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January 14, 2006

聖書通読は、単純にけっこう楽しい

『眠られぬ夜のために』第二部

「1月13日

人間の生活は、神の恵みによって、
また恵みの中にあって、
堅固になっていないかぎり、
えてして傲慢になりやすく、
また意気沮喪(そそう)しやすいものであって、
しばしばこの一方の極端からただちに他の極端へ移りさえするということは、まぎれもない事実である。
だから、つねに祈りにたよって、自分の力を頼まぬことが、すべての地上の道のうちで、最も確実な道である。
(以下略)」

(岩波文庫・草間・大和訳)

なんだかんだ言って、一週間、駆け抜けた。
忙しかったよ。
でも、最終的に、いい本ができあがればいいんだ。どんなに段取りが悪くったって。

ヒルティは鋭い。
毎日、一瞬で、極端から極端へなりがちであります。
仕事の能力も、人間関係も、ささいなことで、落ち込んだり自意識過剰になったりする。

そんな毎日だけれど、
朝ごとに通勤電車の中で聖書を読む時間は、単純にけっこう楽しかった。
とくに旧約聖書は、読み慣れない文体、読み慣れない展開、読み慣れない価値観に、驚きの連続である。

「創世記」は、映画化されるだけあって、大スペクタクルだ。
ノアの箱舟も、バベルの塔も、ストーリーとして面白いだけじゃなく、なにやら、意味深長というか、深遠な思想の気配を感じさせる。

並読している「エズラ記」は終わって、今「ネヘミヤ記」なのだけれど、このあたりは、nikkouにとっては、どうしても「外国の古代史」である。いまいちピンとこない。

だから、「使途言行録」6章14節で、ステファノへの中傷として取り上げられている、

「彼がこう言っているのを聞いています。『あのナザレの人イエスは、この場所を破壊し、モーセが我々に伝えた慣習を変えるだろう。』」

というのは、中傷ではなく、一面の事実だったのではないか、という気がしてくる。
「エズラ記」の時代であれば、ユダヤ民族ではないnikkouなど、離縁されたり、呪われたりする立場なわけだから。
そして逆に、ユダヤ人たちが、イエスとその仲間たちにいらいらしたのも、納得がいく気がする。何千年も苦しみながら守り抜いてきた民族の慣習をやぶって、どうして、異邦人たちと神の恵みを分かちあってしまうのか・・・ってね。

nikkouはやっぱり、キリスト教徒だ。
わたしの信仰に、主イエスは、はずせないな、と思う。

毎朝、電車の中で、そんなことなどあれこれ思い巡らしているから、
以前よりは、朝の頭が活性化しているかも?
これも、「恵み」の中にある生活、って言っていいかな。

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Comments

一週間、駆け抜けた、がいいね。その中での通読、尊敬します。解説感想はなかなかのもので、参考になります。一言、偉いねー、です。解説感想をさらにお願いします。楽しみです。今日は教文館の近くに用があるので、「きょうぶんかんコーヒー店」でコーヒーでも飲んできます。杉

Posted by: sssskkkk | January 14, 2006 at 11:53 AM

杉山さま

今日は寒いのに!
お体気をつけてくださいね。
また、nikkouもお供させてくださいませ。

Posted by: nikkou | January 14, 2006 at 04:13 PM

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