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June 20, 2006

熟考、沈思、そして祈り

『眠られぬ夜のために』第二部


「5月11日

あなたはおそらく、事柄がまだ熟さないうちに、あまりにも多く書きすぎたのである。
(中略)
あなたは、あなたの内面的形成に、まず成熟するだけの時間をあたえてやらねばならない。
現代の学校を出たばかりの人たちがだれでもやりたがることだが、
内面の成熟も待たないで、世間にむかって語りかけるようなことをしてはならない。」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

20050619_2017_000
ここ一週間ばかり、
やりたいこと、無理そうなこと、実現しそうなこと、やるべきこと、どうしたらいいのか分からないこと、思いもかけないことが続々と起きる。
今日、クワイアーの練習が始まる前と、帰り道に、友人たちにそのことを話そうとしたのだけれど、
話せば話すほど、言葉がうわっすべりしていることに気づいて嫌になった。
言葉にできるほど、胸のうちがまとまっていないんだな。
どうも私はおしゃべりがすぎる。

よく考えて、深く思いをめぐらして、そして祈るべきときなのかな、と思う。

おりしも、キャンドルナイト
夏至前後の一週間は、夜8時から10時まで電気を消して、キャンドルで過ごしましょう、というエコロジーキャンペーンである。
発起人のひとりである辻信一さんの今年の呼びかけ文には聖書の言葉が。

キャンドルナイトで時間のくにへ 100万人のキャンドルナイト 2006年夏至呼びかけ文


聖書の創世記に「神は第七日目を祝福し、それを聖なる日とした」とある。『休息日』(未邦訳)という本を書いたユダヤ学者A. J. へシェルによれば、週に一度の安息日の意義は、空間的なモノに支配された日常から解放されて、時間の聖域に憩うことにこそある。 …(以下、本文はこちら

nikkouはしばらく、安息日期間に入ります。
最近、ちょっと突っ走りすぎた。
イエス様としずかにお話することにする。

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Comments

kobeskychです。はじめまして。
ブログをいくつか読ませていただきました。心揺すぶられる出来事、神様との語らい、クリスチャンの生きる葛藤を垣間見させていただきました。見えないお方を信じ、生身の生活を生き続けることの難しさ、どなたも同じなんだなと、わが身を振り返っても、思わされます。草木と聖書による随想を書き綴っています。興味がありましたら、私のブログもお訪ねください。http://kobeskych.exblog.jp/

Posted by: kobeskych | July 01, 2006 at 09:07 AM

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