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January 29, 2006

「白バラの祈り」―ゾフィーの勇気はどこから

『眠られぬ夜のために』第二部

「1月31日

あなたは、この人生において、よき人間にならなくてはならない。
つねに善き霊の励ましにしたがい、
それ以外のすべてのものをこばむ人間にならなくてはならない。
それ以外のことは、たとえしばしば世の耳目をそばだてようとも、
大事な事ではない。
現在にとっても、未来にとっても、そういうことはほとんど問題にはならない。」

(筑摩叢書・前田敬作訳)

200601292255000
「白バラの祈り」を観てきた。
圧倒された。
映画の筋や、俳優たちの熱演については、nikkouが書くよりも、すでに的確に表現している人たちがおられるので、関心のある方はご参照のほどを。


~Aufzeichnungen aus dem Reich~ 帝国見聞録

我想一個人映画美的女人blog

それにしても、反ナチスのビラを配っただけで、逮捕され、尋問され、名ばかりの弁護人がついた裁判で裁判官にののしられ、死刑にされる、という一連の動きに、慄然とする。
「白バラ」がしたことは、ビラを配っただけ、それだけである。だれも殺していない、だれも傷つけていない。

この映画に関して、監督がインタビューの中で
「ゾフィーのようなポジティブな女性がなぜ死に向き合うことができたのか。堂々と死に向かって歩んだ強さはどこからきたのか。神を信じる者は死と向き合いやすくなるのか」(『AERA』)と語っていたことは、先だって書いた。
また、各ブログでも、彼女の信仰と行動の関係について、「なぜそこまで?」と問いかける発言を目にした。

nikkouは、主人公ゾフィと同じプロテスタントのキリスト者であるのだけれど、
なぜ彼女はかくも強いのか、信仰がそうしたのか、と問われると、
はっきりと答えられない、というのが正直なところである。
nikkou自身は、そのような状況に接した事がないからである。
信仰とは、死を克服できるのか、良心にかくまで忠実でいることを促すのか。
…nikkouも試してみたい、なーんてことも思わないけどね。怖いよ、正直。

ただ、彼女の言動の背景にあるものは、知っている。
(分かっている、ではなくて。)

zophy
息詰まる審問のなかで、
審問官はゾフィに、
「国はお前の学生という身分を保証している。なにが不満で、反ナチ運動を行うのだ」という問いかける。
ゾフィは「ナチスの行いは自分の良心に反する」と答える。「ユダヤ人や精神障害者の虐殺が正しいとは思わない。」と。
審問官は「人間がそれぞれ良心を主張し始めたら、秩序がなくなる。」「精神障害者は、価値のない命だ」と主張するが、ゾフィは、きっぱりと言うのだ。「命は尊い。」「裁くのは、神だ。」
神だ―、とのせりふと同時に、審問官は、椅子を蹴って立ち上がり、「神などいない!」と怒鳴りつける。

…神などいない。
本当にいなかったら?nikkouの心に、ざわっと恐怖がゆらめいた。
神がいなかったら、ゾフィの存在など、嵐のなかの、木の葉だ。
ちぎれて、飛んで、くだけて、なにも残らない。

しかし、ゾフィは、微動だにせず、きっと審問官をにらみつけるのである。
ああ、信じているのだ、とnikkouは、ぐっとした。
ゾフィは信じているのだ。
主なる神が、すべての命をつかさどっていることを。
そして、現在も未来も、神が見通していることを。

審問を終えて、
審問官が手を洗うシーンが映し出された。
キリストの裁判のとき、裁判の責任を放棄したポンテオ・ピラトが手を洗ったことを彷彿とさせる。

ゾフィが牢獄で祈る、ひとつひとつの祈りもまた、
イエスの、逮捕から処刑の祈りを思い起こさせた。

200601292256000
逮捕された夜、彼女は
「神様、わたしの心をあなたに捧げます。平安を与えてください。」と祈り、
審問のさなかには
「神様、あなたはわたしの救い主です。どうか見捨てないでください。」と祈る。

主イエスは逮捕前に、
「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り除けてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのままに行ってください」(ルカによる福音書22章42節)
と祈った。
死刑を目前に動揺し、しかし決意を固める様子は、主イエスに通じる。

圧巻は、断頭台に向かう直前の、ゾフィの祈りである。

「栄光に輝く神よ、
この地上に種をまいて実り多い土地に変えてください。
神様に目を向けない人々にも願いが届きますように。」

アーメン(そうでありますように)。
映画館の中で、nikkouは、小さく、彼女に和した。

アメリカのブッシュ大統領のイラク戦争以来、
キリスト者への風当たりが強い。
しかし、キリストを、「この人をみよ。」(ヨハネ福音書19章5節)
主は、暴力を持たない。

昨日の、石原兵永の文章から。
「(イエスの戦いは)
暴力 対 暴力の戦いではなく、
暴力 対 神の真理の戦いでありました。
イエスは神の国と神の義をつらぬいて、みずからは暴力をつかわずに、神のみこころに従って、
わが身を暴力のなすがままに全部ゆだねてしまった。
そして、そのことによって、悪の力を無効にし、無力化してしまった。」

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Comments

久々にコメントさせてもらいます。

苦境の中にあって信仰の試みにあうことは本当に辛いと思います。僕もそのような状況に置かれた事がないから自分だとどう反応するかわかりませんが、そのような中で、たとえ神が否定されても、それを行いと祈りで証しする彼女の姿勢には学ぶところが多々あると思います。僕は今地理的理由で観に行く事はできませんが是非一度DVD等で可能なら観たいです!

クリスチャンへの風向きは確かに強いですね。申命記19:21や『聖絶』の概念が悪い形で引用されていたりすると心が痛みます・・・『愛』と『赦し』がキリスト教の本質だとおもうのですが・・・そのような人たちがもっとイエスの福音に耳を傾けてくれることを祈ります。

そしてその福音に身を低くして耳を傾けたとき、迫害の中で殉教した人たちの素晴らしさが理解できるのでしょうね。僕もそれに至るように精進しないとなぁ(笑)

Posted by: Ti | January 30, 2006 at 12:02 PM

信仰を試みられるのはとても辛いことだと思います。でも、全然試みられないのも辛いことだと思います。

例えば、隠れキリシタンとして山の中で自給自足していた祖先が、開国後に地域と融和した結果、半数以上が信仰を失いました。150年たった現在、信仰継承に成功したのは、地域と融和したけれどもライ病治療に邁進し、迫害された姉妹の家族だけだと思います。

また、戦時中に山にこもって天皇礼拝を拒否した人やその子孫は信仰継承に成功していますけど、海外に逃げたために天皇礼拝を強制されなかった人たちは信仰継承に失敗しています。

ゾフィーの立場になったらどうするか、全然自信ないですが、ただ、今の中国や戦時中の韓国の話を聞くにつれ、試みに遭わない国でリバイバルが起こるのは稀なんだなあ、とも思います。。。

Posted by: Lammy | January 31, 2006 at 12:22 PM

この映画、私も見に行きたいって思いました。
記事を読んでるだけで泣きそうです。(TT)

Posted by: jojo | February 01, 2006 at 08:38 AM

>Tiさん

こんにちは。久々のコメントうれしいです。ありがとうございます。Biblical Spaceも拝見していますよー。ご紹介いただいて、うれしはずかしい気持ちです。
「白バラの祈り」ぜひご覧くださいね。

『愛』と『赦し』がキリスト教の本質とのこと、本当にそう思います。
あまり政治的なことを書くのは、ここではふさわしくないかもしれないけれど、やっぱり、戦争は、正しい事ではない、と思います。ましてや、神の名を掲げて戦争するなんて。主イエスにならったら、戦争などできないと思うんですけどもね。

主から『愛』と『赦し』を与えられて、隣人をこころから愛して、赦して、おっしゃるとおり、「福音に身を低くして」生きて行けるような、「本質的」なクリスチャンに変えられたい、と切に思います。

>Lammyさん

すごく興味深いお話、ありがとうございました。
開国後ということは、明治時代の話ですよね、そんな時代から、らい病治療にまい進して迫害を受けた人びとがいたんですね。それこそ、主にある正義と愛を実践していた、という感じですね。頭が下がります。

正義や愛をたとえ持っていても、ゾフィや、そのような人びとのように、それを貫き通すのはとても大変なように思います。
まさに、火に焼かれて器ができる、というか、一粒の麦死なずんばというか、そういう信仰ですね。

「試み」に遭うことで、リバイバル―信仰が起こされる、というのも、なんともキリスト教らしい、というか、まさに「復活」ですね。

自分自身はまだ、「試練、いつでもウェルカム~」という気にはなりませんが、そういった人びとの話を聞くだけでも、勇気が与えられますね。いざ、試練が与えられたならば、「いまこそ、強くされるときだ!」と勇気と感謝をもってのぞめればいいですね。

>jojoさん

いい映画でしたよ~。
なんだかね、見ているときも、ぐっと来るんだけど、あとから一層じわじわ来る感じ。
ぜひぜひご覧あれ。

Posted by: nikkou | February 01, 2006 at 11:31 PM

遅れ馳せながら観てきた。
正直後味が悪かった。nikkouが書いてくれた事はすべてアーメンなんだけど、人間はこのような過ちを今も繰り返して行っているということに慄然とする。
ゾフィー達の死が無になったとは思わないが、
自分と主義主張の合わない相手を亡き者にするという考えが、さも当たり前のように現在も存在していることが、気持ちを暗くさせる。
尚更、キリストの愛=福音伝達の火急性を思わされた。

Posted by: たま | February 05, 2006 at 12:03 AM

たまちゃん

ね。
映画自体は、つらいんだよね、ほんとに。

現代においては「自分と主義主張の合わない相手を亡き者にするという考え」を、「敬虔なクリスチャン」を標榜する某国大統領がやっているし。だから、本物の、本当の、「福音」「キリストの愛」を、伝えなきゃ、いや、自分自身が、しっかりと血肉としていかなきゃ、と思います。

Posted by: nikkou | February 05, 2006 at 01:01 AM

はじめして、TBさせていただきました。
ゾフィーの良心や信念のベースにあるのはやはり信仰の様に思います。
上手く言えませんが、それは単純にキリスト教の教義とかいう以上に、信仰と言うものの本質的な力だったのではないでしょうか。
私はキリスト教徒ではないですが、神は信じています。
だから私も彼女の心の背景にあるものは理解できたと思います。
それでも、やはりゾフィーはまぶしい。
「太陽は輝き続ける」と彼女は言い残しますが、60年たっても輝きを放ち続ける彼女自身が太陽だったのではないでしょうか。
恐怖と闇で支配しようとする為政者にとっては恐ろしい存在だったでしょうね。

Posted by: ノラネコ | February 16, 2006 at 01:16 AM

ノラネコさん

はじめまして。
トラックバック・コメントありがとうございます。
ブログの記事にも、深く共感いたしました。
ゾフィのベースにあるものが、「教義」ではなく「信仰」とのこと、本当に、その通りだと思います。

これは、わたしの個人的な考えですが、普遍的なもの(ゾフィの言葉で言うと「良心」イエスの言葉だと「愛」でしょうか)は、「教義」や「宗教」といった枠のなかに収まってしまって、その枠の中のルールを守れば万事OKというような、生易しいものではないように思います。だから、悩んだり苦しんだりしなければならないし、逆に強くもなれる。
信念を支えるものが「教義」だけであったら、人によっては厳しい現実の前にもろく崩れ去るでしょうね。「つらいから、もうクリスチャンやーめた」ってね。

わたしも、クリスチャンになる前から神は信じていましたよ。だれかはっきりとはわからない、その存在に祈ることもありました。

暗闇にとって、太陽は恐ろしい存在、とは実に見事なご指摘。
「光は暗闇の中で輝いていた。暗闇は光を理解しなかった。」という聖書の言葉を思い出しました。

Posted by: nikkou | February 19, 2006 at 12:27 AM

はじめまして。クリスチャンの立場から見た「白バラの祈り」評興味深く拝見しました。ブッシュのキリスト教観が多くのキリスト教の立場ではないとは思っていますが、ブッシュのキリスト教観を支持したのはアメリカ国民であるとことも確かです。なぜそうなったのか、今考え中です。関連記事もTBさせてもらいます。

Posted by: KUMA0504 | May 17, 2006 at 11:02 PM

KUMA0504さん

はじめまして。
コメントありがとうございます。
アメリカとブッシュのキリスト教観についても、ぜひご教示ください。本当に、知りたいところです。

ところで、KUMA0504さんの共謀罪反対バナーに目を奪われました。そういわれてみれば、共謀罪法も、白バラの時代を思わされる…。

Posted by: nikkou | May 17, 2006 at 11:45 PM

こんにちは。なぜかTBできていなかったみたいなので、再度してみます。
コメントの重複直しておきます。
ブッシュのキリスト教観については栗林輝夫の「キリスト教帝国アメリカ」を今読んでいるところですが、その前に「神はなぜ戦争を許したまうのか」ということについての簡単な議論の記事もTBしておきます。

Posted by: KUMA0504 | May 18, 2006 at 09:08 AM

はじめまして。
私、梶野と申します。
この度、「白バラの祈り」を舞台化する事になり、お知らせさせて頂きました。
私はヴィリー・グラフを演じます。
映画では冒頭のシーンだけでしたが舞台版ではみんなと共に奮闘します。
舞台版の今作品は学生の勇気ある行動が生々しく、命を賭けて信念を貫くさまが描かれていると思います。
舞台版も是非ご覧になってください。
詳細はこちらを下記をご覧下さい。
http://www.gekidanmingei.co.jp/whiterose.html
「梶野扱い」と伝えて頂くと一般料金6300円のところ5700円でご覧になれます。
宜しくお願い致します。

突然のメッセージで失礼致しました。

Posted by: みのる | August 12, 2007 at 08:28 PM

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