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August 31, 2006

森鷗外『雁』

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月31日
……ダンテは、彼が描いたフランチェスカ・ダ・リミニをむしろ煉獄編に移すべきであったろう。
…同情と後悔とは、地獄にふさわしいものではないからである。
この点では、テニソンはランスロットとギネヴィアの描写にあたり、ダンテにおとらぬ詩的表現を示し、しかも心理的真実においては幾分まさっている。(以下略)」
(岩波文庫・草間・大和訳)

Gan
先日、フリーペーパーの書評で鷗外の『雁』が紹介されていたので、ふと気になって読み返してみた。
初めて読んだのは高校生のとき。ちんぷんかんぷんでした。
30歳になった今、読み返してみると、すごいね、これは。
男の身勝手さと、
流れから逃れえぬ人間関係を書かせると、
鷗外の右に出るものはいないんじゃないかと思う。
そういえば「舞姫」は高校三年生の教材ですが、高校生諸君には、ぜひ、10年後に読み返してみたまえ、と言いたいね。

『雁』に出てくるお玉さんは、「お見合い」で「お妾さん」になり、周囲に遠慮しいしい生きている。
この微妙に社会から認知されているんだかされていないんだかわからない、いたたまれな~い感じとか、男の無神経さとか、そういったものをクールに概観している語り手とか、
文豪の技は細部に宿りますな。

Daichi
ちなみにパールバック「大地」でも、中国の農民王龍が羽振りが良くなってお妾さんを囲うシーンが出てくるが、
「雁」の本妻「お常さん」と、王龍の妻の阿蘭はよく似ている。
不美人で丈夫な糟糠の妻と、
美人で可憐な御妾さんというのは、
小説の類型ですが、
どちらも、檀那(だんな)から、そこはかとなーく馬鹿にされている感じがする。
不美人で丈夫でも大切にされている妻の話ってのはお話にならんのでしょうかね。

ヒルティは読書家で、小説もよく読んでいる。
フランチェスカ・ダ・リミニというのは夫の弟と不義の恋におちた女性、ランスロットはアーサー王物語に出てくる騎士で、やはり恋物語の主人公とのこと。
不義の恋は、地獄ではなく煉獄に行くべき、というところに、彼の恋愛観をみるのはうがちすぎだろうか。
不義だろうが地獄だろうが、もう、どうしたって恋に落ちちゃうことはあるんだなあ、みたいな。
「煉獄」というのは、カトリックの発想で、死後魂の行き先が天国や地獄に決定する前に、魂を清めるために設定されているスポットのことだそうです。

お玉さんは、
妾になるのを仕方ないと受け入れていると思っている一方で
通りすがりの大学生、岡田に片思いし続けます。
これは「不義の恋」になるのか、どうか。
近代的な発想からすると、お玉さんの存在自体が「不倫」なわけですしね。

ちょうど今、仕事で「伊勢物語」に取り組んでおります。
来年の今頃、学芸文庫で出ます。日文関係の友人たちよ、ぜひ買ってください。
著者は、源氏物語の権威のおひとりである某老教授。
一度彼に、以前からちょっと気になっている「近代の恋愛」と「近代以前の恋愛」の違いを、聞いてみようと思っています。
「近代的恋愛観」と「前近代的恋愛観」というのは決定的に違う…と日本文学の先生方はまるで当たり前のようにおっしゃる。でもそれがなにかは、nikkouどうも明確に把握できず。
把握したからってなんてこともないけど、近代の恋愛観にはキリスト教も関わっているというし、まあなんだか面白そうじゃないですか。

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August 25, 2006

いつでもどこでもだれとでも

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月25日

この世の霊と不安とは、なおいぜんとして、ときには全く突然に、あなたを襲うであろう。
これらのものの地盤は不和であって、そこから養分をとって栄えるのである。
(中略)
この世の恐れに対して平安をうる道は、ただ、キリストと密接につながることのほかにはない。
(中略)
最もすぐれた哲学でさえ、いつも不安であるか、厭世的である。(以下略)」

(岩波文庫・草間・大和訳)

Sooners
わが教会の友人K子さんは、統合失調症を患って精神科に入院、毎週日曜日ごとに外出許可をもらって病院から礼拝に通ってくる。
そのK子さんに誘われて、今日、SONNERSというバンドのロックライブに行ってきた。といっても、おおがかりなものではなく、精神病の方のためのデイケアセンターの催しで、近所の市民会館の音楽室にて、アコースティックギターやハーモニカをかかえた爽やかなお兄さんたちの、ボランティア・ライブでありました。レパートリーは、財津和夫の「こころの旅」やら坂本九の「上を向いて歩こう」やらをはさみつつ、彼らのオリジナルソング中心。アマチュアとは思えぬなかなかの実力で、とても楽しかった。

SOONERS、地元ではたいへん人気のあるストリートミュージシャンだそうで、28歳のキュートな(と言っては失礼か。nikkouも、もうミソジなもんでつい。)5人組。20歳のときからバンド活動を始めて、バイトで生活費をかせぎつつ、ストリートライブで音楽活動を続ける日々、「8年間就職活動をしているようなものです」とはにかんでおりました。

いま思えばとってもあつかましいのだけど、デイケアセンターというのは、要するに、公共福祉サービスなわけですね。nikkouはこのデイケアセンターとは全く関わりがないのにもかかわらず、K子さんと一緒にすました顔で利用者さんたちにまじり、…というか、利用者のひとりのような気分で、ライブを楽しんでおりました。なぜか、誰何され、追い出される不安がなーんもなかったんであります。nikkouのあつかましさの勝利か、はたまた、K子さんへの信頼ゆえか。きっと、デイケアセンターのスタッフさんは、「なにもの?」と思っておられたにちがいありません。

そういえば、nikkouも時々、ゴスペル仲間と、病院やデイケアセンターに行って歌っております。今日は偶然、観客側だったわけでありますが、聞き手にまわってみると、ボランティア・ライブってのは、とても楽しいものだということが分かった。お金を払って楽しむいわゆる「コンサート」や「ライブ」よりもパフォーマーとの垣根が低くてとってもうれしかった。これは、まあ、SOONERSのメンバーの人柄やパフォーマンスの質にもよるんだろうけれど。彼らは、まったく気張った様子もなく、自然に観客と交わり、観客のほうがうれしくなっちゃうような気持ちのよい表情で粒ぞろいの素敵な歌を歌っていました。われわれゴスペラーたちも、気張らず構えず、いつでもどこでもだれとでも、ともに音楽を楽しむことができることができますように。

ちなみにK子さん、わが川崎のゴスペルシンガーズのメンバーのひとりなのですが、SOONERSのメンバーたちに「ゴスペルはやらないんですか?もったいない!とっても上手なのに!」とゴスペルを歌うよう盛んに薦めておりました。K子さんのゴスペル愛も伝わってきて、これもまたうれしいひとときでありました。

さて、その川崎ゴスペルシンガーズ、第3回目のリハーサル、あさってです。
「神の国と神の義」「Go Tell it on the mountain」「This little light of mine」と、できればアルプスの少女ハイジより「おひさまの歌」という讃美をやろうと思います。2時から3時まで。どなたでもどうぞ。

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August 23, 2006

ナルドの香油

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『眠られぬ夜のために』第二部
「8月23日
『マタイによる福音書』26章6節~14節(さて、イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられたとき、ひとりの女が高価な香油を入れてある石膏のつぼを持ってきて、イエスに近寄り、食事の席についておられたイエスの頭に香油を注ぎかけた。…』

(中略)

この物語は、・・・われわれがたえず新しく主の立派な手本によって
ありがたいと感じる宏量さをしめしている・・・。
(略)
イスカリオテのユダは、その反対で、こころの狭い、いやしいキリスト者であった。(以下略)」

(筑摩叢書・大和・草間訳)

(Magdalene Washing Christs Feet by Sir Frank Dicksee)

ヒルティはユダを「キリスト者」と呼んでいる。なるほど、ユダもクリスチャンの一類型なのか。

本日ヒルティが取り上げている箇所は、nikkouが以前から個人的にとても好きだったところ。
イエスがらい病人シモンの家でお話しているところへ、ひとりの女性が入ってくる、という、いわゆる「ナルドの香油」と呼ばれるシーンである。

以前聞いた話で、当時のユダヤ社会では、男性たちの宴席に女性がひとりで入ってくるというのは、ありえないことだったそうだ。しかも、ユダヤの人々は、床にごろごろ横になって食事をするらしい。だから彼女は、ごろごろしている男の人たちを踏み越え、またぎ越し、イエスの元へやってきたわけである。
そして、みんなが呆気にとられて見守るなか、やっぱりごろっと横たわっているイエスの頭の上に香油をそそいだ。ルカ福音書ではさらに、イエスの足もとに回ってその上に涙をそそぎ、長い髪の毛でぬぐったことになっている。
面白いのはユダを筆頭とする男たちの反応である。彼らは口々に彼女をこう非難する。
「なんのためにこんな無駄遣いをするのか。それを高く売って、貧しい人に施すことができたのに。」(8~9節)

ここからはnikkouの想像だが、
これはイエスの最晩年のころのお話だから、たぶん、イエスの周囲にいたひとたちは、イエスの性格や考え方がだいぶ分かってきていて、
「女がこんなところにでしゃばってくるな」とはいえなかったんだろうと思う。
イエスは男女同権主義者だからね。
でも、むかついたから、イエスが以前言った言葉で批判した。
そう、以前、イエスはお金持ちの男に対して、こういっているのである。
「もしあなたが全き者でありたいと思うなら、行って、自分の財産を売り払って、貧しい者たちに与えなさい。」(マタイによる福音書19章21節)
だから、ここでの男たちの批判は、道徳的にも、イエスの今までの考え方からしても、とっても正しい。
ところが、イエスは意外なことを言うのだ。
「なぜ、女を困らせるのか。わたしによいことをしてくれたのだ。」(10節)

これもnikkouの想像だけど、イエスは、決死の覚悟で男たちを踏みまたいできた女の顔色をしっかり読んだんだろうと思う。
「こいつはなんかあるぞ」ってね。
だから、以前お金持ちの男に言ったことと矛盾するけれど、「彼女はよいことをした」といった。
イエスは、この女も、お金持ちの男も、たぶん、とっても愛していたんだと思う。だから、本人にとって一番必要なことはなにか、鋭く見抜いたんだと思う。

イエスはいつもケース・バイ・ケースで、たぶんわざとじゃないんだけれど、行動の規範というか、道徳的なルールをつくることを拒否しているような気がする。
でも、行き当たりばったりではなくって、ちゃんと筋が通っている。
以前、クリスチャンの兄貴が言っていた。
「イエス様の言動って、時々矛盾するんだよね。
でもね、『愛の人格』ということに関しては、ビシーッとゆるがないんだよ。」

「愛」だの「正義」だのって、声高に主張するとうそ臭い。
「クリスチャンは貧しい人に施しをするべし」みたいなルールを作って行動すると、血が通わなくなる。

だから、精神的な規範はゆるがず持っていて、
人間関係の中では、自然体に、柔軟に行動すること。
nikkouが以前から目標にしている「気さくで凛とした人」。
そのお手本は、やっぱり、イエス・キリストである。

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August 22, 2006

内輪言葉じゃなく

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月22日
ときには、敵のほうが正しいこともある。というのは、人間のこころは生まれつきはなはだ利己的であって、どんな論難攻撃をもすべて自分に対する侮辱だと感じるからである。そういう敵の言い分についても、すべての復讐を神にゆだねる習慣をつけると、ずっと公平無私で検討できるようになる。
これに反して、ある人に反対することが義務である場合は、そのあと相手に憎悪の念が固まることのないように、もっとも近い機会に、その人に親愛を示すようにこころがけるべきであろう。なるべく早く親しい言葉をかけるだけでも十分なことが、よくあるものだ。」

(岩波文庫・草間・大和訳)

 たとえ「敵」であっても、批判には謙虚であれ、判決は神にゆだねよ、逆に反対意見を述べる時は気を使え、ってことでしょうか。親しい声をかけるだけで十分、というのは、「まあ、あんまり構えるなよ」ということだろうね。これから実践してみようっと。

 たしかに、人に反対意見を述べなきゃいけないときってある。「裁く」というのとは別だ。
 じつはnikkouは「裁くな」というクリスチャン特有の言い回しがあまり好きじゃない。
「裁く」というのは、キリスト教業界では、裁判をすることではなく、「この人は、これこれこういう人だから駄目だ、と勝手に判断すること」を言う。たしかにあまり良くないことですな。ものの考え方としてはとても大切なことだし、つねに自分に言い聞かせていたいことだと思う。
 ただ、面と向かって「あなたは人を裁いている!」と言うと、時々、正当な批判や意見を封じ込める働きをもってしまう気がします。ましてや、批判された本人が口にしようものなら、それはただの逆ギレではないかと思う。でもまじめなクリスチャンほど、「裁くな」と言われるとドキッとするんじゃないかしら。nikkouはあまりまじめじゃないからムッとするけど。

 ついでだからもうひとつ、あまり好きじゃないクリスチャン特有の言い回しをいうと、
「恵まれました~」ってのが嫌いだ。
 初めて耳にしたのは、あるゴスペルコンサートである。「コンサートどうだった?」と聞いたら「恵まれました~」と答えが返ってきた。
「恵まれる」という日本語は、基本的に「何に」を伴う。「天候に恵まれる」とか「環境に恵まれる」とか。だからこの場合、「何に?」と聞きたくなる。ふつうに、「感動した」とか、「楽しかった」とか言えばいいじゃん。それでも言い足りなかったら、「演奏者の信仰が伝わってきた」とか「神様の存在を感じた」とか言えばいい。
 その後もしばしば耳にして、その都度、背中がもぞもぞする。

 先日、あるクリスチャンの友人が一般向けの文章に「内村鑑三のこのような言動につまづく人は多い」と書いたところ、校閲者が「つまづく」に線を引いて「意味不明」と書いてきたという。
 クリスチャン仲間では「意味不明なんだねー」と笑い話になっていた。
 でもnikkouの場合、そういう言語感覚を失うことは編集者として命取りかも、とチラッと思った。

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August 18, 2006

たといそうでなくとも

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月18日
悪の霊は、あなたを味方にとることも、おどすことも望めなくなると、
こんどはあらゆる悪の助手や手先をつづけざまにあなたのところにさし向けて、
悪の霊の許可がなければ完全には持続できない世間の人気を、あなたから奪い去ろうとする。
ときにはあなたのごく身近な人びとまでが悪の仕事に手をかさねばならぬこともある。
(中略)
こういうことが始まるならば、一般によい兆候である。
なぜなら、われわれはしばしば、全く自分の意志に反して、戦いに動員されることがあるからだ。
問題はいつもながら、時と永遠の国を賭けての大勝負に、最後はだれが勝つかということである。
(以下略)」

(岩波文庫・草間・大和訳)

今日のヒルティの話は、イエスのことば
「人々に憎まれるとき、また人の子のために追い出され、ののしられ汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。」
を思い出させる言い方だけど、もうすこし具体的な状況が念頭にある感じ。
たとえば戦時中、イエスのことばをもとに戦争反対を表明するとか。

わたしの通う教会の最初の牧師尾島真治は戦時中、日本基督教団に入ることを拒否、ご他聞にもれず憲兵にしょっぴかれ、これまたご他聞にもれず牢獄でも伝道をしたという人。
ただ、その牢獄でクリスチャンを続々生み出し…というような「安利淑著『たといそうでなくとも』的」愛と涙と感動のドラマは聞かないので、まあ、おそらく周囲の囚人や看守には煙ったがられていたんじゃないか、とひそかに思っている。nikkouにはむしろそのほうが好ましい感じがする。
もちろん、戦時中の牢獄で続々、囚人を改心させる名牧師なんてのは大変すばらしいと思うけれど、nikkouとしては、そこで尾島さんに出会っただれかが、戦後ふっと「そういや、あのころへんなキリスト教親爺がいたなあ。なんだっけ、『貧しきものは幸い』とかって言ってたっけなあ、うまいこというなあ」と思ってくれるくらいでも、いいなと思う。

『たといそうでなくとも』というのは、戦時中、日本支配下の朝鮮で、神社参拝を拒否し日本軍に拘束された安利淑という女性の手記である。
拘束されていた監獄で、続々囚人を改心させた様が感情豊かに描かれている。
数年前、友人が貸してくれた。この友人は、韓国の神学校に留学して牧師になった人で、「この本に出会うために、自分は韓国に行ったんだと思う」とまで言っていた。
日本が、他国で神社参拝を強制したことや、
拒否するものは容赦なく拘束したこと、など、
今の日本人のほとんどは知らないだろう。
わたしも知らなかった。
また、その深刻さも、多くの人は、じつはあんまりピンとこないだろうな、と思う。神社に行ってもべつになにも減るわけじゃないし、頭さげてりゃいいじゃん、ってね。「こころの問題」と言っている小泉さんは、よく分かるかもしれないけど。

本はもう、だいぶ前に返してしまった。
でも、冒頭の神社参拝の強制のシーンと、
監獄で聖書を取り上げられてしまったのだが、暗記していたからだいじょうぶだった、
というところだけは覚えている。
そのほかの多くのシーンは、
もう少し客観的な裏づけや時代背景や朝鮮の状況に対する説明がほしいな、と思った記憶がある。

以前、韓国のマスコミが特別番組を組んで、某A級戦犯の孫を取材し、
その様子をさらに日本のマスコミが取材する、という番組を見た。
彼女は韓国のマスコミに「なぜ、韓国の人たちが首相の靖国参拝に反対しているか、分かりますか」と問われて、「なぜでしょう。わかりません。」と、薄く笑った。
その場で韓国の人に「わたしたちは、あなたのことを理解したいと思ってこうしてお話を聞いているのに、あなたがわたしたちのことを知ろうとしないのは、たいへんつらく悲しいことです」と言われて、さすがに決まり悪そうにしていた。
『たといそうでなくとも』の背景説明や裏づけがほしい、とか言ってる自分も、韓国の人から見ればおんなじようなものかもしれない。
彼女は、その後、韓国の人たちがなぜ首相の靖国参拝に反対しているのか知ろうかな、という気にはなられたのだろうか。

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August 15, 2006

静かに祈る日

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月15日
(前略)
キリストでさえも、こういう人たちには、ときとして腹をたてた。

マルコによる福音書9章19節
『ああ、なんという不信仰な時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまであなたがたに我慢ができようか。』
同6章46節
『そして群集に別れてから、祈るために山へ退かれた。』」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

今日は、敗戦記念日。
千鳥が淵の戦没者墓苑にお祈りに行ってまいりました。

海外のジャングルの中に朽ち果てつつあったお骨を集め、納めているというそのお堂の前で、
わが祖父たちも、ひとつ違えば、ここにいたのだろう、と
ぐっと胸につまるものがありました。

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戦争中は
きっと、だれもが心傷つき、
そして、だれもが、罪を犯したのだろうと思います。
だから、
人の心の弱さや傷をいたわり、
また、罪を余さず見通して裁き、
赦したまう
われらが主イエスの十字架を思い、御名を通して、
堅く手を組んで祈りました。

今、世界中でやまぬ戦争の中で
多くの心が傷つき、また罪を犯していることと思います。
そのすべてを主イエスが癒し、裁き、赦したまうことを祈ります。

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August 13, 2006

奈良放火事件の高校生のために祈ろう

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月11日
人間を愛する事ができなければ、
かれらを恐れざるをえない。
かれらに対して無関心になることはできないし、
かれらからすっかり縁を切ってしまうこともできないからである。」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

ヒルティは本当に面白いことを言う。
人を愛せない者は、人を恐れる。

逆にいえば、愛している相手は怖くない。
相手が怖いのなら、愛してみよ。
イエスの言葉に置き換えると「汝の敵を愛せ」ということか。

奈良の高校生が、家に放火して義理のお母さんと妹を殺してしまったという事件について、nikkouの周囲の男性たちがえらく同情している。
彼は、本当はお父さんを殺したかったのに、怖くて殺せなかったという。
ヒルティの言い方でいえば、彼は、
愛することができず、無関心でもいられない父を、恐れるしかなかったんだろう。

男の子は、10代の後半くらいに、一度は彼と同じような思いを抱くものなのか。
nikkouの聞いた限りでは、
一度、父親をぶん殴ったら、「あ、俺、親父を超えてた」と気づいて楽になった、という実力行使派もいれば、
ひょんなところでお父さんのみっともない姿を見て、お父さんが怖くなくなったという人もいる。
クリスチャン男性の中には、
自分の罪が主イエスにあって許されていることに気づいたとたん、
相手のことも許せるようになったという人がいた。
だれもが、
「もう少し早く、お父さんは怖くないって気づいていれば、あんなことにならなかったのにねー」という。

クリスチャンの友人たちの中でも奈良の彼のことが話題になった。
それぞれ、お父さんとの葛藤を乗り越えてきたという男性たちが口々に、
「お父さんも自分も同じ、神の被造物であることに、彼が気づくといいよね。」
「それに、自分の罪もお父さんの罪も主には赦されていることにも気づくといいね。」
と言う。
親も子も、神の被造物とは、なんとまあ究極の平等思想であることよ―と、nikkouもクリスチャンながら、これはすさまじく新鮮な発想でした。
自分の親をそういう観点から見たことは一度もなかったし。
新聞で読むかぎり、ほんと、あの親子にはそういう「考え方」というか「救い」が必要かもしれないね。
ふたりの心が癒されるよう、祈ろう。

ちなみに女子も、お父さんが嫌いになる時期というのはある。
我が家もわりに、勉強しろ勉強しろとうるさい親でしたが、
対抗して、「風呂からフルチンで出てくるな」とか「うんこした後に手を洗わないであちこち触るな」とか「散歩ばかりして犬みたいだ」とか「ウヨク!」とか、と、
妹たちが言うには、「お姉ちゃんが一番お父さんをいじめていた」そうです。そうかなー。父さんごめんよ。でも、自分には父が「怖い」とか「超えねば」という意識はなかったように思います。自分の方向性を模索する時期になんとなーく「わずらわしい」と感じる存在ではあったけれど、結果、特に道もそれず、トラウマも感じずにここまできたのは、うちの親がまあまあよく出来た人たちだったんだろうか、とも思います。
この長いつきあいのなかで、今では両親ともnikkouの価値観もきっと誰よりも理解してくれていて(というかあきらめていて)、父とも母とも仲良しです。

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August 06, 2006

あなたはわたしたちの轍をふまないで

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月6日

(前略)
どんな人間であっても生涯の終りごろには多少の差はあっても、あのアンゲルス・ジーレジヴ(十七世紀ドイツの非常にすぐれた宗教詩人)の美しい歌に賛同せざるをえなくなるであろう――『ああ、こんなに年がいってからおんみを愛するようになろうとは!』(同胞讃美歌481番)。あなたは、わたしたちの轍(てつ)をふまないで、もっと早くから神を愛するようにしなくてはならない。」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

今日はヒロシマの原爆投下日。
「あなたは、わたしたちの轍(てつ)をふまないで」とヒルティ。なかなか、そうならないのが人間の愚かしさなんでしょうかね。少し前までは、核不拡散条約なんかが話題になって、もう世界から核がなくなる日は近い、みたいな論調が盛んだったのに、ここへきても核がなくなる気配はなく。

Yoropa
今日の礼拝はヨブ記。
原爆投下の日にヨブ記を読むのは趣き深い。
なぜ、神はサタンにヨブを預けてしまったのか。
なぜ、神は、人間たちの戦争のさなか沈黙されるのか。
…それに関わるいろーんな本を読んだし、なるほどと思うこともたくさんあったけれど、nikkouの実体験が伴わないと生意気な「お説教」になっちゃうので、書かない。
ちなみに、その手の本の中では、岩波ジュニア新書『ヨーロッパ思想入門』岩田靖夫の「ヘブライの思想」がすごく良かった。
ちょっとだけ言うと、神が沈黙するのは、「人を愛しているから」だそうです。
…どーゆーこと?と思った方は、ジュニア新書をどうぞ。

朝からすさまじく暑かった今日は、エアコンのある階下の英語教室を使って礼拝。ふるーい礼拝堂にはエアコンがないんです。
輪になって礼拝というのは、とてもいいものでした。

nikkouの実家も、わたしが25歳で家を出るまで、エアコンがなかった。
ひろーい縁側とひろーいお庭のある風通しのいい豪邸だったわけではありません。東京のど真ん中の団地でした。
東京のど真ん中の団地でエアコンのない部屋というのは、ヒート・アイランドならぬ、ヒート・ピンポイント状態。
両隣のエアコンの廃気にがんがん煽られて、東京中で一番あつい家族だったんじゃないかと思う。
猛暑の年も、家中の窓と、ドアを開け放って暮らしていました。
6人家族の全員が、ひとり一台扇風機をもっていて、
食事時になると自分の扇風機をつれて食卓につどい、
うしろからあたる扇風機の風で、全員が髪を逆立てながらメシ食ってました。
熱帯夜ともなると、あまりの暑さに少々こわれた妹が徹夜し、
nikkouは布団があつい、と畳の上で寝ました。

おかげで、冷房に弱いからだになってしまい、会社の冷房ですぐ風邪をひく。
家では、今日も昨日も、エアコンをつけず、窓とドアを全部開け放して、風を入れてすごしました。
ここ一週間は、体が岩になったみたいな肩こりになやまされてる。エアコンのせいだと思う。
葛根湯をのみながら、
アフターファイブにはヨガにいったりマッサージにいったり岩盤浴に行ったり。
ヨガでもマッサージでも、おもわず「あ゛~~~~~~~」と声がでそうなくらい気持ちが良かった。
この気持ちよさを味わえることは肩こりの特権だ。どうだ、うらやましいだろう。

来週は、シンガーズの第二回目リハーサルです。
こんどは前よりもうちょっと音を覚えたから、もっとちゃんとシェアできると思うよ。
加えて、今井館での「さんびの会」で武義和さんが教えてくれた讃美を1曲やる予定。
今日、牧師に「これ、ギターで弾いて」と楽譜を持っていったら、
「編曲 武義和」のメモを見た彼が、「武さん!?」と飛び上がって、
しばらく一家騒然としました。
なんでも、現牧師の弟の高校時代の恩師だそうで、
「武先生が好きであの子は学校に行けたようなものだ」
と、お母様が遠い目をしてました。
It’s a small world!

シンガーズのリハーサルは川崎教会礼拝堂にて2時から3時。
どなたでも歓迎です。

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August 03, 2006

悦んでやれないこと

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月3日

しかし、よく理解してほしいのは、
あなたは神の声に、ただ喜びいさんで、自発的に聴き従わねばならぬことである。
神に対する畏怖や、人間に対する恐怖から、
いやいやながら従ったり、
またなんらかの不純な思惑があって従ったりしてはならない。
ある特定の事柄においては、まだそれができないことも往々にしてあるが、
そのときは、神がそうすることに対する悦びを授けてくださるまで待つがよろしい。
そのさい、あなたが誠実であれば、きっとそのことがかなえられるであろう。
だが、逃げ道を求めたりすれば、
それは与えられないだろう。」

(岩波文庫:草間・大和訳)

なんでも、嫌々でなく、喜んでやれ、とはパウロも言っていることだけど、
嫌々やるくらいなら、
喜んでやれるようになるまで待ちなさい、
・・・というのがヒルティ。
こんな現実的な発想が、ヒルティのいいところ。

昨日は、手話讃美「風の音」の練習。
いよいよ迫り来るろうあ教会での讃美にむけて、
横一列に整列して、
見栄えのいい形にそろえたり、
ちょっと輪唱にしてみたり、
と、腕をみがきました。
ちょっとしたサインダンスです。
われながらかっこいい。

帰宅して、
川崎のシンガーズ(名前はまだない)では、
いつかはこの曲もあの曲もやろう、と
いままで歌ってきた歌詞カードや録音をひっくり返して
妄想していたら、いつのまにか深夜になった。

讃美に関しては、
「そうすることに対する悦びを授け」られているようであります。

そういえば、3年ほど前、地元のCDショップでゴスペルのCDを見ていたら、
外国人から声を掛けられました。
フィリピンから来たパウロさんという人で、
しばらくnikkouもおぼつかない英語で立ち話をしていたのですが、
ふと、「もしよかったら、わたしがいま使命を負っている学生伝道を一緒にやってくれないか」と言われました。
きわめて真面目そうな方で、アヤシゲな様子はないのはよく分かったのですが、
「学生伝道をするビジョンは、今のわたしにはない!」と断ったところ、
なぜか必死な形相で
「せめて話だけでも聞いてほしい」と追いすがられました。
「いや、あなたのことは祈るからっ、祈るからっ、でも、今わたしにそのビジョンはないからっ」と
nikkouも必死に振り切って
CDショップから出てきてしまいました。
本気で気が進まなかったんだもん。
だいたい、CD屋で、ナンパみたいに、いきなり話を振るなよ。

その後、一度も会いません。
パウロさん、がんばってるのかなー。
その後、「悦んで」一緒にやってくれる仲間は与えられただろうか。

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