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April 23, 2008

Precious Lord

先週水曜日の4月16日、手話讃美「風の音」で、メンバーが「この曲がすき」と、一曲リクエスト。
国分友里恵さんのCD「あなたもそこにいたのか」に収録されている新聖歌191番(聖歌557)「慕いまつる主なるイエスよ」を手話で讃美しました。

51r4mqto3al__ss500_ 原曲は、1938年作詞のゴスペル。トーマス・A・ドーシーの「Precious Lord」であります。

この歌が生まれたいきさつは、ドキュメンタリー'SAY AMEN, SOMEBODY'に詳しい。
なんとも、切ないお話なのだ。

トーマス・A・ドーシーは、ゴスペルの父と呼ばれた男。(左はnikkou愛聴CD「Precious Lord」。中央の横向きの男性がドーシー)。
ブルースのメロディに聖書のメッセージをのせ、
激しい差別と困窮のなかにいる黒人の仲間たちを励ます歌をたくさん作りました。
これが、今の「ゴスペル」のルーツになっているわけですが、
そんな「ゴスペル」が大ヒットしつつあったある日、
トーマス、ゴスペルをたずさえた伝道演奏旅行に出かけることになります。
そのころ、トーマスの妻は、臨月でした。
「旅から帰るころには、いいお母さんになってるね」なんて言いながら、
彼は愛する妻を家に残し、出かけたのでした。

ところが、その演奏旅行の最中、
トーマスのもとに電報が届きました。
電報を受け取ったトーマスは、気を失いそうになります。
「急いで帰れ、あなたの妻が今亡くなった。」

信じたくない思いに気も動転しながらようやく家にたどり着き、
彼は、最愛の妻の死という現実に直面します。
赤ん坊は生まれていた、といいますから、nikkouの想像ですが、おそらく奥さんは難産で命を落としたのだろうと思います。
しかしその赤ん坊も、2日で死んでしまいます。

トーマスは、すっかり力を失い、呆然と日々をすごします。
(彼は、それから50年を経た晩年になっても、振り返ってこう言います。
「友人たちは慰めになるような言葉をかけてくれたが、
私の心の慰めになる言葉はなにもなかった。
その日から、今日にいたるまで。」)

さて、妻子を失ってしばらくたったある日、2人の友人が訪ねてきました。
友人に、苦しい胸のうちを打ち明け、思わず「主よ」とつぶやいたトーマスに、
一人が言いました。
「そんなもんじゃ、だめだ。
愛する主よ(Precious Lord)って呼ぶんだ!」

そうして、彼の口からこぼれおちたのが、
あの名曲「Precious Lord(慕いまつる主なるイエスよ)」だったそうです。

この歌詞は、もう、すさまじい慟哭です。
息も絶え絶えに泣くばかり。

ところがその歌詞に比して、メロディは明るく、美しい。
まるで、泣きじゃくったあとにふと訪れる安らぎのような、
そんな不思議な感じのする歌です。なぜトーマスは、この壮絶な歌詞を、この美しいメロディにのせたのか。ひょっとしてそこに、トーマスの信仰が現れているのではないかとおもいます。

nikkou、歌うたび、なぜか、胸が痛くなります。悲しいのとも、感動とも違う、なんていうのかなぁ、えもいわれぬ共感、ことばにならない切なさ、嘆き悲しみを訴える相手のいる幸い、そんな感じ。

この歌、当時、はげしい差別の中で理不尽な思いに苦しんでいた黒人たちの大きな共感を呼び、
トーマスの代表曲の1つとなったのでした。

Precios Lord,take my hand
Lead me on,let me stand,
I am tired I am weak I am worn.
Through the storm, through the night
Lead me on to the light,
Take my hand,precious Lord,
Lead me home.

尊き主よ、わたしの手をとってください。
わたしを導いてください、わたしを立たせてください。
わたしは疲れました、わたしは弱り果てています、わたしはうめいています。
嵐の中、夜の中、
わたしを光へと導いてください
私の手をとってください、尊き主よ、
わたしをあなたの家へと導いてください。(nikkou私訳)

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April 20, 2008

ゴスペルが広まるまで

一年前、nikkouが今井館聖書講堂という無教会の施設で証し(イエス・キリストについてのスピーチ)をした「若者と語る信仰と現代」の記録が届きました。下記の形で購入できます。nikkouの証しも掲載されています。ご興味のあるかたは、ぜひどうぞ。

「女の視点で語る」

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Dscn0717 一冊700円(送料込み)

購入希望の方は、郵便局の払い込み用紙で下記にお願いします。

口座番号 00110-4- 141098

加入者名 今井館ウィークデイの集い

ご依頼人 住所 氏名 電話番号

      

通信欄には冊数をお書きください。

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証しの前に、リトルライトのメンバーで「This little light of mine」(わたしのこのちいさな光を)を讃美したのですが、
まあ、わりに好評を得、「無教会の人たちはゴスペルを聴いたことがない、って聞いていたけど、わりと柔軟なのね」と驚いたものでした。
ところが、今回、この冊子を見ると、シンポジウムの聴衆からの感想がいくつか載っていて、
そのなかに、ちゃんと(?)「違和感を感じた」という感想がありました。
まあ、そうだろう。
だいたい、ご高齢の方はそうおっしゃる。だから、それには驚かない。
ただ、ちょっとびっくりしたのは、
「かつて無教会から派生したあるカルト団体を思い出した、nikkouが、今後そのようなカルトの道に進まないよう祈る」という趣旨の一文があったこと。

8412902742qz7_2 今、少なくとも関東地方では、日本キリスト教団でも、アッセンブリー教団でも、バプテスト派でも、なかにはカトリック教会でもゴスペル・コンサートを行ったり、教会にクワイアー(ゴスペルの合唱団)を持っていたりしている。
ゴスペルがカルトなら、日本のキリスト教はすっかりカルト化していることになる。
ゴスペル発祥の黒人教会や、お隣の韓国の教会だって、讃美は熱情的だ。それをカルト的だと言ったら人種差別になりかねない。
もちろん、音楽的には好きじゃない、という人もたくさんいる。
でもそれは、「賛美歌って文語で意味わからないし、旋律も辛気臭い」という人がいるのと同じレベルで、単なる好みの問題だ。
信仰とはまったく別問題だと思う。

聖書でいえば、マリアムやダビデは踊り、イエスは、エルサレム入城の際、叫び喜んで迎えた人たちに、「彼らを黙らせれば石が叫びだす」とジョークを言った。
なぜこの方は、ゴスペルを聴いて、カルトと結びつけてしまったのだろう。

しかし、あとでふと、思い出した。
じつは、教会だって、つい5~6年くらい前までは、ゴスペルに対する風当たりは相当強かった。

001 nikkouが初めてゴスペルを歌ったオアシス・ゴスペル・クワイアーのオーナーだった羽田さんは、
ゴスペルスタジオを始めるというので、教会の人たちから激しく非難され、一時教会に通うこともできないほどだった、と聞いている。
そういえば、nikkouがゴスペルを始めたころ、スタジオの入り口に「飲酒は罪です」と書いたプリントが大量に積まれていて、
歌ったあと、仲間たちと飲み屋でごはんを食べるのを楽しみにしていたnikkouはいや~な気持ちになったものでした。
あれは、羽田さんの教会のひとたちのさしがねだったのではないかと思う。
しかし、やがてオアシスで主イエスに出会う若者が増え、羽田さんも教会にみんなを誘ったり、教会でのコンサートを企画したりするうちにわだかまりも解け、
オアシス解散後は、羽田さん、その教会でのゴスペル・クワイアーの立ち上げに尽力したそうである。

nikkouと同じ時期にクリスチャンになったTちゃんは、最初カルチャーセンターでゴスペルを知り、地元の教会に「おたく、教会でしょ? ゴスペルやってないの?」と乗り込んでいったというツワモノ。
やがてその教会で受洗、教会付属の幼稚園のお母さんたち中心のゴスペル・クワイアー設立にたずさわることになる。
ところが、牧師を筆頭に激しい抵抗にあい、まあ、Tちゃん、しょっちゅう疲れたり怒ったりしておりました。
ところが、いまやその教会は地元一のゴスペルの拠点となり、礼拝での讃美はもちろん、アメリカや韓国からゴスペルのスターたちを招聘、
その際の牧師のメッセージは聖霊に満ちたすばらしいものとなった、とTちゃんは断言する。

071014_14460001 nikkou自身は、というと、
まあ、あまりそういう苦労はしてないのね。
川崎教会は、牧師のティーチャー(←愛称)がゴスペルを歌う人だったから。
でも、ティーチャーがアメリカ留学からゴスペルをたずさえて帰国したときは、両親や、教会の人たちはだいぶ戸惑ったらしい。
しかしそれも、nikkouたちがゴスペルを通じてイエスに出会い教会に通い始めることで、すっかり見直して、
いま、みなさんリトルライトを熱心に支えてくださっている。

羽田さんも、Tちゃんも、ティーチャーも、よく戦ったなあ、と思う。
それはたぶん、彼らがゴスペルがカルト的なものじゃない、本物の福音だ、と魂で分かっていたから、
そして、自分たちの居場所、ホームである教会を愛していたから、できた戦いなんだと思う。
彼らは一様に、精神的にとても成熟していて、揺るがない固い信仰をもち、よく聖書を読み、とても祈る人たちだ。
「ゴスペルで得た信仰は一時的な感情におぼれた怪しいものだ」という周囲の思い込みを砕いたのは、
彼らの熱心な祈りと、真摯に聖書を学ぶ姿勢によるものだと思う。

さて、無教会の人たちに、今nikkouはそのような戦いをすべきか。
しばらく考えたのですが、まあ、ありえないだろうな、と思った。
まずはマイ・ホーム、川崎リトル・ライト・シンガーズを成熟させていかなきゃ。

でも、もし、20代、30代の無教会の人が、「自分の集会の礼拝でゴスペルを歌いたい!」「無教会クリスチャンの仲間を募ってゴスペル・クワイアーを作りたい!」と思い立ち、
また、よく祈ってそのように示されたなら、nikkou、協力を惜しみません。いつでもご連絡ください。
そのときには、一緒に祈り、聖書に学び、心のままに讃美することで、どんなに壁が厚かろうが、抵抗の風が激しかろうが、ともに乗り越えていくよ。
でも、nikkou自身が先陣を切ることはないので、君ががんばってください(って、誰に言ってるんだ、あたし?)。

(2008.4.20)

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April 19, 2008

演歌ゴスペル

nikkouの愛する讃美グループ、「演歌フレンズ」がCD二枚目をリリースしました。

Ekw002bこれまたまことに幸いだ 幸い小唄

本日4月19日は、久遠教会にて、発売記念ライブ。
前回の「讃美しよったら讃美しよ」ですっかり「演歌フレンズ」のファンになってしまったnikkou、
大いに期待して、ライブに駆けつけました。

祖父母から民謡を教えられつつ育ったというみゆきちゃん(ゴスペルピアニストでもあります)、
かつて中山大三郎に弟子入りし、吉幾三、前川清、堀内孝雄が大好きというアメリカ人ギルバート、
つい最近神学校を卒業、そういえばメッセージするときも突然中島みゆきを歌いだす京子ちゃん、
という三人グループ。

200804191727000みゆきちゃんの「朝目が覚めて、起き上がり、歩くことが出来るのは、あなたの恵みです。あぁ…、こんな私を生かしてくださって…涙がこぼれます」という語りが入る「朝ごとに」
京子ちゃんの「悪いわたしね 十字架で 赦されたのよ そうよ私は 愛され、赦され、生かされて」という歌謡曲テイストの「愛され、赦され、生かされて」
「前川清ふうに歌います」と、もう、物まねを越えた域で、「あなたに…あなたに 主イエスに逢いたい」と聞かせるギルバートの「あなたに逢いたい」…。
最初は大笑いしながら手拍子(もちろん、表打ち)で聴いていたのですが、
ふと気付きました。

リラックスする~~

そう、
以前父の実家に行った時、出されたきゃべつの白和えが、
有名なイタリアンの店や、高級中華料理の店で出された料理のおいしさとはまったく違ったレベルの旨さ、
いうなれば、「口にあう」「舌になじむ」という意味で、むっちゃくちゃ旨くって、
おもわずがつがつと大量に食ってしまったのとおなじ感触。
体のどこにも無理がない、
気楽で自然な心地よさを感じたのでした。

200804191748000 ふりかえれば、nikkouの実家で常時かかっていた音楽は、
小柳ルミ子の「いまさらジロー」や「おひさしぶりね」
欧陽菲菲の「Love is over」や橋幸夫の「いつでも夢を」でした。
(だからnikkouは、これらの歌をいまでもカラオケで歌えます)
母は吉幾三が大好きで、NHKで吉幾三が出ると、絶対チャンネルを変えてもらえない。
父は音痴だと母からからかわれるので、日曜日、テープをかけながら小声で「くちなしの花」を歌ってました。
そんな環境で育ったnikkou、好むと好まざるとにかかわらず、演歌や歌謡曲のリズムと節回しが自分の体のリズムと節回しになっていたのかもしらん。
なんだか、自分再発見。

200804191802000_2  京子ちゃんは言います。
「ふつうの演歌は、『わたし莫迦(ばか)よね~』とうたうのを聴いて、『そうよ、わたし莫迦よ』と泣いて、酒飲んで、寝ちゃいますね。
でも、演歌ゴスペルは違います。『わたしは莫迦だけど、神様は赦してくださる。わたしは人を愛せないけど、神様から力をいただけばできる』となる。
それって、ブラック・ゴスペルとおなじでしょ? わたしにとって、演歌ゴスペルを歌うのも、ブラック・ゴスペルを歌うのも、同じです。」

最初は、84歳になる自分のおばあちゃんに、福音を知ってもらいたくて演歌ゴスペルを始めた、というみゆきちゃん。
でも、演歌・歌謡曲的環境で育った30歳nikkouにも響きました。

200804191756000 考えてみれば、もっと早くにこういう讃美が生まれてよかったんだよね。アメリカの黒人さんも、さかのぼればヨーロッパの人たちも、自分たちの音楽で讃美をしてきたわけで、日本ばかり借り物の音楽で異国情緒を楽しみながら(まあそれもありだけど)讃美しなくったっていいわけです。ますます演歌フレンズが活躍してゆきますように。そして、今後は、三味線讃美や、民謡風讃美も出てくるといいな、と思う。

演歌のこぶし回しで歌った「ここも神の御国なれば」、天下逸品です。
みなさま、ぜひ御一聴を。

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April 18, 2008

一歩前へ

14日の久遠リハーサルは、えっちゃんがすでに入院。
nikkouとはんなちゃんがディレクション、そしてみゆきちゃんのキーボードとあいなりました。
みゆきちゃんは相変わらず「お好きなように♪」と、泰然としているし、
はんなちゃんは、
“「日々みことばに生きる」を持ってきました、あとはnikkouちゃんやってください。”と余裕しゃくしゃく。
nikkouばかり緊張でワナワナ。
そのうえ、その日は団交で(nikkouは、今年、組合の執行委員までやっているのだ。だいじょぶかあたし)、ヘトヘト。
緊張と疲労でイイ感じに追い込まれて、
nikkou、―ふっきれました。

はじめて、ハンド・マイク(マイクを手に持つこと)でリードしたよ。(今まで、スタンド・マイクに口を近づけて歌ってた)。
のみならず、はじめて、クワイアーが讃美しているうえに、MC(ことば)やリードを重ねる、ということをしました。
それがなに? とお思いかもしれませんが、
nikkou、変なところで典型的なニッポン人女子、「みんなと違うことをする」ということに、強烈な羞恥心を覚えるタイプだったのでした。
しかし、そんなことを言ってたらはじまらん、と初めて、一歩前へ出たといいますか、一枚むけてみたのでありました。

そしてなにより、今回、大発見だったのは、
「歌には、コードという仕組みがある」ということがわかったことであります。
先週、えっちゃんとみゆきちゃんに「コードを聴いて」といわれて、
「コードって何?」と、だいぶ前に購入した教本のホコリをはらい、先週一週間、キーボードを前にコードというものについて勉強したのでした。
それでようやく、“なんとまあコードを見ればハーモニーも転調もこんなにわかりやすいんだなあ”ということを理解したのでした。
日曜日の礼拝で、ティーチャー(川崎教会の牧師で、リトライのギタリスト&ソリスト)に、「コードを勉強しているんです!」と伝えると、
「コード、知らなかったのかぁ、道理で時々話が通じないと思った!」とあきれられながら、
「このコードが黒人音楽っぽい」とか「こういうふうに動くのがコードの基本」とか「この歌にコードでハモりをつけてみて」とか、
それはそれは勢いこんで教えてもらう。

で、久遠のリハーサルの前日、キーボードで、「神の国と神の義」のコードを確認、
いささか調子にのって、リハーサル当日、いきなり、テナーのハモりをつける、ということにチャレンジしたのでした。
ソプラノとアルトは、リトルライトでも歌っているので、なんとかクリアー、
さて、テナーは、となったとき…、当然といえば当然ですが、最初の音からしてわからん、という状況に。
クワイアーは止まってしまい、みんながいささか当惑顔に見守るなか、
みゆきちゃんの続ける伴奏のなかから、必死にコードを拾いあて、
おそるおそる歌いはじめ、やがて、みんなと一緒に、全パートで合唱したところ、
ハレルヤ…、ちゃんとハーモニーになっていた。
思わず、「できたーーー!」と叫んでしまいました。
みゆきちゃん…、じっと我慢して待っててくれたクワイアーのみんな…、ありがと…。

まあ、そんなわけで、突然、いろんなことが分かり始めた今日この頃です。
追い込まれて、発揮するタイプか、nikkou?

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April 08, 2008

というわけで、久遠から帰りました

みなさま、お祈り励まし感謝でした、ただいま、ディレクターの代打を頼まれていた久遠のリハーサル(練習)から帰還しました。

今日に至る一週間、いろいろありました。
まず、えっちゃんの手術の日程が延びた。
なので、今日のリハは、えっちゃんも来ることになりました。
んじゃ、えっちゃんがやるのか、と思ってたら、
「いや、私は補助だから。」とえっちゃん。
ふえ~、やっぱりHちゃんと、nikkou
がやるのか。

ところが、相棒のHちゃんから「用事があってお休みする」という連絡がくる。


いや、よかったよ、Hちゃんが来られないのに、えっちゃんは予定通り手術、なんてことになったら、nikkou一人で重圧につぶされていたかも。
主の助け。

一応、曲目は、久遠でやったことのあるワーシップ中心、と考えて、
「Oh give thanks」と「Prase the Lord with me」の二曲をたずさえて、リハの一時間前に到着。
「Oh give thanksは、みんな音分かってるし、だいじょうぶだよ」とえっちゃんに言われ、胸をなでおろすも、
「Prase the Lord with meのほうは、もうだいぶ前にやったからなあ、もう忘れちゃってるんじゃないかなあ」と言われる。

nikkou
「アルトしかわからないんだけど、3声教えて」
えつ 「nikkouちゃんの好きなふうに作っちゃっていいよ」
nikkou「好きなように…って、わからないよ」
えつ 「音きいてさ、これでハモるかな、みたいに。適当でいいから」
nikkou「…それじゃ、今日はこれ、やめます…」
…ハイ、逃げました。すみません。

そのかわり、ふと思い立って、武義和さんが教えてくれたノルウェーのワーシップをやることにする。
すると、こんどはみゆきちゃんとのやりとり。

み  「んじゃ、歌ってみて。ついてくから」
nikkou「えっと、じゃ、ユニゾンで…(歌う)」
み  「繰り返す?」
nikkou「え!? あ、じゃ、後半のここから繰り返して。」
み  「繰り返しはすぐ入る? 間奏いれる?」
nikkou「そ、それじゃ、すぐに…あ、やっぱ、間奏いれて…。」
み  「転調はする?」
nikkou「ええっ!? あ、じゃ、してください」


その横で、えっちゃん、ハモりをつけ始める。
うわ、うわ、ハモってる、とあわててると、みゆきちゃんから喝(かつ)が飛ぶ。
「リハ(練習)は録音して!」
あわてて、録音機のスイッチを入れる。

そして、えっちゃんとみゆきちゃんから、かわるがわる言われる。

「ディレクターの役割ってのはさ、とにかく、よく聴くこと」
「聴きながら、ハモリを考えて」
「楽譜を見ながらじゃなくって、伴奏を聴きながらコードをひろっていくの。」
「礼拝の賛美歌でも、適当にハモってみ。慣れだから。」
「あと、いろんなクワイアーのバージョンも聴いて」
「リハの録音もちゃんと採って、何度も聞き返して」
「あ、ノルウェーの賛美、シェアするときは、歌の背景とか、ちゃんと説明するんだよ」

そして、最後に、ふたりともにっこり笑っていう。
「きっと楽しいから。」

「いや、無理っす、nikkou、ゴスペルの専門家じゃないし」という思いと、「ほんとに、そんなことできたら、いいなあ」という思いが、激しくせめぎ合う。

そうこうするうちに、メンバーが集いはじめ、
始まってしまいました。

なんとか、1時間で2曲、無我夢中でディレクションをし、
必死でノルウェーの賛美をシェアしながら、 武さんのことを思い出して泣きそうになったりし、
でも、メンバーに伝わっているのかどうか不安になってすごい羞恥心に襲われ、
それでも、なんとか乗り切り、
後半1時間、えっちゃんにバトンタッチ。

えっちゃんの力強いディレクションにあらためて見とれつつ、
神様は、nikkouに、どのくらいの高みまで上っていくことを求めているんだろう、と思う。

今、道はふたつにひとつ、
逃げるか、食いついていくか、
どっちかな気がする。

リトライをはじめた時は、 正直、気安いものでした。
なにより、川崎教会でゴスペルやりたい、って気持ちが強かったし。
それが、いつのまにか、リトライでも、リトライの外でも、讃美をリードする位置に立っていた。

だったら、逃げるな、と
主に言われている気がする。

歌いたい歌の意味をさぐり、
よく聴きこんで、
ちゃんとハーモニーをつけ、
抑揚をつけ、
神様がnikkouに任せてくれたクワイアーやシンガーズを
ちゃんとリードして、
主に最上の捧げものをできるように、してみろ、と。

いまだに思うんだけどね、
なぜ、こんなことになっちゃったんだ? って。

でも、もう、進むしかない気がする。
進んだ先に、なにか良いものが、ある気も、する。

(2008.4.7)

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