« クリスチャン・リフォームBefore After | Main | 東日本大震災チャリティ・ゴスペル・コンサート »

February 07, 2011

Lord Don't Move That Mountain

2月9日
人生の幸福は、困難に出会うことが少ないとか、全くないとかいうことにあるのではなくて、むしろあらゆる困難と戦って輝かしい勝利をおさめることにある。
 力というものは、弱点にうち勝つ習練から生じるのである。
「あなたがほろぼしたすべての罪の、その霊が、力に変じて、あなたの内に入ってくる」(ロバートソン) 草間平作・大和邦太郎訳

51dyiiphicl_sl160__2


今日(2011年2月7日)の朝日新聞夕刊に、写真家の桃井和馬さんのインタビューが載っていた。

くも膜下出血で亡くなった奥さんとの別れをつづった『妻と最期の十日間』について語っている。

じつはnikkou、つい数日前に、アマゾンの「ウィッシュリスト」にこの本を入れていました。でも、なぜ入れたのか、よく覚えていないんだよね。

今日新聞をみて、はっとした。桃井さん、クリスチャンなんだそうだ。しかし「奇跡など祈りはしなかった」


 死は人知の及ばない領域であり、神が私を支えてくれるかどうかは判断すべきではないと思っています。仮に神が支えてくれるとしても、人間に都合のよい支え方ではないかもしれない。
 苦悩の末にヒトラー独裁に対する反乱計画に加わり、ナチスに処刑されたボンヘッファーという神学者がいます。彼は「神の前で、神とともに、神なしで生きる」と述べている。そのように、神を信じながらも依存するのではなく、自立しなければいけない。
 だから奇跡を祈るのではなく、歯を食いしばりながら「あなたの判断すべてを受け入れさせてください。それを受け入れるだけの力をあたえてください」と祈りました。
 苦しみを味わい尽くしてやろう。自分が崩れる瞬間も記録してやろう。そうおもいました。医者は「精神安定剤を処方しましょうか」と言ってくれたけど断った。信仰も含め、ぼくのすべてが試されました。(記事より)


ボンヘッファーのそのせりふは、nikkouも聞いたことがある。
「あなたの判断を受け入れさせてください。それを受け入れるだけの力を与えてください」という祈りは、ゴスペルの「Lord Don't Move That Mountain」を思い出させる。
「主よ、山を取り除かないでください、ただ、山を上る強さを私に与えてください。」という歌だ。


そうして祈り、
そうして信仰が磨かれ、
人間に深みと凄みが増している人って、
たしかに、いる。
キリスト教ってすごいなあ、と人ごとのように思ったりする。
そして、そして、nikkouは密かに思うのです。


自分は、ヤだな。
試練なんて、金輪際、いやだ。
信仰を試されるなんて、
神様の判断を受け入れる力を与えてほしいと祈るなんて、
そんな経験は、
頼むから、勘弁してほしい。
たとえ、信仰が磨かれたとしても、
痛みに、耐えられる自信がない。


もし、今、最愛の家族を失ったら、
もし、今、自分が大きな病を与えられたら、
もし、今、これまで築いてきた信頼関係を失ったら、
とても生きていけない。
神の前で、神とともに、神なしで、
なんて、無理。
神様にどっぷり依存して生きていきたい。

31486m30cml_sl500_aa300__2


以前、ゴスペル仲間の間で
チソンさんという、
大やけどを負って、かつての美貌がすさまじく破壊されたのを、信仰で立ち直った韓国の女性について話題になったときも、
nikkouは、
「あたしは無理だな〜」と思わず本音をはいてしまった。
友人たちは、「まあ、神様は、人それぞれに試練を与えるからね」とはげまして(?)くれたけど、
nikkouは心底祈るよ。
「われらを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」(主の祈り)。


その一方で、
もし万が一(できれば、億が一くらいの確率であってほしいけれど)、
どでかい試練がおそってきたら、
桃井さんを思い出したい。
そうやって祈り、そうやって歩む人がいる、ということを心に覚えておこう。


というわけで「ウィッシュリスト」から『妻と最期の十日間』を「カート」に移して、すぐに購入することといたします。


Doris Akersバージョンで「Lord Don't Move That Mountain」

|

« クリスチャン・リフォームBefore After | Main | 東日本大震災チャリティ・ゴスペル・コンサート »

「2 眠られぬ夜のために」カテゴリの記事

Comments

とても濃密な内容を読ませていただきました。
率直な信仰と、それでもなお神様に対して従順をどこまでも大切にしたい。なぜなら私たちの心をどおまでも知っておられる方が、それでも尚自由意思による完全な従順をこそ待っておられるから。

これはモーセがピスガの頂で約束の地を展望しながらも入る事が出来なかった障害に心底納得する想いと重なる気がします。
ボンヘッファーの著作も僕は大好きです。本当に骨太で信仰者としての基質そのものが太くされる気がします。

感謝をこめて

Posted by: shintario | August 20, 2011 at 12:59 AM

Shintario兄、こんにちは。
ブログ、停滞中で、再開のタイミングもつかめずほうり出しておりました。お恥ずかしい。

「自由意思による完全な従順を待っておられる主」アーメンですね、そうやって、人は成長させられていくんでしょうね。いつまでも子供っぽい信仰のままでいるわけにはいかないんでしょうね。
ちなみに、ボンへファーも、ここで紹介した桃井さんの本も、積読中です。開いては、ため息をついて書棚に戻し、手にとってはリビングの机に置き、の繰り返し。なんだか、覚悟がつかなくて。桃井さんの本は、とうとう夫が先に読んで、泣いてました。それ見て、ますます、開けない。時期がくるのを待った方がいいのかな。

Posted by: nikkou | August 22, 2011 at 10:50 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91294/50806708

Listed below are links to weblogs that reference Lord Don't Move That Mountain:

« クリスチャン・リフォームBefore After | Main | 東日本大震災チャリティ・ゴスペル・コンサート »