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October 23, 2007

泣く人とともに泣く

喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣きなさい。(ローマの信徒への手紙 12章15節)

泣く人とともに泣く、ということは、
すごく難しい。
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英語の勉強のために、最近、「Frog and toad」(がまくんとかえるくん)シリーズを読んでる。
児童書と笑うなかれ。オーヘンリーに負けじともおとらぬ
まごうことなき“文学”であります。
この「ふたり」がね、つねに、ともに喜び、ともに泣くのだ。
なんだか、じーんとしちゃう。

数年前、壮絶な絶望と無力感のなかに沈みきっていた友人が、
しばしばnikkouに電話をかけてきた。
nikkouもしばらくは、一生懸命、その電話につきあっていたのだけれど、
たいがいありえないような深夜にかかってくるので、
とうとう本人にむかって「あなたの電話は、わたしの生活に支障をきたす」というようなことをぼやいてしまった。
すると先方は「ではなぜ今まで電話に応じていたのか」と詰問した。
で、正直に答えた。
「だって、あまりにかわいそうだから。」
友人は激昂し、電話をきったあとも、激怒のメールを2通ばかり送ってきて、しばらく交友が途絶えてしまった。
(最近交友が復活して、ほっとしている。)

「かわいそうに思う」というのは、
「泣く人とともに泣く」とは違うみたいだ。

人生で一番悲しかったことといえば、いうまでもなく妹の突然死だけれど、
しばらくの間、周囲にそのことを言わなかった。
まれに誰かに言うと、たいがい「かわいそうに・・・」「お気の毒に」といわれた。
べつに、例の友人のように激昂するなんて気持ちは、まったくなかったけれど、
それでもなーんとなく、言わなくてもいいことを言ってしまった、というような気持になった。

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妹が死んで半年たったころ、
親しい友人数人と、温泉旅行に行った。
夜、お酒をのみながらだらだらしていると、友人のひとりが、君のところは4人姉妹でうらやましい、ということを何度も何度も言ってくる。
この友人は一人っ子だったので、なおのこと、そう思っていたのだと思う。
あまりにしつこいので、「今は3人姉妹だ。この夏、末っ子が死んだのだ」と言った。
当然、場が凍りついた。
そして、その次におきたことを、
今も鮮やかに覚えている。
それまで「うらやましい」と言っていた友人が、
「くぅっ」という変な声を出して、
それから、「それは、かなしい」と声を詰らせたのである。
nikkouがかわいそうだからではなく、気の毒だと同情したのでもなく、
この友自身が、自分の悲しみを悲しんでいる、と感じた。
なんだか、とてもうれしかった。
うれしかった、というのじゃないなあ、
なんて言うのかなあ、
なんか心がすごく、軽くなったのよ、そのとき。

その次の朝、みんなで駅で撮った写真を、今も部屋に飾ってある。
Nikkouが撮ったので、nikkouは映っていない。
なんで自分が映っていない写真を飾ってあるのか、よく人には不思議がられるんだけど、
それだけ、素敵な日だったというわけ。

辛い思いをしている人を前にすると、この友人のことを思い出すんだけど、でもnikkouは一度も、同じようにふるまえたことがない。友は、演技じゃなく、本心だった。(しかも酔っていた。あとで感謝を伝えたら「は!?」と言われた。酔っていて、その晩のことはなにもかも忘れてるんだって。がくぜ~ん。)

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ゴスペル仲間に、今すごい辛いさなかにある友人がいて、先日、仲間たちの「メッセージを届けてあげよう」とテープレコーダーが回った。
でも、nikkouは絶句してしまって、頭が真っ白になってしまった。

実は、今日の記事は、その言い訳なんです。

仲間たちは、「祈ってる」というひとことだったり、聖書の一節を読んだりしていた。
nikkou自身が癒されたよ。聖書のことばってすごいと思ったよ。
ああ、その手があったなあ、と、nikkouもようよう、好きな讃美の詩を思い出して、テープの前で読んでみた。

要はね、●●ちゃん、
あなたになにか伝えたいと思っているんだけど、どうしてもわたしの言葉は、貧しいんでなにも言えません、すみません、でも想ってます、ということです。

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Comments

>それまで「うらやましい」と言っていた友人が、
「くぅっ」という変な声を出して、
それから、「それは、かなしい」と声を詰らせたのである。
nikkouがかわいそうだからではなく、気の毒だと同情したのでもなく、
この友自身が、自分の悲しみを悲しんでいる、と感じた。
なんだか、とてもうれしかった。
うれしかった、というのじゃないなあ、
なんて言うのかなあ、
なんか心がすごく、軽くなったのよ、そのとき。

nikkouちゃん、すごーくよくわかる、その「場の雰囲気」。

励まさなくてもいいよ、よしんばわからなくてもいいよ、でも一緒にその場にいるの。で、一緒に悲しむの。

そういう人とは、やっぱり一緒に「喜べる」と思います。だから1人でもそういう人を増やしましょう!

Posted by: ゴトウ | October 26, 2007 at 12:20 AM

わーゴトウ姉、コメント感謝でーす。

ほんとにねー、ほんとの友達とか家族とかって、そういう存在だよねー。
遠い関係の人のほうがあれやこれやと励ましたり理解を示そうとしたりするかも。
悲しんでいる人とともにじーっと一緒にいるというのは、もどかしくもあるんだけど、
大事なことなんだねー。

Posted by: nikkou | October 26, 2007 at 08:08 AM

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