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November 04, 2005

「つまずきの石」になっちゃったかも!

(11月7日改訂)
『眠られぬ夜のために』第一部

「11月4日

世の中には二種類の人間がいる。
その一方の人は、われわれが幸福なときには大へん愛想よく世話をやいてくれるが、こちらが引き続いて不幸におそわれると、すぐさまそっと姿を隠す人たちである。
もう一方の人は、愛想はずっとよくないが、われわれが不幸になっても見捨てない人たちである。

親愛な読者よ、あなたはこの二つのうちのどちらの種類の人に属するか、
また、どちらが立派なに人間であるかを、自分で判断しなさい。」
(岩波文庫・草間・大和訳)

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…という今夜のヒルティを読んで、nikkouは、うわー、困ったなーと思った。
そりゃあ、後者でありたいですよ、心底。
でも、今、友人で、ちょっとしんどい状況にあって、しかも、nikkouと交流がなくなってしまった、という人を数えてみたら、
……5人もいた。

中でも、まだ、なんとなく疎遠になっている、くらいなら修復可能かもしれないが、
一度でも主イエスについて話したことがあって、
でもふとした心のすれ違いのようなことがあって
連絡を絶たれてしまった人の場合、きっと、「クリスチャンってやなやつだな~」と思っているだろう。

イエス様のそばに行きたい、と思っている人の足元に転がって、その人をけつまずかせる存在のことを、「つまずきの石」というらしい。
…nikkouは、「つまづきの石」か。

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昨夜、それで、かなりめいってしまって、クリスチャンの友人に電話した。
そうしたら、「そんなの、自分なんかしょっちゅうだ」と即答された。
そうなのか?クリスチャンの友たちよ、それってよくあることなのか?
ノンクリの友たちよ、クリスチャンの友達が「つまずきの石」になったことはあるか?

友人は言う。
「でも、nikkouさんは神様じゃないんだしさ、その人のことを完璧に世話をやくことなんか、不可能じゃない?
最終的に、その人を助けられるのは、nikkouさんじゃなくって、神様だよ。
だから神様にごめんなさいして、彼のためにお祈りしようよ」

ヒルティいう「愛想はよくない」けれど「見捨てない」というような、上手な距離感をとるのはとてもむずかしい。
わたしは逆かもしれない。
いつもあれやこれや世話をやいて、荷が重くなると逃げてしまう。

だけど、彼らを助けるのは、主だ。
おおもとは、そういう自分自身の、主への信頼感が試されているんだろう。

ここで呼びかけても届かないかもしれないが、
本当に、わたしは、あなたのことがずっと心にひっかかっているし、
あなたがいつかその状況から脱出できれば、どんなにほっとするだろう、と
時々、祈っている。
いつか主から赦されて、あなたとの交流が復活したら、こんどこそ、上手に距離感を保てるようになっていたい、と思う。

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Comments

日本のクリスチャンって、1%しか、いないのではないでしょうか。ともかっく、みんなと意見は、あわない、ですね。おじいさんの経験でも、ほとんど、なかたがい、です。しかし、老人になって、わかりますが(まてない?まーそういわず)、勝利はまちがい、なし、です。

Posted by: kkss | November 05, 2005 at 06:17 PM

年をとると、経験のひきだしからどんどん出てくる!って感じですね。nikkouも、年を重ねることを、ちゃんと待とうっと。

しかし、ほとんど仲たがいですか…
かなしいけれど、
「勝利はまちがい、なし」に、期待します。

Posted by: nikkou | November 07, 2005 at 11:30 PM

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