正確、かつセンスある言葉
ごぶさたしてしまいました。
暑さにばてておりました。
さて、昨日のことですが、わが家の郵便受けに、毎日新聞が入っておりました。
わが家では新聞を購読していないので、
たぶん、宣伝のためだろうと思う。
新聞読むの、ひさしぶりだなあ、と、ばさばさ広げると、
ちょっと興味深い記事をみつけた。
「女子高生ら射殺 母校で追悼礼拝」(2008年7月27日)
http://mainichi.jp/select/jiken/coldcase/news/20080622org00m040001000c.html
95年に八王子市のスーパーで強盗殺人にあった矢吹恵さんの母校、桜美林高校で矢吹さんの追悼礼拝がありました、という小さな記事だ。
まず、おや、と思ったのは、写真のキャプションである。
「矢吹恵さんの冥福を祈る元同級生ら」
若い女性が、キリスト教式に固く両手を組んで、うつむいている。
…nikkou、ふと、こういう写真に「冥福を祈る」っていう言葉はふさわしくないような気がしたのである。
でも、まあ、決まり文句のようなものだからなあ、と記事に目を転じると、
「同級生だった会社員、後藤恵美さん(29)は「『犯人が捕まるように導いて』と(矢吹さんに)祈った」と話した。」
とある。
う~ん。
さすがに、これは、違う気がする。
「(矢吹さんに)」というのは、記者さんの補足だろう。
でも、「追悼礼拝」であることと、「導いて」という語彙からすると、
正確にパラフレーズするなら、
「『犯人が捕まるように導いて』と(神様に)祈った」
だよなあ。
キリスト教の礼拝で、人間に向かって祈ることなどありえない。
ちなみに、この同級生が写真の女性なら、
祈っていたのは「冥福」ではなく、
「神様、どうして、矢吹さんはこのような目にあわねばならないのでしょうか、教えてください。
辛い思いをしている家族を助けてください。
そして、どうか、犯人が捕まるように導いてください」
ってなことじゃないかと思うのであります。
…と、書きながら、
つい、祈ってしまった。
神様、このお友達のことも、どうかお守りください。
さて。
別に間違い探しをしようと思ったわけじゃない。
nikkou、ちょっと驚いたのであります。
これだけの記事でも、
日本の伝統的宗教観と、キリスト教と、こーんなにも違うんだ、
そして、新聞って、こーんなにも、無自覚なんだなあ、って。
ただ、
この記者さんに、「間違ってますよ~」といったとしても、
言い換える言葉がないかもなあ、と思った。
たとえば、「『犯人が捕まるように導いて』と(神様に)祈った」はまだしも、
キャプションを「神に祈る元同級生ら」ってするのは、なんとなく、嫌。
その辺は、nikkouの言語センスみたいなもんなのです。
こういう場合の、正確かつセンスあるキャプションを考えるべきだよなあ、と
一応、マスコミのはしくれ(笑)にいるクリスチャンとしては、
しみじみ思ってしまったのでした。


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