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January 10, 2006

過ぎ去ったことは済んだこと

『眠られぬ夜のために』第二部 1月10日

「いつまでも同じ考えに、そればかりか同じ思い出にこだわっていてはならない。
過ぎ去ったことは済んだこととして、現在なすべきことを行わなければいけない。
『処世の知恵とは、ある一事を行い、それをなしとげることだ。
あなたがなしうる最も良い、最も正しい事をしようと努めなさい。
――しかし、そうしたあとは、それをすて措く(おく)がよい。』」
(岩波文庫・草間・大和訳)

さて、あらためて、本日のヒルティを読む。
先へ先へ、前進せよ、というヒルティ翁の仕事術は、一年間読んできて、よく分かっているつもり、だった。

…のだけれど、
最近、忙しいわりに、妙に仕事に充足感がない。
残業で遅いくせに、焦燥感と徒労感ばかりが残るというか、「良い働きをした」という気がしないというか、
もっとはっきり言うと、
「ああ、わたしって要領が悪ぃなぁ」
「すっげー無能かも」という自己否定感に苛まれるのである。

今日は、とうとう、残業で疲れたからだを引きずって書店に入り、
「デキる人の時間管理術」みたいな、ちゃちな実用書を買ってしまいましたよ、ええ、気休めです。
でも、ここに書いてあるようなことは、みんな、やっているはずなんだ。
月ごと週ごとの目標をたてる、出社したらまず今日やるべきことを書き出す、優先順位をつける、優先順位の高いものからやる、90分ごとに休憩をとる、…うんぬん。
…なのに、この不全感はなんだ。

帰宅後、
メールボックスを開いたら、最近、正直いうと惰性で取っている「みことばメールマガジン」に目が釘付けになった。

「その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」(マタイ25:23) この例え話では、多く儲けた者も少ない者も同じ言葉で主人から褒められています。神様はどれだけ上手くできたかという結果ではなく、私たちの過程を見てくださるお方です。他人の才能や賜物と比べて、すでに自信をなくしていませんか?(以下略)

(携Devo_LIC)

はい。自信をなくしています。

不全感の原因は、じつは、最初からよく分かっていた。
同僚や上司の眼が気になって気になって仕方がないのである。
どうも、nikkouは、スマートかつエレガントに仕事ができない。
どたばたどたばた、がさがさ、じたばた、おろおろ、ガチャガチャ・・・。

同僚の手際が、とても見事に思える。
そして、上司は、そんな同僚のほうを、評価しているような、気がする。

お前の主人は、会社の上司か?
主人は、まさに「主」イエスだろうが、「主」に恥じない、正直な仕事をしろ、
と一喝された気分でありました。

ちなみに、nikkouが思うに、主は、「過程」も見ているけれど、「結果」まで、見通す方なんじゃないか。この例え話で、主人はちゃんと「結果」も聞いているしね。
わたしたちの仕事の結果がでるのは、まだまだずっと先だ。
今から、くよくよしてどうするよ。
主が、よい結果へと、日々の過程を導いてくださいますように。

気分もあらたに、明日に備えることにします。
おやすみなさい。

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Comments

へうぇへへ。悪魔のささやきか。でもね、大丈夫よ。祖父

Posted by: kkss | January 12, 2006 at 03:10 PM

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