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November 11, 2005

あと~年で死ぬとしたら

『眠られぬ夜のために』第一部

「11月11日

われわれは、ある人がいずれ一握りのちりに帰るであろう日をあらかじめ正確に知っていたら、彼に対してはげしく怒るようなことはおそらくしないだろう。」

(岩波文庫・草間・大和訳)

今夜のヒルティは上記の2行だけ。

確かに、nikkouが妹の四女の死に動揺したのも、それが13歳の突然死だったからである。ちょっとでも、あらかじめ死ぬような気配があれば、これほどの恐怖と悲しみを引き起こさなかったのではないか、と思う。

しかし、「あらかじめ」ってどのくらい前だろう。nikkouは今29歳だが、「これから何年後にあなたは死にます」と神の使いから、明確に示されたら、と想像してみる。

たとえば、50年後。nikkou79歳。――長い。わたしたちの世代は年金が出ないかもしれない、と最近脅されているので、老後の生活費を蓄えておくか、と思う。でも、あと50年間の命が保障されるなら、親不孝にもならないし、まあ、いいかな、という気がする。

30年後。nikkou59歳の場合。…出産を急ごう、と思う。成人する前に母親が死んではかわいそうなので、早いうちに産めるだけ産む。老後の心配が必要ないので、子供にお金をたっぷりかけて、もちろん、愛情も注いで、未来を託す。

10年後。39歳――。出産はあきらめるか。そのかわり仕事に集中しよう。一冊くらい、どこかのだれかに「いい本に出会った!」と思ってもらえるような本を編集して、読者に手渡してから逝きたい。

3年後。32歳――。結婚もあきらめる…、仕事もちょっと自信がない…。さすがに「怒り」がきざす。まあでも、以前から心にくすぶっている、風俗アダルト関係の女性への伝道に、文字通り命を賭ける時間は残されている、気がする。

1年後。30歳――。何もできない。出産も結婚も仕事も伝道も。…賛美ができるか。
友人のクワイアーのピアニストは、癌に侵されて余命1年を賛美にささげつくしたが、あんな感じの一年は悪くない。余命が何年であろうと、賛美は喜びだ。バナナ君も、最期の一年は歌に希望を見出していたし。一曲でも多くのゴスペルと賛美歌を携えて主のみもとにゆくか。

1日。明日。――うーん、さすがに本当に、なにもできない。賛美もできんわ。部屋の恥ずかしいものだけ、こっそり処分しておこう。

というわけで、「怒り」を覚えるのは、nikkouの場合、10年前後のようである。短くなるにつれていらだちが増す。あきらめねばならないことが増え、急いでやっておこうということが増えてくる。
…あ、これは、うちの教会の老牧師が言っていた「老いの心境」だ。なるほどねー。

こうやって余命を想定してみると、わかることがある。
まず、神がnikkouを世にあらしめた結果を、なんとかして遺そうとしている。子供とか仕事とか伝道とか。
「人は理由なく生まれ、理由なく死ぬことに耐えられない」という常套句が、nikkouにもそっくり当てはまってて可笑しい。
しかも、たとえ余命が決まっていても、自分のプラン通りになる保証など、どこにもない。
主は、50年間独身で伝道にささげよ、と言うかもしれないし、余命3年でも子どもを産め、と言うかもしれないし。
だから、結局本当に知りたいのは、余命よりも、主のプランのほうかもしれない。

いつも思うのだが、主は、nikkouへのご計画の全貌を見せてくれない。
だから結局毎回、岐路に立たされるたびに、悩んで、聖書を読んでは考え、祈っては考えして、道を選ばなければならないんだ。

人が「神様なんて、いないんじゃないか」と思うのは、ひとつには、この先行きの不透明さのせいではないかと思う。nikkouもクリスチャンになる直前、そういう深い闇のようなところに堕ちた。

「ずうっと先までは教えない。すぐそこの岐路では、相談相手にになる」というのが主のスタンスだ、ということに、段々気づいてきた。それを、「感謝する」という心境には、まだまだ至らないけれど、nikkouクリスチャン4年生、そういうものなのね、と認識するくらいには、成長(?)しました。

「こころ静めて み声聞けば 恐れは去りて ゆだぬるを得ん(ゆだねるこころを得る)
ただ 知らまほし(知りたい) 行手の道
一羽のすずめさえ 主は守りたもう」
(「いちわのすずめに」 Civilla D.Martin & Charles H.Gabriel、 いのちのことば社・訳)

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Comments

1時間後に死んでも、「慌しかったけど楽しかったなー、感謝!」と思って天国に行けるといいですね。と、思いつつどんどん年をとっている私です。

Posted by: ゴトウ | November 12, 2005 at 09:26 AM

アーメン!

記事を読んだ友人が、「人は、生きたように死ぬ」ということばを教えてくれました。「楽しかった!」といえる生き方をしていたら、感謝して死ぬことができるのかな、と思います。
nikkouは、もうちょっと時間がほしいな。
でも、ゴトウさんのブログを見ると、こうやって年を重ねたい、と思う。

Posted by: nikkou | November 12, 2005 at 09:55 AM

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