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February 07, 2007

若ものと語る《信仰と現代》

『眠られぬ夜のために』第一部

「2月7日

恩寵による選択

御身は、御身の御業のために、
永遠のなかよりわたしを選び出してくださいました。
そのしるしにどうか力をおあたえください。
どんなことでもよろこんでできる人間にしてください。

御身が要求なさるどんなことでもやってのけるすべを教えてください。
そして、御身がなさることは、いくらでもどしどししてください。
このような、美しい、重たい運命は、
信仰がなければ、とても担えるものではありません。」

(筑摩叢書・前田敬作訳)

みなさま、ごぶさたしておりました。
nikkou、元気でやっております。
3月刊行の教師用指導書、4月刊行の国語用副読本の編集で、毎日めまぐるしく働いております。今まさに佳境であります。まあ、でも「ものをつくる」というのは、楽しい仕事でありますな。形になってゆく過程が自分で見られるわけですから。

本日のヒルティ、前田敬作訳「御身がなさることは、いくらでもどしどししてください。」ってのがいいですね。
岩波文庫の草間・大和訳だと「願わくば、あなたの大いなる御業がなしとげられんことを」となります。
さすがは岩波。格調高い。

さて、久々に書いておいてなんですが、CMです。
nikkou、こんな激務の真っ最中なくせして、シンポジウムの発題者を引き受けてしまいました。こんなnikkouをご指名くださったのは、ブログを通じて身近になりました高橋ご夫妻。「どんなことでもよろこんでできる人間にしてください。」ってほど殊勝じゃないですけれど、ささやかながらお役にたてればと思います。
シンポジウムの詳細は以下のとおり。お時間あるかたは、ぜひいらしてください。

**********************
若ものと語る《信仰と現代》―多彩な信仰のかたち―

教会に若者が来ない、集会の高齢化、信仰の継承が話題にされます現代、私たちにとって「信仰のかたち」とは何を意味するのでしょうか? 
現代をさかのぼること二千年前、ユダヤの地において主イエスは何と多彩な弟子たちに囲まれていたことでしょう。多情熱血漢のペテロ、計算高いユダ、懐疑主義者のトマス、そして最愛の弟子ヨハネ等々…。
「信仰のかたち」とは主イエスを中心に出来上がる、各人の多彩な個性の発現のはずです。来会者の皆様と今一度、私たちの「信仰のかたち」について思いを深めたいと思います。

日時 2007年2月25日(日)14時~17時
場所 今井館聖書講堂(東急東横線 都立大学駅 下車徒歩7分)

<発題者>
M.A (出版社勤務)
「主イエスにラブソングを―ブラックゴスペルが教えてくれたこと―」

F.G(物理研究者)
「行方の知れぬ研究、それを駆動するもの」

K.M(主婦)
「生活の中の信仰―誕生・結婚・出産・死」

司会 O.O

参加費 500円
主催 「ウィークデイの集い」 女性の企画グループ
連絡先 今井館聖書講堂 東京都目黒区中根1-14-9
電話 03-3723-5479

(nikkouの判断で、名前はイニシャルにさせていただきました。)
************************

今井館地図
Imaikan


シンポジウムといっても、ごらんのとおり、発題のテーマはまちまちで、
共通点は「若い人が話す」ということ、らしいです。
なので、「いまどきの若いもんがなにを考えているかわからない」とおっしゃるご年配の方は、なにかの参考になるかもしれません。
また、「いまどき、宗教やってる人がいるなんて、わけわかんねー」とか、「同世代のクリスチャンに会いたい」とかいうわが同世代の方も歓迎です。
nikkouが人前で話すなんて、だいじょうぶかなあ、と応援・ひやかしにきてくださるのもうれしいです。どうぞよろしく。

ちなみに、今度の土曜日、発題者の初顔合わせです。
各人のスピーチのテーマを見て思ったのですが、
それぞれ、単独でシンポジウムのテーマになりそうですよね。

シンポジウムその1 讃美について。ゴスペルの生演奏つき。
シンポジウムその2 科学研究と信仰について。現役の研究者による。
シンポジウムその3 日本におけるクリスチャンホームの喜びと試練について。

面白そうじゃない?
「ウィークデイの集い」女性の企画グループのみなさま、ぜひご検討を。

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Comments

ご案内くださって感謝です。でも…うーん!! この日、私の教会は総会で、私は総会に出なければならないのですよ。なんて残念な…。

Posted by: ほそのひでとも | February 07, 2007 at 11:49 PM

何故、東京の無教会は、良い話が聴ける機会を日曜日だけに限ってしまうのであろうか?土日に働かなければならない人たちはキリスト者として不適格であるという先入観があるのでしょうか?
高橋さんやnikkouさんのブログを読ませて頂いていて、一度は話してみたいものだと思いながら、時間だけが過ぎていきます。
出会いが大事と言いながら、土日の自由にならない人を排除するのはおかしくありませんか?
安息日に働いているお前が悪いと言われればそれまでですが。残念です。

Posted by: Graham | February 08, 2007 at 12:37 AM

>ほそのさん

わお。今、総会の時期?お疲れ様です。また、近いうちにお会いしましょう。(あ、そういえば、ほそのさん、「この指とまれ!」、っていうウェブ同窓会、参加しておられますか?)

>Grahamさん

はじめまして!…じゃないかも? 「一粒のぶどう」に時々コメントをお書きになっていたGrahamさんですか? こんな拙いブログに目をとめてくださって恐縮です。

>何故、東京の無教会は、良い話が聴ける機会を日曜日だけに限ってしまうのであろうか?

あと、平日の昼間とかね。ご年配の方が多いからかなあ。。
今回の「ウィークデイの集い」はその名のとおり、通常は平日の昼間にやっているようです。
nikkouが言える立場じゃないけれど「働き手が足りない」という雰囲気を時々感じます
無教会も若い人が多くなれば、お勤めしている人たちのために平日の夜7時~8時からイベントをするようになるかもしれませんね。…と、いうことは。わたしたちの世代の主体性、というか、責任の問題かもよ。わたしたちの世代から、発信していけるようになれば、無教会もまた変わってくるかもしれないですね。

Posted by: nikkou | February 08, 2007 at 01:05 AM

本当に残念なことに、その日は先約がありました。本当に残念です。すぎ

Posted by: kkss | February 11, 2007 at 01:09 PM

この日の話は、小冊子になるらしい。出たら、お送りしますよ。

Posted by: nikkou | February 12, 2007 at 11:04 PM

「この指とまれ!」は以前参加していたのですが、使ってなかったので抜けてしまったのです。再登録しますね。

Posted by: ほそのひでとも | February 14, 2007 at 01:12 AM

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