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June 30, 2005

気さくで凛とした人

6月29日『眠られぬ夜のために』

「精神的な戦いにおいて、われわれは決して中立にとどまってはならない。
しかし、敵に対して好意をよせ、理解を持つことは、ほとんどいつでもなしうることである。

神と密接な個人的関係にあるという確信があれば、間違いなく、他人に対しては思いやりをもち、しかし彼らの判断に対しては平気になれる。

神と完全に友となった人にとっては、それ以後の人生において、もはや幸福な出来事しか起こらない。」
(岩波文庫:草間・大和訳)

今日のヒルティは、
マタイによる福音書5章33節から48節の言い換えである。

「あなたたちの言葉は『はい、はい』『いいえ、いいえ』であれ。」
それでいながら、
「あなたたちの敵を愛せ、そしてあなたたちを迫害する者らのために祈れ。」

イエスのこの考え方、人間関係の築き方は、
イエスのそんなに多くはないメッセージのなかで、もっとも難しいものだとnikkouは思ってる。
でも、ヒルティが言い換えると、なんだか
「気さくだけど凛としてるヒト」
…って印象になる。
ヒルティの言うように、いつも神様と友達だったら、できなくもないかな、って気がしてくる。

6月16日の記事でも、ヒルティはこんなことを言ってる。

「まっさきに人間に慰めを求めないで、神にそれを求めなければならない。
すでに落ち着きを得てから、人間に向かうべきである。」

そして、ゾイゼというドイツの思想家の言葉を引用する。

「なにびとも親切に迎えること、
話は手短にすること、
慰めて帰らせること、
いつまでもその人のことを気にかけないこと。」

いいよね。nikkkouは、この一文に出会ったとき、おお、これだこれ、と思ったよ。

nikkouは、むかし、群れるのがとっても苦手な女の子だった。
お弁当もひとりで食べていた。
高校時代、やっぱりひとりでお弁当を食べている女の子がいて、
ときどきあぶれ者同士ということで、彼女と一緒にお弁当を食べた。
この人が、かなり強烈だった。
お弁当を食べている間、ずうっとクラスメイトとか先生の悪口を延々言うのだ。
彼女の価値観は、基本的に「うちのお母さんが~って言ってた」だった。
「お母さん」が知らないことは、わたしも知らない、だから、学校の人間関係は嫌い、って感じだった。
世界中で、「お母さんとわたし」だけが正しくって、
あとはみんな敵。
どうしてるかなあ、彼女。
ちゃんと親離れしただろうか。

こんなこと言うとすんごい申し訳ないんだけど、
わたしは、彼女から
親に依存してると社会生活が営めない、ということを学んだ。
でもnikkouだって、そのころは、彼女ほど親には依存していないけれど、
自己は確立してなくって、しかも群れることが苦手だから、
なんとな~くみんなと距離がある感じ。
とっつきにくかったろうな。

先日高校卒業以来、ひさしぶりに旧友に会った。
そいつから、
「nikkouちゃん、ひとかわ剥けたって感じ」といわれた。
まあ、あのころから10kg近くやせたので(自慢~ふふふ~)、文字通り一枚脂肪分を脱いでるんだけど、
もちっと性格的にもとっつきやすくなった、ってことだったらいいな、と思う。

「他人に対して思いやりを持ち、しかし、彼らの判断に対しては平気」
つまり、自分と立場が違うからといってとっちめたりやっつけたりしないけど、
相手に影響されて動揺したりもしない。
だって、nikkouはイエスのみことばがルールだから。
今、nikkouの目標とする人間像は、そんな
気さくで凛とした人。

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Comments

こんばんは。nikkouさん。
 劉連仁さんの裁判のコメントありがとうございました。

 今日は、nikkouさんの日記も少しゆっくりとよませてもらいにきました。ぼく自身は宗教は無い人間なのですが、「気さくで凛とした人」という表現には、なんとなく魅かれるものがありますね。自分としての生きる意志をもっていながら、他人を寛容にうけとめるココロをもつ、っていう感じでしょうか。ぼくは意思という言葉が好きです。英語でいうとWillですね。なんだかとりとめもないですが、おしゃべり気分でコメントしてみました。

Posted by: ko | July 01, 2005 at 12:37 AM

koさん、こんにちは。
おしゃべり歓迎です。うれしいです。

「宗教」って、
もしそれを人を攻撃したり傷つけたりする道具にしてしまうと、お互いに話が通じなくなってしまうので、本当に怖いけれど、
人の力を超えた大きな力を信じる思いは、人を謙虚にしたり、人の弱さと向き合ったり許したりする勇気に繋がるので、とってもすばらしいものだと思ってます。

>自分としての生きる意志をもっていながら、他人を寛容にうけとめるココロをもつ、っていう感じでしょうか。

本当に、そのとおり、どちらも大切ですよね。
自分では、その両方をちゃんと心に持っているか、ときどき不安ではあるけれど。nikkouは「寛容」というより流されやすい人なので…。そのためには、まず、よく知ること、こころにとどめておくこと、折に触れ考えつづけることかな、って思ってます。ささやかなことですけれど。

Posted by: nikkou | July 03, 2005 at 11:18 PM

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