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May 14, 2009

キリスト教・無教会青年全国集会(2)

Dscn0968 2日目は、小舘美彦さんのリードで、内村鑑三の信仰論について学ぶことからスタート。このあたりが「無教会」らしさであります。

nikkou的に、心にコツン、とぶつかってきたのは、
「信者の義はその(十字架の)中にあるのである。それが広義となりて社会に現れ、善行となりて世の称賛を招くに至るのを待つ必要はないのである。」(「信仰の強弱」より)
「多くの人は信仰に達っせんと欲するがゆえに達しえないのである。信仰に達する真の道は、達っせんと欲する努力をやめて、自己をそのまま彼の御手にゆだねまつるにある」(「信仰の道」より)、
「神を愛し、罪を恐れず、十字架上のキリストを仰ぎみておのれにかえりみて自ら神前に義たらんとつとめず、これ大胆者の信仰である」(「大胆なる信仰」より)

という文章。
小舘兄は、内村鑑三が、「私たちはことさら愛や善行を実践する必要がないこと。ただひたすらすでに十字架において救済が達成されていることを信じさえすればよいと述べる」。
つまり、「信仰よりも愛の行いや善行を優先してしまうことは間違っている」と主張したと解説。
ただ、「愛の行いや善行そのものを否定したわけではない。信仰の恵みとして愛の行いや善行が生まれることはもちろん良いことであるし、信仰を強めるために努力して愛の行いや善行を行うこともよいことなのである。」
そして、このような信仰観(信仰そのものが目的であり、愛や善行は恵みないし手段であるという信仰観)から、「多少の間違いを犯してもよいから、神の前に正しいと思ったならば、がんがんチャレンジして生きろと呼びかける」と解き明かしてくれた。

小舘兄、最後に「『いや、それは違うだろう』と思う人もいると思う。それは結構なんです。内村が100%正しいなんてことはないから。みなさんの経験と照らし合わせて、内村の言葉をよく考えてみてください」としめくくった。
ああ、こういう感覚が健全だよなあ、カルトじゃないまともな宗教って感じがするなあ、と思いつつ聞いておりました。

じつは参加者から挙げられた「信仰上の疑問点」に、「ほんとうにキリスト教とは、一番すぐれた信仰なのだろうか? 私の知っている仏教徒には、本当に尊敬すべき人格を持ち行動もされている人がいる。」「『キリスト教は、一番すぐれた信仰』という考えは高慢ではなかろうか」というのがあったのです。
もう、これはねー、日本でクリスチャンやっている限り、避けて通れない問題ですよねー。オール・クリスチャンの、アメリカ南部の黒人教会じゃあ、まずあり得ない疑問だろう。
それに対して、今日ひとつの答えが、内村鑑三から示されたな、と思ったわけです。
別に、人格者になるため、善行をするために、私たちはキリスト教信仰が与えられたわけじゃないでしょ、というのが内村鑑三の考えじゃないか、と思ったのです。なんせ、彼は儒教道徳をバックボーンにもったお侍さんだったわけで、儒教道徳をまじめに守ったほうが「人格者」になれたかもしれない。
でも、どの宗教が優れているかどうか、とか、どうしたら人格者になれるのか、なんていう問いかけなんかふっとぶような、(吉村孝雄さんの言葉でいえば)圧倒的な迫り方、(nikkouの実感からすると)すごい開放感でもって、信仰が与えられて、結果的に、人格者になる人もいるかもしれない(ならない人もいるかもしれない。あたしみたいに。)。
「キリスト教が一番すぐれた信仰」かどうかは、nikkouには、わかりません。nikkouも、すごくすばらしい仏教徒の人を知っています。古い神社仏閣を散策するのだって好きだ。
でも、人格者になれるかどうか、ということは、あまり比較基準にならないのかもしれない、と思った。nikkouの人生においては、主イエスが開放を与えてくれた。それだけは確実に言える。
ただ、こんなことを考えられるというだけでも、この日本に生れてよかったんじゃないかな、と思いました。

続いて、昨日同様、ディスカッションの時間がもたれました。
「信仰とはなにか」という今回のテーマについて、「逆に、信仰がない、とはどういうことか想像してみよう」
「神様は、信仰をわたしたちに与えることで、何を望んでおられるのだろう」というテーマが小舘兄から出される。
後者については、「そんなの、神様しかわからないんじゃないの」という声があがる中、わたしのいたグループからは「昨日のゴスペルでしょ。This little light of mine!(神様が私たちの内に与えてくれた小さな光を輝かせよう、という讃美)」「こうやって語り合う中で、エマオの旅人みたいに心が燃えてくること」という名言が飛び出しました。
アーメンでありました。

「青年会のブログ」にも、今回の報告が載っています。Lamb's Foldー青年会のブログー : 青年全国集会に参加してきました

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