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December 06, 2009

おじいちゃん牧師、旅立ち

Memory_of_paster_h_takahashi_3 「末期の目でみる」というのは、誰のことばだったか。
内村鑑三かしら。

書こう、書こうと思っているうちに、一年がすぎようとしております。
nikkouが通う川崎教会のおじいちゃん先生こと、高橋秀良牧師、天に召されたのは、昨年のクリスマス前、79歳でした。
先々週は、高橋秀良牧師が最後の礼拝説教をしてまる1年、ということで、その記念の礼拝でありました。昨年の今頃は、最期の日はいつかいつかと教会もご家族も、はらはら見守っておりました。

高橋牧師は今から3年前の2006年夏、前立腺がんの告知を受けました。
告知のあった週の礼拝後、本人の口からそのことを告げられて、みな、思わず緊張してシーンと静まり返ったことを思い出します。
ところがおじいちゃん先生、抗がん剤投与の治療を拒否、「わたしは、残された時間を闘病にすごすよりも、家族とともにすごし、読書をし、そして、伝道に尽くしたい。」と主治医に告げ、
通院しながら、がんの育成を遅らせるホルモン剤の投与をすることになったのでした。

がん宣告を受けつつも我らがおじいちゃん先生、これまでとまるで変わらぬ豪快な笑顔で
「汝の敵を愛せって言われたから、私はガンを愛するよ!」とか、
「私はガン患者だから、これはみんな、遺言と思って聞くように!」とか、
「今の讃美歌は、わたしのお葬式で歌ってください」などなど、
ジョークを飛ばしまくり、
変わらず礼拝でメッセージを語り続けた。

そして主イエスのことばの中でも特に、

「君たちのうち、だれが思い煩ったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
野の花を見よ、紡ぎもせず、織りもしない。
しかし、私は君たちに言う。
栄華を極めた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、
神はこのように装ってくださるのなら、
君たちにそれ以上よくしてくださらないはずがあろうか。」(ルカ福音書12章)

とあるところを、くりかえし、くりかえし読んだ。
ガン細胞は、徐々に背骨に、足に、転移し、杖なしでは歩けなくなり、やがて車いすになった。
そして、礼拝のたびに、衰えていく身を示しながら、
「私たちははたして『自分の力で生きている』のか、
それとも『神のご配慮によって生かされて生きているのか』」
と、時に火を噴くような勢いで語った。
なんせガン患者、説得力があります。
そのとき初めて礼拝に出席していた近所のおじさんが、思わず「そうか!」とつぶやいたほどでした。

そんな調子で、がん宣告から1年経ち、2年経ち、
なんだか、おじいちゃん、このままガンを克服してしまいそうなんじゃない、とだれもが思い始めた2008年の夏、
突然、熱中症を起こして、救急車に運ばれた。
ところが一週間もたたぬうちに復活して、
「ラザロじゃないけど、『秀良! 起きなさい!』と主に言われた。」とニコニコと礼拝に出席していた。
しかしここから急速に勢いが衰え、今からちょうど1年前の11月第四日曜日、ふたたび救急車で運ばれていった。

このときおじいちゃん先生は「お別れが近い」と悟ったらしい。
息子である誠牧師を通じて、
「なるべくたくさんの人に、病院に会いに来てほしい。眠っていたら、起こしてほしい。お別れを言いたいから。」と伝言した。
nikkouも、翌日から青森に研修に発つ相方と一緒にお見舞いに行った。
そのとき秀良牧師はすでに「お別れモード」で、
それは、しみじみしたものでも、悲しいものでもなくて、
なんだかとても決然とした様子、
「とめてくれるな、いざ、旅立たん」って感じだった。
nikkouも、すでに祖父祖母を見送っていたけれど、
病室でこんな決然とした雰囲気に接したことはなかったので、
どうしていいのか、正直分からず、
ただ、「はい、はい」と話を聞くばかりだった。

「先生、また夏の時のように、復活してください。」
と言うと、
「あーーっ、もういい、もういい、もう、夏とは違うんだ。」
と遮られた。
「この世が楽しい、と思うのは、健康だからだよ。
体が少しずつ朽ちていくと、
もう、あっちのほうが楽しいだろうな、と思うんだよね。
ごはんもおいしくないしね。

いま、うとうとしながら、讃美歌を口ずさんでいたんだけど、
ああ、行き先がわかっているって、
うれしいなあ、ありがたいなあ、と思った。
信仰がない人は、きっと怖いだろうね。
われわれは、また会えるからね、怖くないね。」
と、淡々という。
そう、「今日はいい天気だったね」みたいな話をしている調子で、
本当に当たり前のこと、という感じで。

旅立ちの時は神様が決めるのだから、人間にはどうもしようがないのだけれど、
こんなふうに旅立ちの支度が出来るなら、
決して死ぬのは怖くない、と思った。
そう、正直に申し上げると、 我が意を得たり、とばかりに、
「死ぬのも、証しだからね」とにんまりした。

それから数週間後。
ほとんどベットから起き上がれなくなったころ、
息子の誠牧師がお見舞いに行き、いつものように静かに話して、「では、また明日来るね」と病室を出ようとすると、
秀良牧師、突然、病人とは思えぬ大きな声で

「人生で、もっとも幸せなことはっ!!」

と、叫んだそうであります。
「なんだい?」と誠牧師、あわててベットに駆け戻ると、

「主イエスが、最後まで、ともにいてくれることだな。」

と、今度は静かに言ったそうです。
そこで誠牧師、「アーメン!」と答え、
ふたり、がっちりと握手をしたそうであります。

秀良牧師が召されたのは、それから数日後でありました。
病院から危篤を知らされ、駆け付けた家族が手を取り、秀良牧師の愛唱歌「アメージング・グレイス」を歌うと、呼吸が静かに歌に合ったそうであります。
歌うのをやめると、呼吸が苦しそうになる。
歌うと、一緒に歌うように呼吸が上下する。
そんななか、すーっと、霊が身体を抜けるのを、その場にいた家族の方たちは感じたそうです。

高橋牧師、亡くなるまで「臨床体験」の本をずいぶん熱心に読んでいたそうで、
「死ぬときは、身体から魂が、すーっと抜けるらしいぞ! これはおっもしろいぞー!」と笑っていたそうであります。
そんなわけで、この瞬間、奥様、思わず、

「あなた……、……面白かった?」

と聞いてしまったそうであります。

最期の最期まで、
なぜか希望に満ちた、明るいお別れでした。

死の報に接したその日、nikkouは日記にこう書いた。

「悲しいというよりは、 もっと熱い気持ちです。
感謝とか、もろもろ。

『顔をエルサレムに向けて』、
神様から与えられた道をきっちりと歩みきって、
神様から「よし、ここが地上の生活のゴールだ」とOKが出たら、
天に帰る。

そんな、主イエスが示された生き方をお手本に生きたい。

寄り道しつつ、脇道にそれつつで、なかなか難しいけれど、
きっちり歩みきれば、
生きているときも、死ぬ時も、すごく、すごく幸せなんだなあ、と
おじいちゃん先生の地上の最後の日々に接して思った。
「永遠の命」が、すこぅし分かった。

最期の日まで、わたしも、きっちり歩みきりたい。
今夜が地上の生活のゴールでも、がっかりしないように、生きようと思う。」

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