« 静かに祈る日 | Main | 内輪言葉じゃなく »

August 18, 2006

たといそうでなくとも

『眠られぬ夜のために』第二部

「8月18日
悪の霊は、あなたを味方にとることも、おどすことも望めなくなると、
こんどはあらゆる悪の助手や手先をつづけざまにあなたのところにさし向けて、
悪の霊の許可がなければ完全には持続できない世間の人気を、あなたから奪い去ろうとする。
ときにはあなたのごく身近な人びとまでが悪の仕事に手をかさねばならぬこともある。
(中略)
こういうことが始まるならば、一般によい兆候である。
なぜなら、われわれはしばしば、全く自分の意志に反して、戦いに動員されることがあるからだ。
問題はいつもながら、時と永遠の国を賭けての大勝負に、最後はだれが勝つかということである。
(以下略)」

(岩波文庫・草間・大和訳)

今日のヒルティの話は、イエスのことば
「人々に憎まれるとき、また人の子のために追い出され、ののしられ汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。」
を思い出させる言い方だけど、もうすこし具体的な状況が念頭にある感じ。
たとえば戦時中、イエスのことばをもとに戦争反対を表明するとか。

わたしの通う教会の最初の牧師尾島真治は戦時中、日本基督教団に入ることを拒否、ご他聞にもれず憲兵にしょっぴかれ、これまたご他聞にもれず牢獄でも伝道をしたという人。
ただ、その牢獄でクリスチャンを続々生み出し…というような「安利淑著『たといそうでなくとも』的」愛と涙と感動のドラマは聞かないので、まあ、おそらく周囲の囚人や看守には煙ったがられていたんじゃないか、とひそかに思っている。nikkouにはむしろそのほうが好ましい感じがする。
もちろん、戦時中の牢獄で続々、囚人を改心させる名牧師なんてのは大変すばらしいと思うけれど、nikkouとしては、そこで尾島さんに出会っただれかが、戦後ふっと「そういや、あのころへんなキリスト教親爺がいたなあ。なんだっけ、『貧しきものは幸い』とかって言ってたっけなあ、うまいこというなあ」と思ってくれるくらいでも、いいなと思う。

『たといそうでなくとも』というのは、戦時中、日本支配下の朝鮮で、神社参拝を拒否し日本軍に拘束された安利淑という女性の手記である。
拘束されていた監獄で、続々囚人を改心させた様が感情豊かに描かれている。
数年前、友人が貸してくれた。この友人は、韓国の神学校に留学して牧師になった人で、「この本に出会うために、自分は韓国に行ったんだと思う」とまで言っていた。
日本が、他国で神社参拝を強制したことや、
拒否するものは容赦なく拘束したこと、など、
今の日本人のほとんどは知らないだろう。
わたしも知らなかった。
また、その深刻さも、多くの人は、じつはあんまりピンとこないだろうな、と思う。神社に行ってもべつになにも減るわけじゃないし、頭さげてりゃいいじゃん、ってね。「こころの問題」と言っている小泉さんは、よく分かるかもしれないけど。

本はもう、だいぶ前に返してしまった。
でも、冒頭の神社参拝の強制のシーンと、
監獄で聖書を取り上げられてしまったのだが、暗記していたからだいじょうぶだった、
というところだけは覚えている。
そのほかの多くのシーンは、
もう少し客観的な裏づけや時代背景や朝鮮の状況に対する説明がほしいな、と思った記憶がある。

以前、韓国のマスコミが特別番組を組んで、某A級戦犯の孫を取材し、
その様子をさらに日本のマスコミが取材する、という番組を見た。
彼女は韓国のマスコミに「なぜ、韓国の人たちが首相の靖国参拝に反対しているか、分かりますか」と問われて、「なぜでしょう。わかりません。」と、薄く笑った。
その場で韓国の人に「わたしたちは、あなたのことを理解したいと思ってこうしてお話を聞いているのに、あなたがわたしたちのことを知ろうとしないのは、たいへんつらく悲しいことです」と言われて、さすがに決まり悪そうにしていた。
『たといそうでなくとも』の背景説明や裏づけがほしい、とか言ってる自分も、韓国の人から見ればおんなじようなものかもしれない。
彼女は、その後、韓国の人たちがなぜ首相の靖国参拝に反対しているのか知ろうかな、という気にはなられたのだろうか。

|

« 静かに祈る日 | Main | 内輪言葉じゃなく »

「2 眠られぬ夜のために」カテゴリの記事

Comments

Itsumonagara yomase masune.sugi

Posted by: kkss | August 21, 2006 at 08:41 PM

日本と韓国と北朝鮮と中国
4つの国の首脳がお互い顔を突き合わせて、じっくりと話が出来る日が来ると良いですね。

Posted by: y.yamaguchi | August 21, 2006 at 10:37 PM

>その場で韓国の人に「わたしたちは、あなたのことを理解したいと思ってこうしてお話を聞いているのに、あなたがわたしたちのことを知ろうとしないのは、たいへんつらく悲しいことです」と言われて、さすがに決まり悪そうにしていた。

わかる、わかるnikkouさん。
これって、それだけで人と付き合う資格ないと思うな。
人の痛みを知ることから、人間同士の理解って始まるでしょうに。

Posted by: ゴトウ | August 22, 2006 at 10:25 PM

>祖父上
 Thank you!

>yamaguchiさん

本当に。中国と朝鮮半島と日本と、過去と現在と未来はみんなからみあってつながっているんですね。
こないだ、偶然、川崎駅の「みどりの窓口」で横田めぐみさんのご両親が新幹線のきっぷを買っているところに居合わせました。一瞬、「あれ、だれだったっけな、ご挨拶しなきゃ」と思ってしまいました。周囲の人はだれもなにも言わず、そっとしてました。
その場で思わずお祈りしたんですが、そのときしみじみ、個人と世界と過去と未来ってつながってるんだなあ、と思いました。

>ゴトウさん

そう、この発言と表情はかなりショックでずっと忘れられないんですよ。
この方の、姪御さんにあたる子とnikkouとは中高の同級生なのですが、同級生いわく「自分の親の世代は周囲からかなりいじめられた」そうです。だから意地になってるのかなあ、とか、いろいろかんぐっちゃったりして。
この方の心にも平安があたえられるよう、祈ったがいいのかな、なんて思います。

Posted by: nikkou | August 22, 2006 at 11:27 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91294/11496921

Listed below are links to weblogs that reference たといそうでなくとも:

« 静かに祈る日 | Main | 内輪言葉じゃなく »