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September 04, 2007

思いわずらうもんか

『眠られぬ夜のために』第1部
「9月1日

わたしは自分のためには
悲しみつくし、十分生きつくした。
自分で作った家はこわれはてたが、
その中から新しい家がそびえ立つのだ。…」
(前田敬作訳:筑摩叢書)

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日曜の午後、相方とふたりで小劇場の芝居を観にいきました

「だてうはゆっくりと砂をはむのだ。」(東京ブラッディフール)

小劇場らしい社会派的なテーマをユーモアでくるんだお芝居で、とても面白かった。

芝居は2幕構成で、
前半は、登場人物たちの「おにいちゃん」が交通事故でなくなってその3回忌の前日、という設定。
アメリカと「隣のあの国」とが戦争をしていて、
日本の自衛隊も巻き込まれているらしい。
ときおり、上空を戦闘機が飛んでいる。
その下で、不倫騒動だの、えせ平和活動だの、格差社会だの、企業責任と言い逃れだの、といったどたばたが続いて、この先はどうなるんだろう、という閉塞感やら不安やらに漠然と覆われたところに、
ミサイルが落ちる。

暗転して、2幕目。
「おにいちゃん」が生きている最後の日まで時間が戻る。
その日は、なんとなく、希望に満ちていて、今の幸福や、今夜のことや、明日や未来が語られていたりする。
3年後を知っている私たちは、その「今」が続かず、今夜や明日や未来が、彼らが語るものとはまるで違うものになることを知っていて、
なんとなく切ない。

芝居の幕切れは、なんだか無理やりっぽく感じた。
2幕目の最後に、またミサイル(?)が落ちるの。
でも、そうとでもしなければ、芝居が終わらないんだろうなあ、とも思った。

不安にせよ、
希望にせよ、
明日のことはまったく分からない、ということを
言いたいお芝居なんだろうか、なんて思いながら帰ってくる。

ところで、nikkou母が最近、とんでもなく機嫌がいい。
nikkouが結婚したかららしい。
3年前は、「小学校時代の同級生のだれだれくん、結婚したらしいよ」みたいな話をしようものなら「あっそぉ、だから? あー、つまんない、おかあさん、今、男が結婚する話が一番つまんない」と言い放った。
獲物の数が減るからか?と娘たちは陰で腹をかかえて笑った。
先日、その話をしたら、母は、まるっきり忘れていた。

結婚のみならず、いろーんなことが、3年前、4年前には予測もつかないかった状況になっている。
3年前、4年前に、くよくよ悩んだり、ぼろぼろ泣いたりしたことが、こっぱずかしくなってくる。
だから、この先、3年後、4年後も、いや、明日さえ、思いもよらない状況になっているんだろうな、と、つくづく、思う。またこっぱずかしい気持になるのが嫌だから、この先二度と「思いわずらう」もんか、という気にさえなる。

芝居を観て、相方が、「終末とか、再臨とか、そういう観点から見ないと、人生ってのは、救いようがないんだよな」と言っていた。芝居のアンケートにまで書いていた。まあ、言いたいことは分かるが、先方は引くよ、きっと。

nikkouも、このままコロコロと状況が変わって、ぶわーっと拡散しておしまい、という人生には耐えられない。
終末だか再臨だかで、一度、nikkouの人生のお話を纏め上げてほしい、と思う。
(逆に、ぶわーと拡散して、無になりたい、という人は、仏教のほうがむいているのかも)
だから、「終末」ってのは、希望だ。
イエスの言う「明日のことを思いわずらうな」ってのも、単なる教訓や道徳じゃなくって、忘れがちな本当に本当のことを言ってるんだけじゃないかと思うよ。

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