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October 30, 2008

山谷伝道所の礼拝で讃美

この間の日曜日(10月26日)、友人のLammyさんのお誘いで、川崎リトル・ライト・シンガーズ(通称リトライ)の仲間たちと、山谷伝道所の礼拝に参加してまいりました。
リトライは、特別讃美の場も与えていただいて、礼拝で1曲、給食タイムに6曲、全7曲、讃美することができました。

山谷については、山谷伝道所のブログ(
こちら)が分かりやすいので、引用させてもらいます。
伝道所のメンバー、マルコとルツというにゃんこが紹介しています。

山谷は、日雇い労働者の街だったらしいけど、今は、経済停滞期のため、路上で生活をする人、日雇いの人、生活保護を受けて簡易宿泊所(ドヤというんだよ。)で生活している人が
まぜこぜで住んでいる街なんだ。
いろんな経歴の人がいるんだけど、共通しているのは、
大きな悪さは出来なくて、とてつもなく不器用なことかな。
要領よく口八丁手八丁で世間を渡り歩くことが苦手みたい。だから凄く素朴な感じだよ。
山谷は質の悪い人が集まって怖いところだと思っているかもしれないけれども、
金儲けが巧で羽振りのいい人と山谷の人とでどちらが質が悪いかは、
皆さんちょっと考えると直ぐわかるよね。

山谷伝道所は山谷のど真ん中にあって、こういう山谷の人たちが、ホッと出来る場所なんだ。
山谷伝道所はホームレスとか路上生活者とかいって一緒くたんにするんではなく、
一人一人を個性ある人間として、対応する場所なんだよ。
特に、心に傷を負って荒んでいる人でも休める所なんだ。

その時は、僕らが接客係として優しく対応するよ。
どうしてそんなことをするんだって?
それは、山谷伝道所のご主人であるイェスという方の方針だからなんだ。
僕らだってそれで救われたんだからね。

日曜日には朝は10時半から礼拝というのがある。
讃美歌を歌ったり、なにか、よくわからないけど、たまには心に染みる話もしてくれるよ。
(ここだけの話だけど、瞑想するふりをして寝てしまうこともあるんだけど。)
同じく日曜の夜には路上で、伝道会と給食(炊出)をやるんだ。
250人くらいが出席するよ。雨でも決行!メニューはほとんど雑炊だね。
路上生活のオッチャン達と色々ふれあえる場面だよ。

お誘いいただいたのは4月でしたが、その後、スケジュールの調整などに手間取り、半年後の特別讃美実現となりました。
この半年間、リハーサルのたびに、山谷にむけて祈らされたことで、しだいに、メンバーの気持ちも山谷にむけて、まとまってきました。
メンバーのみならず、リトライが本拠地にしている川崎教会や、メンバーの家族の中でも話題に上り、
この半年間で、ひとりひとりの山谷への関心は、当初に比べてずいぶん高められてきたように思います。
お恥ずかしいことながら今までnikkouは、山谷という街、人々、そしてその歴史に対して関心も薄いままでした。
本当によい機会が与えられたと思います。
当初は、なかなかまとまらないスケジュール調整に、自分の管理能力を試されているのかしら、なんて思いましたが、そうじゃなくって、神様から準備に必要な時間を与えられていたんですね。

さて、当日ですが、じつはリトライ初の野外ライブ。
「野外」というか、たまに車も通る「路上ライブ」。
給食に並んだ「山(やま)の人」(「
の人」を、伝道所の方たちはそう呼ぶ)とリトライと、道路の上で互いに向かい合っての讃美でした。
讃美をしながらまず感じたのは「気持ちいいなぁ~!」ということ。
「路上」という、通常、歌うところでも礼拝するところでもない場所で、声を限りに歌うって、すっごい爽快。
給食の列が前に少しずつ進むにつれて、前に立つ人も入れ替わっていくのですが、
ちらちらと私たちを見やるおじさん、
私たちを見つめていて列が進むのに気付かず後ろの人に促されているおじさん、
おちゃわんをお箸で叩いて調子をとるおじさん、
nikkouと眼があうと、はずかしそうにうつむいて、
 うつむいたまま、そっと目をあげてリトライを見つめるおじさん…と
なんだか、前を通るひとりひとりと握手しながら歌っている感じで、
それがまた、すごく面白かった。

解散後、山谷伝道所の方、そして友人のLammyさんから、感謝のメールをいただきましたが、
こちらこそ、リトライこそ、感謝!
こんな楽しいライブをさせてもらえるなんて!
本当にありがとうございました。
また行きたいと思います。

しかし、イエス様って、どこにでも行くのね、ほんと。
ゴスペルを歌ってこの6年、「主イエスがいるところへ讃美をささげに行こう」とあちこち誘われるたびに思うよ。
「あらまあ、ここにもいらしたんですか、主よ~」ってね。

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October 07, 2008

神様は何語でおしゃべりするのか

はじめに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は初めに神と共にあった。(ヨハネによる福音書第一章第1節~2節)

Music & Arts Japan 2008のあとすぐ、久遠教会での韓国語讃美礼拝があったので、ここんところ、短期集中戦で英語とハングルの歌詞を覚えなければならなかった。

韓国語礼拝では、「Make us one」(わたしたちをひとつにしてください)という讃美を歌ったのだけれど、韓国語だけでなく、日本語でも歌い、さらにnikkouが手話をつけることになった。しかも原曲は英語である。ちなみにこの歌は、フィリピンのタガログ語とスペイン語で歌ったことがある。

さまざまな言葉で「Make us one」を歌うとき、nikkouは、すごく不思議な感じがする。
神は、地上にあるすべての言語を理解するんだ。
それは、単に、「神様は語学力がずばぬけている方だ」というにとどまらない。
この一年間、ハングルを学び、
この五年ばかり、ゴスペルを歌いながら、白人英語にはない黒人英語のニュアンスというものを学んできたのだけれど、
学ぶなかで、言語の背景には、その言葉を使っている人間が属しているグループの歴史や文化や価値観が厚く積もっている、
ということをいやがおうでも感じさせられてきた。
日本語に単純に翻訳できない言葉、というものが、どの言語にもある。
逆もまたしかり。
日本語の「おつかれさまでした~」と「それじゃ、よろしく」は英語にできない、なんてのは典型例だ。

『幸福な王子』『ドリアングレイの肖像』『サロメ』などの寓話を書いた19世紀末のイギリスの小説家、オスカー・ワイルドは語学力に長け、2年ごとに新しい言語を習得、
ヘブライ語をマスターしたとき、
「これで、天国に行ったとき、神様と、神様の言葉でおしゃべりができる」といったそうであります。

でも、nikkou、「Make us one」を歌うたびに、思うんだな。
神様とのおしゃべりは、ヘブライ語じゃないよ、きっと。
ヨハネ福音書冒頭の「言(ことば)」というのは、
ヘブライ語とか、ギリシャ語とか、日本語とか、英語とか、韓国語とか、手話とか、そういう、具体的な「言語」ではないんじゃないか。
もっと、根本的というか、根源的な「言(ことば)」、概念としての「言(ことば)」のことだと思うのね。

人間の「この人に、伝えたい」「この人と、つながりたい」という思い、「神様に、訴えたい、伝えたい」という思い、
いや、そもそも神様のほうから「この人に、伝えたい」という思いがあって、
音や、イメージや、(手話の場合、体の動きになって)、漏れ出た「その音」「そのイメージ」「その動き」そのもの。
それが、「はじめに」あった「言(ことば)」なんじゃないかと。

そう思うと、
ヨハネ福音書の第一章は、「言(ことば)」の持つ「人恋しさ」を伝えているようで、なんだかちょっと切なく、そして、とても美しく感じる。

「この言(ことば)に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった。」(ヨハネによる福音書第一章第四節~第五節)

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