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July 09, 2006

やかんはお湯を沸かすために造られた

『眠られぬ夜のために』第二部

「(パウロの手紙に現れている信仰には)『神を愛する者たちにとっては、万事が益となるにちがいない』(ローマ人への手紙8章28節)という言葉が完全な真実となっている。われわれもこのようになることができるのである。」
(筑摩叢書:前田敬作訳)

「毎日でも更新してほしい」と、先日、無教会クリスチャンの友人、高橋さん から言われました。そうしたいのは山々なんですが、最近なんなんでしょう、このブログを管理しているniftyの管理画面が開かないんですよね。10時からアクセスし続けて、もう日付変わっちゃったよ。図版も入らないし。もう別のところに引っ越そうかな。
おかげで、いろいろ書きたいなあ、と思っていたことが古くなっちゃった。

今週も、nikkou、とびまわっておりました。

火曜日は、手話讃美「風の音」の練習。Lyre(リラ)という讃美グループの歌から「わたしたちの口は」と「わたしが生まれる前から」、そして讃美歌「主我を愛す」を練習。この3曲を、9月にろうあ教会で讃美することとなりました。
わたしたちに手話をシェアしてくれるTさんという方は、ろうあ教会で手話通訳をする伝道者。こう言っちゃなんですが、ぱっと見、すごーく地味な女性です。ところが、一端手話で語りだすと、惚れちゃいそうなくらい、いや、実際これは惚れるでしょ~というくらい、美しい。とくに表情がいい。「なにも持っていないけど、わたしを用いてください、主よ」という歌詞を、彼女が手話で語った時は、あまりに彼女が美しいので泣きそうになった。実に奇妙です。摩訶不思議です。

水曜日はSさんのお見舞いに。びっくりするくらい回復しておりました。表情がはっきりしてきたし、画板をもってなにやら文字らしきものも書いてくれる。そして言葉が出た!もう、とにかく饒舌な人なので、しゃべりたくてしょうがなかったんだろうね。
きっと退屈しているだろうと短編小説やエッセー、新書など数冊持っていきました。うち「ウェブ進化論」という最近流行りの新書を「ヨンデ」というので、音読。(まだ自分では読めないらしい)。すさまじく熱心に聞き入ってくれるので、結局面会時間を多少過ぎるまで読んでいました。やがてすっと眠りに落ちたようなので、枕元でそっと祈って出てきました。彼はデータベースを作る会社に勤めていたのですが、なるほど、頭の中は全くダメージを受けなかったのだな、ということが分かりました。あとは運動能力の回復を待つのみだ。がんばれ!
(ちなみに、nikkouが自力で本を読めなくなったら、だれか聖書を音読してねん。できれば毎日4章。)

金曜日は、午前中会社を休んで、東大病院の小児科でゴスペル讃美をしてきました。院内学級の「芸術鑑賞会」だそうです。ときおり舞い込んでくる病院の小児科での讃美は、子供が好きなnikkouにはとりわけ好きな仕事。
子供、好きです。本当に大好き。そうそう、先日この東大病院用のリハーサルのためママさんクワイアーにまぜてもらったのですが、もう、とにかく小さなお友達がたっくさんいて、一緒に飛んだり跳ねたりしてたのしいひとときでした。そして筋肉痛になりました。みんな、一緒に遊んでくれてありがとね。(nikkouは子供だから子供と親しいのだ、とよく言われます。先月30歳になりました。30歳で子供って…)

先日、新約聖書のパウロの手紙に、こんな言葉を見つけました。

「…わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善いわざのために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善いわざを行って歩むのです。」(エフェソの信徒への手紙2章10節)

お前には、前もって仕事が準備されているから、それをやるだけでいい、と。この言葉の前に、「行いを誇るな」ということも書いてある。そりゃそうですな。やかんがお湯をわかしたって、だれも褒めません。やかんはお湯をわかすために造られているんですから。
この言葉に出会って以来、障害者介助や手話、そしてあちこちでゴスペルを歌うといういわゆる「ボランティア」系の仕事に気負いがなくなりました。
状況が許されるというのは、主から「俺はnikkouをこのために造ったんだ、それいけー!」といわれているということではないかと思う。そんなら、「ホイきたー!」と飛び出せばいいんだし、逆に、状況が許さないというのは、「これは別の人のために用意した仕事だから、お前はまっとれ」といわれているんだろう、と思って無理しなくなった。
…ということはそれまで無理していたんですね、ええ。体調不良を押して障害者介助に行って、先方で吐いたりしました。ああいう態度はやっぱ、どこか間違っていたんでしょう。

東大病院小児科の子供たち、タンバリンを叩いてくれる子も、ベットから動けずに、目だけがいのちの輝きを宿している子も、みんな、楽しそうにしてくれて、本当によかった。君たちと、この日一緒に讃美するために、nikkouは造られたんだ。君たちのことを今夜も祈っているよ。

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Comments

うわーっ、Sさん、良かったですねー。
私も嬉しいです。
nikkouさんが聖書を読めなくなったら、ちょっと4章はキビしいので、2章だったら読ませていただきます。でもきっとその前に私のほうが読んでもらわなくっちゃならないでしょうけど(笑)。
「やかんがお湯をわかしても誰も褒めない」、笑いました。確かに。
ゆっくり、感謝しながらいきましょう!

Posted by: ゴトウ | July 09, 2006 at 06:56 PM

Sさんよかったよー。
ありがとー。

聖書は、んじゃあ、毎日だれかきてくれた人に一章ずつ読んでもらうかなー。
ゴトウさんのときにも読みに行くからね!

Posted by: nikkou | July 15, 2006 at 11:53 PM

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