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August 30, 2007

ハングルの賛美はスウィート

Above All
十字架にかかられて死なれた
薔薇のように 孤独で踏みつけられても
私を思ってくださった…
十字架で背負われた 私の罪のすべて
ありがとう誰にもまさって私を愛してくださって…


9月17日(月・祝)、久遠Nu Praiseゴスペルクワイアーに、
韓国より「トリニティ・ワーシップチーム」を迎え、
ゴスペルコンサートを行います。

9月17日(月・祝)

午後4時半開場

午後5時開演

入場無料(席上献金あり)

場所:久遠教会

出演:トリニティ・ワーシップ・チーム

アン・ソンジン

パク・ヨハン

ユ・ウンソン

ジュリ

Tokyo Voice of Praide
Great Joy Gospel Choir
Kuon Nu Praise Gospel Choir

Piano 原美由紀

メッセージ 吉田moTomu師

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nikkouも歌います。ハングルで歌います。
ぜひ、聴きにいらしてください。
(写真は、「アン様」こと、アン・ソンジン)

現在、久遠Nu Praiseでは、コンサートにむけての練習が佳境を迎えております。
nikkouもトリニティのCDを聴く毎日。
しかし、韓国の賛美ってのは、スウィートですなあ。
韓流ドラマのクライマックス・シーンでバックに流れていても、きっと、まったく違和感がないよ。
歌い方にせよ、節回しにせよ、ハングルの響きにせよ、
なんとも、切ない感じ。
これはなんでしょねー。

黒人ゴスペルクワイアーが来日すると、コンサートの宣伝文句は、たいがい「魂をゆさぶる歌声」とか「魂にひびくリズム」となる。
ヨーロッパ系の聖歌隊が来日すると、それが「心洗われる歌声」とか「清らかなハーモニー」とかになります。
韓国系賛美の場合、「胸がときめく」「心が震える」なんてのがいいんじゃないかと思うね。
最近、胸がきゅんとしてない、という方は必聴です。

しかも、nikkouは手話賛美までやります。
ハングルで歌い、日本語で歌い、さらには英語もまじるだろう、というコンサートなので、
訳のほかに、サイン・ダンスみたいなのがあったほうが、分かりやすいんじゃないか、ということになったわけ。
サイン・ダンスってのは、黒人教会でよく見かける、賛美をモチーフにしたダンスなのだけど、
まあ、そこまではいかなくても、手話があると、たしかに、外国語で歌われていても、分かりやすいように思います。

昨夜は、「風の音」のリハ日だったのですが、
早めに行って、先生のTさんに、nikkouの手話賛美を見てもらいました。
手話で歌詞を追ってみると、あらためて、もう、むひょむひょのスウィートさ。
イエスキリストを「踏みにじられた薔薇のように」なんて表現しちゃいますからね。
日本語の賛美じゃあこのフレーズは出てこないね。
素敵です。
「薔薇」という手話も素敵です。
聴くのみならず、見にいらしてください。ぜひ。

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August 17, 2007

As the Deer(鹿のように)

As the deer panteth for the water
So my soul longeth after Thee
You alone are my heart's desire
And I long to worship Thee

You alone are my strength, my shield
To you alone may my spirit yield
You alone are my heart's desire
And I long to worship Thee

谷川の流れを慕う 鹿のように
主よ、我が魂 あなたを慕う
あなたこそ我が盾
あなたこそ我が力
あなたこそ我が望み 我は主を仰ぐ

今回、無教会全国集会で賛美することになった歌。
歌いやすく、きれいなメロディで、名曲だなあと思う

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ドニー・マクラーキンが来日したとき、日本語で歌ってくれた。
なぜか、「あーなーたこそ、わーが、たてっ!」と、「盾」のところでこぶしを振り上げ、
「あなーたーこーそ、わが、ちからぁぁぁ」と、「力」のところで脱力し、ひれ伏すようなしぐさをした。
英語を見ると、その理由がわかるね。
譜割で、日本語の「盾」にあたるところが、
「my strength, my shield」(わが力、わが盾)になっていて、
「あなたこそわが力」にあたるところは、
「To you alone may my spirit yield」(あなただけには、わたしの心を許せます)になっている。
だれか、ドニーさんに教えてあげて。

おととい、You Tubeで検索したら、中国教会での賛美映像が次々出てきた。
中国共産党公認教会の映像なのか、アメリカの中華系教会なのか、わからないけれど、中国人も好きなのね、As the deer。
そういえば、鹿って花札にも出てくるもんね(関係ないか)。

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さて、やはりYou tubeにて、もうひとつ、素敵な映像を発見した。
英語圏の国(アメリカ?)の学生たちが、息も白い冬の路上で、こづきあったり、ふざけあったりしながら、ふいにアカペラで「As the deer」を歌い出すのだ。
それが、とても上手で、ときどき、ちょっとふざけたりしながらも、息が合っていて、なんだか、懐かしい気持にさせられる。
最後に、東洋人の男の子がこちらをむいて、ぺこっと頭を下げるのが日本人っぽくて、たまらなくかわいい。
毎日、もう何度でも見ちゃう。

留学したこともないのに、この映像のなにが、こんなにノスタルジックなのだろう。
学生時代の、屈託のなかった日々を思い出すのか、
ゴスペルをはじめたころの、わくわくした気持ちがよみがえるのか。

そうそう、無教会の友人の高橋さんが、毎朝の個人でささげる礼拝(「デボーション」と言う人たちがいるが、なんか、専門用語ぽくて好きじゃない。だれか、こなれた、良い訳語を考えてください)をブログにアップしているんだけど、ときどき、朝の散歩の途中で口ずさんだ讃美歌を載せている。黙想、聖書、祈りだけじゃなくって、散歩までが礼拝の一部なのね。
Keep on praising.
そうやって、日々の生活のなかで、何気なく歌えることが、一番幸せなんだと思う。

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August 15, 2007

無教会全国集会

お知らせです。
10月に、無教会の全国集会が開催されます。

日時:2007年10月7日(日曜日)~8日(月曜日・祝休日)

場所:青山学院大学青山キャンパス内・ガウチャーメモリアルホール(記念礼拝堂)

    (地下鉄表参道駅より徒歩3分) 

   〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25

主題:「真実の所在――今、良心に生きるとは――」

参加費:全日(7日~8日):6000円(学生2000円)

     7日のみか8日のみのいずれか:3000円(学生1000円)

申込みは、こちらからどうぞ

また、くわしくは「一粒のぶどう」ホームページをご覧ください。

nikkouも参加します。
8日の朝9時より、特別讃美があるのですが、
徳島聖書キリスト集会の手話讃美グループのみなさんと、
わが「風の音」合同で、手話讃美をします。
曲目は、
「鹿のように」
「わたしが生まれる前から」(Lyre リラ)
「輝く日を仰ぐとき」
です。
徳島と東京なもんだから、DVDを交換しあって練習中。

無教会ってなに?という方、
無教会だかなんだかわからないけど、イエスキリストという人にはちょっと興味がある、という方、
ぜひどうぞおいでください。

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August 14, 2007

ろうあ者聖会に参加してみた!

『眠られぬ夜のために』第一部
「8月12日
『人間は、私心なく献身することによって同胞の幸福を作り、探求し、増進しようと努めるときにはじめて、真の人間、つまり神の似姿になりはじめる。たんに自分自身のために存在するだけならば、人間とはいったいなんであろうか。』(ヒルシュ『イスラエルの祈り』)。」

(前田敬作訳:筑摩叢書)

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昨日、今日と、二日間、手話讃美「風の音」のメンバーとともに、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団というキリスト教の一教派の「全国ろうあ者聖会」に参加してまいりました。
全国から130人のろうあ者が集合、健聴者は、30人程度。
聖書のメッセージはもちろん、讃美も、お祈りも、おしゃべりに至るまで、手話でありました(写真は、手話のおしゃべり中)。
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手話の聖書寸劇もあり→、
イエス様まで手話でお話し。まるで、外国にきたような気分。

メッセージをした、小岩栄光キリスト教会の牧師は、たしか、30年ほど前(?)に、ろうあの方が教会にいらしたのをきっかけに、夫妻そろって手話を勉強したとのこと。すると、あの教会の牧師は手話ができる、ということで、あれよあれよとろうあ者が集い、やがて「小岩ろう栄光キリスト教会」が併設される状態になったそうです。なんだか、神さまが生んだ教会、という感じで、いいなあと思う。もちろん、その神さまからの呼びかけに必死に応答した牧師夫妻もえらいです。
そんな牧師先生なので、手話がうまい、…というか、早い。初心者のnikkouには読み取りがたいへん。ろうあの方にマイクは不要なので、声は出ているようだけれど、とても遠い。したがって、手話を読み取るしかなく、相当勉強になりました。

聖会のテーマはまさに、「わたし(キリスト)の教会をたてる」。
ペテロの信仰告白「あなたは生ける神の子です」に答えて
イエスは「わたしはこの岩の上にわたしの教会をたてる」と宣言した。(マタイによる福音書16章16節~18節)
教会をたてるのは、牧師じゃない、大工でもない、神様が、ひとりひとりの岩=信仰の上にたてるのです、というお話を手話でされました。
たしかに、小岩栄光キリスト教会では、信仰をもちよって、ろう教会がたったのだから、説得力があった。

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讃美も、とても多かった。
ろうあの方にメロディは関係ないので、一定のテンポで、繰り返し、繰り返し、手話で歌う(というか、踊る)。だから、逆にメロディを知らない歌のほうが、ついていけました(メロディを知っていると、不要にのばしてしまうので、どんどん置いて行かれる)。
手話讃美は全身を使うため、とても華やかに見えました。

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アッセンブリーズ教団というのは、たしか、聖霊派という教派のひとつ。
新約聖書の使徒行伝という章に出てくる、「聖霊の降臨」という現象があることが特徴です。今回は、2日間のうち、3回、「聖霊降臨」がありました。
「聖霊降臨」が始まると、「異言」があふれ、人々が震えたりゆれたりする。
会話はつねに手話で、休憩時間でさえも音だけは静かだった会場が、このときばかりは、割れんばかりの大音声で、騒然となりました。
異言も手話なのかな、と見回してみたけれど、やはり、音声のようでした。

「風の音」のメンバー4人のうち、nikkouともう一人は、「異言」にあまり親しみのない教会に通っているので、「異言」には参加できず、「聖霊降臨」の時間は、おとなしく聖書を読んでいました。

ゴスペルも、手話讃美も、「讃美」ってのは、教派を超える。
おかげで、いろんな教会の礼拝に参加できて、ただでさえ狭い人間の幅を、多少なりとも広げてもらってる気がします。
あたらしい手話もたくさん覚えたし(それこそ、「異言」とか)、たいへん充実した二日間となりました。

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August 12, 2007

川崎Little Light Singersコンサート

今日は、リトルライトのリハーサル日。
いっとき、開店休業状態でしたが、10月14日にコンサートが決まってからは、練習も充実してきました。つねに4~5人はそろって、讃美の声を磨いています。
1年たって、このメンバーで歌うのも、ようやく慣れてきた感じ。
今日も、「Down in the river to pray」(川辺で祈ろう)や、「Steal away」(イエスのもとに逃れていこう)などを歌いましたが、もう、当初のころのような、おずおずとした弱々しい歌い方ではなく、歌の輪のまんなかに、ふわっと主イエスが座っているような、明るさとたしかさにあふれていることに、思わずはっとしました。
いつのまに、リトライ、こんなに歌えるようになったんだろう。

最近は、ホームページができたおかげで、ぽつん、ぽつんとお問い合わせも来るようになりました。
新メンバーも入りました。

ほんと、不思議。
指導者もピアニストもいない、まったくの素人集団で、1年間、歌い続けることができた。
そして、「教会」にも、「キリスト教」にも、縁もゆかりもなかった、という人たちが、ゴスペルを歌う、という1点において、仲間になり、ともに祈りあうようになった。
自分自身、ゴスペルクワイアーを通して主イエスに出会ったので、ゴスペルというのは、そういう力をもったものだ、ということはよく分かっていると思っていたのだけれど、
こんな不安定な状態から始めたゴスペルシンガーズでも、ちゃんと歩みを進められている、ということには、小さな奇跡を感じる。

というわけで、成長しつつあるゴスペルシンガーズのコンサート、ふたたび、ご案内です。

川崎リトル・ライト・シンガーズ ゴスペルコンサート

10月14日(日)

午後2時から3時半

於 川崎教会

ゲスト 武義和さん(小国フォルケホイスコーレ代表)

曲目 「Steal away」「This little light of mine」

「Amazing Grace」「Down in the river to pray」

「Seek Ye first」「おひさまのうた」

乞うご期待!

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August 10, 2007

「異端」と呼ばれる宗教のこと

『眠られぬ夜のために』第一部

「8月5日
ペシミストたちを言葉で改宗させようなどと、むだな骨折りをしてはならない。

人間の考え方を変えさせるのは、神にのみできることであって、われわれのなしうることではない。」
(筑摩叢書:前田敬作訳)

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暑いですねー。東京も夏空。
さて、最近、nikkouたちの家に、キリスト教の「異端」と呼ばれる宗教のひとつの方が尋ねてくるようになった。かならず二人組みでやってきて、その宗教の機関紙を置いていく。
玄関先でちょっと話してみたが、穏やかで品がよく、いつも微笑みを絶やさず、話す範囲においては、さほど「異端」性は感じられない。
なもんで、思わず直球できいてしまった。
「なぜ、あなたたちは“異端”って言われてるんですか?」
するとふたりは、困ったような微笑を浮かべて顔を見合わせていたが、やがて「三位一体を認めないんです」と言った。…ふむ、なるほど。たしかに「三位一体」というのは、なかなか腑に落ちないものである。nikkouも、ただなんとなく、そんなもんかと思っているくらいである。
でも、それだけで「異端」? 三位一体がわからない、ということは「正統」と呼ばれるプロテスタントのクリスチャンにもよくあることのような気がするけれど。

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August 02, 2007

時事問題と聖書

『眠られぬよるのために』第一部
「7月30日

『主は高くいらせられるが低い者をかえりみられ(詩篇138篇6節)
この世のすべての驕慢な、華美なものからは、かならず遠ざかっておられる…。
これだけは文句なしに信じてよいことである。」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

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佐藤優『国家の罠』を読んだ。鈴木宗男氏逮捕に連座して、東京地検特捜部に逮捕された外務省官僚ですね。ずっと前に買って積読していたんだけど、ゴトウさんが以前ブログで「佐藤優は典型的日本人クリスチャン」と書いていたので、にわかに興味を惹かれたのであります。で、つい面白くなってしまって、立て続けに『国家と神とマルクス』と『反省』も読んだ。
彼のキリスト教理解についてうんぬんする知識や思考力はnikkouにはないけれど(なんてったって、彼は神学部出身)、ただ、変わった人だなあ、とは思った。
獄中生活は語学と思想書と聖書を集中して読めたから快適、と言い放つ。「世間の目」や「金銭欲」や「名誉欲」ではなく、まっすぐに突き進む独特の時間感覚の中で燃えるような使命感をもって仕事をしていること。移り変わる国の法律よりも、自らの信念に立つ、という自信。たしかに、その背景にはキリスト教信仰がある気がする。

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『国家と神とマルクス』は、サヨクの「情況」という雑誌と、ウヨクの「月刊日本」という雑誌の両方に載せた論考やインタビューを一冊にまとめたもの。そんなウヨサヨあっさりまたにかけちゃう感じは単純に面白かった。
『反省』のほうはちょっと意地悪な本でした。外務省官僚のひとたちを写真つきで「無能なのに情熱的」とこてんぱんに言ったりして、自分はどっちかというと「無能で情熱的」なほうなので、身がすくむ思いだった。

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で、読みすすめながら、ぼんやり思い出していたのが、堀エモン逮捕のこと。

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