

最近、私が通っているお家のある行政区が、公務員ヘルパーの派遣を打ち切る、と言い出した。
今の介助体制というのは、公務員ヘルパー・民間ヘルパーと私のような有償ボランティアでなりたっている。
でも、ただでさえ、人手不足なのに、どうするんだろう。
役所はなんて説明するつもりなのか。
「民間の介護福祉サービスの発展のため」とか言うのかな。

そもそも、2004年度に「措置制度」っていう障害者福祉制度が、「障害者の自立支援のため」という「美徳」をかぶって、「支援費制度」に移行したあたりから、おかしくなってきたらしい。
単純にいうと、
これまで「措置制度」というのは「障害者の生存権のために、補助金を出す」ということで、
現在の「支援費制度」というのは「障害者も『自己責任』で生きるべきだから、行政がきめた介護団体にだけお金を出すので、あとはなんとかやってね」ということらしい。
だから、私のような有償ボランティアには交通費とか食費も含めて、「介助費」は出ない。
障害者団体の人たちが、それは困る、と、かなり格闘して、結局ボランティアは「準・公務員ヘルパー」みたいなあつかいになって、「介助費」がでるようになったんだけど。
なんだか、お役所にはボランティアって、迷惑な存在みたい。

参考↓
【厚生労働省の説明】
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/syakai/sienhi/qa.html#1
【障害者側からの意見】
http://www.onfield.net/kato/1/01.html

公務員ヘルパーが打ち切られると、介助者が減ったり、介助費が出なくなったりして、
NIKKOUにとっても、かなり切実な問題なので、職場で反対の署名を集めてもらった。
同じ行政区に住む先輩に、「○○区ってな~んか、金の使い方が下手というか、けちだよねー、そんなに金がないのかね?」と言われた。

厚生労働省の説明では、
「障害者の自己決定が尊重されるとともに、利用者と施設・事業者が直接かつ対等の関係に立つことにより」って、すごい「美徳」みたいだけど、正直に言えばいいのに。
「お金がないんです」って。

ヒルティは最後に言う。
「なにかの哲学や倫理でキリスト教の代弁をさせようとするすべての試みがしょせん失敗だと分かったら、そののちにキリスト教はふたたび本当の覚醒に向かって進むことになるであろう。」

イエスの障害者にたいするスタンス、
生まれつき障害があるのは、
「本人がつみを犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」
(ヨハネによる福音書9章3節)
とか、
パウロの、わたしたちひとりひとりを、大きな神様の体にたとえ、
「目が手に向かって『お前は要らない』とは言えず、また頭が足に向かって『お前たちは要らない』とも言えません。
それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。」
(新共同訳「コリント信徒への手紙一」 12章21節22節)
とかいう考え方が、本当に「覚醒」するまで、どれほどの「失敗」を重ねなきゃいけないんだろう。

神様、ちいさなちいさな私です、きっと、体にたとえると足の小指の爪くらいの存在でしょう。
でも、小指の爪くらいなりに、体の一部として働かせてください。
イエス様のお名前を通して祈ります、アーメン

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Comments

こんにちは。
トラックバック、ありがとうございました。

さて。

>これまで「措置制度」というのは「障害者の生存権のために、補助金を出す」ということで、現在の
>「支援費制度」というのは「障害者も『自己責任』で生きるべきだから、行政がきめた介護団体に
>だけお金を出すので、あとはなんとかやってね」ということらしい。

あはは。そういう解釈も一理ありますねぇ。
でも、違います(^^;)。
措置費も支援費も、どちらも補助金の一種で、早い話、「措置費」っていうのが「支援費」に名前が変わっただけなんです。
しくみは大して変わってないんですよ。黙っていても、施設なんかは、とりあえずいままでどおりお金が入ってきますしね。
で、行政が決めた介護団体云々のところ。確かにそうではあるんですけれど、要は、措置費制度がそのまま支援費制度になっただけなんで、既得権とでもいうか、元々お金を出してなかった所に新たにお金を出そうとはしないだけなんです(^^;)。新しいことをやりたがらない、というわけですねぇ。

なのに、それでいて、お金を削ることだけは躍起になる…。
ここが、厚生行政の一番悪い所ですね。
ムダづかいばっかししてて(社会保険庁が年金保険料を勝手に使って、ムダな施設ばっかし作ったのがその典型例)。
それに、お金が足らなくなる、なんてのは、最初っからわかってたことなんですよ…。
その理由としては3つあって、1つは前述したムダづかいなんですけど、あと2つは、税制の問題と統計のからくりから来てます。

税制、っていうのは、いわゆる恒久減税。所得税と住民税を、景気対策の名目(実際は、単なる人気取りに過ぎないんですけどもねぇ)で大幅減免してるシステムですね。
で、介護保険や医療保険制度を除く福祉行政は、財源のほぼ100%が税金から来てるんで、どう考えても財源不足が最初っから目に見えてたんです。
一方、統計のからくり、っていうのは、施設に入ってる人しかデータを取らなかった、っていう失敗。
支援費制度を利用する人には当然在宅の人とかを含めるべきだったのに、そのデータを採らなかった…。なので、いくらお金がかかるか、その予算設定を誤ってしまって。
結局、それがずるずるといまに響いてるわけなんです。
で、いったん支援費支給を認定してしまったら、その後よほどの事情が生じない限り、出し続けるのが普通なんで、なおさら国はお金に困ってしまう。悪循環ですよねぇ。

ヘルパー制度自体、今後は縮小あるいは廃止される方向性なんですよ(^^;)。
介護福祉士国家資格を持ってる人でないとヘルパーやボランティアとしては認めない、っていう方針が打ち出されまして。
確か、来年度からそうなることになってます。
表向きは「ヘルパーの資質向上のため」っていうことですけど、まぁ、自治体独自で出してるお金を追認したくないんですね。国は。
認めちゃうと、国は補助金を新たに出さなくっちゃならなくなります。そうしたくないわけなんですねぇ。

っていうことで、「金がない!私たちが悪うございました!」って素直に言えばいいものを、「障害者の自立をより促進する」とか何とかと言って、新たに「障害者自立支援法」なるものを国会に法案提出。
敵もさるもの、って言いますか、よくやりますよね。しょうこりもなく。
これ、法案をよーく読むとわかるんですけど、ほんっとにとんでもない制度になってます。
ですから、「なーにが自立支援だっ!」って言いたいですよ。
まるまる施行されたら、お金を持ってない障害者にとっては「首をくくれ!」って言われてるようなもんです。福祉が人を殺す、なんて、冗談じゃないです。

それにしても、最近、日本っていう国はとてもおかしい…。
政治家や官僚が将来の見通しを全く持てず、その場しのぎ(あるいは、その場かぎり)の政策に終始しちゃってて。
なんか、すごく虚しく感じるときがあります。

あっ、すごーく長くなっちゃいました。ごめんなさい(^^;)。
これを機に、どうぞよろしくお願いいたします。

Posted by: まろくん | April 03, 2005 at 04:20 AM

まろくんさま

コメントうれしいです。
本当にありがとうございます。
クリスチャンになって3年目のひよこクリスチャンです。
福祉に詳しい、クリスチャンの先輩を求めていました。
今後ともよろしくお願いします。

さて、
支援費制度と措置制度、丁寧なご説明、ありがとうございました。
勉強不足でした。
名前が変わっただけだったんですか…。
うーん、それにしては、私の通っている障害者の方たちは大騒ぎでした。
私もこれまではふつーに通っていて、介助費をもらえていたのに、
いろいろと書類を書いた上に、「居宅介護等従事者の資格に係る証明書」なるものが、東京都から送られてきたり、銀行の口座を開きなおしたりして、
大忙しだったように記憶しています。

そうなってしまった理由が、これまではボランティアにも補助が出ていたのに、支援費制度になると出なくなるから、あらたに「有資格者」として登録しなければならない、という説明だったように記憶しています。

あ~、のんきだなー、わたしって。
ちゃんと勉強しようっと。

在宅の人のデータがなかった、というのにはびっくり。
在宅で、地域社会で暮らしたい、という
血みどろの活動をしてきた人々は、行政にはぜんぜん目に入らなかったということですね。

なんだか、暗澹というか、悲しいというか…。

でも、まあ、希望を捨てないで、小さくても、少しずつ働いてゆきたい、と思います。

Posted by: nikkou | April 03, 2005 at 09:14 PM

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