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May 01, 2005

神性を心に抱く生活

4月30日『眠られぬ夜のために』(岩波文庫:草間・大和訳)

ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの言葉から
「たえず何かしら人の役に立つ者になれ。
そしてこのような不断の鷹揚さをおまえの唯一の楽しみとせよ。
しかも、時おり神性への一瞥をささげる義務があることを忘れるな。」


たぶん、ヒルティが重点をおいているのは、最後の一行だと思う。
つけたして、こう言っているから。

「けれども、このような『神性』を心に抱く生活、もしかしたら全く神性などとかかわりない生活は、なんと貧しいものであろう。」

しかし、「神性」とはなんだ。
神の性(さが)?
人智を超えた何者かからは、どのように見えるかちらっとでも考えよ、ということか。

ヒルティの生きた国とその時代とは違い、
今のこの日本では、「『神性』を心に抱く生活」を送るなんて、とっても珍しい。
ヒルティから見たら、「貧しい」生活ばかりなのかしら。

そういえば、一年ほどまえ、わたしがゴスペルを歌っていると知った会社の同僚と交わした会話がちょっと面白かった。

同僚「最近、うちのかみさんもゴスペルを始めたんだよ」
わたし「おぉっ、いいじゃないですか~、どこでですか」
同僚「地元の教会」
わたし「本格的でいいですねえ」
同僚「いや、連中は布教活動であれやってるんでしょ。歌うのはいいけど、ひっかかるなよ、って言ってるんだ」
わたし「…(^^;」

こうゆう場合、「ひっかかって」クリスチャンやってるわたくしとしては、なんと申すべきなんでしょうか(笑)。
同僚に悪意はないんだが、でも、こうゆうキリスト教への潜在的な嫌悪感って、新米クリスチャンには正直しんどい。
わたし自身は、クリスチャンになる前から、キリスト教を信じている人に対して、特に警戒心はなかったので、こういう発想はよく分からない。
もし、この同僚の奥さんが、本当にクリスチャンになりたい、って思ったとき、
同僚からこういうふうに言われ続けていたら、ちょっとやりづらいだろうな、って思う。

キリスト教は自分には関係ない、って思うのは勝手だけれど、
必要だと感じている人が身内にいる場合、手を伸ばしにく~い雰囲気を作るのはやめてほしいと思う。
『日本人はなぜ無宗教か』(ちくま新書・阿満利麿)などで、日本人には「宗教はあぶない、うかつに主張するとお上ににらまれる」という記憶が歴史的にすりこまれているのだ、ということが書いてあったけど、
もう、いい加減、そういうのから自由にならないものなんだろうか、この国は。

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