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November 12, 2005

黙っていても伝わること

『眠られぬ夜のために』第一部

「11月12日

(前略)
 神から与えられた心情、それゆえ、できるだけつねに持ちつづけねばならない心情というのは、
自分の弱さを自覚しながらも、なお、われわれをしてすべての行動と苦難に耐えさせる神の愛と力とにすっかり信頼しきった、おだやかな感情のことである。これこそ、精神的健康であって、単なる弱気や熱病的興奮とは反対のものである。
 このような精神的健康を十分に持たない時には、できるだけ行動を、たとえば手紙を書くことなども、よしなさい。
そういう時には、いつでも中途半端な結果か、全然まちがった結果しか得られないものだ。
(後略)」

(岩波文庫・草間・大和訳)

神の平安から離れて、精神的に不安的な時は何もするな、手紙も書くな、という忠告。
もぉ…、もっと早く言ってよ~。
nikkouは何度それで失敗してきたことか。

ずーんと落ち込んで、縷々(るる)メールに思いの丈をぶちまけたくなる衝動、
かーっとなって、「うそつき! ろくでなし! 私がどんなに傷ついたか、分かっているのか!!」と電話口でののしりたくなる誘惑。
そしてそのまま言わなくてもいいことまで言って、「あ~言い過ぎた~」と気づいたときには後の祭り。
特にメールや電話はだめだ。顔を合わせていれば飲み込めることばを、とめどなくあふれさせてしまう。

7年前、nikkouが大学四年生の時、妹が死んだ。
それを知ったクリスチャンの友人が、せっせと食事に誘ってきて、一生懸命聖書を引いて、なんとか慰めようとしてくれた。まあ、気持ちは感謝するが、正直うっとうしかった。クリスチャンってのはがさつな人種だ、と思った。
結局、一番慰めになったのは、nikkouの話を聞くなり、絶句して、黙ってほろほろと、涙をこぼしてくれた日本文学科の友人の、その思いであった。

黙っていても、――いや、黙っていたほうが伝わることがある。
電話口で無駄なことばを重ねつつ、ああ、本当は黙って手を握っているだけで、寄り添っているだけで、抱きしめるだけで、うなづくだけでいい、そうしたい、そうしてほしい、と思う。
心の中で、そっと、「神様、この人を癒して」と祈ったほうが、どんなにか、お互いに慰めになるだろう。

マザーテレサは言った。
「言葉が多すぎます。」
痛い、痛い、と思いながら、その言葉を受け止める。

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