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August 26, 2005

「畏れ」ということ

8月24日『眠られぬ夜のために』第一部

「悪が全力をつくしても徒労に終わるような人間を見出すのは、神の勝利であり、
神にこのような喜びをささげるのは、人間の最高の任務である。
しかし、みずから好んでこの任務を求める者、
あるいは、この任務につかせられた時その遂行にあたり自分の力がどんなにわずかしかないかをたえず自覚していない者は、
はなはだ不遜な人である。
さもなければ、
あまりにも悪の力を知らない人である。」
(岩波文庫:草間・大和訳)

ヒルティは、上記の文章の前にヨブ記を引いて、時々、神は人間に「悪」と立ち向かわせることがある、ということを言う。
その時は、神とともに、勇敢に立ち向かおう。
しかし、「やぶへび」って言うんですかね、わざわざ、「悪」につっこんでいくことはないよ、というのがヒルティ翁の忠告であります。
大人であります。

先日の「奈美(ちひろ)」さんに関する記事を、「奈美(ちひろ)」さんのブログにトラックバックしたい、と周囲の友人たちに話したら、全員に止められた。
「トラックバックを伝って、どんな人がブログを訪れるか、分からないから、危険だ」と。

はっきりいって、いまさらなのですが、
この「どんな人か分からない」というのが、ネットの世界のクセモノなのですね。

そう、そういえば
今から3年ほど前のことになるが、
友人が、あるゴスペル関係者の掲示板でひどいう中傷をうけた。
ひとつの掲示板を閉鎖しても、検索やリンクを伝ってくるのか、別のゴスペル関係の掲示板に現れ、執拗に書き込みをする。
犯人はだれか、分からない。
物陰から石を投げられているようなものである。
友人は、それからしばらくして、心労のため半年近く入院してしまった。
医師の診断でも、その件が影響している、とのことだった。

もし、その診断書があって、
もし、そのときの書き込みがデータとして残っていたら、
犯人を突き止めて訴訟を起こしてもいいくらいだ、とniikkouは思っている。
民事で慰謝料を請求するか、刑事告発して、傷害罪を問うか。
まあ、被害を受けた当人は蒸し返すのも嫌なようだし、
訴訟にどれほどの効果があるか分からないのだけど。
でも、本当に訴訟になったら、犯人は驚くだろうな。

この掲示板での事件のとき、nikkouは、「Amazing Grace」の2番の歌詞を思い出した。

T'was Grace that taught my heart to fear
And grace my fears relieved
「大いなる恵みが、わたしの心に畏れることを教え、
そして、その恵みは、わたしの恐れを取り去ってくれた」

掲示板にひどい書き込みをしたその人は、
この世に「畏れる」べき存在がある、ということを知らないのだろう。
だれにも知られなければ、
人を傷つけることなど、なんでもないのか。

そう、そして、「奈美(ちひろ)」さんと、彼女を取り巻く人々も。
ポルノはお金になるだろう、「奈美(ちひろ)」さんは納得した上での出演だろう、だから、ポルノに出演して、詐欺まがいの営業をしても、かまわない、と思っているのかもしれない。

今のnikkouは、彼らを説得する言葉を持たない。
それは、nikkouの力を超えている。
ただ、主を畏れる気持ちだけは、幸いにして、主から教えられてきた。
だから、祈ろう。

主よ、
あの、掲示板の書き込みをした人に、
そして、「奈美(ちひろ)」さんと、その周囲の人びとに、
あなたへの「畏れ」を伝えてください。
そして、また、彼らの心から、「恐れ」を取り除いてください。
あなたがわたしにそうしてくださったように。
イエス・キリストの御名を通して
アーメン

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