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April 28, 2005

初めて訪れる故郷

4月27日『眠られぬ夜のために』

「 新しい国

旅路は終り、この決行によって
暗い潮路に橋渡しされた。
霊の船にのって、わたしは無事に
新しい国まで運ばれた。

(中略)

わが心よ、今やここがおまえの祖国なのか、
おまえはこれがわが国だとあえて言えるか、
これまでおまえを外に縛っていたものを棄てうるか、
はたして自由な空気に堪えられるか。

(後略)」
(岩波文庫版:草間・大和訳)

『眠られぬ夜のために』にはしばしば、詩が掲載されている。
とくに出典が記されていないのだけれど、ヒルティ本人の詩なのかしら。
今日は、昨日と同じような「いろいろ案じている間に敢行せい!」という忠告のあとに、6連からなる詩が挿入されている。うち2連を引用したが、なんとも不思議な詩だ。

新しい国なのに、ここがふるさと。
初めて訪れた、「わが国」。

室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思うもの」ではないけれど、
現実の故郷は、なんだかみすぼらしく汚辱にまみれた自らの過去の地、に思えることもあるだろう。
そもそも、わたしにはふるさとがありません。
借家を転々としたうえに、幼き日に育ったその家も今は、もう取り壊されている。

でも、「なつかしい」という感情そのものはとても甘く慕わしい。
「なつかしい」けれど「新天地」。
人びとが望む天の国とは、そういうところなのかもしれない。

「国」といえば、日本は、ヒルティのように確固たる宗教的精神を持って生きることが、
とってもたいへんな国である。
「宗教に頼るなんて、弱いもののすることだ」と、多くの日本人は言うけれど、
いやはや、クリスチャンであることのほうが、ノンクリスチャンであることよりも、はるかに勇気のいることですよ。
なんってったって、「無宗教」という「単一民族国家」であることが誇りのこの国において、
栄えある「マイノリティ」だもんね。
クリスチャンだ、とカミングアウトすると、とたんに貼られるレッテル「堅物、ストイック、モラリスト、融通がきかない、偽善者」…
そして、たまに、「クリスチャンらしくない」というほめ言葉まで頂く。
クリスチャンが100人いれば、100通りの個性なのに、なぜ、そうひとまとめにしたがる。

学生時代、キリスト教にかぶれてふと「クリスチャンになりたい」と、もらしたら、
父に「日本ではクリスチャンは1%から絶対に増えないからやめておけ」といわれた。
まあ、愛する娘がこの国のマイノリティになることを、恐れたのでしょう。
母はもっと直裁に「クリスチャンの女の子となんて、誰も結婚しないから、やめて」と言った。^^;
日本とは、なんとまあ「宗教」が嫌悪される国でしょう。

この詩、一点とても気になるフレーズがある。
「はたして自由な空気に堪えられるか」
耐え難いほどの自由。
ちょっとぞくっとする、いい言葉です。
意味深だけどね。

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