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November 16, 2005

会わずにいることは魂で愛し合うこと。

『眠られぬ夜のために』第一部

「11月14日

結婚は軽く見てよいことでなくて、本当は恐ろしい事柄である。

(中略)

結婚式当日のいろいろの楽しい催しも、往々にして、結婚という事柄のあまりの厳粛さを当事者とその家族に対し、ただいくらかでも覆い隠そうというひそかな意味を持つのかもしれない。」
(岩波文庫・草間・大和訳)

結婚って、たいへんョ~、結婚式を華々しくやるのは、そのたいへんさをごまかすためョ~、というヒルティ。
30歳目前に独身のnikkou、眠られぬ夜になりそうなメッセージであります(笑)。

aukotoha
さて、今日もここに一冊の本。『会うことは目で愛し合うこと、会わずにいることは魂で愛し合うこと。』(港の人)
野村一彦という18歳の青年の、1931~32年にかかれた日記である。
そこには、「美恵ちゃん」という女の子への思慕が切々とつづられている。

一彦は、無教会クリスチャンの金沢常雄が主宰する聖書集会に通う、敬虔な青年であった。
親友・前田陽一の妹、美恵子さん(愛称、美恵ちゃん、Mimi)に恋をして、目が合ってもすれ違っても心震えるような痛みを、陽一に打ち明ける。すると、美恵子も一彦に好意を持っているということを知らされるのである。
しかし、一彦は病弱であったため、美恵子のお母さんに交際を反対されてしまう。
会えない二人の思いを、一彦は主に打ち明ける。

nomurakazuhiko
「静かな祈りの時に、僕らは魂において、どんなに近くいることができるかを知った。
美恵ちゃんは僕のものではある。
しかし、それよりもまず僕らは真に神のものである。
そして僕らの愛し合うことさえもがいかに神の恵みであるかもこのごろ分かってきた。
(中略)
会うことの出来ない僕らはただ神様にすべてをおまかせするよりない。
そして僕はたとえ一生を美恵ちゃんに会わずに終わろうとも感謝して行くつもりでいる。」

「神様、Mimiは美しうございます。―それは恋愛に酔うためではなく(本当にそんな事ではなく)あなたのものであるMimiが僕の愛する人であり、また僕を愛していますから。
そして僕はそのMimiに出来ることならまたいつか、少しでも早く会いたいのでございます。
けれどもあなたの御智恵はまことに深くありまして、別れていねばならない事からよき事を多く教えくださいました。
神様、僕は会えました悦びにも、会えませんつらさにも同じようにあなたの聖名を呼ばせて頂きました。願わくはこれから先もなおかくありますように。」

これが、18歳の文章である。
昭和の青年の早熟さと清らかさを見るようである。

お母さんの悲しい予感は当たって、一彦は21歳で腎臓結核のため夭折。Mimiは、一生結婚しない、と泣いた。
そんなMimiであったが、12年後に植物学者の神谷宣郎と結婚、2児を育てつつ、ハンセン病患者のケアや、文筆業、そして精神科医として美智子皇后の相談役など、活躍する。
Mimiとは、神谷美恵子10代の姿である。

kamiya
『会うことは目で愛し合うこと、
会わずにいることは魂で愛し合うこと。』
には、そんな切ないプラトニック・ラブのみならず、昭和のクリスチャンホームらしい折り目正しくて闊達な前田家(美恵子の実家)の様子がうかがわれて興味深い。
主イエスのことばに、「復活の時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。」(マタイによる福音書22章20節)というものがある。
主のみ国では、人間世界の婚姻関係も無効だ。
今はもう、涙も拭い去られて、美恵子の魂も、一彦の魂も、自由になっていることと思う。

「けれども神はすべてをよくなし給う。この愛が神の聖意にかなうなら(願わくはいつもかくあらんことを!)神様は僕らを離し給うはずがない。それはこの世においてもゆるされることだろう。ましてかの国においてをや。」
(『会うことは目で愛し合うこと、
会わずにいることは魂で愛し合うこと。』)

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Comments

こんにちわ、せっかくブログの方にコメントを頂いたのになかなか返信できなくてすみません。

そうですね、神にすべてをまかせる事により僕らは自由になるのですよね。そしてそれは許される事なのですよね(詩編55:22)

Nikkouさんの事も祈らせてもらいます、互いに祈りあうのは聖書的にも素晴らしい事(ヤコブ5:16)。知識的な事でもNikkouさんから色々学べればいいなと思っています。

Posted by: TI | November 16, 2005 at 06:14 AM

今回ばかりは、わかいって、いいね、です。

Posted by: kkss | November 16, 2005 at 10:51 PM

>TIさん

おおおー、こんにちはー、コメントありがとうございます!
知識的なこと、なんて、とんでもない、もう、浅知恵をふりしぼって、つたない事ばっかり書いてます。
こちらこそ、いろいろ教えてください。
これからもよろしく。

>ks祖父上

若いときは若いなりの、
年を重ねたときは、年を重ねたときなりの、
心の結びつき方があるんだよ、
…ということを教えてくださったのは、祖父上ですよ。
ありがとうございます。

Posted by: nikkou | November 18, 2005 at 12:13 AM

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