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July 08, 2007

両手を挙げて歌う

わがいのち わがほめ歌(ノルウェーの讃美 武義和:日本語詞)

主よ わがいのち わがほめ歌
すべて あなたにささげます
主よ わがいのち わがほめ歌
すべてを あなたに

Jegvil prisedeg
両手をひろげて たたえます めぐみの主を
かなしみの日も なやむときにも
わたしには あなたがいる
どんなときも


7日は、今井館聖書講堂にて、武義和さんによる「讃美とお話の会」でした。
ノルウェーで歌われている讃美を武さんが日本語詞に訳したものとか、水野源三の詩に、武さんが曲をつけたものとか、すごく気持ちのよい歌をたくさん歌いました。
讃美は、本当に、心を解放するね。
歌いながら、胸がいっぱいになりました。

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nikkouは「わがいのち わがほめ歌」という歌が一番よかったな。
泣きそうになった。
その中の一節「Jegvil prisedeg(ヤイビル プリーセダイ…主をたたえます、という意味)両手をひろげて たたえます めぐみの主を」というところで、ノルウェーの人は、本当に両手を挙げて、天にひろげて歌うんですって。
アメリカの黒人教会の人たちと同じだ。
そういえば、韓国教会の人も、手を挙げるよね。

nikkouは、ゴスペルを始めたとき、あの、手を挙げて歌う、というのが、どうも恥ずかしくってできなかった。まだ、曲の振りつけとしてみんなと一緒に「手を振る」というのならできるのだけれど、歌いながらクライマックスのところで、両手なり片手なりを、天に差し伸べる、という動きが、どうしてもできなかった。これは振り付けじゃなくって、あくまでも自主的な表現、歌っている自分の心の表明なわけなのだ。

ひろこちゃんというディレクターが「わたしも、最初のころ、手を挙げると、わきのところがなんだか無防備な感じがして、すごく歌いにくかった」と言っていた。ひろこちゃんは、いつも、讃美の気持ちで胸がいっぱいー、という感じで手を挙げるから、意外な気がしたものだ。

考えてみれば、日本の音楽文化って、手を挙げて歌う、ということが、まったく、ない。
学校の音楽の時間は当然、カラオケだって、ポップスだって、両手を天にさしのべて歌う、ということはない。本当に、文化として、全然ないんだ。黒人教会では、大人が総立ちで手を挙げている間を子供たちがちょこちょと歩き回っているから、手を挙げて歌うのは、まったく自然なことなんだろう。
だから、日本人が讃美のときに、手を挙げて歌うのに、抵抗がある、というのはごくごく当たり前のことだと思う。

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nikkouは、クリスチャンになってから、だんだん、手を挙げて歌うようになった。ゴスペルの歌詞や旋律が、そういう表現によく合うようにできている、ということが、頭と体で理解できるようになってきたんだと思う。
一度友人から、「コンサートで客席から見ていると、nikkouちゃんってすぐわかるよね。手、挙げてるから」と言われた。あとで、ビデオを見たら、ほんと、一番最初に手を挙げていた。っていうか、くねくねとへんな踊りを踊っているように見えたよ。ひええ、これが、nikkouの心の表明か。

そういえば、ノンクリスチャンのゴスペル仲間から「手を挙げるのはなんで?」と聞かれたことがある。
なんでだろうね。
今日、武さんに「わがいのち わがほめ歌」を教えてもらって、一緒に讃美しながら、nikkouは、もう、立ち上がって、手を挙げて歌いたくって、仕方なかった。アメリカの歌でも、日本の讃美歌ですら、ときどきそういう気持ちになることがある。
そういう歌に共通するのは、たんに、歌詞で「I lift my hands」と言っているだけじゃなくって、歌詞や旋律が、空に、というか、天たかく存在する主に向かっている、ということだ。

手の届かない、あのかなたに、手を伸ばそうとするような、
天におられる、わたしの大好きな、あのひとに手を振るような、
天から光のようにふりそそぐ、あのひとからの愛を体いっぱいに浴びようとするような、
そんな気持ち。

あるゴスペル仲間は、歌がクライマックスになると、胸をひらいて、両手を斜め下に、まるで風を受けるような姿勢になる。この人はクリスチャンじゃないんだけれど、でも、たしかに、なにかを受けとめているんだなあ、というのがよくわかる姿勢だ。すごく気持ちよさそう。日本人のジェスチャーとしても自然だし。

歌詞や讃美歌集を両手でお行儀よく持って、きちんと立って歌う、という歌い方に慣れていると、なかなかやりにくいんだけれど、
手を挙げて歌う― 一度やってみると、気持ちよくって病みつきになるよ。

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Comments

こんにちは、新しい生活は落ち着きましたか?
いつ読んでもnikkouさんの文章力ってすごいなあ、とほれぼれします。

私は讃美のとき、手が動きます。今は母親につきあってとってもおとなしい教会に参加しているので、動かないようにするために両手にものをもってます(笑)

でも、それよりも必ず手が動くのは、祝祷のときです。あなたに恵みがありますように、という牧師の言葉に対して心のそこから「イエス様、あなたの祝福をください!!」って思います。毎週「もう、手だけじゃなくって出せるものなら何でも差し出して受け取りたい」という気持ちですね。

やっぱり、アメリカ人なのかな・・・・

Posted by: Lammy | July 09, 2007 at 01:24 PM

>動かないようにするために両手にものをもってます(笑)

わはは、そりゃたいへんだー。
どーしても我慢できなくなっちゃったら、手話やるといいですよ。
手を挙げて歌うと、なにこの人~という目でみる人も、
手話のながれで手を挙げると、「素敵ねー、感動しちゃったー」って言ってくれます。年配の人でも。
自分の心も表現できるし、一石二鳥。

祝祷のとき、手を差し出すのは、初めて~
あ、でも、nikkouはいつも目を閉じているから、
みんながどうしているか、気付かなかったのか。
そういえば、牧師は手を挙げているもんね。
いいかも。こんど、nikkouも、手を挙げてみよう。

Posted by: nikkou | July 09, 2007 at 11:59 PM

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