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November 30, 2006

イワキさんのこと

『眠られぬ夜のために 第二部』

「11月30日
ある人間の生涯の最も偉大な日とは、みずからの歴史的使命、すなわち、神がこの世においてかれを必要としておられる所以(ゆえん)をかれがはっきりと悟り、かれがいままで導かれてきたすべての道がそこに通じていることを理解した日である。」

(筑摩叢書・前田敬作訳)

自分の「歴史的使命」なんて、死んで、天国行って、自分のない世を見て、ようやく分かったりするんじゃないか、と思う(最近、ヒルティに楯突き気味のnikkou)。たしかに、自分でそれが分かれば、とても幸せだろうな、とは思うけれど。

「のだめカンタービレ」を読んでいて、ふと、オーケストラを聴きに行きたいな、と思い、「そういえば、イワキさん、もう、いないんだ」と気づいた。

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イワキさん。岩城宏之。NHK交響楽団やオーケストラアンサンブル金沢の指揮者。nikkouがいま本を作る仕事に就くことになった原因の3割くらいはこの人の影響だ。

nikkouは最初、教師になろうと思っていた。順調に教員免許を取得する準備をしていた大学3年生の春に、小遣い稼ぎのため学生課に出ていた広告を見て、某出版社のアルバイトに行った。
そこの編集者さんが、岩城宏之のエッセイ集を作っていた。nikkouも、切り抜きをしたり、ワープロで清書したりしてお手伝いした。時々イワキさんから電話がかかってきて「今、N響の控え室なんだけど、今夜渋谷の喫茶店に来て、って言っといてください」なんて伝言を頼まれたりした。
作曲家の黛敏郎がなくなった当日、担当の編集者さんは上野の音楽堂の喫茶室に打ち合わせに出かけ、帰ってきて「イワキさんが、大きな声でぼくの名前を呼ぶから、喫茶室中の注目を浴びて恥ずかしかった」なんて言い、nikkouはバイト仲間と「黛さんが亡くなった日にイワキさんとお話しているなんて、どこのバイオリニストかピアニストかって思われたんじゃないの?」ときゃあきゃあからかったりして、まあ、不謹慎ながら、いたってミーハーなのでありました。

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エッセイ集が出来た朝、会社に行くと、nikkouのバイト机に、わざわざ封筒にいれたエッセイ集が載っていて、じーん…とした。

そして、そのとき、初めて知りました。
本って、最初から書く人がいて、それを印刷する人がいて、出来上がって本屋に並ぶんだと思っていた。
でも、なにもないところから、編集者が企画をたて、執筆者に依頼にいき、それから執筆が始まるということもあるんだ。編集者になれば、読みたい本は、出るのをただ待っているんじゃなくって、自分で「書いてくれ」って頼みに行けるんだ。

それから、イワキさんの本は、全部読んだ。「のだめカンタービレ」も顔負けの抱腹絶倒芸大青春記「森のうた」と個性的な音楽家が楽しい「フィルハーモニーの風景」が、とくに大好き。

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コンサートにもせっせと通った。イワキさんが「『不調法でクラッシックはわかりません』なんて言うな。『楽しい』とか『楽しくない』とか言いなさい」と書いていたので、素直に「今日はへんてこりんな音楽で疲れた」とか「へんてこりんだけど面白かった」とか「なんだか胸がきゅんとする音楽だった」とか「眠かった」とか、素朴に楽しんだ。実際、イワキさんは、現代音楽の初演魔とかでへんてこりんな音楽が多かった。でも楽しかった。特にオーケストラアンサンブル金沢は、こじんまりしていて、お客さんと距離が近くて、わくわくした。

いつか、nikkouもイワキさんの本を作ろう、と決意して、教職を蹴って出版社に就職した。就職したら、新しいことを覚えるのに必死で、イワキさんは忘却のかなたへ。
昨年の年末、テレビをつけたら、イワキさんが一晩でベートーベンの交響曲を全部振る、という特集をやっていた。そのお顔を見て、「すごい老けた!」とびっくりした。どうしよう、忘れてた! 早くイワキさんのところに行かなきゃ! と思っていたら、まもなく訃報を聞いた。

イワキさんがきっかけで、ここまで来た。それが良かったのか悪かったのか、さっぱり分からないけど、今、こうして思い出して書いているだけで、本当に楽しくて楽しくて、ああいいときを過ごせてたんだな、と思う。それだけでも、いいかな、って思う。

世界の歴史にとって、岩城宏之が偉大な音楽家であるかどうか、nikkouには分からないけれど、―イワキさん、nikkouの歴史には、とっても大きな意味を持っている人。

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November 29, 2006

敵か友か、のその先が

『眠られぬ夜のために』第二部
「11月29日
わたしは、わたしの生涯のすべての時期にわたって、多くの敵をもってきた。しかし、どの敵もわたしをすこしも傷つけなかったばかりか、多くの敵は、わたしに積極的な利益をあたえてくれた。その反対に、友人たちからは、概して本当の励ましを受けたことは、ごくまれであった。わたしのこの経験を生かしていただきたい。
友情は、きわめて高貴な宝である。そして、敵をもつということは、つねに不快なことである。
しかし、真の内的および外的進歩・向上との比例からすると、人びとは、友人(味方)をあまりに熱心に求めすぎ、敵をあまりにもはなはだしく、また不必要に恐れすぎる。」

(筑摩叢書・前田敬作訳)

・・・なんか、ヒルティって時々やなじじい、あ、もとい、前向きな人ですねー。

b_say_soさんが、ずっと前の記事にリンクを貼ってくださっていた。ありがとう。そういえば、そんなことを書いたことがあったなあ、と気恥ずかしく思い出しました。
あれから、少しは進歩したかというと、ぜんぜんそんなことなくって、あいかわらず人付き合いが下手でおります。

ヒルティ翁が言いたいのは、「敵は全面的に悪じゃないし、友は全面的に善じゃない」ということなんだろうと思う。
それは分かるんだけど、nikkouが悩むのはその先なんだよな、と思う。敵味方の二色じゃないのは踏まえた上で、その間の「親しさのバリエーション」というか「グラデーション」Amitenscaleってのが難しい。相手はそのどこに属しているんだろう、ということが、この歳になってもよく分からない。
だから、ぐーっと近くまで迫りすぎて誤解されたり、逆に距離をとって無礼に思われたりする。それで傷つけた人たちには申し訳ないとも思う。
…そして、その都度、正直、「ああむずかしいなあ」と思ったりする。

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ただ、敬虔ぶるわけじゃないけれど、nikkouにとって主イエスとの出会いはやはり特別だったデスヨ。肉体をもった生身の人間との出会いを、「出会い」のすべてだと思っていた自分にとって、人間ではない「人格」との出会いは衝撃的だった。さもなくんばこの国でクリスチャンやってません。(一年に最低3回は言われるよね、「日本人はクリスマスと除夜の鐘と初詣を同時に楽しめるという寛容で素晴しい国民なのであって、日本人のくせにキリスト教だけっていうのは、とても不健康なんじゃないの?」って。)

韓国の教会の熱狂的な祈りにびっくりした、と書いたけれど、
ここだけの話、nikkouだって、たまには涙をぼたぼた垂らして、カレシの胸板を叩くがごとく、畳をこぶしで叩いて祈ること、あります。…ただし、人間様が誰も見てみないところでなら、だけど。
他人に関しても、うっと言葉につまる、という涙には感動するんだけれど、だらだら涙を流して泣かれると、つい引いてしまう。…なんていうか、生の感情に触れたくないし、見せたくないんだな。

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先日、某出版文化賞のお祝いのパーティに出た。あいかわらずnikkouは初対面の人たちとの距離感がわからなくて所在がなかった。にもかかわらず、同僚から「nikkouはしゃぎすぎ」と笑われて、…もー出家しちまおうかなー、でもプロテスタントのキリスト教には「出家」って制度自体がないんだよな…なんて考えてた。
二次会でへろへろ酔っ払っていたら、おりしも、nikkouを笑った同僚がやっぱりへろへろ酔っ払った顔で言った。「以前さ、もう出家してやろう、禅宗にしようか浄土宗にしようかくらいまで追い詰められてたらさ、この人(同席していた著者。国文学者。)の本が出てさ、もう、1ページごとに泣けて泣けて、ああ、まだこの社会から逃げたらだめだ、って思ったんだよね」
「それは、自分も編集者としてもうひと働きしなきゃ、って意味ですか。それとも、出家したら本が読めなくなるってことですか」と聞いたら「いやあ、そんな単純なことじゃなくってさあ、なんていうか、…いい本だったの」と言われた。よくわかんねーや。

話をもとにもどすと、主イエスは、「神の国と神の義をまず求めなさい」と言い、「神の国はあなたがたのただなかにある」と言うから、人々のただなかで、わが主を求め続けるしかないのかなと思う。

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November 28, 2006

愛されている物語

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月28日

  すべてを神に
ときおり勇気がくじけようとも
かたく、かたく神に頼れ、わが心よ、
自分の勇気でなしとげたものはなに一つない、
おのが勇気をたのむな。
そうすればおまえの一生の道は転じて、
みめぐみが注ぎはじめる。

そうすれば、主の力はいやまさり、
もはや古きおまえでない
おまえの姿の中で、主がはたらかれ、
闇と光、
人間とキリストとが
ぶっつかり合うことはない。」

(岩波文庫・草間・大和訳)

…草間先生、大和先生、名訳であります。すばらしい。

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ある朝、会社のエレベーターの中で、先輩から「のだめカンタービレを見てたらnikkouを思い出した!」といわれた。(ただし、上野樹里に似ているという意味ではないらしい…。)

「のだめカンタービレって、どんなんですか?」と聞くと、
「んーと、すごい変。」
「に、nikkou、変ですか?」
「あ、ちがうちがう、のだめが変なの」
「でも、今、のだめとnikkouは似ているって…」
「……(笑)。」

なんだ、その「(笑)」は。
だいたい周囲の心情に頓着しない無神経な登場人物が出てくると「nikkouに似ている」と言われるので、いや~な予感を持ちながら、読んでみました「のだめカンタービレ」。

…なんだ、かわいーじゃないですかぁ、のだめちゃん。

今や、すっぽりはまってしまって、繰り返し繰り返し読んでいます。
なにがいいかって、のだめちゃんは、周囲のひとたちにとっても愛されているんだよね。多少の試練はあるけれど、いつもどこへ行っても彼女を愛する人がいる。

最近ずっとアウンサンスーチーさんの関連書を読んでいたから、とくに気が晴れ晴れするのかも。たとえフィクションでも、やはり、虐げられている物語より、愛されている物語のほうが、元気になる気がする。

アウンサンスーチーさん、批判的な本も含めて読んで、やっぱり素晴しい人だな、と思った。虐げられた生活の中でも、「慈悲」をもって、豊かな国にしていきたい、という訴える言葉には、胸打たれる。
だから、ビルマ(ミャンマー)の民主化が進みますように、と祈ってやまないし、応援している。

Kibounokoe
ただ、一つだけだけ。アウンサンスーチーさんの宗教観から、「上座部仏教って自分にきびしいなあ…」という印象は持った。
インタビュー集『希望の声』のなかでは、アウンサンスーチーさん、こんなことを言っている。

(民主化運動に必要なものは?という問いに)「働くこと、行動すること、そして自分に頼ること。(中略)自分に頼ることは、とても仏教的です。わたしたちには『結局、頼れるのは自分だけだ』ということわざがあります。」(p188下段)

なんだか今日のヒルティの「おのが勇気に頼るな」という言い方と対照的な印象です。
どっちがいいとか悪いとかじゃなくって、ただ、考え方の違いがよく出ているなー、という感じ。
アウンサンスーチーさんはネルソン・マンデラ氏やキング牧師とはまた違った形で、人々を率いて社会を変革していくのかもしれないな、と思う。とっても大変だろうけど、なんだか楽しみな気がする。

この運動に必要なのは「尽きることのないあわれみと力がその人に備わっていることが必要です。」と言うアウサンスーチーさんの、力の源は、やはり周囲の人たちの愛情なんだそうだ。
厳しい状況のなかで、家族や仲間たちの愛情の話は、やっぱり読んでいて元気になった。
主よ、この正しい人に、豊かに豊かに尽きることのない愛を注いで、その働きを助けてください。
敬虔な仏教徒のアウンサンスーチーさんのために、ヤハウエの神に祈る、というのも妙な感じだけれど、
彼女は、「クリスチャンがいう『神は愛なり』とはすべての宗教の核心だ」とも言っているのだから、ゆるしてもらえるんじゃないかな、と思う。

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November 24, 2006

煮凝りがでそう

『眠られぬ夜のために』第二部
「11月27日
もしわれわれが、自分にたいしても、また他人にたいしても、十分真実で純朴な態度でのぞむ習慣を身につけようとし、また実際そうすることができたならば、非常な進歩をとげるであろう。(以下略)

(岩波文庫:大和・草間訳)

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もうすこし、韓国の話、続けます。
日曜日は、新一教会にて、午前の礼拝、お昼の「日本語礼拝」そして、夕拝の三回、礼拝に出席しました。その三回とも、特別讃美をさせていただきました。

この日は朝からカルチャーショックの連続。教会に向かう地下鉄の中では、物乞いをする身障者の方に出会い、強いショックをうけました。
新一教会の大きさにもびっくり。そして午前の説教内容は、とても政治的。聴衆を見渡すと、食い入るように聞いていて、この国では、キリスト教会の政治的な影響力は大きいんだろうなあ、と思いました。

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ここでも「we are one」と「主は道をひらかれる」の二曲を讃美しました。(みなさんやっぱり、手拍子がすこぅしずれていた。)
二曲の間に、リーダーのえっちゃんが
「DMZを見学して、朝鮮半島の人びとが負ってきたことを何も知らなかった自分を恥じ、悔いあらためました。」
と証し(スピーチ)をしました。nikkouも同感。DMZ見学から一夜明けて、自分が言えるのは、やはりそれ以上でもそれ以下でもないんだよな、と思った。それでも、この教会の長老さんは「素晴らしい証しだった」とおっしゃっていた。「知る」だけで、溝が狭まる、ということは確実にあるんだと思う。

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昼の日本語礼拝は、日本語のできる年配の方と、それから、日本の興味のある方たち20人ほどが出席していました。日本語礼拝では「大切な人」を手話つきで歌ったのですが、涙ぐむ方もおられて、今回の聴衆のなかで、一番反応が良かった。
メッセージをされた伝道師の趙さん(写真右)は日本で育ったとのことで、一日中、通訳もしてくださいました。彼がそばにいると、ほっとしました。言葉が通じるだけで、こんなにも心理的な距離感がなくなるんだなあ、と実感しました。やっぱり、外国語はできたほうがいいなあ。ハングルも勉強してみようかな。

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新一教会のおもてなしも、とても手厚く、もう、おもてなし「攻撃」だね、とおもわずささやきあってしまったほど。
たとえば、
韓国のりをダンボール一箱ずつ(!)お土産にくださったり、
長老さんのおひとり(金大中元大統領の防衛省副大臣だったという方)が、全員をホテルのディナーに招いてくださったり、
「韓国の十字架のネオンが見たい」とだれかが言えば、バスに全員を乗っけて高台まで連れて行ってくれたり、…もう、「おもてなし」に上限というものがありません。「おもてなし」をどぼどぼ注がれて、あっぷあっぷしちゃう感じ。
今後、nikkouの身近に、韓国から来日した人がいたら、思いっきりおもてなししてやるからな、とリベンジ(?)を誓いました。

そんなこんなで、本当に充実の3泊4日。ピアノのみゆきちゃんが、「濃すぎて、毛穴から煮凝りがでそう」なんて言ってた。同感です。
毎日カルチャーショックで気の休まる暇もなかったけど、カルチャーショックというのは、とても大切なことね。許容範囲が広くなるというか、自分の無知ぶりを知って謙虚になれるというか。
でも、これは、きっかけに過ぎないんだと思う。韓国に関する本をどんなに読んでも、韓国について報じたテレビを見ても、こんなにも強いインパクトを受ける事はないだろう。直接、韓国の生活に触れると、理屈などふっとんでしまって、ただ「真実で純朴な態度」にならざるをえない。
心底、韓国を愛し、韓国のために祈れるようになりたいと思いました。

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November 22, 2006

DMZ(非武装地帯)でみたもの

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月20日

地上における神の国とは、
ありとあらゆる困難と戦いながら、
しだいに一定の民族と国土との国民史になり、
さらにずっと後になってはじめて、
すべての真の文明諸民族の普遍史(世界史)にまで伸展していく
ひとつの家族の歴史である。(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

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金網のむこうは、北朝鮮です。

二日目に、DMZ(非武装地帯)を見学してきました。
DMZとは、韓国と北朝鮮の間に引かれた緩衝地帯のこと。
板門店が有名ですが、私たちが見学したのは、野原にえんえんと引かれた鉄条網のほうでした。


Dscn010200011953年に、北朝鮮の捕虜になっていた兵士が釈放され、自由主義陣営である韓国を選んで、「自由万歳」と叫びながら渡ったという自由の橋。橋の対岸は北朝鮮で、鉄条網の上に、たくさんの祈りのことばが貼り付けられている。
1978年、北朝鮮から掘り進んで、ソウルから車で一時間ほどの距離までに及んでいたという地下トンネルや、
望遠鏡で北朝鮮が望める展望台、
そして、統一すれば南から北まで一気に朝鮮半島をつなぐという鉄道の駅も見学しました。

じつは、たーくさん、ブログの原稿を書きました。
なぜ朝鮮半島がそんな状況になってしまったのか、
現在の状況のことを、韓国人のガイドさんがどう説明したのか、
各地点で出会った若い兵士たちの様子、日本語ができる兵士がつぶやいたことば、それを聞いて感じたこと、韓国と北朝鮮の将来…。

でも、読み返してみたら、なんだか、我ながらあまりにも小ざかしくって、恥ずかしくなって、嫌になっちゃった。
だから全部、破棄しました。

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ただ、ふたつだけ、思いを改めさせられた事を書く。

まず、nikkouは、戦争など、もう、はるかかなたの昔のことだと思っていた。
でも、この朝鮮半島は、今もなお「休戦状態」でしかない。
nikkouが「もはや戦後ではない」といわれて以降の社会を豊かに育ってきた、まさにその時期に、
あたらしい戦争の火種を抱えながら、つい最近まで、いや、今もなお、戦争の後片付けをしている国があって、
その「戦争」に、わたしが育った国が、密接に関わっていたんだ。

ふたつめに、自分が「ニッポン」を背負って韓国や中国に「謝罪」する、というのはいまいちぴんとこない、と思っていた。
謝罪すべきは、そのとき、その場で、悪逆非道なことをした本人たちであって、
わたしではない。
だから、「ニッポン人」としてではなく、「人間」として、彼らの隣人になりたい、
「人間」として、「怒り」と「悲しみ」を分かち合いたい、と思っていた。
しかし、この場合に限って言えば、それは、不可能なんじゃないか、と思った。
「ニッポン人」であるという立場であるがゆえに、果たす事のできる「隣人」の責務、というものもあるのかもしれない。

鉄条網に触れながら、ひとり小声で「Make us one」を口ずさみました。
今回のツアーのリーダーのえっちゃんが、ふとわたしの傍らに立って、
やはり小さな声で、和してくれました。

Make us one Lord, make us one.
Holy sprit make us one.
Let's your love flow,
so the world will know,
we are one in You

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韓国の銭湯

『眠られぬ夜のために』第二部

「(前略)
まことのキリスト者の生活は、最後には、内的および外的な勝利の連続となるにちがいない。
けれども、人生の最後の瞬間にいたるまでは、
決定的な勝利―といって悪ければ、そのあとに講和条約がつづくような勝利は、けっしてない。
(中略)
それまでは、敵をあいてに、子々孫々にいたるまで戦いあるのみ!(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

われわれが宿泊したのは、ちいさなゲストハウス。お風呂はユニットバスなので、11人が順番に入る余裕はありません。
やむなく、お風呂屋さんに向かうこととなりました。
ハングルのできるメンバーが、通行人に「お風呂屋さんはどこか」とたずねたところ、ここから10分くらい歩いたところに24時間営業の銭湯があるとのこと。

そこで、厳寒のソウルの夜道を、ぞろぞろと銭湯へと向かうと、なんと、そこは…
…いわゆる「赤線地帯」のど真ん中でありました。
いくつも並んだ細ながーいガラス戸のむこうには、赤い照明が薄暗く灯っていて、ガラス戸に張り付くように半裸の女性たちが2,3人ずつ、こちらを伺っておりました。目のやり場に困るなあ、といいながら、おもわずちらちら見てしまったnikkouでありました。

銭湯は日本だけの習慣だと思っておりましたが、どうしてなかなか、韓国人も銭湯は好きなようです。中はえらく繁盛しておりました。おたがいに、わっしわっしとあかすりで背中を流し合い、ひとりであかすりしている方も、すさまじく真剣。わっしわっし、がっしがっし……ここでも、なんだか迫力がちがう。

脱衣室のテレビでは、なんと、韓国の若者グループが、ドニーマクラーキン「I’m walking」を熱唱中でした。しかもうまい! 今日のビミョーな反応に「ああ、韓国ではゴスペルはまだまだ流行っていないんだなあ」とnikkouちょっとがっかりしておりましたが、「これは、ゴスペルブーム、これから来るね」と仲間たちとうなづき合ったのでありました。
ほんと、いつの日か、韓国の若者たちやアメリカの若者たちと合同クワイアーでドニー・マクラーキンやエドウィン・ホーキンズを歌いたい。かつて同じ戦争に巻き込まれ、傷つき傷つけた3つの国が、ともに主を讃美するなんて、ちょっといい感じじゃないですか。

さて、入浴後、ふたたび「赤線地帯」を抜けてゲストハウスに戻りました。
実はnikkouの教会も、一本、通りをまたげば、「赤線地帯」であります。夜、教会の前に立てば、ビルの間からけばけばしいネオンが見えます。国は違えど、いずこもおなじ風景であります。彼女たちと同じ性を持つ者としては、つらいですね、あれはね、どうしてもね。

主を讃美する喜びと対極にある世界。この世に生きているかぎり、直面せざるをえない現実、ヒルティのことばを借りれば直面しなければならない「戦い」であります。
ああ、なんとかならんものかなあ、と、到着早々、思い巡らしてしまう韓国初日なのでした。

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November 20, 2006

韓国に行って参りました!

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月17日

(前略)
神の信奉者たるものは、あくまで善の領土にとどまるべきであって、悪の領土にも留学してみようなどという気を起こしてはならない。でないと、悪の吸引力に負けてしまうからである。(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

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17日金曜日から本日まで、ゴスペル仲間11名と韓国親善旅行に行って参りました!
濃厚濃密3泊4日! 熱かったです、韓国。
4,5回連続で、韓国旅行のご報告、させてください。

初日、ソウル到着後、即行、新林洞南ソウル中央教会へ。
金曜夜は祈祷礼拝とのことで、礼拝の特別讃美をしました。
夜9時であります。
でありながら、席数100人ばかりの教会が満杯でありました。われわれが到着したときには、すでに讃美が始まっておりましたが、その讃美たるや…。

…早稲田大学校歌…? 

つまり、ッタタラー、ッタタラー、タッタカ、タッタッターなリズムの、2拍子でクラッピング、正面に立ったおじさんが握りこぶしを上下に振りながら、朗々と歌っておりました。そんな讃美が続けざまに3曲。讃美がおわって、さっそくわれわれがみなさんの前に呼ばれました。「あにょはせよー、ハレルヤー!」とご挨拶すると、一同そろって、「あーめーん」と返ってきてこれまた、びっくりでした。どうも、この教会では、「ハレルヤー」と言うと、「あーめーん」と返す習慣らしいです。

韓国語に翻訳して覚えたメンバーのえっちゃん作詞作曲の「We are one」と、やはりメンバーのまりちゃん作詞作曲の「主は道をつくられる」を讃美いたしましたが、みなさんあの、タッタカタッタッターのリズムで手拍子をなさるので、ゴスペルのリズムとビミョーにずれながらのハートウォーミングな讃美でありました。

われわれの讃美のあと、説教台に立ったのは、若い副牧師。彫りの深いハンサムな人でありました。聖書の一場面、ダビデとゴリアテの戦いをひとり芝居し、強調するところでは、「カーーーーッ」と喉を鳴らす。…これは、まさに黒人教会の黒人牧師の礼拝説教にそっくりであります。黒人教会と違うのは、聴衆が立ち上がってわーっとならないところだなあ…と思いながら聴いておりましたら、…
突然!
「キドヘヨー!チュヨー、チュヨー、チュヨー!」(祈祷しましょう、主よ、主よ、主よ)という副牧師の絶叫とともに、バチバチバチッと電気が消えて(まさに「消灯!」という感じだった、とあとで仲間たちと衝撃を語り合いましたが)、そこは、絶叫の海。「チュヨー、チュヨー、チュヨー」という叫びに満たされました。
…しかしnikkou、もう驚きませーん。
黒人教会で十分、免疫ができております。熱いなあ、すごいなあ、と感動に包まれて、暗がりにうごめく人びとを眺めていると、そっと通訳の方が来られて「これが深夜まで続きますので、どうぞ、日本の方は食堂においでください」とおっしゃいました。
深夜までですか、深夜ですか、そうですか、…すごいエネルギーであります。
チュヨー、の叫びの海の真ん中を、出口に向かって歩いていくと、まるで非日常、まるで異次元、ああ、異文化…でありました。

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November 16, 2006

神の恵みはむだではなかった

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月1日

『コリント人への第一の手紙』
わたしは、神の恵みによって、今日あるを得ている。
そして、わたしにあたえられた神の恵みは、むだではなかった。(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)


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先日のリトルライトの練習のとき、伴奏担当の牧師先生が「プレゼントでーす♪」とみんなにCDを配ってくれた。彼のライブラリーから、リトルライト向けの音源を29曲も集めて、マックで一枚一枚焼いてくれたらしい。
 帰宅後聞いて、おおおー、と思った。
これは新鮮。

今までnikkouは、人数が20~50人くらいの大規模のクワイアーに所属していることが多かったし、クワイアーのディレクター(指揮者)も若い人が中心だから、聴くゴスペルも、その影響をもろに受けて、コンテンポラリーの大編成ものが多い。そのほとんどが、ダイナミックな音量とハーモニーで、個性的なソリストが濃厚に聴かせるタイプ。カーク・フランクリンとか、ヘゼカイア・ウォーカーとか、さもなければ、マリーマリーとか、映画『天使にラブソングを』のサントラミュージックみたいに、おしゃれなの。

でも、先生オリジナルCDは、たぶん、ちいさな黒人教会で、ふる~くから歌われてきたんだろう、と思うような、シンプルで、素朴な歌ばかりだったのでした。
ほとんどがアカペラで、時々ギター伴奏つき。
黒人のおばちゃんおじちゃんが、だみ声で、「う゛え゛ぇぇぇ~」って感じで歌ってるのとか、
カントリーっぽい伴奏で「じゃんじゃかじゃかじゃか、じゃんじゃかじゃかじゃか、ヘイオーレ」なのとか、
あるいは、アカペラ一本ハーモニー勝負、これがすごーく若々しい素直な声で、おもわずウルっときちゃうようなシンガーズとか。
ひとことでいうと、…シブい。

じつはM先生、市販のゴスペルオムニバスCDの解説とか歌詞カードとかを書いたり、自分でもバンドを持っているアマチュア・ソウル・シンガーだったのであります。

「これ、リトルライトでもやりたいな」「あ、これも」と、曲名リストに○をつけながら、つくづく思った。
「神様って、すげー。」

リトルライトのみんなには、申し訳ないんだが、立ち上げた当初、
友人たちから「うちの教会に歌いに来てよ~」とか「コンサート楽しみにしてる!」とか言われるたびに、
「いやー、しょぼいんでね~」と申しておりました。
どこのクワイアーも専門知識を身につけたゴスペルシンガーをディレクター(指揮者)や伴奏者として招聘(しょうへい)しているのに、リトルライトは、最後までそういう人が見つからなくって、なにもかも「自前」だもんだから、およそ他人様に見せられるもんじゃないんだって思っていたのでした。

でも、今になって思います。

まちがっておりました、nikkou。

「自前」であること、それこそが、リトルライトにとって、主からの祝福だったのでありました。
だって、そのおかげで、どこのクワイアーでもシンガーズでも歌ってないようなゴスペルを、
アカペラやギターのアコースティックな音で、自由にやれるんだもの。
そう、どこにもないシンガーズ。
リトルライト・オリジナル。

かつてnikkouは、
主イエスの「野の花、空の鳥をみよ」というメッセージとか、
パウロの「主の恵みはわたしに十分である」という証しとかを、
「足るを知れ」「分相応でがまんしなさい」っていうことかな、って思ってた。
でも、それは違ったのかも、と、最近思う。
nikkouが望むようなことなんて、ちっちゃいちっちゃい、
もっと大きなことを、神さまは考えているんだよ、
ちっちゃいところにこだわってないで、神さまのでっかい計画に気づきなさいよ、
気づかないのは、「恵みを無駄にしている」ってことだよ、
…ということなのかもしれない。
実際、主イエスも言ってる。「求めなさい、そうすれば与えられます」―それって全然、がまんしろ、って話じゃない。
求めていたら、世界にたったひとつのシンガーズが生まれていたよ。

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ちなみに、今のとこ、nikkouの夢は、
「Sweet Honey in the Rock」というシンガーズの「Beatitudes」(マタイ福音書5章をそのまんま歌詞にしたそれこそスウィートなゴスペル)をアカペラでハモれるようになることです。
(といったら、M先生「簡単だよ~」とあっさり。意外に早く実現するかも!?)

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November 14, 2006

死んじゃいけない

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月14日

最もよい時期として思い出に残るのは、しばしばそれに直面しているときには最も苦しく思われた時期である。
というのは、その時期に、われわれは成長をとげたか、
あるいは、
その苦しみがなければいつまでも残ったであろう自分の欠点を脱ぎすてたからである。」

(岩波文庫・草間・大和訳)

毎日、自殺自殺自殺、自殺のニュースばっかりです。

先日、校閲部の先輩Hさんと呑みながら、自殺の話になりました。
(このブログも読んでくれているそうです。Hさん、ちょっとネタにさせてねん)。
Hさんいわく、自分も子どものころいじめられたので、いじめられっこの気持ちはよーく分かる。(nikkou内心、あー、Hさんって、いじめられそうだなー、と思いました。Hさんごめん。)
大人になったら、こんどはいじめるほうの気持ちも分かってきてしまった(とHさん、ちょっと苦笑)。
だから、今の子がおかしいとか、今の教育がおかしいとかじゃなくって、いじめって、どこででも、いつでもあるんだ。だからさ、今の人が特徴的なのは、やっぱり、すぐ死んじゃえーって、ところなんじゃないかなあ。

…すると話は急に根源的なところに入ってしまう。
なんで、死んじゃいけないんだろう。

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nikkouも高校時代、学校があまり好きじゃなかった。でも、プライドが高いから学校を辞めるなんて、絶対ありえない、と思ってた。そんなある日、ふっと思った。
「あー、生きてるのって、めんどくせー」
(←今年の母校の学祭)
死んじゃった子たちがおんなじことを考えていたかどうかは、分からないけれど、
「今はつらくっても、いつか生きていればよかったと思える日が来る」とか、
「死んだらおしまいだ」とか、
そういうこともなにもかもひっくるめて、すごくめんどくさい。
いまの子の言葉を借りると、「うざい」とか「だるい」とか、そんな感じですね。
だから、「死にたい!」という前向きな(?)感覚じゃなくって、
「生きるのをやめたい」みたいな、「消去法で、結果的に死んじゃう?」みたいな気持ちになったことがあった。
ヒルティが言うようなことって、少しでも情況が楽になってから振り返ると、確かにそうかもしれないけれど、問題のさなかにあるときには、とっても遠い言葉に聞こえる。

自分から死ぬ「権利」はないんだ、と思うようになったのは、それから数年後、妹が死んだときだ。
彼女のことが、すっごく好きだったから、見送る側としては、そうとうしんどかった。
だから、nikkouのことを好きだ、と言ってくれる人があるかぎり、その人に、あのしんどさを経験させてはいけない、と思った。
もしnikkouが今死んだら、うちの両親なんて、もう、気が狂うだろうと思う。
今、自分が死んじゃっても、自分はべつにいいけど、彼らのことを思うと、ちょっとつらい。
だから、いよいよ死ぬときには、「あの人まだ生きてたんだー」って言われるくらいがいい、と思う。

もうひとつ、これはクリスチャンになってから感じるようになったのだけど、
nikkouの信じている神は、nikkouに対して、「これこれこれだけの仕事を、ちゃんとしてからこっちに戻ってらっしゃいよ」という、いわゆる「計画」を持っているんだろう、という気がしている。
それが、出版編集の仕事なのか、ゴスペルを歌うことなのか、はたまた、愛する人の働きを支えたり、子どもを育てたりすることなのか、―どれもみんな、ぼや~っと目の前に示されてはいるんだけれど、とにかく、どれもまだやりおおせていないな、と思う。
もちろん、その仕事も半ばにして、主が「はい、時間ぎれでーす、おかえりなさーい」とnikkouを天国に引き上げてしまうことはあるかもしれないけれど、
とにかく、その仕事を自分から終わらせてはならないだろう、と責任感みたいなのがある。

だから、神様が自分に与えた計画がなんなのか、だいたい、そんなものがあるのか、まるっきり検討もつかない10代のころって、とても不安定で、危険だ。
そんなときに、存在を否定されるようなことを言われたりされたりしたら死にたくなるのも分かる気がする。

でもまあ、そういう時期にいる人には、「もうちょっと待ってみれば」というくらいしか、言うことばが見当たらないんですけれどね。

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November 13, 2006

ゆたかな休息を祈ってます

『眠られぬ夜のために』第二部

11月13日

思想や仕事の上で、時にはみのりゆたかな時期があるかと思えば、
また時には精神が休息して新しい力をたくわえる冬の季節のような時期もある。
あなたは、このような時期を、神からさずけられた休憩時間として、
こころ安らかに感謝して受け取りなさい。

(岩波文庫・草間・大和訳)

昨日はひさびさにリトルライトの練習日。
「君は愛されるため生まれた」と「おひさまの歌」「アメージンググレイス」を歌いました。
帰ってきて、練習の録音を聞いてみたんだけど、
リトルライトの歌声って、やさしくって、ソフトで、すごくいい。
クワイアーやシンガーズには、様々な個性があって、
元気なところもあれば、重厚なところもあり、ポップなところもあれば、ラテンなところもある。
リトルライトにも、もうすでに、リトルライトなりの「個性」が濃厚に備わっているんだなーと思いました。すばらしい個性。大好きだよ、リトルライトのみんな。

教会の牧師夫人から、「先日、nikkouのブログを見て、リトルライトに参加したい、という方がお見えになった」とお話うかがいました。その日、nikkouは、障害者介助で教会にいなかったの。今日、お見えになるかなーと思ったんだけど、いらっしゃらなかった。ちいさなお子さんがいるとのことだから、いろいろと大変なこともあるかと思いますが、ご都合がついたら、また遊びに来てくださいね。
次回の練習は、11月26日、12月10日、2時から3時ですよー。


さて、今日のヒルティ。
今、わたしのまわりにも、体や心の不調を抱えている友人が何人かいる。
ヒルティは、「あなたは、このような時期を、神からさずけられた休憩時間として、
こころ安らかに感謝して受け取りなさい。」って言うけど、しんどいときはねえ、そんなことを言われたってねえ。
nikkouは、そんなこと、わが友に言えないなあ。
でも、不調を持っているわが友が「こころ安らか」であってほしいとは思います。

nikkouは、人をなぐさめたり、励ましたりするのが、とてもへたくそだ。
ヨブ記に出てくる、ヨブの友人たちみたいになっちゃう。
本当は、直接メールしようかと思ってたけど、うまく書けそうにない。
だから、ブログの記事のついでっぽく、書く。ただの記事だと思って読んでください。

nikkouは、いつも君にたくさんお世話になっているのに、こんなときに、nikkouからはなーんにもできない。何かCDとか本とか送ろうかと思ったけど、ぜんぜんそんな心境じゃなさそうだった。
家に帰って、君と共通の友人に電話して、君のこと話して、ふたりでそれぞれお祈りしたよ。

神様、今はなにができるか思いつかないけれど、必要があれば、わが友のために、わたしたちを用いてください。I’m available to you です。そして、わが友の心と体に、平安と必要な休息をおあたえください。あなたからみて、ベストと思われる時が来たら、心と体を健やかにしてください。どうかどうか、お願いします。わたしたちの主イエスキリストのみ名を通じて祈ります。アーメン

祈りを通じて、主を通じて、君と、わたしたちがつながっていることを、今、心から感謝しています。
こういう言い方が適切かどうかわからないけどさ、ゆたかな休息が与えられる事を祈ってます。

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November 08, 2006

がっつり生きる

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月8日

人生の最後の段階においては、たくさんの神学書やその他の宗教書をもう読むにはおよばない。福音書を頼りにすることである。
(中略)
書かれたことば(聖書のことば)は、「われらの足のともしび、われらの道の光」(『詩篇』119篇195節)である。(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

…と、ヒルティは言うけれど、nikkouは不遜にも、まだ自分が「人生の最終段階」とは思っていないので、もうちょっとあれこれかじって、もうちょっとあがいてみようかと思っております。

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そういえば、わが妹と母、
数年前のある初夏に、あいかわらずの「親子珍道中お遍路篇」の最中、17歳の少年お遍路に出会ったんだそうです。
少年高校三年生、妹いわくとってもcute。「大学進学をせずに、僧侶になりたい」との大望を抱いていたそうな。
それを聞いた少年の担任の先生は、「お遍路に行け」と言ったそうです。
その代わり、毎晩先生に電話をしろ、電話すれば授業出席としてカウントしてやる、と。
少年、白装束に身を包み、野宿をしながら、歩き続け、素直に毎晩先生に電話していたらしい。
男の子とはいえ、野宿の一人旅は危険であります。先生も親御さんも、毎晩、はらはらと無事の電話を待ち続けるひと夏だったことでしょう。

ところが、「お遍路してると、逆に僧侶になる気がしなくなるんじゃないの?」というのが四十一ヵ所まで寺をめぐってきたふたりの予測であります。
たしかに、古寺名刹でも、後継者問題だとか、仏事がビジネスになったりとかで、世俗と変わらないものだとは聞きますけどね。


もちろん、若いときから聖職者を志すというのも、たいへん素晴らしいとは思いますし、そういう使命を帯びている人もいることでしょう。
でもさ、17歳の少年よ、もうちょっとばかり、「終わりなき日常」の中であがいてみようじゃないの、とnikkouなんぞも思います。

昨夜は手話讃美サークル「風の音」の練習日。
讃美歌121番を教わりました。

1 馬ぶねの中にうぶごえあげ、大工(たくみ)の家にひととなりて、
  貧しきうれい、生くる悩み、つぶさになめしこの人を見よ。

2 食する暇もうち忘れて、しいたげられし人をたずね、
  友なきものの 友となりて、心くだきし、この人を見よ。

3 すべてのものを あたえしすえ、死のほかなにも 報いられで、
  十字架の上にあげられつつ、敵をゆるしし、この人を見よ。

4 この人を見よ、この人にぞ、こよなき愛は、あらわれたる、
  この人を見よ、この人こそ、人となりたる、活ける神なれ。

最初はこの曲を、日本基督教団の「讃美歌名曲集」というCDを使って練習しました。このCDでは、1・3・4番だけを収録しています。でも、2番を抜かすとなんとも悲惨で、わびし~い人の歌になるのね。
そこでもう一枚、森山良子さんの讃美歌集を使ってみたら、今度は、3番がなくって1・2・4番だけ。そうすると今度は、単に「いいひとの歌」って感じになっちゃった。
この歌って、1~4番まで歌ってワン・ワールドというか、とても完成度が高いものだったんですね。1~3番まで1番も抜かさず歌って、4番を歌うと、じん…とする。

歌われているのはヒルティいうところの「福音書」に描かれたイエスキリストの生涯であります。Nikkouがこの歌から感じるのは、けっして取り澄ました聖職者の人生なんぞではなく、「日常」をガンガン働き倒して、与えられた命を極限までメラメラぼうぼう燃やし、がっつり生ききった「人の子」イエスの生涯であります。

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November 07, 2006

お遍路に行ってきた。

『眠られぬ夜のために』第二部

「11月3日
(前略)
われわれが神に対してしなければならぬのは、形式的なことでも、特別変わったことでもなく、ただ願うことである。ただこの請願の相手が、神という特別な、人間以上の存在であるということだけが、普通の請願とちがう点である。神を相手に話をするときは、ただ願い、あるいは感謝をしさえすればよい。(以下略)」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

「祈り」とは、ただ心からの「願い」と「感謝」だ、余計な格好などつけるな、とヒルティ。
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この三連休、nikkou、四国にお遍路に行ってまいりました。といっても、弘法大師に改宗したわけではありません。母と妹のお供であります。
nikkouの母は、四国出身。「四国の人間は、一生に一度はお遍路をしなければならない」(by母)のだそうであります。しかも、「歩かなければ意味が無い」(by母)のだそうで、連休のたびに少しずつ歩き、継ぎ足していく方法で、今回で41番札所に到着、今年で四年目に突入しております。
ひとりで歩くのは危険だ、という家族の心配のもと、宿泊は必ずビジネスホテル、また必ず次女が同伴、時々三女も同行しております。帰ってくるたび、方向音痴の親子による抱腹絶倒やじきた道中お遍路篇を聞かされます。nikkouも何度か誘われてきたのですが、なかなか予定があわず、今回、初めて同行することがかないました。

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Dscn00720001お遍路道は、たいがいこういう標識が出ているか、白いきれがガードレールとか木の枝に結び付けられています。それをたよりに、畑の真ん中の田舎道とか、山の中とか、大型トラックの行きかう国道とかを、えんえん日暮れまで歩き続けるのであります。

われらが母はとっても陽気な人で、この道のりを、ずーっと幸せそうにしゃべり続けておりました。われわれの曾祖母や祖母がどんなに我の強い人であったかとか、われわれの曽祖父と曾祖母が結婚したいきさつとか、えらく手荒な村の祭りのこととか。
しまいには歩き疲れるより先に、しゃべり疲れている様子でした。
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そんな、われら陽気なお遍路さんも、お寺につくと神妙で、線香とろうそくを灯して般若心経を唱える姿は、なんとも敬虔。(nikkouは一応宗教が違うので、一歩下がって眺めておりました)。なにを願い感謝しているかは知りませんが、祈る姿は、どの宗教でも美しいものであります。

Dscn00690001朝は野宿から起きてやおら歩き出すお遍路さんに出会い、とんびやら白鷺やら野の花やらに驚き(東京ではまずお目にかからない)、お暗い山道で「一人で歩くと怖いだろうなー、『同行二人』と考え方はこういうとき心強いんだろうなあ」となにやら悟りめいたものがひらめきそうになり(「同行二人」とは、「お遍路さんは、ひとりじゃない、弘法大師と二人旅なのだ」という意味)と、
寺よりも道行きのほうが面白いなあ、と感じたのですが、4年間歩いているわが母と妹も同じようなことを申しておりました。
いわく、道行きにはハプニング(?)が満載。時々事情を抱えてお遍路をしている人に出会う。沿道の民家から病人が走り出てきて、おにぎりとかみかんとかを渡されるとともに、手を合わせられたりしたこともあったらしい。「祈り」の切実さに直面することも少なくないんだそうです。
一方、お寺のお坊さんから宗教者らしいなんらかの感銘を受けることはあまりないそうであります。
「宗教は生活のなかにあるのよ!」と、母上、どこぞで聞きかじったらしき言葉を得意げにのたまっておりました。

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最終日に道後温泉につかり郷土料理を堪能し(贅沢なお遍路です)、飛行機で帰ってまいりました。帰宅した部屋でひとり「3日間無事にお守りくださいまして感謝します」とわが主わが神に祈ったとき、ふと、「日本人で、クリスチャンやっててよかったなー」と思いました。
どこぞのキリスト教国では、仏教を「サタンの宗教」なんぞと言い放つそうでありますが、仏教が身近にある日本では、クリスチャンも独善的にならずにすみそうじゃあないですか。仏教から学ぶべきことは決して少なくありません。
すくなくともnikkouは、お遍路を通じて、最近ちょっと硬直化しかけていた主イエスへの信仰が、やわらかくなったような思いでありました。

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