« nikkouの両親が、礼拝に来た! | Main | なんなんだろう「永遠の命」 »

March 22, 2006

デイ・ケア・センター讃美

『眠られぬ夜のために』第二部

「3月20日

愛がなければ、この世界は、どんなに多くの自然美や芸術や学問が存在していても、まことにみじめな不満足なものにすぎないだろう。
(中略)
…愚かな人は、神への愛がなくても、人間たちを、すくなくても二、三の人を「永遠に」愛し、そこに生涯の幸福を見出すことができる、と信じている。
(中略)
それがやや卑俗的な形をとる場合ですら、この方が神の赦しを受けられやすい。」
(岩波文庫・草間・大和訳)

ちょっと略しつつ引用したけれど、20日のヒルティの格言で言いたいことは、
神への愛が、一番、
まあ、でも人間を「永遠に」愛する、というスタンスも、享楽的に生きるよりは全然いいし、神様も赦してくれる、
…ということだと思う。

「神への愛」ってのはどういうことか、クリスチャンになるまで、さっぱり分からなかった。
「人を愛する」ってのも、恋愛とか家族とか友情なら分かるけれど、聖書のいう「愛敵」や「隣人愛」てのは、まったくの偽善だと思っていた。

最近、キング牧師の説教集や「白バラ」関連書をぼつぼつ読んでいるのだけれど、
なるほど、彼らは、「神を愛する人」たちなんだな~とつくづく思う。
「神を愛する人」にとっては、「愛敵」も「隣人愛」も偽善じゃない。
与えられる限りの理性と感性を総動員して可能にするんだと思う。
…可能に「してもらえる」、といったほうが、正確かな。
人間の力じゃ、やっぱり、不可能だ。

さて、今日は、中央線沿線にあるデイ・ケア・センターで、ゴスペルを歌ってきた。
「主われを愛す」や「君は愛されるため生まれた」、「Make us one」「大切な人」など、お年寄りの方たちにも耳になじみやすい歌を数曲、讃美した。
「主われを愛す」は、お年寄りのみなさんと一緒に歌った。
席の間に入って、顔を見合わせて一緒に歌い、握手を交わすと、
ふいにぽろぽろっと涙をこぼされる方が何人もいらして、
ついつられて、涙ぐんでしまった。

「大切な人」を讃美しているとき、ふと、こりゃー、すごいことだぞ、と思った。

彼らは、nikkouの2倍から3倍ちかくの歳月を生きてきた人たちである。
nikkouは、クリスチャンなので、神が、彼らひとりひとりと、その歳月を共に歩んでこられた、といういことを信じている。目の前の20人ほど方たちの、70年、80年、90年の歳月、ということを思ったとき、
こりゃー、すごいことだ、と思った。
天地創造の昔から主はおられる、といわれてもピンとこないけれど、
この彼ら全員と、主は共に歩んでこられた、と考えると、神とはでかい存在だーと思うね。
nikkouは、ちっぽけであります。

神を愛する、というのは、
身近な人たちを通して、神の大きさを知るということでもあるかな、と思った。

讃美のときを終えて、一緒にお茶などいただきながら、
雑談を交わした。
かつて東京外語大で英語を教えていました、という男性の方に、
「外国にはよく行かれたのですか?」と聞くと、
「戦争で、中国に」とのお答え。
ひゃーと息を呑んでいると、
「いや、敗戦前の2年間だけね。
内地に着いたとたん、中国兵は、さーっと逃げちゃったから、戦闘はなくって、ずーっと暢気だったのよ。
日本軍てのは、強かったのよ。(←これを三回ほどリピート)。
くーにゃんがね、あ、売春婦じゃなくって、普通のくーにゃんがね、
全然怖がりもしないで、駐屯地を横切ったりしてましたよ。
でも、敗戦が伝わったとたん、中国兵がだーっと攻めてきて、
初めてドンパチやりましたよ。
背中を向けるとやられちゃうから、じりじり撤退して、戦死する人もたくさんいて、
…九死に一生ってまさに、ああいうのを言うんだねー。
今ね、こうやって、窓の外を電車が走ってるのをみるでしょ。
もう、それだけで、平和っていいなーって思うよ」
ということを、トータルでも3回くらい繰り返してお話しておられた。
nikkouの祖父も、中国に戦争に行ったが、
正直言って、実の祖父からも聞いたことのない、ナマの戦争体験談だった。
不謹慎な言い方ですが、戦争って、本当にあったのね、と思った。

「人生の年月は70年ほどのものです。
健やかな人が80年を数えても
得るところは労苦と災いにすぎません。
瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。」
(詩篇90編10節)

詩篇にアーメン。だから時間と場所を超越した存在に、世代を超えて共に目を向けることって、本当に必要だと思う。今日は、本当に、感謝。

|

« nikkouの両親が、礼拝に来た! | Main | なんなんだろう「永遠の命」 »

「2 眠られぬ夜のために」カテゴリの記事

「4 ゴスペル」カテゴリの記事

Comments

会社に行く前に読みました。いつもながらすばらしい筆力です。すぎ

Posted by: 祖父ネットから | March 22, 2006 at 09:30 AM

お年寄りの話されることは、時々ものすごく頭に残ることが有りますよね。
ところでnikkouさん、幸若舞の「敦盛」という古い日本の謡曲を知ってますか?
その中に、
「人間五十年、下天(現世)のうちをくらぶれば
 夢幻(ゆめまぼろし)のごとくなり」
というくだりが出てきます。
織田信長が好き好んで、この曲ばかりを謡って舞ったそうです。
詩篇90編10節を読んで、それを思い出しました。なんとなく。

Posted by: ahilland | March 22, 2006 at 11:32 PM

そーよねー、あっという間に40ウン年たってしまいました。気がついたら自分もデイケアセンターに居て、nikkouさんたちが来て歌ってくれるのを心待ちにしているかもしれない。それもまた楽しですね。

Posted by: ゴトウ | March 23, 2006 at 11:13 PM

>すぎやまさん

デイケアセンターに、杉山さんとお名前が一字違いの方がいらっしゃいました。上品で矍鑠たる老紳士で、かつては裁判官さんだったとのこと。杉山さんとこころなしか雰囲気も似ていて、なんだか、杉祖父ネットの前で歌っているみたいだな~と思いつつ、讃美しておりました。

>ahilandさん

おお、ありますね~。高校の国語教科書でも、謡曲のほうじゃないけど、平家物語の「敦盛最期」は載ってますよー。こちらも、なにやら、深遠な仏教思想なんですよね。人間にとっての50年は、天上界では一瞬だか、一秒だか、そういう…(あ、またナマ知恵であぶないかもっ)
いずれにせよ、「永遠」と「人のはかなさ」という思想に、洋の東西は問わないんですね。

>ゴトウさん

いやー、ゴトウ姉がデイケアセンターにいるころには、nikkouも、おばあちゃんですわ。ともに、元気なおばあちゃんを目指しましょう。おばあちゃんゴスペルクワイアーってのもいいかも!?

Posted by: nikkou | March 26, 2006 at 09:09 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91294/9198960

Listed below are links to weblogs that reference デイ・ケア・センター讃美:

« nikkouの両親が、礼拝に来た! | Main | なんなんだろう「永遠の命」 »