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July 18, 2006

我流にならないために

『眠られぬ夜のために』第二部

「このような(nikkou注:霊的な)直感的認識を受け入れるために、
また、それを害なしに自分の内部で消化するために、
ある種の予備的修業を必要とすることに留意しなければならない。
さもないと、我流の独学者が生まれる。(以下略)」

(岩波文庫:草間・大和訳)

「修行」ではなく「修業」であります。要は、「学び」ね。滝に打たれることじゃあないです。

こないだの日曜日は、無教会クリスチャンの友人「一粒のぶどう」にともなわれて、無教会の浦和キリスト集会へ。
聖書箇所はエゼキエル書の17章18章でした。
背信がすすむイスラエルの人々に対して神が「どうかみんな、道をはずれないでおくんな、踏み外した先にあるのは『死』なんだよ」と必死で呼びかけるところであります。
この17章18章を3節ずつ、30名ほどの礼拝出席者が順番に輪読してゆく、というスタイルがとっても新鮮。nikkouも一生懸命読みました。
お話は無教会の伝道者で集会の主催者である関根義夫先生。
歴史的背景を丁寧に説き起こしつつ、本当は、イスラエルの歴史上の話だけじゃない、
「イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」(18章31節~32節)の「イスラエルの家」に自分の名前を入れて読んでみよう、とお話しなさいました。
そんでもって、「ちょっと恥ずかしいけれど」とはにかみ笑いをしながら「イスラエルの家よ」を「関根義夫よ」と読み替えて音読しました。

つづけて関根先生いわく、
自分は根がまじめなので、「よーし、じゃあ、道を踏み誤らないようにがんばろうっ」と思った時期もあったそうであります。でも、結局ふと気づくと、罪を犯してしまう。このとき、主イエスの十字架の意味を悟った…とのこと。
nikkouも根がまじめなのですが…たぶん、そこまで切実に主イエスの十字架の意味を分かっていない気がします。いまだに、罪に気づくたび、もっとがんばれば、先日書いた「完全な人」になんとかなれるんじゃないかと思っている。だからきっといつか、nikkouにも十字架を悟るために一度、聖霊をもってコテンパンに砕かれる日がくるでしょう。

その日の備えとして、
また悟りえぬnikkouがヒルティ言うところの「我流」にならないための、
関根先生の告白なんだろうかとしみじみ思いつつ、
「わたしはまだ十字架が、実感としてよくわかりません」と思いっきり、みんなの前で激白してしまった日曜日なのでした。

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Comments

「ある種の予備的修業を必要とすることに留意しなければならない。さもないと、我流の独学者が生まれる。」
なんだか、とても身につまされる言葉ですね。

Posted by: ahilland | July 19, 2006 at 11:06 PM

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