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December 20, 2006

水からの伝言

『眠られぬ夜のために』第二部

「12月19日
 (前略)
…もちろん、美の感覚は、とくに若い人々には絶対に欠くことのできない、人間の教養要素の一つにちがいないが。いずれにしても、善より美を重んじてはならないし、また決して美と善と混同してもならない。それは二つの、まったく違ったものであり、たがいに区別さるべきものである。」

(岩波文庫・草間・大和訳)

本日のヒルティ、イエス様が、壮麗な大神殿をほめたたえる弟子をたしなめた「ルカ福音書21章」のくだりを引いて、上記のメッセージ。

11日(月)の朝日新聞夕刊に面白い記事が載っていた。
「水からの伝言」という擬似科学が、教育現場に使われて問題になっているんだって。
「水からの伝言」というのは、水に美しいことば(「ありがとう」とか「愛」とか)を見せると美しく結晶し、醜いことば(「ばかやろう」とか)を見せると醜く結晶する、というお話。人間の体の70%は水でできている、だから、醜いことばをなげつけることは、人に悪い影響を及ぼしますよ、と、「道徳教育」をするんだそうです。

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この新聞記事が特に面白かったのは、こんな問いかけがされていたことだ。
たしかに「水からの伝言」はウソかもしれない。しかし私立校だって、カミだのホトケだのって、ウソとはいわないが、科学的に証明できないものを使って道徳教育しているではないか。ならば、擬似科学を使って道徳教育をして、何が悪い。
ほ―――――――――――――――――。
と、nikkou、思わず感心いたしました。なるほどー。結果オーライってかー。

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記事には反論のHPも紹介されていた。そのなかに、「見た目が美しい=善」という教育はいかがなものか、という意見があった。
たしかに人間の「美」なんてのは、一皮めくればエゴイスティックなもので。本日のヒルティのいうとおり、そして、主イエスのいうとおりであります。そういえば主イエスは家畜小屋でうまれたんでありました。たとえば「花にあふれたバッキンガム宮殿」と、「馬のうんちだらけの貧しい家畜小屋」ではどっちが「美しく」結晶するんだろう。(The Nativity (キリストの降誕) Lorenzo Lotto 1523 )

ただ、「科学的に証明されない」カミを信じているnikkouとしては、また別のことをチラッと思いました。

―宗教教育は、道徳教育だろうか。

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たしかに、宗教は道徳を含む、とは思う。
でも、「醜いことばは、人に悪い影響を及ぼすから、使ってはいけません」という教育では、たとえばこのあいだの、友人をかばって射殺されたアーミッシュの少女は育たないんじゃないかしら。ましてや、その犯人を「許します」と言った両親の存在なんて、ほとんど奇跡だろう。「わたしを撃ってください」とか「許します」とかいう言葉は「人によい影響をあたえるので、銃を向けられたらそう言いましょう」なーんて言われたって、絶対言えるもんじゃない。

nikkouの場合の「宗教教育」、つまり、イエスに学ぶ、イエスを子供に伝える、というのは、どういうことなんだろう。

人間のありようを、醜さもふくめて見つめること、と同時に、「あなたの存在は高価で尊い」という聖書のことばの意味を考えること。
イエスが命がけで伝えようとした、見せかけではない大切なものを、nikkouの生涯をかけて探していくこと。
答えは簡単には与えられないかもしれないけれど、「お前が求め続けるのなら、きっと与えるよ」というイエスの希望の約束をひとまず信じてみること。

もう、それは「道徳」じゃない。思想?倫理?哲学?(洗脳?徒労? 笑 …ええ、たしかにその可能性はありますよ。)…でも、なにか、そういう、もっと大きなもの。
だから、「美しいことばを使ったら、水が美しく結晶しますよ」という教育が、良いとか悪いとか、いうよりは、「それが『教育』だなんて、ずいぶん浅はかじゃないか?」というのが正直な気持ち。

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Comments

たしかに信仰は道徳じゃないよね。
結果として道徳はあると思うけど。
でも教育で信仰を教えるのは難しいでしょう。求める心が届く範囲に宣教があるような形が理想的だなー。

Posted by: ゴトウ | December 20, 2006 at 11:53 PM

>ゴトウ姉

さっそくのレス、ありがとうです。

>でも教育で信仰を教えるのは難しいでしょう。

たしかにねー、机に座って教科書を読んで覚えるものじゃないしねー。
神さまと本人との間に入って邪魔しちゃってもいけないしねー。(←nikkouやりそう。おせっかいなのだ。)
自分もまだ、求める過程にいることを忘れないでいなきゃと思います。

Posted by: nikkou | December 21, 2006 at 12:32 AM

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