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October 31, 2007

自分が何をしているか、わかっていない

「父よ、彼らを赦してください。彼らは自分が何をしているか、分かっていないからです。」
(ルカによる福音書23章34節)

今日は、手話讃美「風の音」のお稽古日。
Lyle(リラ)の「語ってください」「眉」「月の光」の三曲を賛美しました。
相変わらず師匠、土屋さんの手話は美しく、
「語ってください」の「一人じゃないとわかっていても 悲しみに負けそうになる」
「月の光」の「ひとりで泣いていた夜も 月の光があったように」
というフレーズでは、みとれるのを通り越して、あやうく涙がこぼれるところでありました。

今日ちょうどネットのニュースで三笑亭夢之助さんという落語家さんが、手話通訳にむかって「気が散る」といって、舞台から下ろさせたというニュースが出ていた。
彼は一度、NHKの手話講座の出演者とかになったほうがいいね。知らないからそんなこと言っちゃうんだろうね。

nikkouが子どものころは、道徳の教科書や国語の教科書で障がいをもつ人の手記や詩などが取り上げられるようになっていたし、年に一回くらい盲聾唖学校との交流会があったりしたものだ。
最近の国語教科書には口絵に点字が入っていたり、nikkouの脳性まひの友人のおうちにはクラブ活動の高校生が遊びに来たりして、まあ昔にくらべて、いくぶんか障がいを持っている方との付き合い方が自然になっているんだろうか、という気がする(もちろん、まだまだ不十分だとは思うけれど)。

そういえば大学生のとき、脳性まひの方の介助のボランティアを始めようとしたら、ある年配の女性から「そんなのに関わっていたら、障害児が生まれるよ」といわれてびっくりしたことがある。やはり60代くらいの男の人とテレビを見ていたときなど、たまたま「手話ニュース」が始まって、「気分が暗くなるからチャンネル変えて」といわれたこともある。
50代から上くらいの人の中には、知的障がいを持つの方を示すのに、頭の上でくるくると指をまわす、という仕草をする人をみるけれど、あれなんかも、わたしの記憶では学校の先生に「差別的な仕草だ」ときつく怒られることのひとつだった。だから、以前、なんのためらいもなくその仕草をしながら、70代の女性が「頭がこういう方は、心が清くて」とおっしゃったのを見たときは、その悪気のなさと仕草とのギャップにすごくびっくりした。同席していた障がい者施設の職員の方がこおりついていたけど、気づいていたかな。
年配の人の、無神経だなーと思う仕草や発言を見聞きするたびに、すこしは、時代は良くなったんだろうか、と思う。

知らないことって、罪だなあと、最近つくづく思う。
知らないから許されるかっていうと、全然そんなことない。悪気がなくったって傷つくのは事実だから。

そういう意味では、わたしなんか、もう大量に罪を犯している。ベルギーの方に「ベルギーの人って何語を話しているんですか」と聞いたり(あとで友人に「nikkou、失礼だよ!」と怒られた)、学生時代、バイト先で、奥さんが美人といううわさの若い社員の方に、「お子さんはまだですか」と聞いて、あとで別の方に「あの人の奥さんは流産して、お子さんができにくいんだ」と聞いて、すごくへこんだり。
でも、そんなことを言ったらなにも言えないじゃないか、と言いたくもなるわな。親しくなるまでは、まあ話題にしないほうが無難なことってのはあるけど、それでも人と交わっているかぎり必ず摩擦はある。

「主よ、彼らをお許しください。彼らは自分がなにをしているのか分からないのです」と、てのひらに、ぶっとい釘を突き刺されながら祈った主イエスの祈りは、今もなお、わたしたちのための祈りだと思う。

知らないから、って傷つけていいことにはならない。
罪は罪だ。
主よ、今日も、わたしが知らずにだれかを傷つけていたら、どうぞ赦してください。

ああ、だから人は、赦しがなければ、人の輪のなかでは、一日だって生きてゆけないんだなあ、と思う。

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Comments

うちのお店にも知的障害者の子供さんを連れた母親や父親がよくいらっしゃいます。
その子が大きくなって一人で買い物をしに来ることもあります。
ご両親は至って親切で優しそうな人達が多いと思います。
ある一人の少年とは「よー!」と挨拶できるくらいの仲になれました。
神様は知的障害者の子供でも愛情をもって育てていくことができると見込んだ親にしかそういう子供を預けないと聞いたことがあるけど、実情はどうなんでしょうね?そうあって欲しいと祈ります。
ルカ23:34のみ言葉の使い方は難しいね。
なんとなく自分の傲慢さを痛切に感じてしまうのだけれど・・・。

Posted by: Graham | November 01, 2007 at 02:40 AM

nikkouも、養護学校の文化祭に行ったりしてたけど、かわいいよね~知的障害をもった子たちって、まっすぐで。「よー!」って挨拶してくれるの? かわいいなぁ。

みことばは…なんでも難しい…。
このみことばも、難しいものの一つかも…。
それこそ「神の栄光があらわれるために」と同じで、たしかに、うかつに使うと、傲慢に聞こえて、相手を傷つけるかも。

Posted by: nikkou | November 01, 2007 at 07:42 AM

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