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March 05, 2006

『性』と向きあう」シンポジウム―報告

『眠られぬ夜のために』第二部

「3月6日

どんな人間でも、その本質のなかの動物的な部分のために、
また、その「遺伝的負荷」のために、
官能的な、怒りやすい、虚栄的な、貪欲な自然的素質をみずからの体内にもっている。
あなたがもしこのような自然的素質を脱却し、
あなたの存在全体を根本的に善たらしめる境地にまで到達できないならば、
どのような勤勉さも、また、歯に衣着せずに付け加えると、なんらかの結構で立派な宗派に対するどんな信仰も、所詮、なんの役にもたたない。

(中略)

あなたの人生の目的は、あなた自身が、あなたの内奥の本質においてキリストに似た、善良な、この世の生活においても未来の生活においても有能な人間になることである。」

(筑摩叢書・前田敬作訳)

「若ものと語る信仰と現代 『性』と向きあう」シンポジウム、行ってまいりました。
パネリストの三人の方は、とても率直に、ゆえに、とても迫力のある発題をされ、胸をつかれました。
また、会場には、わたしと同世代のクリスチャンの方も、10人弱ほどいて、ほぼ全員が、コメントをしたように思います。(一番しゃべってたのは、nikkouかも。すみません…)。

しかし、その迫力や、想いの深さを、ブログの読者に、どう伝えたらいいのだろう。
また、大切なことが、あまりにたくさん示されて、まだまとまらない。
だから、今日は、話をまとめず、今日のパネリストの方のお話を一部だけ、ご報告したい。
今日のお話について、nikkou自身の考えがまとまったとき、また、書くかもしれない。

まず、発話者のひとりが、聖書を引用しながら、こんなことを教えてくれた。

「愛」には三つある。
1、「いつも、傍にいるよ」という信頼や、人格的交わりのある「愛」、
2、「大好き!」という情熱的な、「愛」、
3、セックスという、肉体的な「愛」。
この三つがそろわないと、満たされないのではないか。

それに対し、別のパネリストの方は、
セックスだけの、肉体的な快感を一度覚えてしまうと、
そのほかの2つの愛がなく、相手のことをどんなに軽蔑していても、その快感から逃れられず、満たされない思いばかりがつのる、という話を、生々しく語ってくれた。

また、別のパネリストの方は、
社会や家庭が、性をタブー視する文化の中で、
「性」の楽しさ、本当のよろこびが、逆に、罪深く、後ろめたいものにされて、それがどんなに若い男女を苦しめているか、というお話、
また、フェミニズムとからめて、自分の性が肯定できないがゆえに、人をも受け入れられなかった、という経験を語っていた。

今日、nikkouはつくづく思った。
家庭でも、地域でも、教会や集会でも、
こうした悩み苦しみを、率直に語ったり、聞いたりしてくれる兄貴、姉貴がいたら、
悩み苦しみの中にいる私たちは、どんなに救われるだろう。

そして、思った。
性の問題も、聖書が、指針を与えてくれる。
そのことは、今はまだ、上手に言葉にできないので、その確信だけ、書いておく。

今夜、ヒルティは、人間とは「官能的な、怒りやすい、虚栄的な、貪欲な自然的素質」を持っているものだ、と書いている。
それを解決するのは、「勤勉さ」でも、「結構な宗派への信仰」でもない、という。
ただ、「内奥」で「キリストに似た人間になる」ことだけ。
そんなこと、できるのだろうか。
「自分の力じゃできないよ、主がそうしてくれるんだ」ということ、多くのクリスチャンの先輩たちが力説している。
「祖父ネット」が、エペソ人への手紙と、内村鑑三の言葉を掲載しているけれど、
これも、そういうことでしょう?
148 内村鑑三「一日一生」教文館から

もうひとつ、あるパネリストの方が最後の引いていた聖書の言葉から。

マタイによる福音書第五章三節
「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」

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