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May 31, 2008

「優劣のかなたに」―大村はまさんのこと

全国集会では、のべ50人近い人の証し(体験談)を聞いた。たとえは悪いかもしれないけど、『遠野物語』(柳田國男)みたいだったよ。
市井の人のささやかな生活の中にある、ささやかな奇跡や感動。
まさに珠玉の短編!って話もあれば、とうとう時間内に収めきれずに、すさまじく取り留めのない話になってしまっている方もいた。

プログラムによって時間はさまざまで、一人20分のスピーチの場合もあれば、分科会などで一人3分、ひとことずつ、ということもあった。
時間がくると、小さなベルが「ちーん」となる。
大勢の人が聞いているところで、3分くらいで、上手にお話をするっていうのは、かなりのテクニックがいる。
ときどき鳴る「ちーん」を聞きながら、nikkouはふと、大村はまさんを思い出した。

41ct2tbowdl__ss500_ はまさんはnikkouの勤める教科書編集部の、精神的支柱となっている教育者のひとりだ。
3年前の4月に98歳で亡くなった。
有名な大学の教授とか文筆家とかというわけではなく、生涯、ごく普通の公立中学校の国語の先生だった。

この先生、今から50年前から、中学生に「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」を徹底的に仕込んだ人である。
いま流行りのフィンランドメソッドやらPISA型なんかも真っ青の、実力重視。
はまさんの言葉でいえば「聞きひたり」「話ひたり」「読みひたり」「書きひたる」国語教育。

はまさんが「時間内に、わかりやすく話をする訓練」に使ったのが、まさに「ちーん」となるベルだった。

はまさんの授業は、たとえばこんな感じ。(教室をいきいきと1』より要約)
はまさんはよく、グループ学習をした。学習の目的によって、グループのメンバーがかわり、そのつど、席替えをした。
そのために、席順表を配る。
そして、ひとつ、注意をする。
「おれの席はどこだぁ?」とか「○○ちゃん、こっち、こっちよぉ」とか、やらないこと。
「どこだあ」と聞かなくても、席順表を見ればわかります。
また「○○ちゃん、こっち、こっちよぉ」というのは、相手がわからないとでも思っているみたいで、大人の場合、失礼です。
これは、単に、授業中は静かにしなさい、というしつけではなく、その後、授業で展開していく「話し合い」(今で言うディスカッション)のための下準備だそうだ。
仲良しのだれだれちゃんと同じ意見、とか、
みんながそう言うならそうだと思います、
というくせをつけない。
相手を一人の大人として尊敬し、また自分の意見を堂々と発表する下準備、というわけ。
もちろん、これは下準備で、これ以外にも、「相手を尊敬し、自分も堂々とする」ための工夫がてんこもりにある。
はまさんの一番のモットーは「明るく生き生きした教室」だった。
そして、そのために重視したのが「優劣のかなた」だった。
中学の国語の授業では、生徒が優越感や劣等感を抱くことがあってはならない。
そうではなく、ひとりひとりにあたえられた能力の中で、ただ「聞きひたり」「話しひたり」「書きひたり」「読みひたる」。そういう態度を身につけさせる。

はまさんは「学力」観は、目の前の受験だけでなく、人生全体を見通したものだった。
たとえば、将来、夕食の買い物がてら、スーパーの袋を下げて本屋さんに寄れる奥さんになること、会社の会議で「話し合い」の上手な人になること、育児のふとしたことを書きとめたり、つらい気持ちを、書くことで整理したりできること…、そんな、豊かな言語活動を身につけた「大人」になることだった。

2005年4月、はまさんが亡くなった時、「大村はま先生のお葬式は、○○教会にて。」と聞いて nikkouは、思わず、イスがひっくり返りそうな勢いで飛び上がってしまうところだった。
そうか、はまさん、クリスチャンであったか!
うかつにも、はまさんの講演会で肉声を聞き、著書も読んだのに、まったく気付かなかった。
しかし、たしかに、「優劣のかなた」とは、聖書的だ。ひとりひとり、体の器官のように役割があって、目が耳に、「あんた、耳のくせに」なんて言わない。それぞれが最大限の役割を発揮せよ、とね。
はまさんは敬虔ぶって、聖書を引用したり、清らかなことを言うタイプの人ではなかった。
主イエスの「神の国と神の義をまず求めよ」というみことばを、自分の持ち場でどのように実践するか、真剣に考えて、命がけで実践した人だった。
口先でなく、生き方そのものから、キリストの香りが香る人、押し付けがましくなく、仕事のなかで、ただ黙々と聖書を実践すると、こうなるんだ、という人。人間だから罪も犯すけれど、方向性においてはきっと、間違っていない、という人。
そういうクリスチャンに、nikkouもなりたい。

3分以内で証しが収まりきらなかった、という方、
ぜひ大村はまさんの著作をどうぞ。

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May 25, 2008

「聖霊(せいれい)」ってなにか、わかった!

無教会全国集会の報告も、
なんだか間があいちゃいました。
お待ちいただいているみなさまには、もうしわけない。

感動はなお続いてはいるのですが、
一区切りということで、ひとつだけ、今回、nikkouが得た大きな収穫を書いて、
「無教会全国集会2008」の報告のラストにしたいと思います。
(詳しく知りたい方は、今回の全国集会の主催だった「徳島聖書キリスト集会」のHPをどうぞ。

http://pistis.jp/textbox/default.htm
近日中に、『いのちの水』2008年5月号「無教会全国集会特集号」がUPされることと思います。)

ずーっと前、ヒルティのことばを引きながら、
「わたしは、聖霊とはどういうものか、よくわからない」と書いたことがあります。

キリスト教では、「父なる神」「子なるキリスト」「聖霊」という
3つは、おなじものであって、別のものである。
…って、わかりますか?

(以前、ノン・クリの友人から
「今日の記事は、俺にむけて書いたんじゃないな、ってときがあって、そういうときは読み飛ばす」
と言われた。
すまん。
なんか「聖霊」っておどろおどろしそうな字面だしね。
ひかないでね。
がんばって、わかりやすく書くから。)

ゴスペルを歌っていると、体に力がみなぎり、心が喜びにあふれる。

―それは、「聖霊」の働きだ。

なんて言われる。
え、そうなの?「それは神様の働きだ」と言っちゃいけないの?
なぜ、あえて「聖霊」というわけ?

教会で、聖書のよくわからないところを牧師に質問する。
牧師から

―その問題は…、言葉で説明するより、あなたが「聖霊」に導かれるのを待ったほうがいいかもね。

なんて言われる。
なにそれ? なんで言葉で説明するより、いいわけ?
「聖霊」に導かれるって具体的にどういうこと?

きわめつけは、ゴスペルのライブや、ワークショップ(体験講座)で、「聖霊降臨」状態になったときあります。
nikkou、カヤの外。
異言も語れないし、失神もしないし。
nikkouには、「聖霊」は降らないのかしら。

ところが。
全国集会から帰ってきて、最初のゴスペルのリハーサルのとき、
「Welcome Holy Spirit」(聖霊よ、きてください)という歌を讃美しながら、
はっとしました。
わたし今、「聖霊よ、きてください」というのは、どういう状態を望んでいるのか、わかって歌っている!!

「聖霊」ってのは、ですね、
「風」なんですよ。
(たしかに、聖書にそう書いてあるんだけど、今回、nikkou、本当にその「風」に、はっきり気づいたのでありました)。

「神」は、ただ一つなんだけど、
そこから、「風」が、世界中にぐぉぉっと、あるいはそよそよっと、吹くわけ。
その「風」に包まれると、
お年寄りも、子供も、
女性も、男性も、
体に障害をもっている人も、
精神に障害をもっている人も、
心に悲しみを抱えている人も、
なんとなく生きづらいなあ、と思っている人も
もう死にたい、と思っている人も、
みんな、みんな

「あれ? ここは、居心地がいいかも?」

と思うわけ。

そんな世界を作るのは、人間の知恵をどんなに振り絞っても、難しいのだけれど、
主イエスは、「そういう世界を、父なる神様は、作れるんだ」と証言した。
そんな神の国から吹く風、それが「聖霊」なのだ。
完璧な「神の国」は、わたしの想像をはるかに超える。

でも、全国集会で、一瞬、思ったの。
「神の国」って、きっとあるんだ。
今、わたしにとって居心地のいい、この瞬間が、
だれにとっても、
そして、いつまでも続く、
そういう世界が、きっとあるんだ。
そう思った。

そのとき、「神の国」から、「風」が吹き降りていたんだと思う。

「Welcome Holy Spirit」(聖霊よ、きてください)
切実な思いで歌ったよ。

生きづらさを抱えている、わが友、彼や彼女が、
どうか、どうか、
もう、つらくないように、してください。
神の国からの風、聖霊が、
今、
彼や、彼女を、包み込みますように。

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May 20, 2008

ここも神のみ国なれば(無教会全国集会報告4)

無教会には、「独立学園」というミッションスクールがあって、
無教会の若手は、ここの出身の人が多い。
徳島の無教会全国集会2日目、 独立学園の卒業生数名と一緒にお昼を食べていたら、
ふと、あるお姉さんが
「nikkouさん、ゴスペルを歌ってるんですって?」という。
「歌ってますよ~」 「パートはどこですか?」 「アルト。」

すると、彼らはざわっとうれしそうな顔になった。
「これから、わたしたち讃美することになってるんですけど、アルトがいなくて困ってたんです。 加わってくれませんか」
「え~~~~~、これから~?練習する時間は?」
「ないんですけど…。」 「そ、それは無理だと…」
すると、横ですかさず、ある兄貴が
「あれだね、イエス様が船の右側に網を下ろしなさい、って言った、 そうしたら魚が釣れた、と。」
(聖書の中に、そういう話があるのね)。
あたしは、魚ですか。
「なんだよ~、そんなことを言われたら断れなくなっちゃうじゃんか。策士め!」
と思わず叫ぶと、 みんな笑った。

Photo てなわけで、急遽、にせ独立学園生としてなんちゃってアルトを、かな~~り適当に歌ってしまいました。

神の国って、こんなところなんだろうな、と一瞬思いました。
互いに愛し合い、尊重しあい、主の話をし、そして、喜んで讃美する。
もちろん、出会ったばかりだから面倒な人間関係がまだ生まれていないし、日常生活から離れてきた旅先だということもあるんだろうけどさ。
でも、じつはnikkou、いままで「神の国」って退屈なんじゃないかと思っていたのだ。
なにもかもうまくいっちゃうなんて、いつか絶対飽きる。
多少の困難はスパイスだって。
でも、そういうんじゃないのね。
そりゃ、人間の想像を絶するような世界だから、うまくイメージできないけれど、
もし、こんな気持ちがいつまでも続くのが「神の国」なら、心から待ち望んじゃうな。

今回の全国集会では、障がいを持った方がたくさんおられた。
聴覚障がいをもつ方が3人、視覚障がいをもつ方が9人、知的障がいを持つかたが5人、それから、前に書いた勝浦さん、歩行器をつかっておられる方が1名(会の中では、この方の奥様が、「証し」(お話)をなさった)。

東京に帰ってから、全国集会でであった人たちとメールのやりとりをしたのだけど、
ある方が、「障がいをもつ方たちが、愛を引き寄せてくださった」と書いていらした。
ほんと、そう、そのとおり。

なぜ、障がいをもつ方が、ことにそういう役割をもつのか。
誤解を怖れずにすご~く、正直に書く。
私たちは、いや、私自身が、障がいをもつことに恐れているからなんだと思う。
手話を習い、脳性まひの方の生活の介助のボランティアをしていながら、こんなことを言って申し訳ない。
でも、ほんとは、もし自分の体が一部でも働かなくなったらどうしよう、と思っている。

分科会で、ある男性がお話されたこと。
奥さんが切迫流産しそうになって、病院に駆けつけるとお医者さんが言った。
「もし赤ちゃんが助かったとしても、障がいが残ります」
その瞬間、彼は神に怒りがわいたんだそうです。
「ぼくは、何も悪いことをしていないのに、なんでそんな目にあわなきゃいけないんだ!」
そして、思ったんだそうです。
今まで、障がい者教育に携わってきて、障がいをもつお子さんのお母さんお父さんの気持ちも分かるつもりでいた。
でも、ぼくは、な~~んにもわかっちゃいなかったじゃないか!

聞きながら、そうなんだなあ、と思った。
本当は、体の全ての機能が全快に働いて欲しいと思っている。
それが当たり前だと思っている。
小指ひとつ、まつ毛ひとつ、神様が与えてくれたもので、自分が作ったものじゃあないのにね。

全国集会では、すべてのプログラムに手話通訳がついた。
手話讃美では、耳の聞こえない方も一緒に讃美をし、
目の見えない方に、自然に周りの人が肩を貸し、誘導した。
nikkou自身、なんの不自然さも感じず、多くの交流が持てた。
もちろん、この2日で、障がいをもつことに恐れがなくなった、と言い切れるわけではない。
でも、「ここも神のみ国」であるならば、
そう、「神の国」が、つねにわたしたちの間にあるならば、だいじょうぶなんじゃないかな、という希望は与えられたのでありました。

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May 16, 2008

クン・バー・ヤー・マイ・ロード(無教会全国集会報告3)

Dscn0792 全国集会ではそれはそれはたくさんの歌を歌いました。まずオープニングから、讃美歌作家武義和さんとともに、武さん作曲の歌を讃美。2日間で、とりあげられたのは、『讃美歌21』『新聖歌』『リビングプレイズ』『友よ歌おう』、そして、『ワーシップ&プレイズ』の岩淵まことまで。(ちなみに、岩淵まことさんのCD「ふたつのJ」には、「special thanks」に「内村鑑三」と書いてありますね。)
讃美集に採られているのは全35曲。
選曲や、讃美集の作成はさぞやたいへんだったことでしょう。準備してくださった徳島のみなさん、お疲れ様でした。

今回の全国集会では、すべてのプログラムの前に、讃美をしました。
(キリスト教の世界では、讃美歌をはじめ、神をたたえる歌を歌うことを「讃美をする」という)。
礼拝や聖書講義、証しはもちろん、分科会に到るまで、本当にすべてのプログラムで。
「讃美のとき」というコーナーもあって、nikkouも参加させてもらった手話讃美や、ギターによる独唱、無教会系ミッションスクール「独立学園」卒業生の讃美歌合唱、全国津々浦々年代さまざまな混声合唱団まで出演。
どの讃美も、とてもすばらしかった。

nikkou的に驚いたのは、ゴスペルが2曲採られていたこと。
ひとつは、「勝利を望み」(We shall overcome)。
キング牧師を先頭に、アメリカ黒人が公民権運動のひとつ、非暴力不服従の大行進をしたとき、行進曲に使われた歌ですね。
これを、なんと、特別讃美ではなく、11日(日)の礼拝の中の讃美に使いました。

そして、「讃美のとき」で混声合唱団が讃美したのが、「クム・バー・ヤー・マイ・ロード」。
それって何語?と思われるかもしれませんが、
英語です。
「Come by here my Lord」の黒人英語。
「ここへ来てください、主よ」という意味です。

主よ、おいでください クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー

泣いている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー

祈っている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー

歌っている人がいます クム・バー・ヤー・マイ・ロード クム・バー・ヤー

初期のゴスペルや、黒人霊歌には、独特の発音や文法がたくさん出てくる。
黒人さんたちは、ふるさとからはるか海を隔てた未知の国に拉致されて、
耳だけを頼りに必死に、周りから聞こえてくる言葉を聞き取ったのだろう。
「Come by here, my Lord」は、彼らの口から「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」という音となった。

かつて、アメリカに留学していた友人から、
「黒人さんは、Vの音をBに発音することが多い。唇が厚い人が多いからね。」といわれて、
ああそうか、英語は、彼らの身体と文化から自然に生まれた言語ではないんだ、とぞっとしたものだ。
もちろん、それから何百年も経ってしまって、
いまさら、自然に生まれた言語でないも何もなく、
「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」もまた、ひとつの生きた言葉だ、と言ったほうがいいとは思う。
でありながら、やはり、人の罪と哀しみと祈りが、ぎゅぎゅっと凝縮した言葉だなあと思うのであります。

写真は、武義和さんの伴奏で讃美するみなさん。
わたしが参加しているゴスペル・クワイアーとはまた別の、独特の清らかさと、世代を超えたあたたかさに包まれた「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」でした。

そう、ゴスペルは即興音楽であります。
教会ごと、集会ごとに、歌い方が違う。
(ときには、歌詞だけおんなじで、メロディは全然違う、なんてことも起こりうる)。
その歌に、そこに集った人しか持ち得ない思いをのせて歌うから、表現が違って当然。この歌い方しかだめ、ということはない。

だから、歌が生きる。
無教会版「クン・バー・ヤー・マイ・ロード」、すばらしかった。

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May 15, 2008

勝浦さんのお話(無教会全国集会報告2)

Dscn0793_3 全国集会で、勝浦さんという男性がお話をされた。(写真)

勝浦さんのことは、nikkouもずーっと昔、このブログに書いたことがある。
徳島聖書キリスト集会の代表で、無教会の伝道者さんである吉村さんから聞いたのであった。

******************
2006年7月23日

吉村さんはノートパソコンをスピーカーにつないで伴奏も自由自在。
そのノートパソコンには、「讃美歌」「聖歌」「リビングプレイズ」「こども讃美歌」などから数百曲の讃美がプログラムされているとのこと。
しかもそれは、重度の障害をもっている方が、口ひとつで8年の歳月をかけて入力したそうです。
「だから、わたしは、どんな曲でも自在に弾けるピアニストをつれて歩いているようなものです」とにっこり。

このプログラムをされた方は、男性で、
医師の誤診のため、処置が手遅れになって、首から下は動かないという障害を負われたそうです。
障害を負った当初から7年間は、激しい怒りとうらみに燃え、ヘルパーさんもなかなか居つかないという恐ろしさだったとのこと。
しかし、病院で同室だった方、病院スタッフの方にクリスチャンがいて、
彼らに導かれて、主と出会い、怒りから解放され、
讃美をパソコンに入力する、という働きを与えられるに至ったということです。

それも、とても見事なプログラミングで、
伴奏のハーモニーもかっこよければ、音もきれい。

いやはや、不思議なものだわーというお話でした。

******************

この「讃美のプログラムをされた男性」というのが、勝浦さん。
今回参加した全国の無教会クリスチャンの人たちには、「私たちの礼拝では、勝浦さんのカラオケ・データを使ってます」という人が何人かいらっしゃいました(著作権の問題上、個人の礼拝のみ使用可です。)

勝浦さんが障害を負うに到った話を聞くたびに、研修医をしているnikkouの夫は、ちょっとおびえる。
医学の進歩は、逆に、「医学でできないことはない」というある種の「信仰」を生み、昔は治らなかった病気でも、今は「治るはずなのに、医者のせいで治らなかった」と厳しい目を向けられるようになってしまった。
もちろん、「誤診」を受けた方の怒り、哀しみは、言葉に表わせないほどつらいものとは思う。そして、最新の医学を謙虚に勉強しつづけるのが医者の仕事だろう、といわれればそうなのかもしれない。でも、医者は万能な「神サマ」じゃない。どんなに勉強してたって、「誤診」がまったくない世界というのは難しいかもしれない。そのストレスの中に生きる現代のお医者さんたちはとてもたいへんだと思う。

勝浦さんの経歴を紹介した全国集会のパンフレットにも「医者の誤診により」と書いてあって、
「ああ、そこははずせないんだなあ、まだ怒ってるんだなあ」とnikkou、ひそかに思った。
ところが。
勝浦さんは、お話のなかで、とうとう一回も、「誤診をゆるせません」と言わなかった。
「ゆるします」ともいわなかった。
そこから、全然、解き放たれちゃっていたのだ。

勝浦さんは言う。
「自分は、障害を負うまで、とても自分中心だった。
この罪に気づくためには、この程度の障害ではすまされないくらいだ。
生まれつきの盲人に、主イエスが言った言葉、
『この人が目が見えないのは、この人が罪を犯したのでも、両親が犯したのでもない。
神の栄光が現れるためだ』というのは、わたしのための言葉だ。」

念のためにいうが、キリスト教では、因果応報論をとらない。
悪いことをしたから罰が下る、というのではなく、
なにごとも、神とのコミュニケーションのためにある、という。
nikkouの経験からいうと、因果応報という考え方は、とっても楽だ。
「わたしが悪かったのよ」と思えば、すべては完結してしまう。
でも、人間の心はそんなに簡単じゃない。
「わたしは何も悪いことをしていないのに、どうして!?」と考えるのが、自然だと思う。
その自然な感情に、神は答えてくれる。
どんなに時間がかかっても、その意味を絶対に教えてくれる。
勝浦さんは、そう証言する。

讃美の入力をはじめたとき、勝浦さんは、「この仕事が終わったとき、私の役目は終わる」と考えたそうです。
「でも、この世界に、讃美の歌は、本当に多かった。」
勝浦さんがすでに入力した讃美は全8080曲。「讃美歌」「聖歌」はもちろん 「リビングプレイズ」「プレイズ&ワーシップ」「ゴスペル・ミュージック・ベスト・ヒット集」「こどもさんびか」「ノア」などなど全33歌集。
「神は、まだまだ、このわたしに『生きよ』と言っているようです。」
と勝浦さんは、言った。

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May 12, 2008

無教会全国集会2008報告(1)

Dscn0794

5月10日、11日と、1泊2日、「無教会全国集会2008」に出席するため、徳島に行ってまいりました。(写真は、会場から見えた「眉山(びざん)」)

すんごく素晴らしい会でした。
深い感動でいっぱいになって帰ってきました。

来年の無教会全国集会は、東京で開催です。
東京の主催者の方が、
閉会式の、次回主催者のあいさつで言いました

「キリスト教は、ルターの宗教改革で新しくされ、
内村鑑三の無教会で、また、あらたにされました。
ところが、無教会が生まれて100年経ったところで、
硬直化しはじめ、 同じあやまちを繰り返そうとしていたのかもしれません。
今回、吉村さんはじめとする、徳島聖書集会のみなさんのはたらきで、
あたらしい聖霊が与えられ、
無教会はあたらしくされました。
来年の、東京の全国集会は、これをうけつぎ、変わります。」

無教会という小さな群れの変化は、
nikkouにも、深く感じられました。
障害をもつひとと、健常者との自然な交流、
ノンクリスチャン・クリスチャンを形式で分けない、という無教会本来のありかた、
高齢者と若年層とが共有する祈りと賛美、
そして、幼子にもわかるような、素直で力強い御言葉のとりつぎ。

それまでは、男の人、学者、高齢者が中心で、
権威ある「先生」につき従い、
学術的な講義が中心で、祈りと賛美が少なく、
堅苦しい集会だった無教会が、
ひろく明るくひらかれていくのを、
目の当たりにしました。

今日、12日は、久遠Nu Praiseでゴスペルのリハーサル(練習)だったのですが、「Welcome Holy Spirit」(聖霊よ、おいでください)という歌を歌いつつ、「“聖霊よ、おいでください”というのは、どのような状態を待ち望んでいるのか、わたし、分かって歌っている!」と思ってはっとしました。

そう、昨日まで、nikkou、「聖霊」の風をそよそよと受け続けていたのでした。

レポートを楽しみにしていてくださった方もおられるそうで、今日から数回に分けてレポートしたいと思います。

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May 08, 2008

GMWC2008(『泣いた分だけ笑わしたる!』)

51cnm0jsf7l_sl500_aa240__2 ゴスペル・ミュージック・ワークショップ・オブ・名古屋に、
吉本新喜劇の人気芸人さんだった岡八朗さんのお嬢さん、市岡裕子さんが、ディレクター(指揮者)として参加されていました。
華やかな笑顔と、すばやい機転、場をなごませる明るいエネルギーに、さすが、芸人さんのお嬢さん、と
ほれぼれとみとれていたのですが、
3日目の夜のコンサートで、市岡さんが歌とともに語った話はあまりに壮絶で、
nikkou、ひさびさに、人の話に涙する、という経験をしました。

岡八朗さんを、nikkouはくわしくは知らないのですが、
たいへんな人気芸人だったそうです。
でも、市岡さんは、そんなおとうちゃんをもったことが、嫌で嫌でしかたなかった。
「華やかなのは、テレビの中、舞台の上だけ。
ほんとのおとうちゃんは、お酒もたくさん飲むし、彼女もたくさんいてはる。
お家にはお金をいれるだけの人でした。」

市岡さん16歳のとき、市岡さんのお母さんが突然自殺します。
事業に失敗したせいか、いろいろと重なって精神的に不安定だったからなのかわからない。
お母さんの自殺をみつけたのは、当時13歳だった、市岡さんの弟さんだったそうです。
それ以来、弟さんはその精神的なショックから立ち直れず、30代で夭折。
さらに、お父さんの岡八朗さんは、舞台のストレスからアルコール依存症になってしまった。

市岡さん、そんな家族から逃れるように、アメリカにわたります。
そして、ニューヨークのハーレムで、ゴスペルを聴いた。
「わたしの5倍くらいふとった黒人のおばちゃんが、顔の半分を口にして、うとうとったんです。
『神様~~、わたしはぼろぼろです~~、もうたてません~~、
せやから、立ち上がらせて、導いてください、救ってください!』
それを聴いて、わたし思いました。
それは、わたしや。
神様、ほんとに、いてはるの?
いてはるなら、わたしを立ち上がらせて。
救って。」

この歌は、そう、例の「Precious Lord(慕いまつる主なるイエスよ)」であります。
そうして、市岡さんは、聖書を読み始めた。

「最初はなんのことやら、さっぱり分からなかった。
イエス・キリストがわたしの罪のために、十字架で死んだ、ってどういうことか、さっぱり分からなかった。
なのに、神様はすごいですよ、みなさん!
段々、このわたしにも分かってきたんです。
わたし、やりなおせる! ぼろぼろのところから、立ち直れる!って分かったんです。」

そうしてアメリカから帰国、ゴスペルシンガーとして再生した市岡さんの舞台を見て、
岡八朗さん、お酒をやめます。
そうして、もう一度、舞台に立った。

「もう、わたしも44歳やし、Jポップとか、ようわからへん。
演歌なら、ちょっとはだいじょうぶかも。
でも、ゴスペルは、わたし、おばあちゃんになるまで、歌うたる!」

こう宣言して、市岡さんは、Amazing Graceと、もう一曲、nikkouの知らない歌を、歌った。

なんていうか…、大阪っぽいゴスペルでした。
生活に、自分の命に根ざした感じ。自分のモノにしているって感じ。

岡八朗さんと、市岡裕子さんの共著が出ています。
岡八朗さんの半生記『泣いた分だけ笑わしたる!』(マガジンハウス)

nikkouもさっそくアマゾンで注文して、本日届きました。

アルコール依存症生還の体験記としても読むもよし、、
芸人さんの意外な一面をのぞきみるためでもよし、
みなさまぜひご一読を。
nikkouは、ゴスペル仲間の証しとして、読もうと思う。

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May 07, 2008

GMWC2008(新しい革袋について)

Dscn0785 5月4日から昨日の6日まで、3泊2日、
名古屋で行われた「ゴスペル・ミュージック・ワークショップ・オブ・中部」(GMWC)に行ってまいりました。(写真は会場となった在日大韓基督教会名古屋。)
ワークショップというのは、体験講座、という意味。
nikkouの今回の目的は、いくつか開かれる講座のうち「ディレクター・セミナー」を受講することでした。

講師は大阪のディレクター、足立学さん
期待以上の大きな収穫を得ることができました。
主に、精神的な面や、マネージメントの点からの講義でしたが、
たぶん、今の自分に最も必要だったのは、そこなんだろうと思います。

もちろん、技術的なこととして、ハーモニーのつくり方、声の出し方、リズムのとり方などの話もありました。
足立さんが言うには、
ハーモニーで歌うこと、大きな声を出すこと、裏(2拍目)を打つというリズムなどは、
これまでの日本にはなかった文化であり、
わたしたちの身体には、リミット(制限)がかかっているんだそうです。
ゴスペルを歌うときには、そうした「リミット」を解除していきましょう、とのこと。

そこで、nikkou、はたと思いついて質問してみました。
「たしかに、私たちの体には、文化的なリミットがかかっていますが、
感性的には、すでにゴスペル音楽のリズムやハーモニーや発声に抵抗を感じることはなくなっているように思います。
でも、日本には、わたしたち以上に、文化的にも、感性的にも、ゴスペル音楽に抵抗を感じる世代がいますよね。
ご年配の方たちの前でゴスペルを歌うと、居心地の悪い思いをさせてしまうような気がします。
私は世代を超えて、ゴスペル讃美の喜びを分かち合いたい、と思っているのですが、
それは、難しいことなのでしょうか」

すると、20人ほどいたクラスの中から、
「私の教会でも、年配の方のご協力が得られない」という声があがりました。

足立さんは
「こんなことを言うと、怒られるかもしれないけれど…」と一瞬いいよどんで、
主イエスの次の言葉を引きました。
「新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長持ちする。」(マタイによる福音書9章17節)
足立さんが言いよどんだのは、
「古い革袋」という言葉が、多少ネガティブに解釈されることが多いためだと思いますが、
ここでは、ネガティブな意味合いよりも、もっと深い状況を言い当てているように思いました。

足立さんは続けて言います。
「たぶん、日本の文化のなかで、ゴスペルというのは、『新しいぶどう酒』なんだと思う。
それを、なんの配慮もなしに、これまでの日本の教会の礼拝につっこんでは、やはり『破れる』んじゃないだろうか。
そこは、慎重な配慮が必要だと思う。

そこで『新しい革袋』を用意する、というのも、ひとつの手段。
たとえば、ゴスペルは普段の礼拝ではなく、キリスト教を知ってもらうことを目的にしたコンサートや、若い人が多い夕拝(朝の礼拝に対して、夕方の礼拝)で用いるとか。
普段の礼拝で用いたいのであれば、
『証し』(歌の作者の個人的な体験談)をもとにした歌ではなく、
シンプルな『讃美』(神をたたえること)を歌ったものにして、
礼拝に出席している人たちに、歌詞について、十分に説明するとか。」

そこへ、足立さんの奥さんが補足をしました。
「教会でゴスペル・コンサートをすることになった場合は、
若い人たちだけで進めないで、
長くその教会を支え、信仰を守ってきた方たちにも、ゴスペルの歴史とか、目的とか、意味を、ちゃんと言葉で説明して、
音楽そのものを一緒に分かち合うことはできなくても、
『目的が果たされるよう祈りで支えてください』というふうに協力を求めてください。
そして、『支えてもらって当然』という態度ではなく、
素直に感謝を示すこと。
それでうまくいっている教会はたくさんありますよ」

これはnikkou、大いに反省を迫られるお話でした。

質問をしたのは、以前、ゴスペルに対して年配の方から「カルトを思い起こす」と言われたショックが尾を引いていたからなのだけれど、それよりもずっと大切なこと、まず、私は、ゴスペルを用いて、何をしたいのか、ということと、それをこれまで綿々とつながれてきたクリスチャンたちの想いと、どのように接続していくのか、ということを改めて考えさせられたのでした。
nikkou自身、ゴスペルを通して主イエスに出会ったということもあって、
ゴスペルへの思い入れが人一倍強い。
それゆえ、あまり配慮の行き届いていない部分があったかもしれない。謙虚さというか、礼儀のようなものが、十分でなかった。
広く視野をもって、ゴスペルも適切に用いながら讃美していこう、と思わされました。

(人間関係についても、示唆に富むお話がありましたが、それはまた、項をあらためて)。

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May 01, 2008

Lyreライブ@早稲田奉仕園

200804252039000_2 4月25日、早稲田奉仕園にて、nikkouの大好きな讃美グループ「Lyre(リラ)」のニューアルバム記念ライブがありました。(リラ公式ホームページ、コンサート報告http://www.wlpm.or.jp/life_st/concert/lyre/index.htm

早稲田は、nikkouの母校。
早稲田駅から早稲田奉仕園の教会まで向かう道のりをたどりつつ、卒業式の日を思い出しました。
あの日、この道を歩きながら、
「将来、早稲田の日々を思い出しても『思い出を美化しているのかもしれない』なんて思う必要はないぞ、4年間、本当に幸せだった!」なーんて思ったのでした。

ま、そんなわけで、ライブが始まる前からすでにちょびっと涙腺がゆるみがちだったのですが、
早稲田奉仕園の教会のなつかしいレンガ造り、黒光りする木の梁と、高い天井に響き渡るLyreの歌声がまた、素晴らしく、幸せなひとときでした。

Lyreは、日本基督教大学で結成した6人の讃美グループ。
現在、メンバー全員が牧師や伝道師をしている。
古典的な賛美歌でも、ゴスペルでもない、いわば「現代日本賛美歌」とでもいうような、オリジナルの、素直で美しい讃美の歌を歌うグループである。

大学を卒業後、メンバーは世界中にちらばり、事実上活動が休止状態であったものを、昨年末メンバーの一人である塚田献氏が、赴任先のブラジルから一時帰国したのを機に再結成、今回のニューアルバム、リリースとなった。
ライブの前日までレコーディングをしていた、とのことで、6人のうち1人が残念ながら体調不良で出られず、残りのメンバーもかわるがわる「もう、ぼろぼろです」と言っていたのだけれど、
どうしてどうして、
さすがに、レコーディング後ならではの、一致したハーモニーを聴かせてもらえました。

一曲ごとにはさまれるショートメッセージがまたよかった。
nikkou的にぐっときたのは、若林栄子さんが「ただひとつのこと」という歌によせてお話なさったこと。
若林さんは、Lyreの作詞作曲者のひとりでもあるのですが、
あるとき、ご自分の作った歌が、たくさんの人に歌われることに、「怖れ」を感じるようになった、と言います。
「たとえば、自分の作った歌が、神学的に間違っていたらどうしよう、それで、だれかに怒られたらどうしよう…って」。
会場を埋めた200人の聴衆はどっと笑い、nikkouも思わず笑いました。若林さんの歌はのびのびと美しく、とてもそんな話からは遠いように思えたから。
でも、同時に、「どきっ」ともした。
nikkouもこうやってブログを書き、ゴスペルのディレクションをし、教会の礼拝ではみんなの前でお祈りをする。
そんな中で、へんに人の目を気にしはじめると、「怖れ」が生まれ、「怖れ」は、ときに私をがんじがらめにして言葉を失わせ、またときには逆に誰かを攻撃する不気味で醜い言葉となる。
若林さんは言います。
「でも、わたしが言いたいことは、ただ一つのことなんだ。そう思い立って作った歌です。」

そうして5人のハーモニーで語りだされた讃美の歌に、
このときばかりはnikkou、人目憚らず泣くことのできるアメリカの黒人さんの文化がうらやましかった。
唇をかみしめて、ぐっと涙をのんでおりました。
そう、私がまず目をむけるべきは、主なる神。主を見つめているかぎり、縛られたり攻撃的になったりすることもない。

この歌のみならず、一曲一曲の完成度はとても高く、どこか懐かしい日本音階風の曲あり、心弾むクリスマスソングあり、歌詞もハーモニーも見事で、
今回のCDは、nikkou、たくさん買って配って歩きたいくらいだよ。

とくに5人のシンガーズそれぞれの、集中力が極まって、魂の深みにぐっと入り込んで歌っているとわかったその瞬間、
聴き手nikkouも、その歌の核にふれるように思いました。
ああ、これが讃美の基本なんだ、
どれだけ、歌い手が、その歌の核を実感として感じて歌っているか、なんだなあ、と
最高の讃美から、讃美の基本を再確認させられた思い。

Lyre、ニューアルバム、6月20日リリース。みなさま、乞うご期待です。
ライフ企画

ライブに行かれた方の感想↓(この方のブログのお写真に、nikkouが写ってる・笑。さ、どこでしょう。)

What Would Jesus Do?

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