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April 22, 2005

正しい、気品ある態度で別れを告げ、

4月20日『眠られぬ夜のために』

「われわれはよくも悪くもあらゆる出来事から、正しい、気品ある態度で別れを告げ、最後には人生そのものからも立派な別れをするよう努めなければならない。」(岩波文庫:草間・大和訳)

nikkouは、いま、会社の仲の良い先輩、Nさんの退職のお祝い会を準備している。
Nさんは今月60歳になり、めでたく定年退職なのである。
「このごろ若い人の顔と名前が一致しない」と言って、あまり若い社員と付き合わなかったくせに、わたしだけはむやみと気に入ってくださった。
おかげでこの一年、Nさんには、いろんなところに連れて行ってもらった。在日朝鮮人のミュージシャンのライブやら、韓国人の詩人の記念パーティやら。
そこで彼はわたしをせっせと紹介してまわった。
「これ、ぼくの後輩。来年ぼくがいなくなったら、彼女が仕事を引き継ぐから、かわいがってやってね。」
紹介された著者は、たいがい困ったような顔でわたしをチラッと見る。
「こんな若い子が、大丈夫なの?」と、顔にはありありと書いてある。
そしてわたしも、困った顔をしてうつむく。
「こんな若いので、すみません。勉強しますから、お手柔らかに」…。

出版社に入ってまもなく、「若い」とはすなわち「無能」だ、ということを悟った。
編集会議でも出版交渉でも営業先でも、若い、というだけでみんな、わたしの発言を軽んじる。
30代を目前にして、その傾向はすこし和らいだものの、いまだに編集長がわたしを新しい著者に紹介するときは、「若いわりには、できます」…である。
「若い」ということは、あくまでマイナスなのである。
学生時代は、若い、というだけで価値があったのに。

そもそも、モノを書く、というのはオトナのたしなみである。
この世界では、40代にしてようやく「新進気鋭」である。
最近この国では、モノを読む、ということもオトナの楽しみとなってきてしまった。
年をとらないと、この世界の奥座敷には座らせてもらえないのである。

「40(歳)を越えたら、もうすこし楽になるから」と先輩たちは言う。
しかし、それは、「ハウルの動く城」の女主人公のごとく、ある晩、魔法でおばあさんになってしまえば万事OKということではなくって、あと、20年弱は経験をつみなさい、ということなのだ。
つまり、20年分の仕事の実績を見せないと、相手は信用しないよ、ということである。

逆に、40歳を越えたら、もう許されない、ということでもある。
「今のうちに、たくさん失敗しておきなさい。きっと血肉となるから。」とも言われるが、「今のうち」にもタイムリミットがあるのだ。
「まだ若いですから、ご寛恕ください」と上司が一緒に頭を下げてくれるのも、あと何年だろう。
一日一日を、もりもりと喰い、好き嫌いせずにたいらげていって、着実に「血肉」をつくらねば、信用を得られない。
むむ。なんとも厳しいことよのぉ。

さて、退職を迎えるわがNさんであるが、
彼は、こうして勝ち取ってきた信用のもろもろを、わたしなんぞに軽々と引継いで(いや、引き継いだ気になって)、鼻歌まじりに机のまわりの整理なんぞをしている。
「さびしいでしょ」と声をかけると、「いやぁ~もぉ十分」と、くしゃっと顔をしかめて見せた。

そういや、最近、定年退職者がものすごく多い。
団塊の世代といわれる、わたしたちの親世代が続々と退職を迎えているのだ。
この世代は出版活動が盛んな時期に仕事をしてきた人が多くて、
ちょっとお昼に誘うと、
「湯川秀樹と京都のお座敷で遊んだ話」とか
「井伏鱒二と釣りをした話」とか
「中野重治に原稿依頼しにいった話」とか
がぞろぞろ出てきて、ふぇーと息を飲むしかなかったりする。
現役の重鎮著者も、若者は鼻先であしらうくせに彼らになら安心して原稿をゆだねる、というので、
彼らは会社にとっても財産だったりする。

そんな世代が、どんどん前線を退いてゆく。
年寄りが重んじられるはずのこの世界には、さらなるタイムリミットがあったのだ。
ヒルティ言うところの「正しい、気品ある態度で別れを告げ」た彼らの先に待っているのは、「人生」への気品ある「別れ」だろう。
「いやぁ~、もぉ十分」というNさんの真意はどこにあるのかしら。

わが教会の牧師も、今やっている「ルカ福音書」の講釈が終わったら引退して、礼拝を副牧師に譲る、と公言した。
「せんせ、引退後はどうするんですか?」と聞いたら、にやっと不敵な笑みを浮かべて「聖地旅行。」と言い放った。
「nikkouさんも一緒にゆきましょう。」というので、「政情が安定してからにしてください…」ふにゃらふにゃらとわたしのほうが腰砕けである。
まあ確かに、引退してしまえば、来週の礼拝での聖書講釈のことも気にせず、のびのび聖地旅行ができる。
それまでは、聖地の下調べだろうか。
でも、その聖地旅行から帰ってきたら今度は何をするんだろう。
いや、そう言って先延ばしにしていたら、聖地に行くまえに、天国に行ってしまう。

もう、現役仕事は「十分」だけど、天国まではまだ間がある、という、このびみょーな時間を、わが先輩たちはどうしているのだろうか、と今、書きながら、ふと思った。
出版界の華であったベテラン編集者たちの、退職後。
nikkouも、いつか行く道であります。知りとうございます。

今週末は、手紙でも書いてみようかな、と思った。

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