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April 06, 2005

『靖国問題』(高橋哲哉・ちくま新書)

『眠られぬ夜のために』4月6日

「今日の人間社会の状態において、おそらく最も必要と思われるものは、真実なものを見分けるある種の本能である。」
(岩波文庫:草間・大和訳 以下同)

『靖国問題』(高橋哲哉・ちくま新書)読了。
問題点を、順を追って解説してあり、論点がまとまっていて、とても読みやすかった。
「靖国問題」とひとことで言っても、かなり重層的になっているらしいし、
そのすべてについて、わたしにまとまった考えがあるわけではないので、
ここでは、いちクリスチャンとして、思うことを書いてみたい。

戦時中、多くのキリスト教徒が国家に神社参拝を強制されたという話はよく聞く。
この本のなかでも、上智大学が廃学の危機にあい、屈服する形で学長以下、学生、神父が靖国神社に参拝した話や、
「日本基督教団統理」の富田満が「伊勢神宮に参拝し、天照大神に教団の発展を祈」ったという、息をのむようなエピソードが紹介されている。
(な、なんて言って「祈った」のかなあ。)

のみならず、この富田氏は、朝鮮のキリスト教徒たちに対して、
キリスト教信仰を捨てろというのではない、国民の義務として、神社参拝をすべきだ、として
「明治大帝が…(中略)…宗教の自由を賦与せられたものをみだりにさえぎるは冒涜に値する」とまでいう。

しかし、「神」なる「天皇」のために死ぬことが、意義あること、とされて、かつ、祀られるのだから、
それを拝め、と言われても、
日本人のみならず朝鮮人もアメリカ人も世界中すべての人を創った「主」なる神を信じているクリスチャンに対しては、
無茶な論法なんじゃないか…、というのは、
戦争が終わった今だから言えることなんだろうか。

そういえば読んでいて一番怖かったのは、「この人たち、どこまで本気だったんだろう」ということである。
本気で、「天照大神」に祈ったんだろうか、
本気で、そんな「神社参拝」と「キリスト教信仰」が両立すると思っていたんだろうか。
なんか支離滅裂だなあ、って思わなかったんだろうか。
ヒルティは「無数の企画や組織や団体や党派の扇動や、文学的および政治的潮流や、または宗教的団体や宗派などのなかに巻き込まれないために」
「真実なもの」を見分けるようにならなきゃいけない、そして「こういうものからはできるだけ離れているほうがよい」というけれど、
はたしてそんなこと、可能なんだろうか。

わたしがクリスチャンになったのはずっと最近のことなので、それまでは初詣にも行ったし、受験前には湯島天神にも行っていた。
今でもノンクリスチャンの家族の初詣にはつきあう。
しかし、毎回、神社の前に立ったところで、いったい何をすればいいんだろう、と思う。
だって、お祈りなら、わたしの主なる神様に毎日たんまりしているもの。
だからやむなく、家族の参拝をぼんやり見ていることになる。
そういえば、大学時代の友人たちと日光東照宮に行ったとき、
観光案内をしていた宮司さんがとつぜん、「参拝しましょう」と、お堂いっぱいの観光客に二礼二拍手一礼を促したときはつらかった。
のみならず、頭を下げなかったのがわたしだけだったのにも驚いた。
直前の観光案内では、東照宮がギトギトの政治的意味をもつ施設であったことは明らかで、
ひとことも「宗教的」施設だという話はなかったのに。

困るのは、そのような状況になったとき、
周囲のひとたちが決まり悪そうにすることである。
ある年の初詣では、わたしの様子に、あまりに居心地が悪かったのか、父がとうとう手をあわせなかった、ということがあった。
父は内村鑑三とか曽野綾子とかが好きなので、たぶん、わたしの意図を理解したのだと思う。
(母には念入りにわたしの良縁を祈願された上に、「クリスチャンって融通が利かない!」としかられた^^;)

この「決まり悪そう」な雰囲気が、「非難的」な雰囲気になったのが、戦時中だったんだろうか、と思う。
…う…、やだな~。
「できるだけ離れて」ってヒルティおじいちゃんはいうけどさ、
取り囲まれちゃったら、やっぱり戦うしかないんじゃないの?
卑怯者・臆病者NIKKOUは、もう、想像しただけでがくがくする。

ヒルティが上記の文章を書いたのは、ロシアに社会革命党が結成され、レーニンが台頭してくる時代なので
これに続くのは「社会主義」に対するヒルティの考え方だ。
人間が変わらなきゃ世の中は変わらない、どんなに社会環境を変えたって人々は満足しやしない、と当時の“流行思想”に釘をさし、
クリスチャンも社会主義者たちのキリスト教に対する「偏見を克服することに力をかすがよい」という。

「偏見を克服」なんてなまやさしいものではない時代を経て、
今なお、ささやかな抵抗の中に立ちすくみながら、でも、ごく単純に、やっぱりわたしはイエス様を裏切りたくないなあ、と思う。

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