« 『光に向かって咲け』―斉藤百合について | Main | 『靖国問題』再び~わが両親の世代 »

June 11, 2005

『靖国問題』再び(全4回)

6月9日『眠られぬ夜のために』

「『あなたの神はどこにいるか』(ヨエル書2章17節)という問いは、現在またもや、多くの国々の『実利主義政治』に面と向かって、しきりに突きつけられている。」(岩波文庫:草間・大和訳)

最近、二日連続で靖国神社に行った。
別に参拝しに行ったわけではありません。
仕事で通りかかったので、お茶を飲むベンチを求めて立ち寄っただけです。

nikkouはクリスチャンなので、毎日何回も祈っている。
だから、神社に行っても拝む対象がない、その必要がない、
ということを、以前も書いた。
靖国神社についても同じだ。
もしnikkouが首相だったら、追悼と平和祈願は靖国神社ではなく、
ひとり部屋にこもって、
国も死因もさまざまな戦没者名簿でも広げて、ひとりひとりのために真剣に祈るだろう。

nikkouに、靖国神社は必要ないけれど、
でも、この国には、靖国神社を必要とする人がいるんだろう、と思う。
そのことについて、書いてみたい。

とはいっても、nikkouには、首相の靖国参拝問題や、その外交問題まで発展させる知力も根性もない。
1976年生まれ、核家族にて東京育ち、女子、会社員、
というパーソナルな立場から、靖国神社がどう見えているか、という話をしたいだけである。

靖国神社に立ち寄った2日間で、2日とも目に付いた人びとがいる。
蒸し暑い中に、ネクタイ、背広姿のおじいさんたちの集団である。
顔にいっぱいしみを浮かせて、杖をつきつき、見るからに高齢そうな人びとが、
なんだかとてもうれしそうに笑いつつ、
2,3人固まって、立ち話をしたり、砂利道を歩いていたりする。
鳥居の前には大型の観光バスが連なっている。
神社のスケジュールが出ていたので眺めてみると、
連日なんとか師団とかどこそこ県人会とかの慰霊祭が行われている。
察するに、そういうイベントに来た人々なのだろう。

ちくま新書『ナショナリズム』(浅羽通明)によると、
国外での戦争は、本来は生涯、出会うはずのない人同士が、
軍隊という組織の中で出会うことで、
「日本人」という「国民的同胞意識」を自覚する機会となったという。
戦争を知らないnikkouには、サッカーのワールドカップでのチームメイトみたいなのを想像するけれど、
きっと「戦友」というは、そんなのより、ずっと濃い関係なんだと思う。
彼らは文字通り生死を共にしたり、「共犯関係」(浅羽通明)を持っている仲間なのだ。

だから、靖国に集うおじいさんたちのうれしそうな顔は、
「戦友」たちとの同窓会のような、いや、もっと強いなつかしさによるものなのかもしれない。
そういう関係がいいとか悪いとか言う前に、おじいさんたちにはそういう「友」がいるのだ、ということをまず意識しておいて、これから少し、続けて書いていきたいと思う。

|

« 『光に向かって咲け』―斉藤百合について | Main | 『靖国問題』再び~わが両親の世代 »

「2 眠られぬ夜のために」カテゴリの記事

「5 宗教」カテゴリの記事

Comments

頑張っていますね。とても緊張感があり、すばらしい文書ですね。

Posted by: k and s | June 11, 2005 at 08:27 PM

 クリスチャンはそうでない人をどうしても裁いてしまう傾向がある。
知らず知らずのうちに…。だからまず違う立場の人の気持ちを想像してみる、ということの大事さを感じる。
 姦淫の罪で捕えた女をどうすべきか?と問うた律法学者達に「あなた方の中で罪のない者が石を投げなさい。」とJESUSはおっしゃった。律法学者達は言葉を失い、ひとり去りふたり去り、みんな去っていった。この時から、許された女の人生が180度変えられたのだ。
 私はそこに感動する。
 私も個人的には靖国参拝に意味を見出すことは出来ないが、靖国を大事にする人々を裁くことはできない。
 nikkouさんの今後の記事に注目したい。

Posted by: たま | June 12, 2005 at 01:13 AM

ゴスペラーのたまさんですね。
コメントうれしいです。

>「あなた方の中で罪のない者が石を投げなさい。」とJESUSはおっしゃった。律法学者達は言葉を失い、ひとり去りふたり去り、みんな去っていった。この時から、許された女の人生が180度変えられたのだ。

>私も個人的には靖国参拝に意味を見出すことは出来ないが、靖国を大事にする人々を裁くことはできない。

そうそう、nikkouも、それが言いたかったんです!
たとえば、もしnikkouの祖父が「靖国神社におまいりしたい」と言い出したとしたら、nikkouは、「韓国や中国の人に悪いからやめなよ~」などと説教するのも嫌だし、「うちのお祖父ちゃんってウヨクなのね」と裁いて切り捨てるのも嫌なの。

ちなみにウチの祖父は、80歳すぎていまだ健在ですが、
靖国にはいかず、その代わりと言ってはナンですが、10年ほどまえ、それこそ「戦友」と中国に行っておりました。
彼は皇軍兵として中国で戦った人なのでした。
無表情で無口な人なので、なにも語りませんが、
中国からを帰ってきたときに、「へ~、中国いったんだ」と聞き流さずに、
「で、中国はどうだった?」と一言聞けばよかった、と今になって思います。

Posted by: nikkou | June 13, 2005 at 01:12 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91294/4503517

Listed below are links to weblogs that reference 『靖国問題』再び(全4回):

« 『光に向かって咲け』―斉藤百合について | Main | 『靖国問題』再び~わが両親の世代 »