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March 09, 2006

「恋愛」という「競争」の中で

『眠られぬ夜のために』第二部

「3月10日

(前略)
あなた自身のためには、ひたすら神の祝福に頼るがよい。
どんな人間によっても満たされぬほど要求の特別多い心をさえ、
神の祝福は完全に満たすことができるものだ。」
(岩波文庫・草間・大和訳)

先日の「性」のシンポジウムのあとで、年配の男性の方がnikkouに言った。
「我々の若いころには考えられなかった話だ。我々が10代、20代のころは、女性とふたりきりで話すことさえタブーだった。妻とは見合い結婚だった。当時はそれが普通だった。」
…なるほど、たしかに時代は変わった。Nikkouの両親は、「結婚は自己責任!」と言い放って、逆に見合いを禁じたよ。

シンポジウムの感想を、主にある兄弟が、メールでシェアしてくださった。

…イエスに出会う前のパウロが持っていて、現代の私たちが持っていないものは何か。それは「律法」だ。私たちは、「ルカによる福音書8章29節~30節」に出てくる「レギオン」という男のように、「自己規範」がない空っぽの心に、悪の霊をたくさん住まわせているのではないか(一部を要約)。

なるほど、では昔の日本人は、周囲がよかれと薦める相手を、周囲との関係の中で大切にするという、「見合い結婚」という「律法」に従って生きていた、ともいえるかな。ちょっと曲解かな。
「見合い」という「律法」がなくなって、「恋愛」結婚が主流になった現代、nikkouをはじめとする多くの20代30代の者たちは「恋愛は競争だ」という価値観に襲われている気がする。「恋愛に『勝て』ない(=モテない)男女は価値がない」ってね。Nikkou自身、かつて、そういう思いに囚われて、自分自身に絶望的になったりしていた。主に自分の価値を認めてもらうのではなくって、不安定な世の中の価値観に、完全にかき乱されている、という感じ。

たしかに「律法」主義は窮屈で、人間味を失わせるけれど、「律法」―つまり、確固たる倫理観や価値観すらない状況は、けっこう危険なのかもしれない。

イエスが「レギオン」という空っぽ男を救ったシーンは劇的だ。
上記の兄弟のメールから引用させていただく。

―長い間、墓場を己の棲みかとする男がいた。その男の名は「レギオン」、無数の悪霊が彼のうちに同居していたからだった。彼は汚霊に乗っ取られて、自己同一性を完全に失っていた。凶悪の故に生活共同体の外に隔離され、悪霊憑きの故に宗教共同体からも捨てられて、墓場という、いっさいの救いの埒外に置かれていた。
ところがイエスは、この、悪霊に占拠された哀れな男の存在を認め、憐れみの御声をかけてくださった。
「名は何というか」

イエスは、このようにその人の名を尋ねることによって、自己を喪失したその男の中から本来の自己を呼び覚まそうとなされたのではないだろうか。私自身このイエスの語りかけに、自分等自己破綻者の真の救いを見出す。人は誰でも、イエスの呼びかけによってしか、本当の自分を取り戻すことは出来ないのではないか!―

 シンポジウムで、発題者のおひとりが、イエスは「呼びかける人格」、そして、わたしたちはそれに「応答する人格」だ、とちらっと、おっしゃっていたことを思い出す。
 Nikkouは、主イエスの「呼びかけ」に気づいた日のことを忘れない。

長くなっちゃうけれど、もう1つエピソードを。

 2年ほど前、出張先で教会を見つけて、なぜか心ひかれ、ふらっと入った。
水曜日の昼間だったのだが、女性4人で祈祷会の真っ最中だった。子どものいる主婦が3人と、nikkouと同世代の独身の女性ひとり。突然の侵入者に驚きつつ、彼女たちはよろこんでnikkouを迎え入れ、祈祷会に加えてくれた。
 独身の彼女が、「パートナー(配偶者)がほしい」ということいい、みんなで祈った。
「実はnikkouも同じことを祈っている」というと、彼女は「え!」と驚いた。「じつは、nikkouさんが入ってくる直前に、『結婚しているみなさんにお話しても、なかなかこの孤独感や焦燥感は分かち合えない、せめて、分かち合える女性の友人が与えられれば』ということを話していたのだ」というのである。…どうよ。ちょっとした奇跡でしょ。
 そこで、ふたりで、なんというか…まあ、独身女性の切ない思いのようなものを、つぶつぶと打ち明けあった。やがてNikkouが帰ろうとすると、彼女が玄関まで走り出てきて、nikkouの手を固く握って、「神様、こんな素晴らしい出会いに感謝します。どうか、私たちそれぞれにふさわしいパートナーを与えてください!」と祈った。Nikkouも、固く手を握り返して「アーメン!!」と祈った。

―あの瞬間、nikkouは、たしかに、主はわたしたちの祈りをきいてくれる!という確信を得たよ。…Kちゃん、ありがとう。そして、主よ、感謝します!

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Comments

そう、そういうことって起こりますよね。
神さまを「風」にたとえることがあるけれど、どこにでもその風がふいていて祈りを巻き取ってくれている気がします。
絶えず祈る・・形ではなく、神さまへの信頼であふれていることなのですね。
今日もnikkouさんのまわりで風がふくといいな。

Posted by: jojo | March 09, 2006 at 08:59 AM

jojoさん
ありがとー。
風が祈りを巻き取ってくれる…いい表現ですね。

聖書でいうと「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれたものも皆そのとおりである。」(ヨハネ福音書3章8節)。
んー美しいですねー。
jojoさんのまわりでも風がふきますように。


Posted by: nikkou | March 12, 2006 at 12:38 AM

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