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September 22, 2007

トリニティ&久遠Nu Praise ゴスペルコンサート

主があなたに成し遂げるみざわに 期待してる
チュニ ムニトゲ ケウェカシニル ムルトゲ ハシム キデヘ

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17日(月)、トリニティ・久遠Nu Praiseゴスペルコンサート、無事終わりました。
今思い出しても胸ときめく、素晴しいコンサートでした。

コンサートのため来日したのは、アン・ソンジンさん、パク・ヨハンさん、ジュリさん、ユ・ウンソンさんの4名。
韓国ではトップアーティストの部類に入るそうです。

コンサート前、クワイアーで軽くリハーサルをしていると、彼らが到着。
歌っている最中だったので、横目でそっとみると、礼拝堂の後ろに静かに腰掛けるなり、それぞれが、一瞬、頭を垂れてじっとしている様子が見えました。
おそらく、それぞれで祈っていたのだと思います。

やがて、私たちが歌い終わるや否や、笑顔で立ち上がって、一緒に讃美。
仄聞するところでは、経済発展の著しい最近の韓国では、反日感情はだいぶ薄まっているそうで、たまちゃんのブログでも「いつまでも日本が韓国にしてきた罪を許さずにいる私たち(韓国人)の罪を謝罪します。」という韓国のクリスチャンの方々が紹介されていました。
日本人からは「罪を赦さない罪」なんて絶対言っちゃいけないせりふですが、
それでも不思議なことに、「赦し」の前では素直な謝罪の思いが湧いてくるというのも、事実であります。

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コンサートでは、Oh Happy Dayなどのブラック・ゴスペルもありましたが、おおかた韓国オリジナルの讃美。字幕も出ました。ストレートに神への愛の表明をした歌や、「父なる神」の父のイメージがじつに豊かな物語性を帯びているというか、具体的に描かれているように感じる歌などが多く、韓国の讃美は、感情表現が非常に豊かであるように思います。

とくにnikkouは、「期待(キデ)」という歌が好き。

主イエスにあって われらひとつ
姿は別々でも 互いに愛し はげましあい あたたかく包みあおう
主がわれらと一緒だから 兄弟の心を感じる
君のうちに 主を見る
喜んでいる 主を


主がわれらを出会わせて 足りない唇に讃美をくれた
主があなたに成し遂げるみわざに 期待してる

この歌は、日本のクワイアーも、一生懸命覚えたハングルで一緒に讃美しました。
この歌が本当なら、
生まれた国が違っても、互いのうちに主をみることができるのなら、
主が目の前にいる人にみわざを成し遂げようとしている、ということを期待することができるのなら、
決して、世に争いは起こりえない。
というか、相手を損なうことは、主のみわざを押し留めることなので、神への冒涜なんだろうと思います。
主があなたになしとげるみわざに期待してる…うまいことを言ったものです。

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nikkouは、アンソンジンさんの後ろで手話讃美をしておりました。
コンサート後のパーティで、アンさんに「チュワ、Good」(手話、よかったよ、という感じ?)とほめてもらったので、
おぼつかない英語でもって、「韓国に行った時、同じ手話を、教会で見ましたよ」ということを言ってみたところ、「本当?」とおどろいて、それから、ぎゅっと肩をハグしてくれました。言葉でうまく伝えられなくても、親愛の情はあふれんばかりに伝わりました。
コンサート後のパーティでは、浴衣をプレゼント。
男物は、nikkouのセレクトです。

コンサート後ではありますが、ハングルのテキストを購入。遅ればせながら、好きになってしまいそうです、韓国(…ではなく、アン様?)。

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September 15, 2007

Joyful Noise Singers

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先週の日曜日、池袋中央福音教会にて、
Joyful noise singers(略してJoy-noi)のライブがありました。(わが友、Tamaちゃんのブログもご参照あれ。)
リトライのリハのあと、nikkou、直行しましたよ。
だって、もう、大ファンなんですもん。

Joy-noiは、美女4人組のゴスペルコーラスグループ。

Piano KOJIプロデュースの4人組R&B女性ユニット。TCAで音楽を学ぶ同級生だったが、当時の講師であったMeg(粟野めぐみ氏)との運命的出会いにより、教会音楽に触れる。その後、Meg & Piano KOJIと活動を共にし、その音楽面、精神面の両方に影響を受け、1999年Joyful Noise Singersを結成。ハーモニースキルにあふれたヴォーカルテクニックは唯一無二。ポップ+R&Bテイストを横断したキャッチーな曲調に、ストイックかつクリスチャニティーを基盤に据えた芯のあるスピリチュアルな女性グループ。

歌はうまくて
表現力も豊か、
そろいの黒いスーツがとってもセクシー。
なによりも、歌の合間合間にはさまれる主イエスとの出会いの話に気負いがなくって、
心にことんと落ちる感じ。
CDも持っているけど、やっぱり生演奏はいいね。
たっぷり聴きひたって見とれて、一緒に歌って踊って、泣いて笑って、たまっていた毒が全部ぬけちゃった気分。
すっかりデトックスな2時間となりました。

nikkouが彼女たちの歌を初めて聴いたのは、
アメリカのオークランドでした。
毎年6月、40~50人ばかり日本中のゴスペル・ファンを大編成して、
オークランドはLove center church、
日本でもOh Happy Dayの作者として知られるエドウィン・ホーキンズが牧師を務める黒人教会の
ゴスペル・ワークショップに参加するツアーがあります。
nikkouがこのツアーに参加したのは2003年、27歳でありました。
日本からの讃美チームとして大きな教会の舞台に立ったとき、
まず歌ったのが、このJoy-noiのメンバーたち(当時は5人でした)。
そのとき、思ったよ。
なんて、綺麗な人たちなんだろう。

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その後、いつ見ても、何度見ても、飽きることなく見とれる。
讃美するときの、うなずきひとつ、笑顔ひとつとってみても、
美しい。
心から、讃美が、いや、主イエスが好きなんだと、分かる。
讃美の歌が、説得力にあふれている。

人間って、中身が顔に出るね。
女30年以上やってきて、ようやく悟った。
生き生きした心をもった人は、
顔…もっと正確にいうと、表情や体の動きが、とても美しい。
逆に、顔のつくりはきれいなのに、なんかブスだ、って人もいる。
(先日、バスの中でそういう女の人を見て、すごく怖かった。
眼が合わないようにしよう、と思って逆に泳いじゃったよ。)
nikkouも疲れているとブスになるらしく、
相方に「最近nikkouさんブスだからゴスペル歌ってきたほうがいいよ」
とまで言われる。
そんでもって、歌って帰ってくると「あ、かわいくなって帰ってきた。やっぱりゴスペル歌ったほうがいいね」と言ってもらえる。
別に、そ~んなスウィートな新婚生活デスッてお話じゃなくって、
人間の心と体ってそんなふうに作られているもんなんだ、ということがいいたいのだ。

Joy-noiにあこがれてゴスペルを始めた、という女の子も少なくない。
あこがれて始めて、そして今なお歌っている、という仲間も多い。
そう、いまなお歌っているよ。
おばちゃんになっても、おばあちゃんになっても、生き生きと、綺麗いたいと思う。
ゴスペル歌い続けて50年、というおばあちゃんたちが出てくるころの日本が楽しみじゃない?

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September 10, 2007

天国の“先触れ”

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川崎リトルライトシンガーズ、HP効果で、じわじわメンバーが増えてきました。
一年前にはじめた当初は、
ピアニストもいない、
ディレクター(指揮者)もいない、
練習の仕方も、
曲の選び方もわからない、
のナイナイ尽くし、
あるのは、ただ場所(川崎教会)と、メンバーの想いと、周囲の祈りと、神様のみこころのみ、という状況でした。
nikkouが慣れないディレクション(指揮)をし、
ほとんどがアカペラ。
当然、うまくいかないこともたくさんあって、一回で挫折した歌、メンバーがだれも来なかった日、メンバーが来てもなんだかぱっとしないリハーサル等、何度もありました。
そしてあまりの緊張に、最初の半年は、毎回リハが終わって帰宅すると、床に倒れこんでそのまま寝こんでしまうこともありました。

なのに、1年たってみれば、なんだかまとまりがついているし、
歌の意味も共有できるようになってきたし、
アカペラだけでも全然だいじょうぶだし、
1時間半の練習時間があっという間なくらい、充実している。
奇跡ですよ、これは。

のみならず、
新しくメンバーになった人、見学に来た人が、「楽しかった」と言ってくれる。
そして、それが本心だった証拠に、つぎのリハーサルにも来てくれて、一緒に歌ってくれる。

昨日はつくづく思った。
やめなくて、よかった。
ただただ愚直に、賛美し続けてきただけだけど、
主はリトルライトを見捨てなかった。

先週の久遠Nu Praiseのリハーサルに、もとオアシス・ゴスペル・クワイアーのディレクター(指揮者)で、現在リトル・ロック・ゴスペルクワイアーのディレクターをしている寛子ちゃんが遊びにきた。
久遠Nu Praiseのディレクターえっちゃんと並んで、
寛子ちゃんも一緒に賛美したり,ディレクション(指揮)をしたりしてくれた。
その横では、やはりかつてオアシスでピアノを弾いていたみゆきちゃんが、伴奏をしていた。

オアシスは、nikkouが初めてゴスペルに出会ったスタジオであり、主イエスを受け入れたクワイアーである。
オアシスのディレクターは、このえっちゃんと、寛子ちゃん、そしてみゆきちゃんと、なんちゃんという、綺麗で若い女性4人組だった。
ピアノは、ピアノコージさん(いまや、ゴスペル界の大御所)、
オーナー兼マネージャーが、羽田さんという屈強な体に熱いクリスチャン魂を持った男性だった。
この豪華な布陣の「オアシス」に、
たくさんの同世代の仲間たちが、仕事帰りへとへとになりながらたどり着き、
賛美を歌い、心を解き放ち、
ストレスを「ゴスペル(福音)」に入れ換えて、帰っていった。

久遠で歌いながら、
ふと、オアシスを思い出した。
あの場所は、nikkouにとって、天国の“先触れ”だった。
ホンモノの天国は、たぶん、あのオアシスをもっとすばらしくした世界なんだと思う。

もう一度、天国に浸りたい、そういう思いで、リトルライトを始めた。
そういう場所を知っているって、とても幸せなことだ。
オアシスと、リトルライトと、そして、その両方を創られた主に、感謝の気持ちでたえない。

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September 04, 2007

内村鑑三「非戦論」

『眠られぬ夜のために』第一部

「9月6日
…このような謙虚は、重い苦難の時期を経てはじめて、人間の内部に生じるのである。…」
(前田敬作訳:筑摩叢書)

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毎月、第一土曜日は、「内村鑑三読書会」で、
今は「非戦論」(岩波書店)を読んでいる。
9月1日の読書会は、nikkouがプレゼンターでした。
まるで学生時代のゼミみたいに、担当した箇所をまとめて、資料をあつめて、レジュメを作って、発表するのだ。
学生時代は、めんどくさかったそんなこんなが、
大人になると、楽しいったらありゃしない。

で、9月1日、nikkouがあたったところは、1904年4月、まさしく日露戦争がはじまったころに発表された文章。

彼が非戦論を唱え出したのは、日露戦争から。日清戦争のころはまだ、ぐらついている。
でも日露戦争のときは、もう、きっぱりと非戦、そして、無抵抗主義です。

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時代背景を見ると、そんな文章を発表するのは、すごい勇気がいったろうと思います。
日清戦争のあと三国干渉で遼東半島をうばわれた恨みをはらさずにはいられまじの「臥薪嘗胆」戦争論から、
このままほっとくとロシアに国をのっとられるぞ、という「防衛戦」論、
そして、朝鮮半島侵略にいざ臨まんとする「経済」的観点からの主戦論…、
もう、国中がぐつぐつに煮え立った状況だったろうと思うのです。

ただでさえ、その10年前には、「不敬事件」でもって、家に石を投げ込まれるわ、奥さんは過労で死ぬわで、苦渋をなめていた内村鑑三、どうして、そこで非戦論が言えたのか。

現代でも、日露戦争っていうのは、評価が高かったりする。
たとえば、日本が、初めて白色人種に勝って世界の有色人種に勇気をあたえた良い戦争でした、とか、まだ日本に武士道が生きていた古きよき時代の戦争でした、とか。
そして、内村の非戦論は、「そういう意見も許容していたくらい、日本は表現の自由があったのです」という文脈で語られていて、本文自体は、ちゃんと検討されていない気がする。
Nikkouも、今回はじめてちゃんと読んだよ。

読みつつ、なんだか、それまで停止していた思考が動き出すというか、固定観念ががくん、がくんとはずされる、というか、そういう感覚がする。

それは、内村の文章が論理的で感動的だから、ではなく、その逆。
事態の進行のなかで、どう考えても戦争はイエスの考えと違う気がするんだけど、
非戦論はどうも分が悪い、
いったいどうしてなんだろう、どうすりゃいいんだろう、という内村の苦しみに、
それまで、ついうっかり乗っかってしまっていた「日露戦争=よい戦争」という文脈から、
ぶるん、と振り落とされてしまうのだ。

振り落とされて、見えてくる世界には、ちょっと戸惑う。
その世界を、うまく言葉にできない。

日露戦争に負けていれば、内村の非戦論も、理解しやすかったかもしれない。
日露戦争の勝利後、内村はますます分が悪くなったろうな、と思う。
そんななか、彼は、イエスのこの言葉をひく。

「柔和なるものはさいわいなり、その人は地を嗣ぐことを得べければなり」(マタイ福音書5章6節)


そして、こんなこともいう。

「悪を悪とみとめてやまざるの結果、悪人に殺されることはあるかもしれない。」(無抵抗主義の教訓)

命がけの、非戦論。いや、命も惜しくない非戦論。
「たぶん、彼は終末から世を見ていたんだろうね」と読書会のメンバーのK兄がいい、「そうだね、きっと」とS兄が応じる。

終末観がなくて、
死んだあとなど何もかも、あとは野となれ山となれ、という世界観だったら、
日露戦争=良い戦争なんだろう。
終末からみれば、
まだ、日露戦争の、本当の評価は出ていない、ということか。

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思いわずらうもんか

『眠られぬ夜のために』第1部
「9月1日

わたしは自分のためには
悲しみつくし、十分生きつくした。
自分で作った家はこわれはてたが、
その中から新しい家がそびえ立つのだ。…」
(前田敬作訳:筑摩叢書)

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日曜の午後、相方とふたりで小劇場の芝居を観にいきました

「だてうはゆっくりと砂をはむのだ。」(東京ブラッディフール)

小劇場らしい社会派的なテーマをユーモアでくるんだお芝居で、とても面白かった。

芝居は2幕構成で、
前半は、登場人物たちの「おにいちゃん」が交通事故でなくなってその3回忌の前日、という設定。
アメリカと「隣のあの国」とが戦争をしていて、
日本の自衛隊も巻き込まれているらしい。
ときおり、上空を戦闘機が飛んでいる。
その下で、不倫騒動だの、えせ平和活動だの、格差社会だの、企業責任と言い逃れだの、といったどたばたが続いて、この先はどうなるんだろう、という閉塞感やら不安やらに漠然と覆われたところに、
ミサイルが落ちる。

暗転して、2幕目。
「おにいちゃん」が生きている最後の日まで時間が戻る。
その日は、なんとなく、希望に満ちていて、今の幸福や、今夜のことや、明日や未来が語られていたりする。
3年後を知っている私たちは、その「今」が続かず、今夜や明日や未来が、彼らが語るものとはまるで違うものになることを知っていて、
なんとなく切ない。

芝居の幕切れは、なんだか無理やりっぽく感じた。
2幕目の最後に、またミサイル(?)が落ちるの。
でも、そうとでもしなければ、芝居が終わらないんだろうなあ、とも思った。

不安にせよ、
希望にせよ、
明日のことはまったく分からない、ということを
言いたいお芝居なんだろうか、なんて思いながら帰ってくる。

ところで、nikkou母が最近、とんでもなく機嫌がいい。
nikkouが結婚したかららしい。
3年前は、「小学校時代の同級生のだれだれくん、結婚したらしいよ」みたいな話をしようものなら「あっそぉ、だから? あー、つまんない、おかあさん、今、男が結婚する話が一番つまんない」と言い放った。
獲物の数が減るからか?と娘たちは陰で腹をかかえて笑った。
先日、その話をしたら、母は、まるっきり忘れていた。

結婚のみならず、いろーんなことが、3年前、4年前には予測もつかないかった状況になっている。
3年前、4年前に、くよくよ悩んだり、ぼろぼろ泣いたりしたことが、こっぱずかしくなってくる。
だから、この先、3年後、4年後も、いや、明日さえ、思いもよらない状況になっているんだろうな、と、つくづく、思う。またこっぱずかしい気持になるのが嫌だから、この先二度と「思いわずらう」もんか、という気にさえなる。

芝居を観て、相方が、「終末とか、再臨とか、そういう観点から見ないと、人生ってのは、救いようがないんだよな」と言っていた。芝居のアンケートにまで書いていた。まあ、言いたいことは分かるが、先方は引くよ、きっと。

nikkouも、このままコロコロと状況が変わって、ぶわーっと拡散しておしまい、という人生には耐えられない。
終末だか再臨だかで、一度、nikkouの人生のお話を纏め上げてほしい、と思う。
(逆に、ぶわーと拡散して、無になりたい、という人は、仏教のほうがむいているのかも)
だから、「終末」ってのは、希望だ。
イエスの言う「明日のことを思いわずらうな」ってのも、単なる教訓や道徳じゃなくって、忘れがちな本当に本当のことを言ってるんだけじゃないかと思うよ。

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