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January 11, 2007

楽しいもんだよ、クリスチャンってのも

『眠られぬ夜のために』第一部

「1月9日
・・・
慰めは苦しみのすぐかたわらにある。これは、神が、ほかのだれよりも、このようなみずから進んで苦しみを堪え忍ぶ人びとのそば近くにいられるということである。そこで、彼らには苦難そのものが実に甘美な、堪えやすいものとなるばかりでなく、すべてのことがよい結果を得るのである。
このような慰めがなければ、だれもあの『狭い道』を歩み得ないであろう。すでに多くの人が大きな苦しみのなかにありながら、この慰めを得て幸福であった。」

(岩波文庫・草間・大和訳)


近所のおいなりさんのきつねさん。なぜか、檻に入れられちゃってる。夜、逃げ出しちゃうのかな。

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                 先日、ゴスペル仲間たちと夕飯を食べていて、ふと言われた。
「日本って、多神教文化じゃない? それでキリスト教徒になると、こーなるっていうか(と、彼女、両手を顔の横に立てて、いわゆる「視野が狭い」というジェスチャー)…、
クリスチャンだからって、日本人なのに、初詣にいかないって人までいるじゃない?そういうのって、どうかなーって思うんだけど…。」
ゴスペル歌ってる君までがそういうか。(追記:ゴスペル仲間の半分くらいはノンクリスチャンで、この友人もその一人)
以前、クリスチャンやってると1年に3回くらい、「日本人なのに」と言われるって書いたけれど、最近、3回どころじゃないね。平均すると1ヶ月に1回くらい?

先日、たまたま初詣のことをブログに書いたこともあって、nikkou、思わず意気込んで「そういう、『日本人ならばかくあるべし』教のほうが、視野が狭いっていうか、閉鎖的で原理主義的だと思う。」と反撃に出て、はっとした。
座がしらけた?
これでは、まったく伝道になっとらんではないか。
そこであわてて、方向転換。
「でもさあ、お稲荷さんにむかって『お稲荷さま。この一年も、つらいとき悲しいとき、常にともにいてくださいまして、ありがとうございます』って言うわけにもいかないじゃない?」と言ってみた。
すると、「あ、お祈りっていうと、そういうのになっちゃうんだ」と言われた。
nikkou、再び、言葉に詰まる。
え。ほかに、どんな祈りがあったっけ。
あ、そうか。「今年もいい年になりますように。ぱんぱん」だった。

―しかし、「いい年」ってなんだ。
今日のヒルティが言うように、わたしにとっては辛く、悲しいことでも、
神の視点から見れば、行く先、わたしが深みのある大きな人間になるために与えられた計画、ということもあるだろう。
だから、「いい年になりますように。――といっても、無病息災でお金が儲かってラッキーな一年、ということではなく、あなたから見て、わたしに有益な年としてください。そして、どのような苦しさ悲しさを与えられても、あなたを信じることをあきらめずに、そのことを受け入れられますように」と祈りたい。

…と、ここまで考えて、ああ、なんて理屈っぼいんだろう、と思う。
この先、また何べんも何べんも押されるんだろうな、「ニッポンジン失格の烙印」
その都度、くどくど理屈を述べるのもあまり有意義じゃない気がする。

nikkouだって日本人だ。
「日本文学」を学び、「日本国語」の教科書を作っている。
好きな仏像、というものもあるし、好きな名僧というのもいるし、好きな神社仏閣、というものもある。
日本という国が、世界に誇る「美しい国」になってほしいと心から思っている。ルワンダやイラクなど苦しみの中にいる人びとに、「どうぞ、日本にきて一休みしてください、そして日本に学んであなたたちの国を良くしてください」といえる国にしたいと心から祈っている。

でもそれにもまして、いや、それゆえに、
明らかにnikkouにまっすぐ向き合ってくれる主イエスが好きなのだ。
そして、クリスチャンであるほうが、「多神教の正統派日本人」であるよりも、カムフォタブルな生き方なのである。
だから、今度は、ひとこと、こう言おうと思うの。

「まあ、そういうなよ。楽しいもんだよ、イエスキリストだけ信じるってのも。」

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Comments

至言、ですね。この話は。
愛国心を持つというのは、nikkouさんのように深くこの国を考えることだと思います。
フラフラ生きている身の、背筋が伸ばされた感じです。

Posted by: y.yamaguchi | January 12, 2007 at 12:43 AM

>yamaguchiさん

いやーnikkouもふらふらしてるよー。

「愛国心」、教科書にも影響してくるかもしれません。
「命のビザを発行した杉原千畝のように、非戦論を唱えた内村鑑三のように、たとえ、時の国家権力に反しても、未来のこの国の人たちのために、人としての筋を通さねばなりません。」っていうふうに教えていいのなら、愛国心教育もありかもしれないけれど、そのためには、nikkouも本腰入れて、色々勉強しなきゃいけないなー。

Posted by: nikkou | January 13, 2007 at 08:55 PM

nikkouさん、元来、日本人は多神教じゃないですよ。
神社は明治の廃仏毀釈により、明治政府の政策の結果全国にできてきたもので、現在初詣参拝集客量ナンバーワンの明治神宮も当然ながら明治天皇が死ぬまではなかった。
江戸時代はやはり幕府の政策で、全員、どこかの寺に帰属が義務つけられて現在でいう「住民票」のようなものをお寺が管理してたの。
だから「日本人はこうである」というのも「為政者によって日本人はこうあらねばならない」と規定された像をなぞっているだけだと思います。
杉原千畝や内村鑑三のように「自分の力でモノを考えることのできる人」が日本人の原像になるような日がきたらいいですね。
そのためにもいい教科書、作ってください!

Posted by: ゴトウ | January 14, 2007 at 10:36 AM

>ゴトウさん

ふーむ、やっぱり日本人の宗教観は明治…というか、近代が転換点ですかねー。
でも「多神教日本文化のうるわしさ」を主張する人は必ず「本地垂迹」も言うんですよね。これは「多神教」なんだろうか。もうちょっと勉強しなきゃなあ。
江戸時代のお寺に戸籍を集める規則は、たしか、キリシタンをあぶりだすために発案されたんでしたよね。

>「日本人はこうである」というのも「為政者によって日本人はこうあらねばならない」と規定された像をなぞっているだけ

そうそう、nikkouもクリスチャンという「あるべき日本人」のはみだしものになって、ようやくそういうのが見えるようになってきた気がする。「多神教文化のうるわしさ」を主張する人ほど、「多様性」は認めないなあ、ということも。
だから「愛国心」って言われるとおっかないんですよね。いろいろな考え方があったほうが、思想も文化も豊かになるのにね。
…教科書編集、がんばります。勉強しなきゃなあ。

Posted by: nikkou | January 14, 2007 at 07:09 PM

nikkouちゃん、再び。
ウチは数百年以上同じ土地に住んでます。家の敷地内にはお地蔵さんも尺宮司さんというオイナリさんの仲間みたいなのも、家の中には仏壇も神棚もあり。
でもねー、もともと日蓮宗だから仏壇以外はぜんぶ最近のなの。昭和になってから。日蓮宗は特にだけれど、他の仏教同様、異教の神様認めなかったから。カトリックと同じで地元のアニミズムの神々はすべて仏教の聖人に習合する形で吸収しちゃったのね。こういう形が少なくとも13世紀から続いてました。
ということはやっぱり日本人は純粋な「多神教」じゃないと思う。だから天皇崇拝を頂点とする「愛国教」に向かっちゃったと思うんだけどね。

Posted by: ゴトウ | January 15, 2007 at 11:56 PM

>ゴトウ姉

へーおもしろいなあ…。
「昭和」になってから、ってのがおもしろいですねー。いろんな「神」がひとつの家に入ってきたのは、近代以降でもない、もっと最近なんですねえ。
すると、現代の日本は、「一神教」とか、「多神教」とか、そういう話でさえなく、なにか、独特の「宗教観」(?)みたいなのを培っていて、それは昭和以降(戦後以降?)にできてきたのかなあ、という気がしますね。

Posted by: nikkou | January 17, 2007 at 11:28 PM

昨年久しぶりに人と年越しをしました。「ゆく年来る年」[の神社仏閣中継]を見ていて「日本人にとって、結局のところ、寺や神社は『宗教』ではなかったのかもしれないなぁ」と思ったりもしました。
なぜか教会にだけは「信仰をもっていない私なのにいいのかしら」って思うんだよね。

ともあれご結婚おめでとう。

Posted by: こいけ | March 16, 2007 at 12:12 AM

こいけ兄、ごぶさたです!
よかった!心穏やかな生活をしておられる様子で。

ありがとうございます。
nikkouも新生活であります。

Posted by: nikkou | May 07, 2007 at 06:57 AM

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