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September 11, 2005

だれも飢えることのないように福音の種まきをしないか

9月11日『眠られぬ夜のために』

「いわゆる人間愛は、すべて神に対する強い愛という根底がなければ、
単なる幻想であり、自己欺瞞にすぎない。

(中略)

このような人間愛では、一方に年々数百万の人たちが
精神的あるいは肉体的に餓死することも起こりうるし、
しかも、
人はそれをひどく悲しむこともなく、また自分はほんの僅かな不自由をも忍ぼうとしないのである。」
(岩波文庫・草間・大和訳*太字は原文では傍点)

「奈美(ちひろ)」さんのブログにショックを受け、数日間、ウンウンうなされた結果、
AV女優に関する本を読んでみることにした。

namaenonai

『名前のない女たち~企画AV女優20人の人生』(中村淳彦・宝島社)
AV女優へのインタビュー集である。
AVの宣伝に流されない秀逸なインタビュー集であった。

読んでいる間、ずーーーーっと、nikkouの眉毛は八の字になっていたと思う。

彼女らの告白をひとことでまとめると「絶望」である。
「お金がほしい」という言葉の裏には、人間への底なしの不信がある。
「セックスが楽しい」という言葉は、「それ以外はなにも楽しくない」という告白と抱き合わせである。
いくつかの暗い要素の組み合わせと重複のせいで、心にふっと入り込んでくる絶望感。
nikkouがAV女優にならなかったのは、たまたま運がよかったからではないか、と思うほど、
女性たちを襲う暗闇は唐突で理不尽である。
行間から立ち上る飢えと渇きは、あまりに痛々しく、哀しい。

ホワイトバンドプロジェクトが対象としている「飢えと渇き」は、お金によって、ある程度は解決できるかもしれない。
しかし、彼女たちの「飢えと渇き」はお金じゃ救えない。
お金はもうすでに、手にしているのだから。

hukuinn
『名前のない女たち』の中に、一人、クリスチャンのAV女優が出てくる。
8人兄弟と母親の9人家族で、父親が残した借金とりから逃れて各地の教会を転々とし、
「百万人の福音」で記事にされたために献金が集まって、家が借りられた、という生い立ちを持つ。(写真は今月号で、彼女の家族が掲載された号ではない。)
長じてから、ひとり借金の返済を決意、AVと風俗で荒稼ぎをするのである。

このインタビューでは、彼女の信仰について、突っ込んだ質問はなされていない。
だから、本当のところは分からないし、
クリスチャンへの身びいきなのかもしれないけれど、
nikkouには、彼女が唯一、「希望」を語っていたように感じた。
ほかの女優と違って、彼女だけがみずから精神科と産婦人科を受診、入院している。
「将来の夢は?」と聞かれて、多くの女優は
「夢などない」
「結婚して、ダンナに養ってもらう」と答えるのに、
彼女だけが「孤児を養子にもらって育てる」と答える。
AVの撮影で子宮外妊娠してしまい、子どもを産めない体になってしまった、ということさえ、
「孤児を助けるためには、むしろよかった」とも言う。
でも、子宮外でなければ、絶対産んだ、といいながら。

確かに、彼女の性生活には無茶なところがある。
「姦淫するなというママが信仰しているキリスト教の教えはどこへ行ってしまったのか、
彼女はクリスチャンだが、聖書のストイックな教えはまったく届いていないようである。」
とインタビュアーがちゃちゃをいれたくなるのも分かる。

しかし、nikkouには、彼女にはなにか、教条主義的なキリスト教でははかれない、神の影響力が及んでいるような気がしてならない。
ここに、nikkouは、か細いか細い希望の光をみる。

ひとつの価値観としてでもいい、
彼女たちに福音を知ってもらえないか。
たとえば、ゴスペルを、彼女たちの前で歌うとか。

もちろん、困難は予想がつく。
どうやって彼女たちに接触するのか。
たとえ出会えても、企業の飲み会で歌うよりもはるかに不毛な働きに感じるやもしれぬ。
いまだ、長い説教と文語の賛美歌を歌い、教養と品位の高い空気をただよわせている多くのキリスト教会のどこが、彼女たちを受け入れるだろう。
わたしたちの想像もつかない社会の暗黒部分に触れることもあるだろう。
多くの備えが必要だ。

しかし、主はわたしたちの必要を満たし、
あらゆる人を赦し、愛するのではなかったか、
そう、歌ってきたではないか。

愛するゴスペルの兄弟姉妹たち、
AV女優たちに福音の種まきをしないか。

nikkouは今、そのために祈る。
もし賛同するのなら、ぜひともに祈ってほしい。

主よ、哀しみの中にいる女性たちに、あなたの声を届けてほしい。
そのための必要を整えてください。

そして。

「奈美(ちひろ)」さん、わたしがあなたを知ったのは、主の計画であったか。
nikkouは、いつか必ずあなたに会って、あなたの手をとって祈りたいよ。
主よ、どうか「奈美(ちひろ)」さんの心と体の傷を癒し、
これから、新しい道のりを歩み行けるよう、祝福してください。
イエス様の名にあって
アーメン

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Comments

よくぞ書いてくれた。
愛と救いが必要なのは、一見真面目だったり教会の秩序を乱さない人ばかりではない。
誰にでも福音は必要なんだ。心の渇きを癒し、解決してくれるのはJESUSの愛だけだよね。AV女優だろうが何だろうがそんなことは関係ない。みんなすごい確率をくぐりぬけて生まれてきた「奇跡の命」。それが人間。神様に愛されるために生まれてきた存在だから、そのことを知って欲しい。
 私も祈る。

Posted by: たま | September 12, 2005 at 12:09 AM

なんかコメントが上手く反映されない(涙)
近所の教会の勉強会に、AV女優さんが来ていたことがあります。誰も気づいてなかったけどw

Posted by: Emotiona YK | September 12, 2005 at 11:11 AM

眠られぬ夜から眠られぬ朝になりました。またまた書き込ませてもらいますね。

nikkouさん、「レンタル彼氏」とか「TOKYO NOIR」も読んだり、見たりしましたか? http://www.gyao.jp/

描かれている女性たちの圧倒的な寂しさに押しつぶされます。作者に会ってみたいです。

愛したくても愛せない人たちがドンドン増えてきています。愛はもらうものだから、もらったことがない人は愛せないから。それでも愛されたい、愛されなくては生きていけない。愛されないなら、憎まれてでもいいから相手を支配したい。傷つけられてもいいから一緒にいてほしい。お腹がすいて死にそうなら、ご飯じゃなくても木の皮でも食べたい。

子供は夫婦の愛情のこぼれで育つと言いますが、こぼれるほど愛し合ってる夫婦は何%いるでしょうか?この日本に。

人格障害や依存症、性癖に親子関係はどれくらい影響しているかと考えます。

夜のコンビニ、仲間で座り込み弁当を食べる若者たちは、きっと理解者がいないのだと思います。だから似たもの同士群れて集まって、少しでも孤独感を埋めようとする。でもみんな愛されたい人だから愛せるくらい愛を持っている人はいないかも。

「神様はなあ、目には見えないぞ。でもな、自分はちょっとだけ損をして、人に何かをしてみろ、神様が見えるぞ。そこを天国っていうんだぞ。」Ⅰヨハネ4:12

「神様がこんなに大切にしてくれるんだから、まず自分のこと、もっと大切にしよう。自分にやさしくなろう。自分をもっとほめてあげよう。そして、もし神様が愛してるあの人を、神様がそんなに言うなら、できることならしよう。神様がご褒美くれるから。」ルカ10:27

もしクリスチャン同士がお互いをほめ合い、大切にして、笑い、楽しみ、祈りあい、御言葉を分かちあい、神様がおっしゃることに耳を傾け、神様がしたいことに一致協力するなら、きっと世の中のすべての問題が宝へと変えられていくだろう。ローマ8:28 エペソ1:27

神様、日本はドンドンおかしくなっていきます。罪が深ければ深いほど、あなたの大逆転の恵みが増し加えられることを覚えます。私たちに出来ることを教えてください。イエスの御名で祈ります。

Posted by: シンゴ | June 15, 2006 at 09:12 AM

アーメン。

昔の記事まで、読んでくれて、なんだか恐縮。ありがとー。
AV女優さんたちのことは、もう、ずーっと祈っていますが、なかなかどうしたものか分からずに、心に魚の小骨のようにささっているんですよね。
ときどき、この「奈美(ちひろ)」さんのブログもみているのですが、相変わらず心身を痛めつけるような事をしていて、こんなんじゃあ、近いうちに心か体か両方かが壊れるだろう、とおろおろ、はらはらし続けています。本当に、どうしたものか。
もうちょっと、待ちながら祈るか。
シンゴさん、お祈りありがとう。

>「神様はなあ、目には見えないぞ。でもな、自分はちょっとだけ損をして、人に何かをしてみろ、神様が見えるぞ。そこを天国っていうんだぞ。」Ⅰヨハネ4:12

すごい!この訳、いいですね!
誰の訳ですか?
こんな訳なら、伝わりそうですね。

Posted by: nikkou | June 16, 2006 at 11:23 PM

いやあ、ブログっておもしろいですねえ。また書き込んでもいいのかな?

AV女優さんたちに限らず、風俗で働く人、夜の世界で働く人、家族関係がうまくいかず苦しむ人、心の病を抱える人、一見自分は普通と思ってる人、程度の差はあれ、同じ問題を抱えているみたいですよ。もちろん、私も、nikkouさんも。

人は愛されずには生きていけない生き物です。その愛ていうのは、「無条件の、一方的にくれる愛」です。「あんた○○するなら、認めてあげるよ」「△△なら、お母さん□□ちゃん大好き」という条件付の愛ではありません。

赤ちゃんに向けられる母親の愛は、限りなくこの無条件の愛に近いそうです。でもだんだん条件付の愛になり、子供たちは知らず知らずに傷つくのが親子関係のようです。程度の問題で、それが気にならない、腹立つレベルから、心の病・殺人にまでつながるものもあるようです。大学の精神科にはそんな悲惨な家族関係の人たちがいっぱいいます。「何かが足りない、何かが」と思いつつも、その何かが分かりませんでした。不思議な導きで米沢興譲教会に導かれ、その何かを体験しました。私自身、愛されたかったのだと分かりました。

ありのままを受け入れてもらう。「そのままでいいよ。いや今のあなたがすばらしいんだ。今までの苦労が全部宝に変えられて、これからもっとすばらしい人生になるよ。今、このときをしっかり味わおう。」そんな愛の実体に触れたとき、人は自然と成長し始めるようです。

大切なのは説明じゃなくて、実体ですね。そういう愛を受けると、そのように人を少しだけ愛することができます。その愛が溢れ、こぼれ、流れ、乾く人たちを潤わせていくのだと思います。

イエスは「まず他の誰よりも、まず自分が神様の愛をたっぷり受けて溢れるほどうれしくなり、力に満たされ、人にあげたくてたまらないというまでに恵まれることだ」と言っていると思います。そして今示されている、ただお一人のために出来ることをする。これがよきサマリア人の喩えだと思います。私が6年間のクリスチャン生活でこの「隣人」は、会ったこともないかわいそうな人ではなく、身近なクリスチャンや家族がほとんどでした。神様はそのレベル1をクリアするとレベル2をくださる方です。レベル2が出来ないと、もう一度レベル1をやってみてと言われます。

私もかつてベイビークリスチャンのとき、燃えて、伝道チームを結成しようと思いました。「夜のスナックを男のクリスチャン3人で練り歩き、ホステスさんを教会に導こう!」でもとどめられました。こんな知恵をもらいました。

ガキ大将3人組がけんかが好きで、隣町の中学に乗り込み、悪ガキたちを懲らしめる。これは多分勝てるでしょう。でももし、この3人がやくざの組事務所に乗り込んだら、ひどい目に会うでしょう。さらに、ロサンゼルスのギャングに乗り込んだら、命はないでしょう。ケンカは相手を見てすることです。ルカ14:31-32

でも、主が「行け」というは例外です。Ⅱサムエル23:11-12

罪という問題と、罪に絡みつく否定的な霊、でもその実体は愛されたいという乾き、そこには戦いがあります。

私はかつて、教会の若いクリスチャンとともに、「夜回り伝道」をしたことがあります。

真夜中の山形市に出かけていって、家に帰らない子供たちに声をかけます。カラオケに連れて行って、深夜のファミリーレストランで話を聞きます。家庭が壊れています。一人は17歳。高校を中退して、今は援助交際で生きています。客は100人以上。もう一人は万引きの常習犯です。6回補導されても毎日万引きして暮らしています。最近は誘われて援交も始めたとか。私はエイズの恐さを永遠1時間語りました。恐怖で彼女たちは顔が引きずり、泣きそうになり、保健所で検査を受けることになりました。幸いHIVはマイナスでしたが、クラミジアでした。先輩の産婦人科に連れて行き、治療しました。援助交際の客に電話し、脅しました。2人は教会に来るようになり、奇跡が起こりました。なんと幼稚園時代のゆう子先生が教会員でした。「あのかわいかった○○ちゃんがこんなになってるなんて、知らなかった。ごめんね。」ゆう子先生はワンワン泣いてその子を迎えました。2人は定期的にデートするようになりました。○○ちゃんに新しいお母さんが出来ました。「神様、俺たち男じゃたいへんだ。女の助け手を与えてくれ。」祈祷会で祈ってもらった答えでした。でも、盗む、うそをつく、だます、たかる、騒ぐ、教会には下着のような姿で来る、たいへんでした。一番びっくりしたのは、教会の子供たちが恐くて引いちゃったことです。彼女たちが来ると教会が揺れました。私たちクリスチャン側の受け入れる容量があります。

ミッションバラバやアーサーホーランドの教会にはAV女優や元風俗で働いていた女性がよく来るそうです。私たちは連係プレーが必要だと思います。医者の世界では、それぞれの専門があり、難しい症例は、得意な先生に紹介するのが常識ですし、コンサルトといいますが、研修医の最終目標は自分に出来ないことをしっかり知り、適切にコンサルト出来ることです。例えば、米沢興譲教会は「心の病」「不登校」「引きこもり」「家族関係の悩み」「カウンセリング」「癒し」「教会で疲れたクリスチャン」などが得意分野です。なぜなら、その問題を通り、さらに宝にまで変えられ、輝いて生きるクリスチャンがたくさんいるからです。

私が思うのには、その人それぞれの人生があり、宿題を神様からもらっています。その宿題をイエス様と一緒にかたずけ始めると、宿題の解答集が出来ていきます。もちろん答えは人それぞれですが、そこを通った人でなければ分からない、文字に出来ない勘所が分かります。問題を宝に変えられたクリスチャンが、同じような問題に苦しむ人を助ける、これがその人に与えられた「領土」だと思います。

ですから、かつて夜の世界で働いていたクリスチャン、かつて性産業で働いていたクリスチャンとチームを組むことが第一のように感じます。もし、そこを主が示されるのであれば、その時に。私が夜回り伝道したのは、私が5年間カウンセリングし、弟のようにかわいがった元暴走族の兄弟が、ディボーションで示されたからでした。彼は言いました。「俺も昔そうだったから、分かるんだ。なんとかしてやりたい。」

長くなってしまいました。すみません。


えーと、

>「神様はなあ、目には見えないぞ。でもな、自分はちょっとだけ損をして、人に何かをしてみろ、神様が見えるぞ。そこを天国っていうんだぞ。」Ⅰヨハネ4:12

は田中信生訳です。

この言葉は、信生先生が神学生時代、小学生の吾郎君に言った言葉です。吾郎君は一生懸命その御言葉を4人の弟たちに実践します。ホットケーキがピラミッドを作ったとき、神様の奇跡が起こります。感動的な「吾郎君物語」をぜひ聞いてみてください。本とテープがありますが、テープの生の話がおすすめです。

「心の時代と思いやり」田中信生講演会テープ1000円http://www.kojochurch.com/shop/index.html  

まいど、おおきに。では。

Posted by: シンゴ | June 17, 2006 at 02:20 AM

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