« 装丁してみた | Main | 読書には要注意 »

July 19, 2005

芸術は人の心を傷つけることで感動させる

<7月18日『眠られぬ夜のために 第一部』

「最もよい現代詩であっても、病人や悩める人のためにそれらが果たすところは、
あまりにわずかである。

(「真正な文学」のもっているような「無邪気」と「童心」をとりもどすには)
多くの場合、不幸をくぐりぬけることが必要である。」

(岩波文庫:草間・大和訳)

ずいぶん更新の間を空けてしまったけれど、その間の『眠られぬ夜のために』のエッセイも良かったのよ。
どんどん日が経ってゆくのが惜しい気がする。
その間も時々のぞきに来てくれていたみなさま、ありがとうございます。

さて、今日は文学論。
ヒルティには、「不幸」や「悲しみ」というものが、生きていくうえで欠くべからざるものだ、という強い主張がある。

「どんな方法でよりも、深い悲しみの時に、われわれは神に一層近づく」(7月10日)
とか
「内的人間も、くり返し、時おり火の中に入れられ、それから槌で急激にきたえられねばならない」(6月20日)
とかね。

かなしいこと、くるしいことを、ぐるりんっ!とひっくり返して
それは大切な、得がたい経験だよ、と言えるヒルティは、敬虔なひとだったんだなあ、と思う。

先日、仕事で、茂木健一郎という脳の研究者の「芸術は人の心を傷つけることで感動させる」という文章を読んだ。
読んだ直後はピンとこなかったのだけれど、
今日のヒルティの箇所を読んで、「あ!」と思い当たった。

そう、心の残る文学は、読むとちょっと胸が痛い。
ちくっ、
きりっ、
ずきっ、
しくっ
…としたりする。
ときどき電車の中でじわっと涙ぐんだり、
家でぐすっと洟をかんだりする。

ここ数日間読んだ本で、nikkouは何度「心を傷つけ」ただろう。

nishinomajo『西の魔女が死んだ』梨木香歩(新潮文庫)では
不登校の女の子の「女の子同士のつきあいってめんどくさくって」という言葉に過去を思い起こしてぐさっとし、






kiyoshiko
『きよしこ』重松清(新潮文庫)では、吃音の少年の口にできない言葉が胸につもっていく様に苦しくなり、






hikarinomeri-go-raund『ひかりのメリーゴーラウンド』田口ランディ(理論社)では、初恋の男の子の病を知ってやるせなくなり、






senkoku『宣告』加賀乙彦(新潮文庫)では、死刑囚の恐怖とともにできないもどかしさを思い、




……うーん、きりがない。

「人は、芸術作品に接することで、積極的に傷つけられることを望む」(茂木健一郎)

そう、わざわざ傷つくために文学を読む。
なぜだろう。
茂木氏にいわせると、脳は、そうした「心の傷」を「記憶」して、この悲しみは自分の人生でどれだけ切実なものなのか、という「判断」を、積み重ねていくのだという。
まあ、そういう言い方もできるかな。

nikkouのことばで言うと、
nikkouが、好んで小説をはじめ文学作品で「心を傷つけ」るのは、
その「痛み」を知る前と知った後では、
nikkouの心が少しだけ違うからである。
(ちなみに、意図的に「登場人物はあんまり変わらない」という小説を書く作家もいる。
でも、読み手はやっぱり少し違ってしまうのである。)

ヒルティ言うところの「不幸」をくぐりぬけ、「火」に焼かれることで、
すこぅし、心が強くなる、
・・・とまではいかなくても、そのシュミレーションをしているのかもしれない。
痛みへの想像力を働かせることが、すこしだけできるようになる。

ところで、上記の本の、登場人物たちは、
それぞれ、ちゃんと、火をくぐりぬけて、心が強くなっているので、だいじょうぶ。
本屋さんで見かけたら、ぜひ一度手にお取りくださいませ。

|

« 装丁してみた | Main | 読書には要注意 »

「2 眠られぬ夜のために」カテゴリの記事

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91294/5056684

Listed below are links to weblogs that reference 芸術は人の心を傷つけることで感動させる:

« 装丁してみた | Main | 読書には要注意 »