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August 02, 2007

時事問題と聖書

『眠られぬよるのために』第一部
「7月30日

『主は高くいらせられるが低い者をかえりみられ(詩篇138篇6節)
この世のすべての驕慢な、華美なものからは、かならず遠ざかっておられる…。
これだけは文句なしに信じてよいことである。」

(筑摩叢書:前田敬作訳)

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佐藤優『国家の罠』を読んだ。鈴木宗男氏逮捕に連座して、東京地検特捜部に逮捕された外務省官僚ですね。ずっと前に買って積読していたんだけど、ゴトウさんが以前ブログで「佐藤優は典型的日本人クリスチャン」と書いていたので、にわかに興味を惹かれたのであります。で、つい面白くなってしまって、立て続けに『国家と神とマルクス』と『反省』も読んだ。
彼のキリスト教理解についてうんぬんする知識や思考力はnikkouにはないけれど(なんてったって、彼は神学部出身)、ただ、変わった人だなあ、とは思った。
獄中生活は語学と思想書と聖書を集中して読めたから快適、と言い放つ。「世間の目」や「金銭欲」や「名誉欲」ではなく、まっすぐに突き進む独特の時間感覚の中で燃えるような使命感をもって仕事をしていること。移り変わる国の法律よりも、自らの信念に立つ、という自信。たしかに、その背景にはキリスト教信仰がある気がする。

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『国家と神とマルクス』は、サヨクの「情況」という雑誌と、ウヨクの「月刊日本」という雑誌の両方に載せた論考やインタビューを一冊にまとめたもの。そんなウヨサヨあっさりまたにかけちゃう感じは単純に面白かった。
『反省』のほうはちょっと意地悪な本でした。外務省官僚のひとたちを写真つきで「無能なのに情熱的」とこてんぱんに言ったりして、自分はどっちかというと「無能で情熱的」なほうなので、身がすくむ思いだった。

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で、読みすすめながら、ぼんやり思い出していたのが、堀エモン逮捕のこと。

「堀エモンってかっこいいよな~」と盛り上がっている証券マンはバカっぽい、と書いたことがあったけれど、彼が逮捕された直後は、あんまり彼のことを話題にしたくなかった。少なくとも倫理的にうんぬんしたくなかった。
堀エモンがなんで逮捕されたか、ということ自体、nikkouはよく分からない…と、いうこともあったけれど、それだけじゃなくって、なんとなーくひっかるようなところがあったのであります。
『国家の罠』を読んで、その違和感を、ようやく言葉にできる気がする。
つまり、検察ってのは、別に「正義の使者」なんかじゃない、ってことだ。
といっても、「検察は腐敗している」とか「権力者に正義はない」とかって息巻くほどのことじゃなくって、単に、彼らは、この国の法律と、世の流れとに従って、「仕事」をしている公務員にすぎないってことで、それを「神の裁き」とか「正義」とかってとらえるのは、ちょっと違うんじゃないかなあ、と思っていたのであります。

堀エモンが逮捕されたとき「金持ちが神の国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」というイエスの言葉を引用する文章や発言をすごくよく見聞きした。
気持ちは分かる。よーく、分かる。
彼のそれまでの言動がいまいち共感できなくって、それなのに、世の中は彼を思いっきり持ち上げていて、そうかなあ、彼にそんなに価値があるかなあ、と思っていた人たちが、「ほーら、やっぱりイエス様が言ったとおりだ」と言いたくなるのは、もう、ほんとによく分かるんであります。
でも検察はただ、人間の世界のルールにのっとって仕事をしただけじゃないかと思う。
検察が仕事をしていようがしていまいが、「神の国と神の義」は、厳然としてある。
だから、世の中が堀エモンフィーバーだったとき、大きい声で「そんなん、価値なんかない!」と言うとか、世が彼を忘れ果ててしまったときに、神様は彼をどうみてるかな、って思い巡らすほうが、ずっといいんじゃないかな、と思っていたのであります。

現在、中国では、キリスト教伝道をした宣教師や家庭礼拝をやっていたクリスチャンの方が、とっつかまっては刑務所にいれられているという。
刑務所に入れられた、という一点においては、堀エモンも佐藤優も中国のクリスチャンも一緒だ。
だから、人間社会のルールに従わなくて、刑務所に入れられたということと、
神の愛と義を拒む人は、神の国に入れない、ということは、
全然別だ、と思う。

そういえば、バブルの真っただ中に、名前を忘れちゃったけどある無教会の伝道者さんが「バブルは神の罰だ」と言い放ったんだって。「えー? なにいってんのー? 祝福じゃないの?」と周囲の人は驚いたんだけど、バブルがはじけて色んな問題が見えてきて、やっぱり罰だったかも、としみじみ思い返したそうです。
そういうの、ちょっとかっこいいよくない?

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Comments

nikkouちゃん、「バブルは神の罰」かっこいいよ!バベルの塔みたいだったもの、あの時代(大学卒業後すぐバブルでした)。

この世の法律というものについてのnikkouちゃんの考察、私も同感です。法律は人間が作ったものであり、しょせん完全なものなんかではない(だから「極刑」には反対)。
ただ、人間社会のルールとしてあるわけであって、「カエサルのものはカエサルに」ってのは税金の話だけど、「カエサルの法はカエサルの領土内では有効」なんでしょう。
ただ、その「カエサルの法」をより「神の正義」に近づけていくための努力はクリスチャンとして必要だと思う。

佐藤優の「典型的日本人クリスチャン」説、最近いろいろあってちょっと私の「日本のクリスチャン」像に変化があったので訂正します。
「日本人インテリクリスチャンの一典型」。
どうでしょう?

Posted by: ゴトウ | August 03, 2007 at 10:12 PM

ゴトウ姉
「バブル」=「バベル」ね!なるほど!

>ただ、その「カエサルの法」をより「神の正義」に近づけていくための努力はクリスチャンとして必要だと思う。

そうですねー。この世がまだ滅びないであるかぎりはね。「めんどくせーな、はやく終末がきて、神の支配ってのにならんかねー」と思いたくもなる昨今ですが(終末ってのはそんなお手軽じゃないか!?)、努力を続けたいと思います。

>最近いろいろあってちょっと私の「日本のクリスチャン」像に変化があったので

はは…。すみません、なかなかお力になれず。
池袋ジュンク堂で佐藤勝書店(佐藤勝セレクトによる棚のコーナー)をやってますが、キリスト教の棚が3つあって、並べている神学者の名前を見る限り、リベラル系ですねー。ま、そうだろーな、決してビリーグラハム系じゃないよなー、とは思ってたけど。

Posted by: nikkou | August 04, 2007 at 10:10 AM

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